もう幕府は持たねえ。それなのに幕臣になっちまった!
ドツボに陥った渋沢栄一はふてくされております。
そこへ原市之進からのお呼び出し。将軍になってしまった慶喜に対し、まだ何か言いたげな栄一ですが……。
フランスで博覧会
市之進はフランスでの博覧会の話を始めました。
東西の物産を持ち寄り、品評するというもので、各国がそれぞれの自慢の品を用意します。
異国にも物産会(ぶっさんえ)があると飲み込む栄一。それはご英断と褒め、「夷狄(※差別的な言葉・まだ攘夷が残っている?)に見せつけろ」と言い出します。
史実でもその通りですね。幕府は準備を整えていた。わかりやすい例で言えば薩摩藩の「集成館事業」ですね。
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こうした開明的な動きに対して「夷狄と貿易なんてフザけるな!」と潰したのが徳川斉昭で、その思想に賛同していたのが渋沢栄一ら水戸学の徒です。
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原はこの博覧会には王族も参加すると告げます。
しかし王族参加となると、到底、帝は無理だし、慶喜だって忙しい。
そこで民部公子(徳川昭武)に白羽の矢が立ちました。
慶喜の父である斉昭は正室のみで側室なしとされていますが、それを信じるわけにもいかない。
民部公子は慶喜の異母弟。会津松平家に養子になるはずが、清水家に入りました。ちなみに、松平容保の養子となる喜徳も慶喜の異母弟です。
彼はその後もパリにとどまり、留学をするとのこと。水戸からお付きが30人ほど向かうはずが、数は削減したうえに、水戸藩士は危険なので栄一に回ってきたと市之進が語ります。
確かに幕末京都でも危険視され、新選組すら素早く粛清した水戸藩士はよろしくありませんね。
成一郎は尾高のもとへ
この人事は慶喜直々の着想だそうで、距離ができたと泣いていた栄一はすっかり舞い上がっております。
栄一は人間関係を大事にするんですね。
パリを含むヨーロッパ行きに前のめりで、欧州派遣団一行の会計役となりました。
感激する栄一。数年前、道に詰まり(※テロ未遂で行き詰まった)、開いたのは平岡円四郎だった。
今度は殿!
そう喜んでいます。また胸がぐるぐるしておかしくてたまらないそうで、市之進は困っています。なんでもぐるぐるですよね。
史実の渋沢栄一は、もっと語彙力のある懐古をしていますので、気になる方は伝記でもどうぞ。
このあと栄一は永井尚志と打ち合わせをしています。
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なんでも「見立て養子」をもらうとか。
海外で万が一があったときのため、跡継ぎを決めておくというものですね。
そのころ渋沢成一郎は幕臣として上様を支える気持ちを語っていました。
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相手は尾高惇忠と平九郎。
成一郎に対して惇忠は励ましの言葉をかけ、成一郎も喜んでいます。
しまいには二人に対し、慶喜に仕えないか?と誘っています。
出発間際には、成一郎の妻と、栄一の妻・千代もやってきました。
名残惜しいが行かねばならぬ。足りねえものは妻と子だけだと語る成一郎に、千代は栄一のことを聞きます。
「世を拗ねておる」
そう聞かされる千代でした。
天皇の崩御
慶応2年12月――徳川慶喜は第十五代将軍となりました。
慶喜に期待していた孝明天皇は?
体調が優れぬまま神事のために踏ん張り、四時間以上の御神楽に参列。
これが原因で倒れたような描写の後、後の明治天皇も出てきて「種痘を受けている」と語ります。
そう言えば孝明天皇の顔にポツポツと斑点が浮かんでいる。
天然痘で死んだようにも受け取れますが、孝明天皇の崩御については謎が多く、あまりこの描写を鵜呑みにするのもどうかと思います。
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ともかく慶喜はピンチ。
入れ替えに岩倉具視が出てくる。
「病は治るというてたやないか!」
そして孝明天皇を褒めるのですが……「わしがお側におったら!」というセリフも含め、突然過ぎて意味がよくわからなかった……。
なぜ、彼が近くにいたら状況がよくなるというのか。
王政復古宣言も大声でしております。
「人の一生は重き荷を置いて、遠き道を行くが如し」
栄一と慶喜。
二人は大政奉還でおなじみの二条城で久々の再会を果たします。
なんと慶喜はフランスの軍服を着用。ナポレオン三世から贈られたとかで、フランス陸軍の武具一式を提供されているのです。
似合わないのがわかっているのに着ているとは、視聴者サービスでしょう。このショットだけで話題になりそうですね。
慶喜は昭武に、各国大使と出会うこと、留学の心得をテキパキと説明します。日本で何があってもみだりに動くなと言います。円満につとめよとのこと。
そんな弟を下がらせ、ここから二人のトーク開始です。
本音を打ち明ける慶喜。将軍になって嫌なようですが、その座もお似合いだと栄一は答える。
周囲は父(徳川斉昭)の念願が叶ったことを喜ぶけれど、こんな重き荷を背負ってもどうにもならない、だからこそ、海外外遊して広い視野を持った人に跡を継いで欲しいと慶喜が語ります。
そしてフランスまで行けば異国嫌いも治るだろうとも告げる。やすやすと潰されるわけにもいかないと語るのです。
「人の一生は重き荷を置いて、遠き道を行くが如し」
栄一は、徳川家康の遺訓を持ち出します。
そして二人で交互に口に出していきます。
不自由を常と思えば不足なし。心に望みおこらば、困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久のもとい。
怒りは敵と思え。
勝つことばかり知りて、負くることを知らざれば害その身に至る。
己を責めて、人を責むるな。及ばざるは、過ぎたるよりまされり。
人の一生は摩訶不思議と語り合う二人。お互いそう言い終えたところで笑いあうのでした。
いや、それはそれとして幕末の情勢はどうなってます?
栄一の欧州行きについて、もっと具体的な指示は?
原と永井任せですかね……。
ともかくエール交換は終わりなようで、栄一は横浜へ向かいました。
長七郎のいる牢獄で成一郎と再会
場面変わって、民部公子(徳川昭武)プリンスタイムの始まり。
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御一行のみなさんが挨拶しています。
レオン・ロッシュも見えます。握手をするロッシュにびっくりする栄一。イケメンの杉浦愛蔵も出てきました。
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同時に薩摩の企みも語られ……何を話しているのかわからなくなりそうです。
栄一は小栗忠順(ただまさ)に呼び出され、会計係の仕事について一通り説明を受けます。
と、そこで突然、小栗が「攘夷テロ計画」の尋問をしてきました。
口ごもりながらも栄一はまじまじと答えようとしますが、実は小栗の冗談でした。ここであのネジが出てきます。
小栗といえばネジの話が有名。二人は国の役に立ちたい、という話に盛り上がります。
栄一は千代に手紙を送ります。
そのあと成一郎にも再会しようと江戸へ急ぎ、屋敷ではあと一歩のところですれ違うのですが……。
今度は、尾高長七郎のいる牢獄へ向かったところで、なんと成一郎と再会!
フランスに行くと知り成一郎は驚きます。栄一は賢い設定の割に説明が雑なので、さっぱり何が何やらわからないようです。
楽しそうだからか?と問われると、日本のためだと返す栄一。
その前に会いたかったといわれ、成一郎はぐっときています。
そして顔を見ていない収監中の長七郎にも会いたいと言うのでした。
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慶応3年 アルフェー号で出発
成一郎も長いこと会えなかったものの、やっと面会が許されます。さすがに偶然が続き過ぎて、不自然な感じも……。
長七郎は体調がよくないらしい。牢屋ではそうなりましょう。
栄一はここで「見立て養子」のことを相談。平九郎を養子にと言います。
簡単に言えば血統の話です。渋沢家の栄一と尾高家の千代、この二人はイトコ婚にあたります。本作ではいろいろとアオハル路線にしていますが、要するに昔ながらの血統維持の結婚ですね。
そして別の心配ごととして、千代から返事がないとか。
千代は誇り高いので、愛で夫を縛らないためにも、あえて節制していました。そんな幕末らしい烈婦であるがゆえのことですが、本作では今時の萌える女性なのでわかりにくくなっている。
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むしろ千代を裏切って新選組隊士とまで女の取り合いをしていたのは栄一なのですが。そしてこの先のフランスでも色々とあるのですが。それはさておき。
長いトークをして、お互い死ぬときは悔いを残さないようにと語り合います。
慶応3年(1867年)1月11日――。
渋沢栄一はフランス船・アルフェー号で出発し、その一報を手紙で知った血洗島の家族は驚いています。
千代宛の手紙を読む一家。千代を忘れないと手紙を送る栄一。パリで美女とアバンチュールを楽しみ、お持ち帰り未遂をするのですけれどもね。すごい精神力です。
そのころ成一郎と慶喜は軍事訓練をしていました。
フランス船を頑張って撮影し、予算が尽きないか、一瞬不安になりますが、VFXでかなりごまかせそうなので対策済みなのでしょう。
高島秋帆の回想が出てきて、さらには「自分が作った幕府が潰れる前夜」なのに、なぜか嬉しそうな徳川家康も出てきて終わります。
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総評
やっぱり、このドラマは何だかおかしい。
しかし、新たなモデルは生み出せたと思います。
コロナとオリンピックでどうしようもない、スケジュールが立てられない。でも、スタジオ撮影と急拵えの脚本でナントカしたい。そういうシステムを確立したのでしょう。
回想シーンも長い。
そもそも今回はもっとコンパクトにまとめて良かったのでは?
引き伸ばしを感じますが、果たして?
攘夷に大小あり
栄一のぐるぐるだの、おかしれぇだの、とりあえず忘れてください。ここは大攘夷と考えましょう。
攘夷には大小があり、ざっと以下の通り。
大攘夷に目覚めたと褒めたいところです。
幕臣は海外へ向かう前にそこまで到達していたのに、それを活かせなかったのが本当にもったいなかったですね。
タラレバを言っても仕方ありませんが、余計な血を流さずに済んだ可能性もあります。
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しくじった慶喜の計算
孝明天皇が若くして崩御してしまいました。
かくして慶喜の見通しは決定的に終わります。
というのも、水戸学は「天下の副将軍」としての機能を求めるところもあったのです。
後期水戸学、徳川斉昭と藤田東湖コンビはそう。将軍とならずに、副将軍として将軍と天皇を持ち上げるシステム構築をめざしていた。
徳川家茂が死に、孝明天皇が崩御としたとなると、もうガードができません。
慶喜の命運は終了です。
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孝明天皇の死因と岩倉具視
孝明天皇崩御については、このドラマの描写を全部忘れないとかえって危険かもしれません。
死因は何か?
実はこれが確定できていない。疱瘡にかかっていたことはそうですが、かなり回復してよくなっていたという証言もある。
それがガクッと悪化して、急に崩御したため、当時からこんな噂が囁かれておりました。
「岩倉具視がな、殺したらしいで……」
全く根も葉もない噂というわけでもない。岩倉の妹・堀河紀子が宮中にいた。
この紀子が筆に毒を仕込み、帝が舐めるとじわじわと蝕まれてゆく……そんな噂がありました。当時の来日外国人を含めて、複数の人物が暗殺説を書き残しています。
岩倉はどうだったか?
激怒して否定するかというと、当惑するばかりでした。どうして岩倉の名前が挙がるか?というとミステリでおなじみのこんなセオリーが成立します。
“Cui bono?”
誰がこの事件で利益を得られるか?
孝明天皇崩御の場合、岩倉だったということです。
孝明天皇暗殺説は、それこそ荒唐無稽なものならば「ない!」と言えるのです。
しかし、ちゃんとした記録でも「不明」となる。ナポレオン1世と違い、遺体調査ができないからには迷宮入りでしょう。
そこを踏まえると、本作の岩倉具視は一体なんだったのでしょうか。突然のことであまりに白々しく、かえって怪しく見える。というか、怪しく見えてOKなんですかね。
福沢諭吉で新旧一万円札コンビ
新旧一万円札が交錯する今回。そんな福沢ですが、幕末の人物でありながら170を超える背丈で立派な体躯。イケメンでした。
「ちょっとぉ! 福沢さんが今日うちの屋敷にいるって知ってる?」
「マジで、あのイケメンがきてるのぉ!」
そう女中がざわついていたそうです。渋沢栄一でイケメンが一万円札になったと思ってはいけませんよ。福沢諭吉の時点でイケメンです。
そんなイケメン福沢諭吉本人からすれば、こう言いたいとは思います。
「ハァ〜〜〜〜? なんで俺がよりによってあんな弐臣ドラマの引き立て役なのぉ!?」
そうキレそうだと思えました。
なんせ渋沢栄一と福沢諭吉は気が合わなかったそうですが、それも無理はない。
福沢諭吉は政府に仕えた元幕臣が大嫌いでした。
「弍臣」という言葉はそういう家臣を指すもので、儒教規範では最低の存在とされています。福沢は栄一と違って儒教を嫌う一方、弍臣を憎むというアンビバレントな感覚があります。
特に嫌いなワーストが勝海舟と榎本武揚です。
『痩せ我慢の説』でこの二人を罵倒しまくりました。一応、事前許可は取っていたものの、いざ出ると榎本は激怒したそうですよ。
ではなぜ諭吉は、この二人をターゲットにしたのか?
実は私怨もあります。勝海舟のことは渡米時代から嫌い。
榎本武揚にはむしろ感動しておりました。函館まで戦ってエライ! 東京で牢屋に入った榎本に、福沢はせっせと洋書の差し入れをした。
しかし榎本はこうでした。
「なんでえ、この書はよ! 俺ァこんなもんとっくに読んでんだぜ、舐めてんのか」
そこは幕臣でもトップクラスの知性ですので、差し入れ書籍が低レベルすぎてかえってイライラした、と。以来、福沢は榎本にバカにされたという恨みつらみがあった。そして爆発……とは、しょーもない話ですけど、それが史実です。
渋沢栄一については、福沢が激怒した無血開城&慶喜を持ち上げ、長州閥と親しい時点で感情的対立不可避ですね。
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勝や榎本にケンカを売った福沢諭吉|慶応創始者の正体は超武骨な武士だった
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尊王攘夷思想を学ぶためには
尊王攘夷を学べる本を一冊紹介させていただきます。
◆「尊皇攘夷」書評 今また勢いを増す 正義の思想(→link)
この本は確かに素晴らしい。
ただ皮肉にも、この記事で『青天を衝け』の危険性も暴いてしまっている。以下の記述に注目です。
NHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」が面白い。日本の近代化を進めた渋沢栄一が主人公だが、前半は幕末、若き栄一が当時流行していた「尊皇攘夷(じょうい)」という思想にどう向き合ってきたかが物語の中心をなしている。
ドラマに胸を衝かれるセリフがあった。水戸藩出身の一橋慶喜(草彅剛)が腹心の部下を水戸藩士に暗殺された後にこうつぶやく。
「尊皇攘夷か……。まこと呪いの言葉になり果てた」
天皇を立て、外国を打ち払う。日本を新時代に導いたのは間違いなく水戸で生まれた尊皇攘夷思想だが、慶喜のつぶやきに象徴されるように、この思想によって幕末の日本は複雑怪奇な道をたどることになった。
何がおかしいのか?と言いますと「尊王攘夷」とまとめていることがひとつ。
そこはむしろ「水戸学」かと思います。かつ、『青天を衝け』はむしろ水戸学を隠蔽しています。向き合うどころか「水戸学」という言葉すらでてきません。
この本のテーマであり、サブタイトル「水戸学の四百年」を無視してはなりません。この四百年には三島由紀夫が生きた時代、そして現在も入っています。
『青天を衝け』には多くの問題点がありますが、その最たるものが「水戸学の隠蔽ではないか?」と思う点です。
片山先生の本は良いとは思うのですが、画竜点睛を欠くとは思える。江戸時代で終わるのです。三島由紀夫については語られても、中途半端と思える。これはさまざまな事情があるのでしょう。
しかし、水戸学は終わらない。
渋沢栄一だって、結局のところずっと水戸学を捨てきれてはおりません。
中国思想と幕末史のみならず、現代史にもかかる問題がある。
そこは小島毅先生の『靖国史観: 日本思想を読みなおす』(→amazon)等をお勧めします。まぁ、毎週のように勧めてますが。
小島先生の名前がでたから付け加えますと、本作の重大な欠点は中国思想理解の不味さではないかと思えます。
ここ十年で中国思想をプロットに取り込み、かつ成功していた作品は『麒麟がくる』が頭ひとつ飛び抜けてはいる。日本史でそこまでする必要があるのか?とツッコミされますと、そこは難しい問題ですが。
とはいえ『論語と算盤』著者であり、タイトルが漢詩由来でありながら、こうも弱い本作はどうしたものでしょうか。
渋沢栄一の語るところの儒教は、何かと極端に流れる陽明学であり、かつ危険な水戸学です。渋沢栄一経由で儒教を学ぶことにはそれなりのリスクがあることは踏まえておいてください。
個人的な見解ですが、渋沢栄一と吉田松陰経由の儒教を学ぶことは、ちょっとごめん被ります。
土方は“何十人も人を斬ってきた”のか?
先週の話を蒸し返してどうかと思いますが……懸念が的中しました。
渋沢栄一と土方歳三はズッ友だよ!
そんな感想が盛り上がっています。うーん。
あくまで渋沢栄一の自伝ベースであり史実認定は危ういと先週のレビューで書かせてもらいました。
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青天を衝け第20回 感想あらすじレビュー「篤太夫、青天の霹靂」
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今回は土方のことでも。
どうにも不穏な空気が漂う『青天を衝け』ファンダムです。
先週放送の土方は「何十人も殺した」旨を述べました。
それに対して私は上記の記事で「現場指揮官タイプなので彼自身が斬った数はそこまで多くない」としました。
そもそも論として。池田屋事件のような戦功記録があり、報奨金が出ているならばまだしも、そうでない刃傷沙汰は5W1Hすらハッキリしません。
新選組は怨恨や誇張が当時から多い。
坂本龍馬暗殺犯は新選組だという誤認が、近藤勇の処刑を早めたとも指摘されております。
ゆえに、土方が無双してバサバサ斬っていく本作は【誇張が過ぎる】ことは確か。
ただし、こういう意見もまた違います。
・新選組がそんなに人を斬ったわけがない。今の警察官だってそんなに発砲しないよ
→現在にまで残る警察制度は、川路利良がフランス式を導入した明治以降のもの。新選組とは組織体制から逮捕術まで異なります。
新選組はむしろ八王子同心の方が近いでしょう。
幕末の治安悪化は特殊です。ゆえに、今の警察から新選組の類推をすることは間違いのもとです。
・新選組時代の土方は、人を斬ったことがないと思われます
→戦争従軍経験者、しかも副長でその認識は流石に大袈裟でしょう。
では、どうすればよいのか?
断定はしない、白黒つけないことが大事です。
「何十人も斬った」と数を盛りすぎてもよろしくない。だからといって「人を斬ったことがない土方」もおかしい。
「任務のために多くの人の命を奪ってきた」
「若く強い沖田、永倉、斎藤ほど斬ってはいないと推察できます」
この程度のボカし方にしましょう。
もちろん話は盛った方がバズりやすいし、不正確な情報を流したところで責任を取らなくてもよく、最終的には「信じた方が悪い」と逃れることができる。そう思ってしまったら、もう戻れない……。
和宮は“闇落ち”してません
先週放送の内容で、もう一つ気になった反応が和宮です。
◆<青天を衝け>家茂他界で和宮が“闇落ち” 失意と憎しみ…深川麻衣が体現「鬼気迫る」「ゾクッとしました」(→link)
なぜ和宮はこんなことを言われなければならないのでしょう?
慶喜はおめおめと突如江戸に戻り、勝海舟はじめ多くの人に縋りました。
その中に和宮がいる。
本作が、この先どんな描き方をするのか、私にはわかりません。
しかし、和宮に慶喜が縋り、彼女が憮然としながらも朝廷に折衝をしたことが描かれないとすれば?
現代には甚だふさわしくない言い回しと断った上で言いますが――これは紛れもなく、不敬でしょう。和宮への侮辱としか思えません。
もう一度、当時の川柳を出させていただきますと……。
かずのこは無事で にしんがへたりたる
【意訳】和宮はしっかりして意思を貫くのに、二心殿(慶喜)はダメだな
これも結局は見方次第で「帝に攘夷を誓いながら反故にする慶喜の方がよほど堕落してるわ!」と言いたい人は上から下まで大勢いたということです。
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戦場を放棄して大坂から逃げ戻った慶喜のため 和宮が嫌々ながらも協力したこと
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『獅子の時代』の第一回はパリから
大河ドラマ『獅子の時代』をご存知でしょうか。
1980年に放送されたもので、もう40年以上も前になります。
菅原文太さんの演技が話題になりましたが、私が注目したいのは
・渋沢の大河初登場となる作品
・実は渋沢大河になる予定だった、そんな説もある作品
の2点です。
NHKではこう紹介されています。
明治維新前年のパリ万博、幕府随行員として赴いた会津藩の下級武士・平沼銑次。
幕府に対抗して独自に参加した薩摩藩の苅谷嘉顕。
万博で出会った架空の2人が近代国家樹立という志を掲げて生きるさまを追い、幕末から明治にかけての激動の時代を描く。
「大河ドラマ」初の明治もの。
会津訛り(なまり)でしゃべる菅原文太の迫力ある演技が話題になった。
上記をご覧の通り、『青天を衝け』では20回を過ぎてもぐずぐずしている展開が、冒頭なのです。
『青天を衝け』はコロナとオリンピックもあり、年間スケジュールも曖昧なまま進められていることがわかります。
それを考慮しても、序盤があまりに長過ぎた。
その序盤に重要なことがあったかと言えばどうか?
不気味な蚕ダンス。
未成年設定栄一の褌披露。
栄一と慶喜が並んで放尿。
斉昭が慶喜に伝えた痔の対処法。
欲求剥き出し栄一、胸をぐるぐるさせながら千代を欲する。
家斉お手製スイーツを食べて闇落ちする井伊直弼。
心臓発作で急死したはずの斉昭が、死ぬ間際に妻にキスをする。
「なんで、そんなことばかり思い出すんだよ!」というツッコミはわかりますが、各メディアで「見所扱いされていた」ことも忘れてはならないでしょう。
『獅子の時代』を踏まえますと、今まではむしろ虚無への供物だったのではないかと思えてなりません。
渋沢栄一と同年代の人物とは、幕末か、明治か?
どちらで扱うべきか迷いますが、栄一は圧倒的に明治の比重が高い人物です。
ではなぜ、パリ渡航(大政奉還)までに20回もかけたのか?
『獅子の時代』とどこが違うのか?
以前のレビューで私は、大河ドラマ『徳川慶喜』のころよりも歴史観が劣化していないか?と嘆きました。
訂正します。『獅子の時代』から……いや『花の生涯』や『三姉妹』からもそうとしか思えない。
『獅子の時代』は、架空の会津藩士を語り手とすることで、斗南藩の苦労や自由民権運動、市民が生きるための物語を描くことができました。
『青天を衝け』は違う。
徹頭徹尾、民衆を労働力扱いする視点がそこにはある。
海外ドラマでもみてください。稗史目線、民衆からみた歴史ものが圧倒的に多い。
そういうものを「ファンタジー」とみなすことはない。海外で「ファンタジー」と明瞭に言い切られるものとは、それこそ『ハリー・ポッター』であり『ゲーム・オブ・スローンズ』なのです。
歴史フィクションの定義がこうも異なることに、困惑と懸念を覚えるしかありません。
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菅原文太兄ぃは仙台藩士の末裔だった『仁義なき幕末維新』に見る賊軍子孫の気骨
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イケメンをアイキャッチにすればいい!
ともあれ、本作は成功枠に入っているんですよね。なぜなのか?
こんなニュースがありました。
◆ まるで男性向けのグラビア? 脚露出の女性モデル使った討論会チラシに批判 国分寺市長選(→link)
昭和としか思えないセンス。ふしだらとかそういうことでなく、美女をムフフなアイキャッチに使うセンスに絶望されているのです。
しかし、このニュースを見た時、思い出した気持ちがあった。
「本人とは似ても似つかない美形の渋沢栄一が、微笑んでいるだけのビジュアルも大概だ……」
『青天を衝け』です。あれを見ても、美形が主演ということしかわからなかった。
比較として『麒麟がくる』をあげると、明智光秀が苦悩していると伝わってきて、かつ、麒麟のシルエットが彼に重なっています。
五行説で中央を司どる、作中では信長のテーマカラーである黄が背景。
あのビジュアルだけで、信長に仕えながらも麒麟に支配されているとわかる。高度な設計でした。
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『麒麟がくる』のド派手衣装! 込められた意図は「五行相剋」で見えてくる?
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それと比べると、本作はアイキャッチに美形を使っているだけではないか?と思ってしまう。
女性をアイキャッチに使うことは、最近やっと問題視されてきました。
では男性ならよいのか?
「ならぬものはならぬ」ではないか、と私は思います。しかも大河なのに、このドラマはセクハラじみたことをする。もしも性別が反対なら、問題視されていたのではないか。
ありとあらゆる役者が、しょうもないアイキャッチとして使われることに懸念を抱いてしまいます。
しかし、本作での反応は違う様子。
◆草なぎ剛がまるで皇帝ナポレオン 演じる15代将軍の慶喜が和装から洋装に衣替え(→link)
「皇帝ナポレオン」という呼び方には問題がありますね。ナポレオンはナポレオンでも、1世と3世は別物です。
2世は間違えようがないので除外するとしまして1世はともかく、3世と並べられることはちょっと……。元祖はさておき、3世は当時からネタ枠扱いでして。
「今時ナポレオンとかバカじゃないの」
「悲惨すぎるアホやわw」
阪神助っ人枠でも、バースやのうてグリーンウェルやねん!
それにしても攘夷とさんざんイキって、天皇の信任を得ておいて、夷狄コスプレとかほんまええ度胸してはる。
栄一だけでなく、慶喜の変わり身の早さも当時から低評価でした。
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スタジオロケで会話をさせよう!
ともかくこのドラマはイケメン会話が多い。
彼らをスタジオにつめて会話させると、スケジュール調整はしやすく、撮影の手間もかかりません。要はコストカットになる。
今週もほぼ、密に会話する場面しかなかった気がしますが、視聴者が好意的に受け止めて貰えれば、作り手も問題ないんですよね。
◆ 吉沢亮&町田啓太らが熱演! 『青天を衝け』が説いた“腹を割って話す”大切さ (1)(→link)
それぞれの立場による陰謀が絡み合う政治的な大問題が描かれている第20回で注目したいのは、家茂が「私はこうしてあなたと腹を割って話してみたかった」と慶喜に言うセリフである。
前半、何気なく出てきたセリフだが、「直接話す」大事さが第20回を貫いているように感じた。
実に素直に受け止めていらっしゃる。
「将軍と側近なのに、ここに至るまでに会話すらしていないのは、組織として不健全。これは滅びて当然ではないか?」
「予算と手間を節約できていいよね」
といった、ひねくれた意見は無用かもしれませんが、そう思う以上は記しておきたい。
むしろ「難易度を落とす!」
本作絶好調の理由を見ると
「難しくなくてキャッチーで親しみやすい!」
というものがあります。
しかし、それがまた面白い。多くの幕末ものの時代劇で描かれる「名場面」を悉く飛ばしていくこのドラマが重きを置いているのは、2つある。
なるほど。
歴史の“名場面”を飛ばす……ナレ死だの、『真田丸』の関ヶ原飛ばしを貶されていた時空は古いのでしょう。
◆ “超高速関ヶ原”の裏では何があったのか?:「真田丸」を100倍楽しむ小話(→link)
発想を転換すればよかったんですね。
とはいえ気になることはあります。
この記事で「知らなかった」とされる小栗忠順、渋沢栄一、五代友厚は、幕末明治好きなら割と有名なのではないでしょうか。記憶違いなら申し訳ありませんが、教科書にも名前が出ていると思います。
小栗についてはこんなよい記事もあります。
ともあれ、難易度を落とすことが有効なのですね。
『青天を衝け』を見てはいけない理由
歴史関連の記事やサイトを覗いていると「青天を衝けを見てはいけない理由」というキャッチコピーの広告がやたらと出てきます。
広告リンク先の内容は不明です。
しかし、見てはいけない理由があることには同意するしかなく、こんな興味深いインタビューもありました。
◆ 草彅剛さん「泣くシーンは苦手 どきどきして眠れない」(→link)
もう隠すつもりもないのでしょう。
本作は主演級の役者も、上層部のスタッフも、むしろ「歴史をわからない状態で」撮影しているとわかります。
無料部分でもこうあります。
だってね、昔の歴史のことって何が本当かわからないじゃないですか、実際のところ。だからどんな解釈でもいいというか、あまりこういう人だと決めつけずにやっています。頭でっかちに考えていてもできないから。
昔の歴史のことって?
何が本当かわからないとは?
それならばなぜ考証がついているのでしょうか。そんなもの付けずに、勝手に想像で進めれば、という話になるでしょう。
「頭でっかち」という言葉のあたりから、歴史的におかしいというツッコミをする自分のような人間は迷惑なのだろうと痛感させられます。
しかし、それは本来別枠ではありませんか?
上杉謙信が女性だとか。柳生十兵衛が徳川家光の首を斬っていたとか。そういうトンデモでも許されるのかどうか。
そういうことをしないからこその大河であったと思えるのです。
ここまで「何が本当かわからない」と言い切ってしまうと、大河の根底からひっくり返るのではないかと恐ろしくなってしまいます。
『西郷どん』の時は、松田翔太さんが自分なりに学び、脚本の慶喜像に疑念を感じたと語っておりました。そういうコントロールできない状況にしないという意識を強く感じます。
『麒麟がくる』では、長谷川博己さん以下、かなり読み込んで勉強して演じていることが伝わってきたのですが。
それに歴史を軽んじる感覚って、歴史修正主義と相性がよく、危険性も孕んでいます。NHKは大丈夫でしょうか?
そして申し訳ありませんが、この記事を引いてみます。
◆『青天を衝け』視聴率好調、じつは「慶喜と薩摩」の描き方が圧倒的にウマかった…!(→link)
例えば参預会議では、従来とは真逆の解釈をしていた本作ですが、それが「爽快だ!」という理由で絶賛されています。
2ページ目では江戸っ子の痛快さが触れられて入る。
ただ、これも一面的でして。
薩摩を芋と罵倒する江戸っ子は、おめおめと逃げ帰った慶喜に白い目を向け、会津や庄内を応援していました。
つまり、ここで引くのはちょっと無理があると思えるのです。
そして4ページ目。
長州系はもちろん、「中央の政局(この時点ではほとんど京都政局)」に関係のない志士は『青天を衝け』では取り上げられない。
もともと吉田松陰は登場しないし(名前は出ていたが)、吉田稔麿もあつかわれていない。久坂玄瑞の影も見えない。高杉晋作はたぶん出現しないし、坂本龍馬も中岡慎太郎も出てこないだろう。
彼らは一橋家の内部から見えない存在なのだ。
それでずいぶんすっきりする。
長州をノイズとする理由は、何もわかりやすくするためではないでしょう。
史実をたどれば、一橋家からも、そして慶喜と渋沢栄一からも見えていました。
天狗党です。
天狗党の乱は、禁門の変と連動した事件でした。その天狗党が頼りにしていたのが、慶喜と栄一です。
その天狗党の同盟者を打ち破り、天狗党も見捨てる――その過程をこのドラマでは綺麗さっぱり省きました。
天狗党の顛末は描かれたものの、田沼意尊に責任を押し付け、慶喜と栄一はロンダリングされたのです。
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夫の塩漬け首を抱えて斬首された武田耕雲斎の妻|天狗党の乱はあまりにムゴい
続きを見る
そしてこうもあります。
それが歴史的事実かどうかは、この際、どうでもいい。ドラマなんだから。(3ページ目より)
徳川政権の中枢にいる一橋家にとって、敵はただひとつ「薩摩」だけであった。
この構図がとてもわかりやすい。
リアルにそうだったのだとおもわれる。(6ページ目より)
ドラマだから創作してもよいと言い切った後、これがリアルだったと思われる。
その矛盾、弊害に気づいているのかどうか?
とてつもなく危険な水域に突入したと思えます。
幕末史の本をめくっていると、よく先生方がぼやいています。
日本人は歴史を知ろうとしない。司馬遼太郎で満足する。いや、小説を読むだけならマシか。大河ドラマでわかった気になっている! これでは危うい。
かつては「先生がまた荒ぶっているなぁ」と思ったものですが、私も荒ぶるようになりました。
パンデミックのみならずインフォデミック(※ネットで拡散する不正確な情報)が叫ばれるこの時代、こんな拡散装置には警告しなければならないと思う次第です。
天狗党もそうでしたが、長州藩もですか。
慶喜と栄一の意に背いた人間は、こうも感想でまでバカにされ、コケにされるのでしょうか。
『青天を衝け』を褒めてはいけない理由
大河は所詮一年もの。渋沢栄一も一年で顕彰が終わるかとは想像しております。
が、なまじお札の顔だけにどうなることやら。
歴史上の人物の好き嫌いは、それぞれ勝手にすればよいとは思います。
戦国武将はそうでしょう。ただし、幕末以降、近現代史となると面倒だと指摘しておきます。
こんなニュースがあります。
歴史の見直しが進んでいます。
BLM運動で一気に加速したとはいえ、実は一昔前からあった傾向です。
ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』の邦訳からも20年が経過しています。あの本はグローバル・ヒストリーの先駆けと見做されています。
地球規模で人類史を俯瞰すれば、人種や宗教の優位はあったかどうかわからないのではないか?
そういう考え方はどんどん深まって、今はユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』や『ホモ・デウス』が話題を集めているのです。
こうした歴史観は、植民地主義時代を肯定できません。むしろ否定します。
あの時代は植民地を作り、現地から収奪するという禁じ手ができたけれども、その結果として人命や環境に悪影響を及ぼしたのではないか? そう考えることが大事。
渋沢栄一を無理矢理SDGsと絡めて持ち上げるような理論がありますが、そもそもが足尾銅山という大公害事件の原因となっている時点でそれはない。
労働運動にも否定的。
帝国主義の禁じ手を使えた、極めて幸運な人であったというだけで、彼のセオリーなりやり口を現在人は真似できないのです。むしろ反面教師。
そこを踏まえますと、大河を通して渋沢栄一を学んで褒めたところで、顕彰ごと否定されかねないことは目に見えています。
歴史学は個々の学説だけではなくて、歴史をどう定義するかによっても大きく変わります。
今年はどうにもそれができていない。古い。むしろ有害に思えます。
歴史観をアップデートせず、キャッチーな描写を好む層にはハマるようなのですけれどもね。
「尊敬する人は渋沢栄一です!」
海外とやりとりをするのであれば、それは言わないほうがよろしいかと思います。
特定の国の問題でもありません。
今、帝国主義時代の政治家と商人はおおっぴらに顕彰されない。搾取や差別を土台に金儲けをしているとわかっているからそうなります。
渋沢栄一が「国王なのに金儲けの話をしている!」と感銘を受けたベルギー国王・レオポルド2世なんて子孫から否定されております。
10年前ならベルギー国王に感銘を受けた渋沢栄一は賢いとなったでしょうね。
でも今は、国際的にはむしろ逆です。
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◆ ベルギー国王、コンゴの植民地支配に「遺憾の極み」表明(→link)
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ベルギーの放送局がレオポルド2世をイケメンにして、隠蔽しつつ顕彰するドラマを作ったらどうなるのか?
そういう思考実験をNHKがしているとすら思えてきますが、当然、何一つとして得られることはないでしょう。
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【参考】
青天を衝け/公式サイト





















