青天を衝け感想あらすじ

青天を衝け第17回 感想あらすじレビュー「篤太夫、涙の帰京」

2021/06/07

元治元年(1864年)6月――渋沢栄一と渋沢成一郎(渋沢喜作)の二人は、一橋家のために集めた人々(兵)を連れ、江戸へ意気揚々と向かいます。

そこに尾高惇忠の文をもち、伝蔵がやってきました。

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偶然すぎる出会いのような気がしますが、まあそれはさておき、惇忠と平九郎は無事釈放されました。

なんだか暴力直訴めいた流れに相手がおそれ慄いたようです。まぁ、陣屋にしても天狗党の仲間らしき連中を刺激したくないでしょう。

江戸では、平岡円四郎の死を知らない妻・やすがいます。

彼女が生花をしていると、川路聖謨がやってきました。

そして知らされます。

円四郎が賊に襲われ死んだ――やすは怒ります。

「ハッ? なにを言ってるんだい。バカも休み休みいいなよ。あの人が、うちの人が死ぬわけないじゃないか。嘘? ねえ、嘘なんだろ? 嘘って嘘ってそう言っておくれよ!」

申し訳ありませんが、この彼女の対応は、武家の妻としては失格であると言わざるを得ません。

『八重の桜』ではクリアしていましたが、武家の男が、あの危険極まりない京都で命を落としたとなれば、その妻は焦ったり怒ったりするところは見せません。。

史実における川路聖謨も非業の死を遂げますが、その妻(川路高子)は、夫が衝撃的な死を遂げた後、その思いを切々と記録しています。

これがなんとも感動的で……この先、ドラマ本編で、そんな聖謨の死は出てくるでしょうか。

 


慶喜と西郷

徳川家康は、徳川の家臣が次々と亡くなっていると説明。

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徳川斉昭が起こした尊王攘夷が燃え上がった時代とのこと。

家康はなぜ【水戸学】という単語を言わないのかな?

そんなことを考えながら見ていると、ノリノリで長州が説明されます。

井上聞多(井上馨)と伊藤俊輔(伊藤博文)です。

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さんざん攘夷を強行した長州藩。伊藤博文は、その責任をさらりと幕府に転嫁していますが、さすがに家康さん、ここは怒ってもいい場面でしょ。

さらに永井尚志がやって来ます。

長州兵が大挙して京都を目指しているのです。なんでも伏見藩邸や天王山宝積寺に続々と入っているとか。

戦は避けたい徳川慶喜。

一方で、薩摩藩は長州攻撃にノリノリなのが西郷と慶喜の会話からわかります。西郷隆盛の薩摩ことばがちょっと……。

それにしても本作は薩摩藩に冷たくありませんか?

徳川慶喜にとっては少し前まで味方であり、かつ恩義ある人々を「芋」だなんて罵倒するのはどうかと思います。

『西郷どん』の3年後にコレで、鹿児島県民の方が気分を悪くされないでしょうか?

いくら島津久光の悪役イメージで描いてきたからってこれはないでしょう。

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西郷隆盛は長州の武力討伐を主張します。

土佐、福井、久留米も準備ができていて、慶喜が予想した通り。

いや、予想できていたなら、もっと事前に対策できていたのではないでしょうか。こういうのを事後諸葛亮というか……まあいいでしょう。

西郷隆盛と慶喜は火花を散らすわけですが、そうホイホイと面会できるのかどうかは疑問です。

なんせ戦時下にあって警備は相当ピリピリしているはず。

 


長州の挙兵

このあと、ほっこり血洗島タイムを挟み、猪飼に面会する栄一と成一郎。

なんでも見舞いの品を平岡の屋敷に運ぶとか。

と同時に、ついに栄一たちも円四郎の訃報を聞きます。

言葉を失う二人。水戸の者の手にかかり、死んでしまったことに衝撃を受けています。

と、それに水をさして申し訳ありませんが、慶喜側近は同時期に中根長十郎と原市之進も暗殺されています。

ただでさえ京都は天誅三昧で、要人ともなれば常に危険と隣り合わせでしたので、あまりに大袈裟に驚きすぎな気もします。そもそも栄一だって暗殺謀議をしていた側です。

「うそだい……」

わかりやすくショックを受ける栄一。思ったことを全部話す栄一。このくらい大仰な方が安心感あるんでしょうね。

やすは変わらずショックを受けているようです。

上方では、ついに長州が出兵したとの知らせ。慶喜は「なんと愚かな……」と達観している場合じゃない。西郷隆盛の懸念が当たったということです。

公卿をアホに見せたいのか。長州の挙兵を聞いた中川宮はパニックを起こしていました。

 

禁門の変

「必ず長州兵を防いで見せます」

孝明天皇の前に出て、勅命を仰ぐ慶喜。松平容保周辺のことを見事なまでに描かず、長州征伐宣言をします。

ここで考えたいことがあります。

水戸の天狗党ですが、藤田小四郎は「こうなったら長州を頼る」と史実においては口にしています。

要するに天狗党は尊王攘夷の別働隊。長州藩の同盟者という位置付けになります。

それを踏まえると慶喜のポジションってどういうことなのか?

かくして長州兵が京都へ!

【禁門の変】の勃発です。

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馬上から叱咤激励をする慶喜。

戦闘画面の中にドロップキックする兵士も見えましたが、これはいいんですかね。殺陣は真面目にして欲しいのですが、ともかく京を舞台にした内戦が起こります。

慶喜はなぜこうも無双状態なのか。

「逃げるな! そなたらも武士であろう。戦え!」

慶喜の手を銃弾がかすめてもセーフ!

その奮闘っぷりに触発されたのか。西郷隆盛も動き、長州兵を蹴散らします。そしてわずか一日で戦闘は終わり大勝利。

それにしてもよくわからない。

本編の中で、孝明天皇と明治天皇が怯えている場面はきちんと描かれていました。

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一方で、大砲や銃火器の使い方がどうにもシックリきません。

今後の戊辰戦争に期待するなということでしょうか。栄一も慶喜も参加しませんので。

 


家茂、篤姫、和宮

このあと【下関戦争】がチラッと描かれ、江戸では慶喜が絶賛されています。

14代将軍・徳川家茂も大感謝で褒めちぎっていました。

天璋院(篤姫)と和宮もなんだか慶喜を褒める。

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会う人全員が慶喜を絶賛ですね。

そしてその合間に家茂と和宮のほっこりキュンキュンタイム。天璋院の見ている前だろうとイチャつきます。

さっくりとフランス支援についても語られていました。

話は栄一たちにも伝わります。

長州まで逆賊となるとは、平岡が言ったように攘夷は終わりだと喜作は気づいたのでした。ちょっと遅いというか。

猪飼は長州討伐に浮かれています……が、なぜここまで長州が悪く描かれるのかわからない。

そんな長州のエースとして出てきた井上馨と伊藤博文ですが、人選センスが理解に苦しみます。栄一との距離感ゆえでしょうか。

 

天狗党の乱

天狗党の藤田小四郎は、武田耕雲斎に懇願しています。

一部の暴発のせいで、まんまと賊になってしまった天狗党(※婉曲表現・史実ではリアル『北斗の拳』)。

長州まで負けたなら、我らこそ攘夷をせねばならない。天狗党は、烈公や父・藤田東湖の夢を叶えたいのだと。

その夢の結果として栃木宿が……それはさておき武田耕雲斎が総大将になるのでした。

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天狗党はさっくり終わり、やすは晴れ晴れとしています。哀しくなかったんですかね。

まぁ、この方は喪に服していようがヘラヘラ笑うのが特徴のようで、掛け軸に円四郎の文を発見します。

それを読む円四郎。江戸弁でソウルフルに語ります。まるで観客がそこにいるかのようですが、本来、幕末のこうした文章はもっと粛然としています。ぜひ皆様も本なり何なりで一度お読みいただきたい。

 

妻子との再会

9月初旬、栄一たちは兵を率いて中山道を京都へ向かうこととなりました。

地元にほど近い深谷宿まで来ると、惇忠がやってきます。すごい偶然が続くなぁ。

なんでも千代やよしが来ていて、再会を待ち望んでいるとか。このへんの妻子への思いやりは全部創作でまとめてよいかと思います。

そして二人は妻と子供に会います。

史実では京都で派手に女遊びしている栄一と喜作ですが、そこは当然スルーして……千代は言葉が出てこないそうです。そしてハグ。胸がキュンキュン? 我が子を抱いて微笑む栄一です。

「ここがまっさかぐるぐるしておる!」

出ました、ぐるぐる。好きですねえ。便利なパワーワードですが、栄一なりに反省もしているようです。周囲に迷惑をかけ、仲間は筑波山にいる。俺のこの道はいいのか? でも千代が信じてくれて安心。

平岡様の意思を守ると栄一は悟ります。落ち着いたら千代たちも京都か江戸に呼び寄せたいと。

水を差すようで申し訳ありませんが、当時の志士は女遊びも激しいし、妻にそっけなくしてこそクールでした。本作におけるこの辺の描写は基本創作、しかも時代考証がおかしい創作です。

こんな場面を入れるなら、もう少し歴史背景の解説が欲しいなぁ。

 

天狗党は京を目指し

栄一たちは9月18日に京へ戻り、慶喜と再会。

慶喜は栄一たちに向かい、

「平岡円四郎がなぜ水戸の者に殺されたのか?」

を語ります。

彼の見解は「身代わり」でした。

水戸藩としては前主君の息子・慶喜を殺すわけにはいかないから、その側近を悪者にしたてて殺したと言います。そこは史実でも確かな見解ですね。

さらには「尊王攘夷は呪いの言葉に成り果てた」とまで嘆く慶喜です。

円四郎亡きあと励むように言われ、栄一と喜作は元気を取り戻します。

その後、筑波山で挙兵した天狗党は、相次ぐ戦で疲弊。食料も金銭もつき、小四郎はいっそ長州に走るかと嘆いています。

そこで武田耕雲斎は京へ向かうと主張。上洛し天皇へ真意を伝えると訴えます。

当然、その行動は慶喜にも伝わり、慶喜は困惑します。

「武田耕雲斎がいながらなぜだ」

あれ? 本作では慶喜が天狗党を呼び寄せようとしませんでしたっけ?(※あの書状は史実ではありません)

慶喜と天狗党が通じているという噂があると永井は言います。史実はさておき、劇中であんな文を出そうとしていたからには【黒】でしょう。

京を守る意識のある慶喜は、天狗党を討伐すると言い出しました。

栄一も愕然とします。

俺たちが、天狗党を討つなんて!

 

総評

だんだんと政治絡みになり、底が抜けたと言うか。

大丈夫ですか、これ? 『花燃ゆ』と『西郷どん』すらこれよりはマシでした。

戦国大河あるあるネタとして「石田三成に陣羽織をかけたのは誰か?」問題があります。

答えは黒田長政。『軍師官兵衛』の松坂桃李さんはよかった。

ところが大河では、主人公周辺で東軍となれば、割とフレキシブルにこの役目を横取りする。その幕末版ですね。

『西郷どん』では西郷隆盛が大活躍。『八重の桜』では会津藩もきちんと描かれつつ吉川晃司さんの西郷隆盛が活躍したとわかる。迫力がありました。

じゃあ今年は?

う~ん、ぐるぐるしてますね。

西郷隆盛が【主役を褒める要員】にされている感がある。

禁門の変における死者は長州が400名、幕府側が60名ほどでした、とゲーム感覚な解説。

死者を出したくないと言いつつ戦果を誇る慶喜はかなり矛盾していませんか。葛藤してこそ、と思ってしまう。

ともあれ薩摩の強さと、武家の棟梁としての慶喜の評判も高まりました……って、会津はどこ行った?

 

天狗党の見えにくい同盟者と裏切り者

今回の史実関連は、感嘆するしかないほど嘘まみれ。

しかもタチが悪いことに、天狗党がらみのことは知名度が低く、気づかない視聴者が大半です。

検索すれば真相は割とすぐ出てきます。

しかし視聴者の大半は、そんなことをします?

「号泣!」とツイートしていた方が楽しいじゃないですか。

そんなわけで、本作が隠蔽した水戸天狗党についてまとめておきましょう。

共犯者:桂小五郎、伊藤俊輔ら長州藩士

文久3年(1863年)の上洛時、小四郎は長州藩士と交流していました。

孝明天皇廃位を調査したのではないか?

と疑われ、暗殺された鈴木重胤と塙忠宝、そして未遂に終わった中村正直に関して探ると彼らの関係性が見えてきます。

以下のメンバーが、仲間として暗殺に関与していたのです。

伊藤俊輔
藤田小四郎
薄井龍之
渋沢栄一

桂小五郎から天狗党に資金援助もあった。要するに渋沢栄一も共犯者です。

劇中での栄一の言動は、キレイに誤魔化されていますが、並べてみると史実は見えてきます。

・栄一は喜作に突っ込まれつつ、むしろ俺たちが国をよくするために一橋家を動かすと啖呵を切っていた

→「国をよくする=尊王攘夷」、つまりは天狗党や長州藩と同じポリシー。天狗党別働隊員として、本来は一橋家籠絡でも狙っていたのでしょう。

・真田範之助はなぜ栄一たちを天狗党挙兵に誘い、そして怒ったのか?

→ドラマではわかりにくいですが「天狗党別働隊として京都で動くはずなのに、反故にしたのは一体何なのか!」という怒りと考えれば辻褄があいます。

・栄一と喜作の翻意がわかりにくい

→円四郎の善人ぶりアピール、そして劇的な死でごまかされていますが、納得のいく理由は出てきていないと思われます。

・倒幕へのオウンゴールを褒め称える演出

→参与会議崩壊へ導くような慶喜の暴言を「快なり!」と褒め称える場面が代表例。

本作は従来【倒幕の原因となったミスと指摘されること】をやたらと褒め称える演出にしています。

あの場面を見て「暴言もよくないけど、あのくらいでダメになるなら参与会議がおかしいってことだね」と強引なフォローをしている人も出てきました。有害なドラマと言わざるを得ません。

そしてこれが栄一目線の反映だとすれば、やはり栄一は一橋家に仕えながら、倒幕を喜ぶ人物として描かれているということでしょう。

・天狗党関係者の靖国合祀は早い

→天狗党と諸生党は、戊辰戦争とも明治維新とも関係なく、一年以上内戦を続けておりましたが、政府が止めに入ります。そのあと天狗党関係者側のみが、素早く靖国に合祀されます。

【禁門の変】で御所を守り戦死した会津藩士が、抗議を受けるまで合祀されなかったことと対象的でした。

なぜ、そんなことになったのか?

長州閥です。

会津藩士と違って水戸藩士は「同志」であり、心理的ハードルが長州閥になかったということです。

・渋沢栄一は新政府登用され、重用された

福沢諭吉のように、断固として二君に仕えずと貫いていない。

のみならず、これにはどうも奇妙な点があります。幕臣や佐幕藩出身者で、ここまで電撃出世を遂げたものはなかなかいない。

『八重の桜』でもそうしたセリフが出てきましたが、負け組は政財官から徹底排除されました。

出世したければ山川浩のように軍(それにしたって柴五郎なり、出羽重遠はかなり後のこと)、山川健次郎のように教育など、狭き門をギリギリ通り抜けた彼らが名を残してします。

冴えないくすぶった人生を送るならまだマシでしょう。慶喜の駿府行きについてきた幕臣の中には、一家揃って餓死する者もいたほどです。

ということで、もう一度問いたい。

なぜ、渋沢栄一はそこまで出世できたのか?

それだけ彼が優れていたのか? では、同じく数字に長けていた由利公正と、渋沢栄一の違いは?

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サンデル教授の『実力も運のうち 能力主義は正義か』を彷彿とさせます。

明治というのは四民平等のようで、通俗道徳がまかり通る不平等な藩閥政治世界でした。

そこで渋沢栄一が出世できた不思議は、「長州閥と近い」と考えるとパズルのピースがはまるようでもあります。

・史実の栄一は?

→史実の栄一も、慶喜も、天狗党のことになると流石に口が重くなりました。

史実の栄一は、天狗党幹部・薄井龍之の訴状を突っぱねています。このことは本人から長いこと隠蔽されもしました。

要するに、別働隊として一橋家にまんまと潜入していたにも関わらず、保身のため仲間を見捨てた――そう思えてくるのが渋沢栄一という人物です。

史実を追っていくと彼の人間性は疑わしくなる。

円四郎の死を嘆いていますが、思想的立ち位置は暗殺した側と一致しています。慶喜が尊王攘夷を忘れたのは円四郎のせいだ! そう思っていたのが暗殺犯ですから。

私はこうした史実を調べていくと、『進撃の巨人』のエレンがライナーに対して抱いていたような感慨が湧いてきました。

渋沢栄一は大河主役にしちゃいけねぇ奴だ

一体何考えてたんだ?

本当に気持ち悪いよ

お前の正義感に溢れたあの面構えを思い出すだけで……

吐き気がしてくんだよ

ちなみに天狗党の顛末に呆れ果てた人物として、大久保利通がいます。

彼ならば天狗党と慶喜、そして栄一のことを把握していてもおかしくはありません。

本作でも、出てきてどこなく陰険くさい顔をしていた。渋沢栄一と大久保利通は気が合わないのです。

大久保は傑物の割に、人間性を冷酷に描かれがち。本作もその路線でいくのでしょうが、彼の気持ちもわかります。

天狗党絡みで仲間を売り飛ばすような真似をし、戊辰戦争で戦ったわけでもない。そんな渋沢栄一を大久保がどれだけ軽蔑したか。栄一にしたって、よく思われていない相手と仲良くできませんよね。

 

幕末水戸藩を調べると精神が崩壊しかねない

渋沢栄一と長州藩。

渋沢栄一と水戸藩。

そして渋沢栄一と徳川慶喜。

なんだか混乱してきませんか?

実は幕末においては「水戸藩」こそパンドラの箱でして。

それは以下のような歪んだ構図を生み出しました。

徳川斉昭が倒幕意識を持つ連中を生み出す(御三家なのに!?)

徳川慶喜が幕府再興の要である薩摩藩と手切になる(オウンゴール!?)

でも慶喜は駿府に逃げてロハスライフ

幕臣と奥羽越列藩同盟のみなさんが代わりに血を流して敗戦終了

これが悲しいかな史実のシナリオです。

歴史的にみて、王家の血を引く誰かが王を倒すことはままある。

中国ならば明の【靖難の変】、朝鮮の【癸酉靖難】、イギリスの【薔薇戦争】もそう。

しかし、王朝ごと倒壊させた異様な例は水戸藩ぐらいではないでしょうか。

幕末にはロマンチックなイメージがあります。

国難に対して英雄たちがたちあがり、一致団結して維新を成し遂げた――そんなロマンを丸ごと破壊するのが水戸藩です。とんでもないことをやらかしてしまったとしか思えません。

またも『進撃の巨人』を引用しますと、斉昭にふさわしいセリフはこれでしょう。

「これは お前が始めた物語だろ」

倒幕は斉昭が始めた物語です。まちがいない。

そんな斉昭の魂を継承した【天狗党の乱】を描くのは非常に難しい。

そこへ向かっていく本作は凄まじい勇気をお持ちですね。

 

ブーメランは投げられた

さて、今回の【禁門の変】ですが。

作品としては全方位に喧嘩を吹っかけたようなカタチになった気がします。

持ち上げ要員にされた大西郷。何もかも奪われた会津藩。孝明天皇が信頼第一としていたのは会津藩だったのに、その功を慶喜が掠め取ったようにも見えました。

長州藩にも失礼です。慶喜無双のダシにされましたね。

家茂・和宮夫妻にしたって、史実では慶喜の掌返しに疲れ果て嫌気がさしていたのに礼賛一色です。篤姫も本来は慶喜のことが大嫌いなはずです。

実際のところ、慶喜を人間的に許容できた人物って、それこそ渋沢栄一ぐらいではないでしょうか。

その栄一にしたって、自己正当化のため慶喜を持ち上げていた疑惑が濃厚。もしかしたら無責任男同士で気が合った可能性も否定はできませんが。

そんな慶喜は巨大なブーメランを投げました。

彼はこの先【鳥羽・伏見の戦い】後に無断逃走します。あまりに素早すぎて、幕臣も、新選組も、会津藩士も、驚いた。軍艦に妾のお芳まで乗せていたから、ますます呆れられた。

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今回放送の「禁門の変」では、家臣に向かって

「それでも武士か! 戦え!」

と吠えていた慶喜ですが、これほど「お前が言うな!」的セリフもありません。ある種の才能を感じます。

そもそも総大将が無双でOKなのはゲームぐらいのもので、本来でしたら「愚かなり!」となる。

戦国時代の最上義光は、前線で鉄棒をブンブン振り回して、家臣からガッツリ叱り飛ばされていた。

『麒麟がくる』では、信長がズンズン前線に突っ走っていき光秀らが止め、「何をしているんですか!」とばっちり描かれていました。

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しかも円四郎が先週単独行動で暗殺されている。

繰り返しますが、慶喜の行動だけ見れば驚くほど無能です。しかも、かっこつけ無能。このご時世にマスクなしで会食にチャレンジするくらい無茶苦茶でした。

『麒麟がくる』は真っ当に漢籍教養を満たしてくれました。こんな言葉があります。

暴虎馮河――「ぼうこひょうが」と読み、一言で言えば「無謀」となりますが、西郷隆盛と競う時点でまさにコレ。総大将のやることじゃなく、戦争をゲーム感覚で捉えています。

まぁブーメランは投げたけど、この先もシレッと進んでいくでしょう。

今週になって斉昭が呪いですっかり定着していましたが、以前は「快なり!」とかなんとか爽快感を見せていたじゃないですか。

その辺を無視して今さら「尊王攘夷は呪いである」と言われても戸惑うばかり。

ええ、ええ、期待した私が愚かでしたよ。

 

井上馨と伊藤博文が出てきました

井上馨と伊藤博文。

渋沢栄一との距離感ゆえに登場させたのは理解できます。

これがなかなか凄いチョイスで【司馬遼太郎ですら褒めない長州人】と言えます。

「明治維新までの長州はいい。でも……人材が尽きてしまった」という方向へ持っていかれ、彼らは褒められないんですね。

なぜなら汚職がひどい。

司馬遼太郎もシレッと嘘で誤魔化しますけどね。明治時代や日露戦争くらいまでは、誰もがクリーンに生きていたという誘導をする。

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明治維新当初から政財官の汚い関係はありました。

西郷隆盛は井上馨を「三井の番頭さん」と皮肉ったほど。

そういう汚泥のど真ん中を泳ぎ切るのが渋沢栄一とも言えるのです。『あさが来た』はヒロイン実家と五代様の黒い部分を上手にごまかしましたから、そこを買われての脚本家登用かもしれません。

こうした悪しき状況を描いた書籍もあります。

三好徹氏『政・財 腐蝕の100年』(→amazon)ですね。

実はこの本、中国語圏でも明治史を学ぶ上でかなり読まれていて、当時の暗部が海外に知られています。

 

再評価=イケメン! それでよいのか?

今週は長州藩にまで喧嘩を売るような描写が圧巻でした。

比較しては何ですが『八重の桜』では木戸孝允や久坂玄瑞に理解を示す描写で、巧みでした。簡単に善悪正邪を語らない奥深さがありました。

その『八重の桜』ですら、長州ルーツの大物政治家が怒ったというニュースがあります。各自お調べください。そのあたりはサクッと出てきます。

ただ、本作ならば堂々と言いそうだ……。

井上馨と伊藤博文がイケメンです!」

本作の設定は【イケメンならば再評価】であり、玉木宏さん演じる高島秋帆が唐突に出て、去ってゆきました。

あれは一体なんだったのでしょう。

徳川斉昭がえらく買っていた人物なので、イケメンで出して「どお? こんなイケメンを認めた徳川斉昭様スゴイ」とでも誘導したかったのでしょうか。

さて、史実の伊藤博文です。

幕末関連書籍を読んでいて、その下半身事情を再確認し、私は疲れ果てました。列挙しますと……。

・妾最年少は13歳! 当時から「キメエんだよロリコンが……」と思われていた。

・あだ名は「ほうき」、女を掃いて捨てるから。それ以外にもマントヒヒ侯、淫売国の棟梁等

・お札の顔である津田梅子は、伊藤のもとで働き、そしていろいろと絶望した。むろんセクハラがらみで絶望した

・初めてお座敷にあがる芸妓は一番乗りをしたい。何の一番乗り? ご想像ください

・鹿鳴館で既婚者相手に性的スキャンダルを起こし、鹿鳴館利用が下火になる契機をつくる

・明治天皇すら呆れる

・彼がお札の顔になる、顕彰する動きがあると当時から「は? あのエロが? ねえよ……」と引かれる

イケメンだからどうこうではないレベル。

伊藤博文主人公の大河ではないにせよ、イケメンで好意的に描くには常軌を逸した経歴ではないでしょうか。

 

明治は遠くなりにけり

慶喜が一橋家養子となった頃。家臣と打毬(ポロのようなゲーム)で遊びました。

すると慶喜はこっそりと手を使って点数稼ぎをしている。

あまりのせせこましさに呆れた家臣は、

「ならば俺はこうしますんで!」

と言い、ザルにボールを入れて一気にゴールに叩き込んだ。

このエピソードは渋沢栄一が関わった『昔夢会筆記』に残されています。

慶喜は幼少時から、姑息でゲスで無責任。これが栄一含めた当時の共通認識でした。

家康以来の英邁と持ち上げられる評価もありますが、周辺人物の突っ込んだ人物評となると良からぬ話も出てくる。

そんな姑息な君主が「いい人すぎ!」「つよポンが演じるんだから絶対いい人だね!」と受け止められるとなると、【物語だからいいじゃん】では済ませられないですよね。

『麒麟がくる』の池畑俊策さんは、明智光秀と己を重ねて書いているような気がしたとか。ぶれず、不器用で、要らんことも言ってしまう人なのか、と思わされました。

もしも今年の作り手が、慶喜や栄一と己を重ねて作っているとしたら、極めて遺憾であるとしか言いようがありません。

「あの人スゴイ!」と言われたがっていて、無双ネタが本気でウケると勘違いしていて、嘘をつくことに恥を感じない。

物語だからって、歴史を都合よく美辞麗句で飾るのは真摯な姿勢とは思えません。

 

人の生死はアクセサリじゃない

はるか昔、昭和の頃。ファミコンが世に出たとき、こんなことが言われました。

「死んでもすぐに生き返るファミコンの世界。人の命が蘇るように思うようになるのでは?」

いやいや現実とファミコンを混同するわけないじゃん!

そう思いたかったのですけれども……。

◆大河ファン、円四郎ロスで徳川家康との共演熱望の声「こんばんは、平岡円四郎です」(→link

本作の作り手は、幼い頃にファミコンで遊んだ最初の世代ですかね。

その関係性は不明ですが、人の命を粗雑に扱う傾向があり、それが視聴者まで伝播してないか懸念です。

天狗党をオークにたとえてはしゃぐとか。円四郎が笑顔でピースしているイラストに「家康と出てきて〜」と要望がくっついて投稿されるとか。

『おんな城主 直虎』で、小野政次が亡くなったとき、追悼ファンアートがたくさん投稿されました。そういう雰囲気とは違う。

キャッキャ笑いながら「円四郎ロスぅ〜!」と言い合い、自分の感受性アピールをしている。

NHKの別の番組でまでアナウンサー同士が明るい口調で「円四郎死んでしまってロスですぅ!」とかなんとか言っていて、私は心底、絶望しました。

いつから人の生き死にを、追悼でもなく「ロス」だのなんだの言って、はしゃぐようになったのでしょうか? それって悪ふざけではありませんか?

歴史に全然興味が無く、自分の先祖との繋がりも関係なく、幕末に何をしていたのか知らないからこそ、そんな無神経なことができる。毎週そう思わされ、気分が悪化し、ニュースを見るとますます落ち込みます。

この点、戦災の空襲を扱った『おちょやん』、震災を扱う『おかえりモネ』の方が随分マトモです。

戊辰戦争関連の史跡は整備されているところも多い。そういう場所にある墓跡などを一度訪れてみるとよいかもしれません。

京都をめぐり、ご先祖が新選組に出会った方と話してみるのもまた一興。池上本門寺を訪れたときには、薩摩出身の地元の方が居て、ご先祖様の話を聞いたこともありました。

もちろん史実の正誤確認まではできませんが、周辺には薩摩出身の方が多いと聞いて妙に納得したことがあります。

本作スタッフはそういった試みをされたことがなさそうで。

『麒麟がくる』は、その点、良心的でした。

人の命を粗雑に扱う傾向を強め、宴席で首を回すような信長に対し、光秀は焦燥感と絶望を募らせました。そして光秀は、命を粗末にしてきた信長を止めるため、その命を奪った。

今後この作品がどうなるか。私には不明ですが、今、出てくる言葉はこれです。

「是非もなし」

 

櫝(ひつ)を買いて珠(たま)を還す

「櫝(ひつ)を買いて珠(たま)を還す」

とは本作にピッタリの言葉かもしれません(詳細は後述)。

だからこそこんな記事でもでてくる。

◆ 『青天を衝け』キュンシーンに込めた意味 “平九郎”岡田健史דてい”藤野涼子の名シーンも誕生 (1)(→link

幕末はギスギスしているからムズキュン?

あまりにも凄惨で書くことも憚れる天狗党と諸生党の悲劇が行われている時系列、同じ回でよく言えたなぁ、と。

武田耕雲斎と天狗党の乱
夫の塩漬け首を抱えて斬首された武田耕雲斎の妻|天狗党の乱はあまりにムゴい

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『八重の桜』のようなまっとうな大河で、会津戦争の最中にムズキュンしていましたか。

ムズキュンとは先日の共演者結婚で話題をさらった『逃げるは恥だが役に立つ』が売り物にしていました。

来年の新垣由依さんには期待したいところですが、ともかくこうした民放の感覚を大河に入れ込んで是とする感覚がわかりません。

まぁ、史実でも慶喜の場合は「逃げるは恥だがロハスライフエンジョイ!」とやらかし、幕臣や奥羽越列藩同盟関連者の怒りと軽蔑を受けていました。

天狗党の惨劇を知っていて「よし! ムズキュンだ!」と言えるのかどうか?

知ってて言えるならもう言葉もありませんよ。

さてここで「櫝(ひつ)を買いて珠(たま)を還す」の解説を。

昔、珠(宝石)を売ろうとして、箱を凝った人がいました。

アロマ付き、細工もスゴイ!

ところが客は箱だけ買って、珠は買わなかった。

出典『韓非子』

このことから、こんな意味となった。

本当の値打ちはどうでもいい。外面の飾り、うわべの美しさにのみ心を引かれる。ほんとうに尊いものの値打ちがわからない。方法を誤って目的を失う。間違った方法で目的を見失う。

本作の感想を見ていると、幕末史なんかに興味はなく、投稿して盛り上がってパーっとすればよいだけと感じます。

歴史という珠の美しさ、尊さはどうでもいい。

ドラマの作り手にしても「箱さえ売れればいいじゃんねw」というスタンスではないでしょうか。珠を丸めたセロファンに取り替えてでも平然としていそうです。

しかし、世の中には珠を大事にしてきた人もいます。

多くの真摯な大河ファンはそうではありませんか。

人の生死が困難な時代にムズキュンとかロスとか、私には納得できません。

私はよく「このドラマが好きなファンの気持ちを傷つけてひどい!」と言われます。その通りかもしれません。

しかし、そんな私から問いかけたい。

死者の尊厳をバカにし遊び回るようなことだって、十分ひどいのではないでしょうか。

死者とは悲しい。

生きる者におもちゃにされようと何も言い返せない。

ゆえに生きる者は倫理観を抱かねばならない。

私は常々そう感じています。

 

君命に受けざる所有り

この作品は、はっきり申しまして失敗していただかねば困る。

孫子』も指摘している。

塗(みち)に由(よ)らざる所有り。軍に撃たざる所有り。城に攻めざる所有り。地に争わざる所有り。君命に受けざる所有り。

道があっても通るべきでないことがある。軍を攻撃してはいけないこともある。城でも取っちゃいけないことがある。戦ってはいけない戦場もある。君子の命令だろうと、受け入れちゃいけないこともあると。

今までどうして渋沢栄一大河がなかったか?

受けてはいけない命令だったんですよ。

しかし、幸か不幸か、テレビを見る層に変化も起きている。

◆映画やドラマを観て「わかんなかった」という感想が増えた理由(→link

わかりにくいものは悪い作品、わかりやすければよいとする風潮ですね。

『青天を衝け』は説明台詞がてんこ盛りで、この記事に指摘されているような「全部説明するドラマ」の典型に思います。深みも何もない。

SNSにどう投稿しようか?

ロスハッシュタグで盛り上がらなくちゃ!

そんな意識が先に働き、妙な表現があっても見逃す。【サンクコスト】を見積もって引き返せなくもなります。

しかし、そのせいで十年後の大河がどうなるか。

◆若者はなぜ離れた? テレビの“失われた10年”を招いた「世帯視聴率」の呪縛(→link

なぜ今、韓流や華流が見られているか?

複雑怪奇でおもしろいから。本物の若者世代からしたら、何から何まで説明する大河なんて“オワコン”でしかなくなってきている。

本作はそういう焼き畑農業を進め、十年後に禍根を残すことをしている。

ゆえに私は評価できません。

 

渇しても盗泉の水を飲まず

人には良識なり道徳心があるという前提で、私は生きてゆきたい。

しかし世の中には例外はある。

今回次回の放送で注目される天狗党。

敗者は死ぬまでの間、臭いがキツく薄暗い鰊倉に入れられ、それだけでなく一族も殺され、またその報復の連鎖が起き、ついには人材がいなくなってしまった水戸藩の内紛。

本作の作り手は、もしかして、その経緯を知らないのでしょうか。

水戸学は長州が松下村塾由来のようにしてしまったし、功績は大体他の勢力のものにされた。

会津のように美しい物語があるわけでもない。

抗議しようにも、水戸の人材は枯渇しきった。

何も残らない。

だからこそ家康ナビゲーターの軽いノリで、ヘラヘラ笑い、号泣だのムズキュンだの騒いでおしまいなんでしょうか。

誰かが天狗党とその犠牲者のために涙を流し思いを寄せるわけでもない。

すべて“平四郎ロス”へ……と、これではあんまりじゃないですか。

かつて『花燃ゆ』に対してとある幕末史研究者がアンチ意見を書いたところ、「政府に対する非難だ」として圧迫を受けたという証言がありました。

『いだてん』がオリンピック絡みで政府に寄り添ったものだったことも言うまでもありません。

そして今年の『青天を衝け』です。

渋沢栄一は、ただの人物じゃない。お札の顔になります。そこでもし、ありのままの渋沢栄一を描いて「この人、お札の顔になってもいいの?」なんて国民が思ったら?

その懸念がある以上、きれいにきれいに美化を重ねまくる必要がある。

NHKは渋沢栄一を通して何を表現したいのか。

大河がフィクションである以上、どう描いてもよいのか。

天狗党の悲劇を軽んじ、円四郎のロスでおちゃらけ、お札の顔となる渋沢栄一の美化に励む――。

今週も辛辣になってしまい申し訳ありませんが、私はそこには加担したくありません。

渇しても盗泉の水を飲まず。

水戸藩について調べると疲労困憊します。地獄のような惨劇を調べたあと、SNSで「慶喜いい人すぎぃ」なんて見ると、胸が痛くなります。

次週以降、そんなことが無ければよいな……と希望を持ちたくても叶いそうにない。

渋沢栄一と伊藤博文を持ち上げることで、大事にならないことを祈るばかりです。


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【参考】
青天を衝け/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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