日清戦争に勝利し、平九郎に報告する栄一。
「頭ん中がムベムベして……」というセリフが回想されます。
このころから『おねがい社長』のような言葉遣いでしたね。それでも「悲憤梗概」と使っていただけ、まだ脚本に余力があったかもしれません。
※『おねがい社長』:会社経営シミュレーションアプリ。「手伝って10連ガチャを解放された!」といった独特の言語センスが光る広告動画で有名です
この場面は意外と大事。水戸学の徒が何を目的としていたのかがわかります。
清を倒し、日本こそ東洋の盟主だと示したかったのです。
本作は不可解にも「水戸学」という単語は出していないのに、渋沢栄一周辺の言動にはその要素が残されている。
本気で水戸学の洗い出し、問題点をまとめていたら、こうはならないはずですが、それは後述するとしまして。
ケイキとケーキ
栄一は慶喜に会いに行きます。
1838年生まれで、日清戦争当時50代後半だった渋沢成一郎が白髪頭なのに、1840年生まれの栄一は申し訳程度にしか白髪がないのが不思議でなりません。
若干、加齢が進んでいる慶喜については、いかにも「いい人」だと表現したいようで、苦い思いが湧き上がってきます。
江戸城無血開城を丸投げして、助けて貰った勝海舟については、勝が死ぬ間際まで会いに行こうともしませんでした。
駿府まで来た永井尚志については、面会拒否……。
永井は大政奉還の立役者であり、二人とも慶喜を命を守った重要人物です。
それに会おうとすらしなかったのが慶喜でした。
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惇忠なんてどうでもいい。大口ばかり叩き、ろくに役立っていない印象しかありません。
渋沢一族を持ち上げるキャンペーン、あるいは人の死でしか盛り上げられない本作ならではの展開にも見えてきます。
高校生のようにニタニタした栄一を見ると「この文化祭もそろそろ解散だな」という気持ちだけになってくる。
かと思ったら、妙にイキイキしているのが家康。慶喜の東京帰還を嬉しそうに話し始めます。
それだけならまだしも、慶喜が「ケイキさん」と呼ばれたことから「中国のケーキ」という風刺画へ話を飛ばす。
一体なんなんでしょう。
日清戦争の勝利を契機に、欧米列強が清に乗り出していった風刺画を嬉しそうに語ってしまう家康――実に危険です。
今どき風刺画を無邪気に扱うのって、世界中を見回しても日本ぐらいでは?と思えるほど時代錯誤。
清にしたことを手放しで褒める国なんてあるのでしょうか。イギリス人著者の歴史書でも、恥ずべき過去として扱われています。
映画『北京の55日』は1965年であり、もう半世紀以上が経過しているわけです。
劇中の人物が戦争勝利に湧くとしても、著者目線を代替えしている【徳川家康】に喜ばせたらマズいでしょ……。
ロシアが敵だ、というその背景で
明治36年(1903年)6月、栄一はアメリカを訪れます。
アメリカの新聞でも、日本の金融王として紹介され、首都ワシントンでルーズベルト大統領と共同会見。
大統領が民間人と交流するなんてスゴイ!
と演出してゆくわけですが、いつぞやの放送では英語を解していた栄一が通訳にほとんど丸投げで拍子抜けしました。
しかも本場英語圏のドラマではありえないほどわざとらしい会見演出であり、まるで昭和の英会話教室の宣伝ではありませんか。
そして渋沢の邸宅へ。
フランスもアメリカも日本も、明治村セット感が凄まじく、岐阜県に観光へ行きたくなるほど。野外民族博物館リトルワールドが近いんですよね。犬山城もあるし、鶏ちゃんやおいしい栗きんとん、それに五平餅を食べたくなります。
岐阜県から画面へ気持ちを戻すと、優生学信者の穂積も加え、実に危険な会話をしています。
要するに帝国主義肯定の会話。彼等はロシアが敵だと言い出します。
韓国が豊かな国に育てば、ロシアや西洋に対抗できる――そう語る栄一は、背景にイギリスの思惑があった話です。
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歴史の授業で習った、フランス人画家ビゴーの風刺画を覚えていらっしゃいますか?
ロシアに立ち向かう日本人の背後に、ニヤニヤしながら立っているイギリス人とアメリカ人。要するに、英米の思惑ありきで、そこを誤魔化している(あるいは見落としている?)からこうなる。
そして出ました、韓国のこと。
渋沢栄一が主役なのに、彼が朝鮮半島で何をしたのかサッパリ描かない。
このセリフからすると、まるで栄一が朝鮮半島のためによいことをしたかのように思えますが、詳しくは後述します。
すると渋沢兼子がツッコミを入れてきました。
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大島優子さんは今週も魅力的ですね……と、それはさておき、この時代の女性がここで口を出すってどうなのでしょうか。
本作では誤魔化しておりますが、明治政府はゴリゴリのミソジニーに凝り固まっています。
仁義の戦であったなら
児玉源太郎や井上馨が出てきて、さらっと富国強兵論。
栄一は依頼を受け、国債購入を呼びかけます。戦争こそ国を富ませると言い出すのです。
ただし、肝心のスピーチがなんというか……セリフの中身をちゃんと噛み砕けていないような雰囲気で、身に迫るような説得力が感じられません。
演じる俳優さんが明治以降「ちんぷんかんぷん」とインタビューで語っていた弊害が出ているのかもしれない。
そしてこんなセリフを……。
「仁義の戦であったなら戦後必ずその国は反映する!」
すごいブーメランを投げました。
「このたび日本がロシアと戦うのは仁義の戦である!」
「大日本帝国ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」
マネキンのようなモブキャラたちが万歳三唱。息子の渋沢篤二も所構わず睨みつけているのが、お父さん似ですね。
と、思ったら、その父ちゃん栄一が倒れた。
病気となれば、ほとんど必ず劇的に倒れる本作はやはり医療考証をしていないのでしょうか。
それにしても経済に長けた渋沢なら、戦時国債に頼る時点で反対しないのか?と突っ込みたい。
日清戦争で儲かったからって、その後、戦費を国債に頼るようでは自転車操業にも程があるでしょう。一体どこが経済通なのでしょう。
「仁義」という言葉も空虚すぎます。
「論語読みの論語知らず」とは、まさしくこの栄一のことでは?と脳内で墨子が突っ込みます。
「あのさぁ、人を一人殺したら殺人で悪いってなるのに、戦争で正義だなんだといって大勢殺すのはありって何? もうわけがわからん。そこで私は兼愛を説くわけなんだよね」
墨子には、チャップリン『殺人狂時代』を先じる思想があります。
「戦争や紛争、これは全てビジネス。1人の殺害は犯罪者を生み、100万の殺害は英雄を生む。数が(殺人を)神聖化する。」
墨子は孔子批判が手厳しい。墨子が語るところの「ダメな論語野郎」そのものが本作の渋沢栄一です。
ただし、渋沢栄一と本作の『論語』解釈に問題があるだけであって、『論語』はよい点もあります。
興味があれば小島毅先生の本でもどうぞ。渋沢栄一と無理矢理絡めた本は推奨しません。
明治人の気概がなさすぎる
栄一は病で倒れました。
篤二は「戦争の時に限って戦になる、体質に合っていないかもしれない」と言い出しますが、これってつまりは「反戦主義者です」というアピールですよね。
日露戦争の最前線にいた『ゴールデンカムイ』の杉元たちからすれば「おるああああああ!」とキレ出しそうな話だ。
戦争で生きるか死ぬかだというのに、老人が一人、手厚い看護を受けて「お覚悟」だのなんだの言われたところで「だから?」としか言いようがありません。
砲弾に当たったら、痛いと思う前に死――そんな戦場の凄絶さと比較したらこれは一体何なのか。
本作は、主人公よりもはるかに苦労し、生死の境を彷徨った人々がいる場面をすっ飛ばし、大仰に「かわいそうな僕ちん!」アピールをする人物ばかり。心から悲しくなってきます。
そんな栄一ですが、慶喜が見舞いにやってきたことで、なぜか回復します。
まさしくスピリチュアル作品の真髄ですが、現実的に考えて慶喜効果ではなくお金でしょう。
渋沢家は病気になったら惜しみなく金を使う。庶民は一家揃って結核に罹り、亡くなることもありましたが、渋沢家はいつでも余裕がありました。
「生きてくれ。生きてくれたらなんでも話そう」
そんな慶喜に対し、渋沢栄一はやつれもせず、わざとらしく髪の毛を乱し、目を潤ませ、イケメンぶりを輝かせます。
みるみる回復したと言いますが、そもそも重症だったのでしょうか?
そしてこのやりとりで、本作が武士の規範を理解していないとハッキリしました。
主君が家臣を見舞ってこの低姿勢。一体何なのか。それを平然と受け止める渋沢栄一も全くもって非常識としか思ません。
本作はそういう明治人の気概がカケラもないのです。
だからコスプレドラマだと言いたくなる。こんなだらしない明治人は目の毒。
「講和しないと破滅する」
日露戦争がハキハキとしたセリフで説明されます。
バルチック艦隊撃破もセリフ処理。
外国人がわざとらしく日本人のことをウダウダと話し、ルーズベルトも日本人形相手に話しています。
この人形もあざとい伏線ですね。来週、日米で送り合うところを流すのでしょう。
そして小村寿太郎が出てきました。
岩瀬忠震、川路聖謨、栗本鋤雲たち、幕臣たちだけでなく陸奥宗光の外交努力も消されましたが、さすがに小村までは消しきれなかったようです。
伊藤博文がかっこつけた口調で「講和しないと破滅する」と言います。
真実味ゼロ。本当に破滅を恐れた人間が、こんな乙女ゲーのPR動画のような口調で、明るくかっこよく言えるワケないでしょ。
言葉自体が悲惨な内容でも、態度が余裕綽々じゃん!
そしてポーツマス条約が調印され、暴動が起きたと描かれます。
国家予算の六倍を使ったのに、賠償が取れず、みんな怒り出した。
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これを契機に日本は厳しい言論統制が敷かれます。
それにしても、渋沢栄一がとてつもないマヌケに見えてきました。
投げ文されたと嘆いていますが、渋沢栄一が戦争を煽っていたことは確か。
この場面で腕組みをしながら階段を登っており、これも相当おかしい。若い仕草なんですよ。
腕組みしているとよろめいたとき、咄嗟に手をつけない。ゆえに危険です。歳を取ったらこういうカッコつけた歩き方はしなくなります。
ましてや階段ならば、手すりを使ってもおかしくありません。
そういう加齢動作の演技指導がまるでされていないのでしょう。渋沢栄一が外見だけでなく、動きすら歳相応に見えません。
馬車が襲撃されたって「どうせ無事に帰れるんでしょ」としか思えません。何一つ切迫感がない。
おそらく本作の登場人物たちが、ピンチに陥ったという動作をしないのが影響しているのでしょう。言葉だけで取り繕い、動きが伴っていないから怖くない。
心のないハリボテだ
面倒なこと(特に朝鮮半島)は全てすっ飛ばし、徳川慶喜伝の執筆へ。
明治村ロケだから限界はあるのでしょうが、家具が色褪せていませんか。明治の財産家にはとても見えません。
そして慶喜の言い分を丸呑みにする伝記執筆の様子が、色褪せた家具や大仰な演出と共に進んでいく。
やっぱりこの徳川慶喜はしょうもないなぁと情けなくなってきます。
遺品から孝明天皇の御宸翰が出てきた松平容保と比較すると、本当にろくでもない。
明治以降の慶喜は、どこを切り取っても褒められたもんじゃない。
それゆえ、彼が主役の作品は、幕末までで切り上げることが多いものです。
なのに本作では渋沢栄一を主役に据えたもんだから、とにかく美化してごまかしながら慶喜を登場させてしまう。
この後「今の日本は心のないハリボテだ、そうしてしまったのは私だ」と栄一が語りますが、たまにはいいこと言いますね。止まった時計でも一日二回は正しいようなものでしょう。
そして引退宣言をするのですが……なーんで、シワ一本なく、肌もそれほど老いが感じられず、むしろ若々しい姿。
要は、文化祭の終了宣言ということでしょうか。
総評
歴史修正の美化が平気でまかり通る――そんな大河ドラマもいよいよ最終回に近づいて参りました。
・鳥羽伏見の戦いは幕臣たちが騒いだから仕方なく
・江戸城無血開城で戦争回避して明治維新をスムーズにした
そんな風に描かれていますが、何を言っているのでしょう。
おとなしく反省しているというなら、言い訳すること自体がおかしい。自伝など頑なに断っておけばいいだけ。
例えば松平容保は一切していません。会津藩士たちは名誉回復運動をしましたが。
思い起こせば、松平容保が病気になった時、孝明天皇皇后であった英照皇太后から牛乳が届けられました。
亡き夫(孝明天皇)が、どれほど容保を信愛していたか。それを踏まえた上での贈り物です。
そういう実在した信頼と愛と比べると、本作の虚飾に塗れた描写はいかがなものでしょうか。
徳川慶喜の自分語り(徳川慶喜公伝)ではなく、史実から見えてくること。
それは保身です。
『八重の桜』で描かれた通り、神保修理に逃亡の責任を押し付けました。神保はそのせいで切腹し、神保の出身地である会津藩は地獄に陥ります。
このあまりに偏った慶喜の言い分は、山川健次郎はじめさんざん「嘘をつけ!」と暴かれています。
何と言っても彼は将軍です。家臣が騒いだから戦争しちゃった……テヘペロじゃないでしょ。
武士の棟梁であれば、指揮系統をきっちり把握できなかったことが無責任で恥ずかしい話。
それが慶喜がついた嘘の中でも屈指の恥ずかしいモノを、感動的に演出するなんて……共感性羞恥心を刺激され、うめきながら床を転げ回りたいほど苦しくなりました。もう、本当に許してください……。
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鳥羽・伏見の戦いとか大坂→江戸の逃亡話とか戊辰戦争とか、一連の出来事を語った慶喜の話を、史実認定する真っ当な書籍なんてありません。
調べればすぐわかるウソ。
それをNHKが受信料で流すのですから絶望的です。
大河ドラマがついに一線を越えてしまったと言いましょうか。
もしも後世『大河はいつからこんなことになったのか?』と問われたら、2021年12月12日だと明確に答えられるほどです。
期せずして、栄一は「今の日本は心のないハリボテだ、そうしてしまったのは私だ」と言いました。
今の大河は心のないハリボテだ、そうしてしまったのは『青天を衝け』だ――私なら本作をそう締めくくります。
何度でも言いたい。
大河から幕末史を学んではいけません。
華夷変態――水戸学を学んではいけない理由
本作は「水戸学」という単語すら使わず、朱子学は出てきても「陽明学」とは言いません。
それなのに「心即理」という掛け軸は飾っていた。
栄一の水戸学は危険です。
笑顔の背後に「華夷変態」という思想がある。
満洲族の清が建国されたからには、漢族の中華が夷狄に変わってしまった。本来の中華はどこへ? そんな考え方です。
朝鮮でも、日本でも、そのことを意識しないわけでもない。
で、日本は徐々に「こっちこそ、むしろ中華じゃないか!」と拗らせ始める。
決定打となったのが日清戦争の勝利で、自分達こそ正統な中華だと思い始めたのです。
中華思想って、中国の漢族が唱えているように思えますが、そういう単純な話でもなくて。
日本も中華思想を振り回していた時代がありました。
そうなってしまうと、もう日本人の方が中国思想、儒教を使いこなせると思い出す。
尊王攘夷だって、元は中国由来です。自分たちこそ中華だから好きにしてよいし、外国人を見下してもよいと。
困ったことにこの考え方は現在でもあり、
「陽明学を使いこなして明治維新を成し遂げたから、もう陽明学は日本のお家芸、思想!」
という主張の本を読みました。何を言っているのでしょう。
日清戦争勝利とは、華夷変態の完成だと水戸学の徒は考えました。国のトップがこれだから、日本そのものがそういう思想にどっぷり浸かる。
大東亜という新秩序を築き上げ、自分達が盟主になる!
そう掲げ、アジア・太平洋戦争に至る道を歩んでゆくわけです。
ゆえに、この時期の日本は、くだけだ言い方をすれば東アジア単位でジャイアニズムを振り回すようになった。
「お前(中国)のものは俺のもの! 俺のものは俺のもの!」
源義経がチンギス・カンになっただの、原田左之助が馬賊になっただの、そんなワケわからん大陸ファンタジー妄想もそうして育まれていったのです。
日中戦争時に連載された小説に、吉川英治『三国志』があります。
あれは掲載時期があの時代なのに、中国への悪い感情がないとされます。
それも当然。当時の日本人からすればこうなる。
「中国の英雄であるこいつらは俺のもの!『三国志』は大東亜盟主である俺らのもの!」
実際、諸葛亮を讃える『秋風落五丈原』が明治時代には軍歌として大流行し、諸葛亮が日本人が愛する英雄にされているわけです。
しかもありのままの諸葛亮でなく、日本人好みにカスタマイズされて、奪ったような扱いでした。
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そういうことを考えると、渋沢栄一こそ『論語』マスターであるかのように扱われる昨今は非常に危うい。
中国人よりも渋沢栄一を讃える日本人こそ儒教マスター!
そんな妄想じみた歴史を繰り返すのは危険そのもの。水戸学混じりの渋沢経由『論語』理解なんて、むしろ有害なのです。
韓流や華流を見ていると、しみじみと痛感させられることがあります。
儒教文化圏では、儒教が何かを理解し、その弊害を描く。
しかし『麒麟がくる』はともかく、『青天を衝け』は儒教をゆる〜く、ノリでしか考えていない。
だから毒となる思想を平然と撒き散らすんですね。免許を持たない人間がフグを調理しているようなものです。
小島毅先生に大河本をお願いしたい。
日露戦争をほぼスルーする事情
日露戦争は勝利――この辺りもバルチック艦隊撃破だのなんだの、『坂の上の雲』を思い出しつつ語る人が多そうです。
それでも本作で、ジックリ描けない理由は推定できます。
実態は、パークスはじめ英国にオラオラされていたのであり、それをそのまま描くと『坂の上の雲』由来のロマンスまでぶっ壊れていまいます。
さらに日露戦争が経済的にギリギリだとわかると「渋沢栄一の経済政策がお粗末だったのでは?」とバレてしまう。
そして最大の理由は……。
世界史で「日露戦争とは何か?」と問われたら、日本が朝鮮半島に乗り出す契機とされます。
日本史はさておき、例えばイギリス人は歴史書でこう嘆くこともある。
「あのとき日露戦争なんかプッシュしちゃったから、日本がどんどん広がって、朝鮮、満洲……それでアジア・太平洋戦争になって、イギリスも大変なことになった。
うちの国の外交方針、反省しなくちゃいけないよね」
渋沢栄一の事績から朝鮮半島関連を省くなんて、ただただワケがわかりません。
伊達政宗のドラマを作って
「政宗の会津攻めは、慧日寺を焼くシーンがマズイから、カットしとこか。それで小田原に向かわせよう。余った時間は愛姫といちゃつかせておけばいいだろ」
なんてやってるもんです。
最も重要なパートの一つを飛ばすとかありえない!
しかし、それを平気で実行しちゃうのが、本作です。
この辺りの描写は、できれば日本人著者以外の書籍に目を通すことが望ましいです。
日本サイドの描写となると、日本海海戦が華々しく語られますが、そもそもロシア海軍は、国内の情勢悪化を受けて内部崩壊していました。
戦費だってそうです。
まともに戦えば半年で破綻する。ゆえに英米が金を出してくれる。
なぜか?
ロシアを引きつけておくには、日本が便利だったからです。
クリミア戦争あたりで、ロシアは近代化が遅れ、死に体だと英仏あたりは見抜いていました。
それでも物量はある相手だから、正面切って殴るとなると面倒。戦争は勝利するだけでなく、最小限の損害に抑えることも大切です。
ゆえに日本を使おう!
となったのですが、これにはプロパガンダもあります。英米から記者を送り込み、日本は素晴らしい国だと散々持ち上げたのです。
日露戦争はなぜ勝利できたのか?
もう一度問いますと、最大の要因は英米の金です。そもそも勝利と言ってもギリギリ。最終的には痛み分けにするようイギリスが出てきて、日本は勝利を過大に宣伝した。
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だからポーツマス条約でアテが外れたんですね。賠償金どころじゃなかった。
そこを踏まえると、そんな破綻すら予測できず、国債を買うように煽っていた渋沢栄一は無能にしか思えません。
渋沢栄一は、金勘定はお得意なんですよ。
仁義だのなんだの、そんなものは一銭の儲けにもなりません。日露戦争を足がかりにして、日本は朝鮮半島を植民地にしました。
これが実にうまい話で。
ヒントは本作にもあります。
渋沢栄一はレオポルド2世を大絶賛し、学ぶべきロールモデルにしていました。
そんなレオポルド2世のことを、コンゴの人々はどう思っていたか?
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『週刊金曜日』の連載で、何が行われていたかが扱われております。
『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』もおすすめです。
大河がいくらそこをスルーしようが、誤魔化しきれるかどうか。
世界的には韓国のコンテンツが大々的に勝利をおさめている。それが2020年代です。
VODが朝鮮半島近代史ものをドラマにしたら、世界中の人々が渋沢栄一の所業を知ることでしょう。
それに大河だって、本当に渋沢栄一が善行をしたと認識しているのならば、それこそ、ねっとりと時間をかけてでも描けばよいのですよ。
なぜそれをしないのか?という話なのです。
まっとうな明治時代は別の作品で!
本作には『ゴールデンカムイ』の狙撃兵・尾形を連れてきたい。
作中でも屈指の人気キャラクターで、ともかく狙撃して敵を倒しまくります。
そんな尾形にいっそのこと「渋沢狩りだぜ」とテンション上げさせたい。
いや、何もふざけているわけじゃなく、あまりに日露戦争を馬鹿にしているのではないかと感じたからです。
くどいようですが『ゴールデンカムイ』の冒頭で、主人公である杉元が銭湯に行く場面がありました。
杉元は、戦争の影響で全身傷痕だらけ。その姿を見た客が感謝する。これからは兄ちゃんたちのおかげで国が栄えるという。
しかし杉元は、儲かるのは商人だけだと突き放します。
この作品は、杉元という帰還兵が、戦友夫人のために金塊探しをすることから始まります。
戦争未亡人なり、帰還兵に十分な金が渡るのであれば、そもそも金塊探しなんて始まらない。
そうでなく、帰還兵や戦死者遺族の扱いがぞんざいであるところが、明治の醜悪さといえます。
杉元たちが苦労をする中、渋沢栄一みたいな老人は金で肥え太る。近代史の醜悪さそのものとも言えますね。
もちろん、精神面で立派な明治人もいます。
『ゴールデンカムイ』には鯉登少尉という人物がおり、海軍人である彼の父はノブレス・オブリージュの体現者でした。
自分たちが始めた戦争なのだから、我が子であろうと命を惜しんではならない。
そう繰り返し語る、潔癖な明治人らしさがあるのです。
それがこの渋沢栄一は、そうした覚悟が微塵もない。
思えばいつもずっとそうでした。
テロを計画し、尊王攘夷だなんだと騒いでおいて、命惜しさから平岡円四郎に誘われ、慶喜のもとへ転がり込む。
天狗党を同志であったくせに、助命嘆願を握りつぶす。
戊辰戦争で大勢の犠牲が出ている時もただただ平九郎を犠牲にし、本人は戦場に出ないので傷一つ負わなかった。
毎週日曜日、常に保身だけを考え、世間をうろちょろしていた男を前にして、脳内でさだまさしさんの『二百三高地』の歌が流れてゆく。映画『八甲田山』もなぜか思い出してしまう。
明治はああいう時代です。
渋沢栄一の苦労なんて、八甲田山の惨劇と比較したら如何ほどのものでしょうか。
こんな生ぬるい作品を「明治でーす」と流すNHKに私はこう言いたい。
「天は大河を見放した!」
そう神田大尉の絶叫を思い出しているのに、目の前にあるのはわけのわからん一人芝居をするバカ息子だ。
「何を言っているの篤二さん」
兼子がそう突っ込んでくれて助かりました。
もう篤二は一体なんなんだ。
というか『八甲田山』の神田大尉が今はあの家康ですか……。時の流れは残酷です。
誰もが半藤一利さんと対談した、菅原文太さんになれるわけじゃありませんからね。
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北海道の近代史をなぜ描かないのか?
番組終わりの紀行でも、言い訳じみた北海道の話がでてきて、シラケました。
本編でやらないだけマシ?
どうでしょう。本作で北海道の話をするだけで脱力感と怒りがこみあげてきます。
ロシアが南下だ、大変だ!……という論調ですが、これも旧幕臣からすれば「今更?」という話です。
明治政府がやらかした対露政策のお粗末さは失ったものが大きい。幕政時代の方がまっとうでした。
ロシアは不凍港が欲しい。
イギリスやアメリカは日本に領土を欲してませんでしたが、ロシアは別。ナポレオン戦争で一時期停止したとはいえ、幕政期からロシアについて意識していました。
18世紀の終わりには仙台藩・工藤平助が『赤蝦夷風説考』を記しています。
幕府は五稜郭はじめ、西洋から技術を学んで城郭を作り、樺太にも会津藩士を派遣して、ロシアとの関係を模索していました。
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これを無茶苦茶にしたのが、明治政府です。
なぜなら対ロシア意識は、奥羽諸藩の方が圧倒的に強かった。位置的に近く、緊迫感が違いので当たり前ですよね。
それを戊辰戦争で奥羽諸藩から何もかも奪っただけでなく、ロシアなんて知らんがな、とぶん投げる。
北海道屯田兵として任せ、雑な政策で甚大な被害を出す。
松前藩のアイヌ迫害についても明治政府は差別ありきの政策を展開し、お雇い外国人に開拓技術を学びました。
お雇い外国人に功績はあります。
しかし考えてみてもください。彼らが発揮した技術とは、アメリカ大陸で先住民から土地と命を奪い、野生動物を絶滅させてきた「開拓」の技術です。
それを北海道では結果どうなったか?
野生動物の絶滅。
資源の枯渇。
そしてアイヌの人口激減です。
野生動物に毒餌を撒き散らし、日本人の生活様式にそぐわぬアメリカ型農業を実験的に導入する。
アイヌが持つ技術は“土人”のものだと見下し採用しない。
いったいどれほどの不正義が北海道開拓、そして対露でなされたか。
そんな厳しい状況を無視して、後からひょっこり渋沢栄一がうまいところをかっさらうなんて、時代錯誤の酷いドラマではありませんか。
本作では「みんなロシアを倒すべく盛り上がってる! 経済界も頼むよ!」と言い、栄一が協力する。なぜこれが美談扱いになるのか。
当時「露探」という言葉がありました。
ロシアのスパイ――そんな意味です。
ロシアの文化に詳しい。ロシア語ができる。ロシア正教徒。
そういう人物を指して迫害する、悪しき傾向があったのです。
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あいつは露探だ! そう襲う側が「だって渋沢栄一も呼びかけていたし!」と言っていてもおかしくない。
そういう排外的な空気を、よりにもよって主人公が醸成したらどう思われます?
この露探という概念が厄介なのは、何度でも蘇ることです。
鬼畜米英。反日。スリーパーセル。
そういう浅はかな排斥に大河がお墨付きを与えるようで憂鬱なのです。
朝ドラでは「英語やジャズ好きなだけで差別されて気の毒!」と描いておいて、大河がこの調子では、たまったものではありません。
小人の過つや必ず文(かざ)る
今週の漢籍です。
と、その前にまずはこちらの記事から。
◆ 青天を衝け:「想像を超えた」円四郎暗殺 脚本家・大森美香が回顧「映像になるとこんなに悲しいんだ」(→link)
脚本家へのインタビューですね。
大森さんは、暗殺シーンについて、「慶喜さんと平岡さんの相性もすごくよくて、毎回放送を見て楽しみにしていたところもあったので、『あぁ、本当に死んじゃうんだ』と思って……」と振り返り、「映像になるとこんなに悲しいんだという気持ちになりました」と明かした。
フィクションだからと自分をなだめつつも、どうしてたってこんな疑問符が湧いてきてしまう。
・両側から袈裟がけに斬られたら、声をあげる間もなく即死するのに?
・危険な暗殺現場に慶喜がホイホイ来るのはおかしい
・そもそもが慶喜の態度が殺害の背景にある
無邪気なのか。それとも知っててわざとやってるのか。あるいは、単に調べてないのか。
こうも自画自賛ばかりされると、ツッコミばかり浮かんでくる自分が、とても心が汚れた人間のように思えます。
孔子よ。私は間違っているのでしょうか?
『論語』に聞いてみましょう。
小人の過つや必ず文(かざ)る。
器の小さい奴は失敗しても認めず、綺麗事を言う。『論語』「子張」
やはり『論語』は役に立つなぁ。
『論語』を学んでいたら、自画自賛なんてできないはず。
手元に『麒麟がくる』の脚本家と主演のインタビューがありますが「私たちってすごい!」なんて言わず、そこには大人の知性と落ち着きがありました。
素朴に疑問なのです。恥ずかしくないのだろうか?と。
◆青天を衝け:脚本家・大森美香が明日「あさイチ」登場 大河執筆秘話、吉沢亮が語る“大森脚本”の魅力(→link)
◆NHK大河「青天を衝け」離婚危機乗り越え、今度は息子が放蕩 病に倒れた栄一の願いとは…第39回見どころ(→link)
こちらの記事を読むと、見ているほうが恥ずかしくなる。
ドラマ本編と同じく共感性羞恥心を刺激する文章です。
思えば日本の歴史を学ぶ上で、過去の鎌倉・室町幕府の最後の最高権力者たちは、史実の中にどこか“敗者感”が同居していたような記憶がある。
だが、慶喜に対しては、そのようなイメージは少ない印象だ。
もしかすると栄一の名誉回復運動が奏功していたのかもしれない。
鎌倉幕府の敗北者は悲惨な末路であるし、室町幕府も、義昭はともかく義輝は凄絶な死を迎えています。
義昭は織田信長との対比上、フィクションでさんざん貶められてきた印象もあるでしょう。
慶喜の敗北感が薄いとすれば、それは渋沢栄一ではなく、イギリスのパークス、それに勝海舟、山岡鉄舟を誉めて欲しい。
渋沢栄一は慶喜の首がかかった局面で何もしておりません。
もしも慶喜が腹を切っていたら、当然のことながら悲惨な敗者であったことでしょう。ステルス討幕派で長州藩ともテロリスト仲間であった渋沢栄一のことです。「将軍がああなったのは因果応報だよね」だの言っていても不思議はない。
さらに、今作躍進の立役者の一人・徳川家康(北大路欣也)も3回の休みを経て登場。
江戸幕府が倒れ出番が減ったものの、今でもSNSでは登場のたびに「家康キターーッ」と大盛り上がり。オープニングロールで名前がないと、がっかりする声が相次ぐ。
同局の前田晃伸会長も家康ファンの一人。今月の定例会見でも「やっぱり家康がね(面白い)。最初はどうなるかと思ったけどね」とニコニコしていた。
「家康キターーッ」というのは、2000年代の大手掲示板らしい言い回しで……もうなんというか……。
今は昔と違って流行の回転が速い。昭和おじさんの「当たり前田のクラッカー」と同じようなもんです。
NHK会長が誉めているのはただの「自画自賛」であって、緊張感もなにもない。
取材中にそれを指摘せず、そのまま書いて満足して。ここまで幇間芸ができるからこそのNHK担当なのでしょう。
◆ 青天を衝け:家康の登場は最後まで? 北大路欣也「出たい」の意思尊重 ドラマPは「助けていただいた」と感謝(→link)
そして、しょーもない文化祭の内輪ノリを見せられたのがこちらの記事です。
そんなときに北大路さんから言われたのが「(最後まで)出たい」の一言だったといい、「北大路さんから『お話があります』と声をかけられて、そこで『出たい』と。『家康はこの話を最後まで見届けたいんです』とおっしゃってくださって、感動してしまいました」と菓子CP。
プロットにさして関係のない文化祭寸劇のために、国旗逆さまに映して謝罪するという大河史に残る愚行をしたにもかかわらず、この調子ですよ。
このCPは『花燃ゆ』のCPよりも厚かましくてたいしたものだと思います。
俳優が出番を増やせといったから聞き入れました――って、だから何ですか?
『麒麟がくる』で、激昂した信長が、光秀を蹴るようにしたいと提案した長谷川博己さんには感動しました。自分は蹴られるわけだし、甲冑でのアクションは大変だ。
それでも妥協せずに応じるスタッフにも、染谷将太さんにも、流石だと思いました。
書き手には、こう聞いて欲しいところでした。
「パントマイムをする前に、国旗の向きを確かめる時間はなかったのでしょうか?」
近きを以て遠きを知る
次は荀子から。
近きを以て遠きを知る。
ちょっとしたことでもみていけば、大きな何かが見えてくるぞ。
『荀子』
アブダクション=仮説形成という呼び方もできます。『麒麟がくる』では光秀が使っていました。
朝倉 義景の治める城下町で世間話をする。戦道具を作っていないし、民衆は弛緩し切っている。
これでは勝てないと光秀は察知し、そのことをズバリと言ってしまうものだから、かえって不興をかってしまっていました。
でも、光秀は正しい。朝倉は弱かった。
『鬼滅の刃』でも使っています。なかでも冨岡義勇が得意。
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『鬼滅の刃』呼吸で学ぶマインドフルネス~現代社会にも応用できる?
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こういうことを大河でもできるんですよね。
たとえば草彅剛さんの慶喜絶賛コタツ記事が毎週出ていますが。
◆草なぎ剛“慶喜”&川栄李奈“美賀子”の絆に感動の声!<青天を衝け>(→link)
鳥羽伏見の戦以降、一貫してすべての責任を負う姿勢を貫き続ける慶喜の憂いに満ちた表情には、戦で命を落とした者たちを思い過ごしてきた年月が深く刻み込まれているようだ。
そんな佇まいを感じさせる慶喜役・草なぎの演技に、視聴者からも「慶喜様の佇まいから目が離せない」「草なぎくんの慶喜公は大河の歴史に刻まれる名演だと思う」「しみじみ名演。草なぎさんの佇まいに胸が締め付けられる」といった感動の声が続出。
慶喜と美賀子のしみじみとした愛情が感じられるシーンにも「2人がただ見つめ合うシーンが切なかった」「表情だけで2人の歩いてきた日々の重さが感じられた」の声が上がるなど大きな注目を集めTwitterでは今回も「#青天を衝け」がトレンド上位に浮上した。
この記事の精度は低いとわかる。ここです。
Twitterでは今回も「#青天を衝け」がトレンド上位に浮上した。
Twitterのアルゴリズムを知っていれば、これは不思議でもなんでもない。
あれはアルゴリズムで一定時間に多数のツイートがされれば浮上するしくみなので、VODのような試聴時間が決まっていないものよりも、大河は有利です。
大河視聴者層は平均年齢が高い。
昔、大手掲示板で実況をしていた癖が抜けない40代以上が多くを占める。
ゆえにTwitterではトレンドを取りやすい。
しかし、現実を見ましょう。
本物の若い世代に「徳川慶喜といえば?」と聞けば彼の名前があがる可能性が高い。
山田裕貴さんです。
◆山田裕貴:「燃えよ剣」で冷静、冷酷な徳川慶喜に「こんな将軍がいたら嫌だなぁ」を体現(→link)
だってこうですから。
◆高校生が選ぶ「今年一番活躍したと思う男性有名人」! 3位はコムドット・やまと、2位は山田裕貴、1位は?(→link)
本作の土方歳三も、映画『燃えよ剣』岡田准一さんと重なり、新春時代劇では向井理さんが演じるので、埋没するんじゃないかと私は危惧しています。
ただ、今年の大河がハズレとして沈むのは仕方ないとしても、大河の枠ごと消えてしまうのはあまりに心苦しい。沈むならひとりで……私の切実な願いはそれだけです。
ここ数年の大河を枠で観察していて気づいたことがあります。
『青天を衝け』って、実はアジアで全然話題になっていないのです。
大河そのものが弱いわけでもない。
『麒麟がくる』の染谷将太さんの織田信長は海外でもかなり受けてました。多くのファンが楽しんでいたし、来年もワクワクしながら見守っています。
理由は明らか。
幕末明治を手放しで礼賛して喜んでいるのって、日本ぐらいなんです。
戦国武将を熱く語る人でも、幕末の話になると「あ、そう」となる。歴史そのものには興味があっても、無邪気に礼賛してはしゃぐノリにはついていけないのです。
一番顕著なのが吉田松陰ですね。
松陰の思想の読解は、むしろ中国語圏が強い。ゆえに「熱血教育者だよね」と回り道する日本人よりも、ズバッと「暗殺テロ計画で死刑にされた思想家」という点に素早く到達します。
『青天を衝け』を見ていると、思い出す感覚があります。
「日本でiPhoneはウケないよね。デコメないし!」
「やっぱりソニーのiPhoneでないと」
といった、ワケのわからない、まさしく夜郎自大の感覚。こんなもん見ている場合じゃないですよ、韓流ですよ、韓流!
◆韓ドラ「地獄が呼んでいる」初登場世界1位のワケ イカゲームに続きNetflixトップの韓国の勢い(→link)
華流もね。
◆数字で見る、“華流”エンターテインメントのスゴさ(→link)
月明星稀
大河枠に懸念はあれど、来年を考えると希望はあります。
と、その前にこちらの歌でも。
月 明らかに星 稀(まれ)に
烏鵲(うじゃく)は南に飛ぶ
樹を繞(めぐ)ること三匝(さんそう)
何(いず)れの枝にか依(よ)るべき
月が煌々と輝くと、星の光は見えなくなる
カササギは南へ飛んでゆく
止まるべき木を探してぐるぐる回るんだが
どの枝に止まるべきかわからない
曹操『短歌行』
漢詩らしい比喩です。
「グレートな英雄が現れたら小物どもは目立たなくなるぜーッ!」
こういう曹操のドヤ顔ですね。
いつ詠んだのかは特定できないのですが、盛り上げるために赤壁の戦いで詠むことがフィクションでは多い。そのあと負けたからじわじわくると。
なぜこれか?
それは『鎌倉殿の13人』情報が出るたびに、まさしくこの「月明星稀」が脳裏をよぎるのです。
ニュースを観察していてもわかります。
◆新垣結衣、大河ドラマ役衣装姿で飛び出した“2つの懸念”(→link)
この記事を読めばどこが盤石なのか、読めてきます。
自信がなければ、ともかく誉めるべき記事を量産させるため、ネタを流すでしょう。不自然なまでに褒め称えるのが駄作でありがちな展開です。
しかし、些細な難癖だって吹き飛ばせると、自信満々であれば小細工は無用。
こんなネットの声を拾い、針小棒大に書く記事が出るということは、本作の作り手は自信満々に構えているということではないでしょうか。
それにこの新垣さんといい、次の大河は髪の毛や唇がテカテカしておりません。
海外の『ゲーム・オブ・スローンズ』では、リアリティ重視のため、出演者がシャンプーを禁止されていました。
大河のシャンプー事情はわからないけれども、ともかくツヤツヤした髪で時代考証がなっていないヘアメイクは回避したワケです。
小手先のウケ狙いをするのではない、自信と誠意がある。
キラキラした輝きでなく、しっとりとした味わいで新垣さんが勝負に出たのだとすれば、喜べない理由がひとつもありません。彼女は一歩先へ踏み出しました。
そして小池栄子さんの北条政子もいい。
中国代表・武則天、朝鮮半島代表・善徳女王。そんな支配する女性アジア圏代表として推せる……次の『シヴィライゼーション』にも推せる! 堂々たる気配を既に感じさせます。
2022年、大河という月が煌々と地を照らす。これほど素晴らしいことはありません。
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【参考】
青天を衝け/公式サイト
















