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【青天を衝け第39回感想あらすじレビュー】
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日露戦争をほぼスルーする事情
日露戦争は勝利――この辺りもバルチック艦隊撃破だのなんだの、『坂の上の雲』を思い出しつつ語る人が多そうです。
それでも本作で、ジックリ描けない理由は推定できます。
実態は、パークスはじめ英国にオラオラされていたのであり、それをそのまま描くと『坂の上の雲』由来のロマンスまでぶっ壊れていまいます。
さらに日露戦争が経済的にギリギリだとわかると「渋沢栄一の経済政策がお粗末だったのでは?」とバレてしまう。
そして最大の理由は……。
世界史で「日露戦争とは何か?」と問われたら、日本が朝鮮半島に乗り出す契機とされます。
日本史はさておき、例えばイギリス人は歴史書でこう嘆くこともある。
「あのとき日露戦争なんかプッシュしちゃったから、日本がどんどん広がって、朝鮮、満洲……それでアジア・太平洋戦争になって、イギリスも大変なことになった。
うちの国の外交方針、反省しなくちゃいけないよね」
渋沢栄一の事績から朝鮮半島関連を省くなんて、ただただワケがわかりません。
伊達政宗のドラマを作って
「政宗の会津攻めは、慧日寺を焼くシーンがマズイから、カットしとこか。それで小田原に向かわせよう。余った時間は愛姫といちゃつかせておけばいいだろ」
なんてやってるもんです。
最も重要なパートの一つを飛ばすとかありえない!
しかし、それを平気で実行しちゃうのが、本作です。
この辺りの描写は、できれば日本人著者以外の書籍に目を通すことが望ましいです。
日本サイドの描写となると、日本海海戦が華々しく語られますが、そもそもロシア海軍は、国内の情勢悪化を受けて内部崩壊していました。
戦費だってそうです。
まともに戦えば半年で破綻する。ゆえに英米が金を出してくれる。
なぜか?
ロシアを引きつけておくには、日本が便利だったからです。
クリミア戦争あたりで、ロシアは近代化が遅れ、死に体だと英仏あたりは見抜いていました。
それでも物量はある相手だから、正面切って殴るとなると面倒。戦争は勝利するだけでなく、最小限の損害に抑えることも大切です。
ゆえに日本を使おう!
となったのですが、これにはプロパガンダもあります。英米から記者を送り込み、日本は素晴らしい国だと散々持ち上げたのです。
日露戦争はなぜ勝利できたのか?
もう一度問いますと、最大の要因は英米の金です。そもそも勝利と言ってもギリギリ。最終的には痛み分けにするようイギリスが出てきて、日本は勝利を過大に宣伝した。
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だからポーツマス条約でアテが外れたんですね。賠償金どころじゃなかった。
そこを踏まえると、そんな破綻すら予測できず、国債を買うように煽っていた渋沢栄一は無能にしか思えません。
渋沢栄一は、金勘定はお得意なんですよ。
仁義だのなんだの、そんなものは一銭の儲けにもなりません。日露戦争を足がかりにして、日本は朝鮮半島を植民地にしました。
これが実にうまい話で。
ヒントは本作にもあります。
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『週刊金曜日』の連載で、何が行われていたかが扱われております。
『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』もおすすめです。
大河がいくらそこをスルーしようが、誤魔化しきれるかどうか。
世界的には韓国のコンテンツが大々的に勝利をおさめている。それが2020年代です。
VODが朝鮮半島近代史ものをドラマにしたら、世界中の人々が渋沢栄一の所業を知ることでしょう。
それに大河だって、本当に渋沢栄一が善行をしたと認識しているのならば、それこそ、ねっとりと時間をかけてでも描けばよいのですよ。
なぜそれをしないのか?という話なのです。
まっとうな明治時代は別の作品で!
本作には『ゴールデンカムイ』の狙撃兵・尾形を連れてきたい。
作中でも屈指の人気キャラクターで、ともかく狙撃して敵を倒しまくります。
そんな尾形にいっそのこと「渋沢狩りだぜ」とテンション上げさせたい。
いや、何もふざけているわけじゃなく、あまりに日露戦争を馬鹿にしているのではないかと感じたからです。
くどいようですが『ゴールデンカムイ』の冒頭で、主人公である杉元が銭湯に行く場面がありました。
杉元は、戦争の影響で全身傷痕だらけ。その姿を見た客が感謝する。これからは兄ちゃんたちのおかげで国が栄えるという。
しかし杉元は、儲かるのは商人だけだと突き放します。
この作品は、杉元という帰還兵が、戦友夫人のために金塊探しをすることから始まります。
戦争未亡人なり、帰還兵に十分な金が渡るのであれば、そもそも金塊探しなんて始まらない。
そうでなく、帰還兵や戦死者遺族の扱いがぞんざいであるところが、明治の醜悪さといえます。
杉元たちが苦労をする中、渋沢栄一みたいな老人は金で肥え太る。近代史の醜悪さそのものとも言えますね。
もちろん、精神面で立派な明治人もいます。
『ゴールデンカムイ』には鯉登少尉という人物がおり、海軍人である彼の父はノブレス・オブリージュの体現者でした。
自分たちが始めた戦争なのだから、我が子であろうと命を惜しんではならない。
そう繰り返し語る、潔癖な明治人らしさがあるのです。
それがこの渋沢栄一は、そうした覚悟が微塵もない。
思えばいつもずっとそうでした。
テロを計画し、尊王攘夷だなんだと騒いでおいて、命惜しさから平岡円四郎に誘われ、慶喜のもとへ転がり込む。
天狗党を同志であったくせに、助命嘆願を握りつぶす。
戊辰戦争で大勢の犠牲が出ている時もただただ平九郎を犠牲にし、本人は戦場に出ないので傷一つ負わなかった。
毎週日曜日、常に保身だけを考え、世間をうろちょろしていた男を前にして、脳内でさだまさしさんの『二百三高地』の歌が流れてゆく。映画『八甲田山』もなぜか思い出してしまう。
明治はああいう時代です。
渋沢栄一の苦労なんて、八甲田山の惨劇と比較したら如何ほどのものでしょうか。
こんな生ぬるい作品を「明治でーす」と流すNHKに私はこう言いたい。
「天は大河を見放した!」
そう神田大尉の絶叫を思い出しているのに、目の前にあるのはわけのわからん一人芝居をするバカ息子だ。
「何を言っているの篤二さん」
兼子がそう突っ込んでくれて助かりました。
もう篤二は一体なんなんだ。
というか『八甲田山』の神田大尉が今はあの家康ですか……。時の流れは残酷です。
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北海道の近代史をなぜ描かないのか?
番組終わりの紀行でも、言い訳じみた北海道の話がでてきて、シラケました。
本編でやらないだけマシ?
どうでしょう。本作で北海道の話をするだけで脱力感と怒りがこみあげてきます。
ロシアが南下だ、大変だ!……という論調ですが、これも旧幕臣からすれば「今更?」という話です。
明治政府がやらかした対露政策のお粗末さは失ったものが大きい。幕政時代の方がまっとうでした。
ロシアは不凍港が欲しい。
イギリスやアメリカは日本に領土を欲してませんでしたが、ロシアは別。ナポレオン戦争で一時期停止したとはいえ、幕政期からロシアについて意識していました。
18世紀の終わりには仙台藩・工藤平助が『赤蝦夷風説考』を記しています。
幕府は五稜郭はじめ、西洋から技術を学んで城郭を作り、樺太にも会津藩士を派遣して、ロシアとの関係を模索していました。
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これを無茶苦茶にしたのが、明治政府です。
なぜなら対ロシア意識は、奥羽諸藩の方が圧倒的に強かった。位置的に近く、緊迫感が違いので当たり前ですよね。
それを戊辰戦争で奥羽諸藩から何もかも奪っただけでなく、ロシアなんて知らんがな、とぶん投げる。
北海道屯田兵として任せ、雑な政策で甚大な被害を出す。
松前藩のアイヌ迫害についても明治政府は差別ありきの政策を展開し、お雇い外国人に開拓技術を学びました。
お雇い外国人に功績はあります。
しかし考えてみてもください。彼らが発揮した技術とは、アメリカ大陸で先住民から土地と命を奪い、野生動物を絶滅させてきた「開拓」の技術です。
それを北海道では結果どうなったか?
野生動物の絶滅。
資源の枯渇。
そしてアイヌの人口激減です。
野生動物に毒餌を撒き散らし、日本人の生活様式にそぐわぬアメリカ型農業を実験的に導入する。
アイヌが持つ技術は“土人”のものだと見下し採用しない。
いったいどれほどの不正義が北海道開拓、そして対露でなされたか。
そんな厳しい状況を無視して、後からひょっこり渋沢栄一がうまいところをかっさらうなんて、時代錯誤の酷いドラマではありませんか。
本作では「みんなロシアを倒すべく盛り上がってる! 経済界も頼むよ!」と言い、栄一が協力する。なぜこれが美談扱いになるのか。
当時「露探」という言葉がありました。
ロシアのスパイ――そんな意味です。
ロシアの文化に詳しい。ロシア語ができる。ロシア正教徒。
そういう人物を指して迫害する、悪しき傾向があったのです。
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あいつは露探だ! そう襲う側が「だって渋沢栄一も呼びかけていたし!」と言っていてもおかしくない。
そういう排外的な空気を、よりにもよって主人公が醸成したらどう思われます?
この露探という概念が厄介なのは、何度でも蘇ることです。
鬼畜米英。反日。スリーパーセル。
そういう浅はかな排斥に大河がお墨付きを与えるようで憂鬱なのです。
朝ドラでは「英語やジャズ好きなだけで差別されて気の毒!」と描いておいて、大河がこの調子では、たまったものではありません。
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