イギリス料理はマズイ

フィッシュアンドチップスとビール

イギリス

イギリス料理はマズイと小馬鹿にするとブーメラン|大英帝国の食文化

2023/12/24

イギリス料理は控えめに言ってマズイ!

食えるのはHUBのフィッシュアンドチップスしかない!

そんなイメージって往々にしてお持ちですよね。

実際、自国民ですら「俺らのメシに何を期待してんだ?」なんてアピールをするぐらいです。

※V8エンジンで料理をし、狂気を見せつけるイギリス人

しかし、イギリスといえば大英帝国という歴史があります。

これ、すなわち、イギリス料理が、大英帝国の拡張を通して世界に広まったということ。

植民地支配を通して、外国の食材や調理法が混ざり合った歴史があります。

要は、イギリス人が広めた食文化もあれば、変えてしまったものもあるということで、その中に日本が含まれていることも忘れてはなりません。

イギリス料理はなぜマズイ?と小馬鹿にすることは、すなわち日本の洋食の歴史も貶すことになりかねない。

衝撃的ですが、これは本当なのです。

世界に広まった、イギリス料理の歴史とその特質を見ていきましょう。

 


日本人がイギリス料理をバカにできる筋合いはない

「イギリスってメシマズだよね〜〜!」

というネタは日本でも定番ですが、最初にひとつ警告を。

まず、挙げてくる料理に偏りがあったりします。

嘲笑的に取り上げられるイギリス料理の代表例が「スターゲイジー・パイ」でしょう。

スターゲイジー・パイ/photo by Krista wikipediaより引用

コーンウォールの漁村で祭りの日に作る、いわばマイナーな郷土食です。

仮にですよ。

和食の代表例といえばコレ!」と、マタギ料理でも出されたら「えっ、そこに注目???」となりませんか?

もちろんマタギ料理を馬鹿にしているとかそういうことではなく、地方や職業に依拠した、かなりクセの強い料理を恣意的に取り上げるのはおかしいということです。

ちなみに「激マズ料理」として悪名高い

【ハギス(羊の内臓を羊の胃袋に詰めた料理)】

【揚げマーズバー(マーズというお菓子に揚げ衣を付けて揚げたもの)】

は、スコットランド料理です。

イングランドとは違います。

次のパスタをフライにするネタ動画も、イングランド人がスコットランド料理を茶化しているわけです。

※イタリア料理パスタを、スコットランド流フライにしてぶち壊すイギリス人

フランス人のアレクサンドル・デュマは『料理大辞典』でもっと的確にイギリス料理をバカにしきっています。

要約するとこんなところですね。

「あのイギリス人ですら、肉を焼く方法くらいは知っているようですよ」

そこまで言わんでも……。

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日本の洋食 実はイギリスが大きな役割を果たしており……

文明開化を迎えた明治時代。

日本は料理も西洋から取り入れることにしました。

そこで選んだ国は、イギリスです。

もちろんイギリスだけではありませんが、その影響は極めて大きい。

「西洋料理を取り入れるのに、よりにもよってイギリスってないわ……」と、イギリス人ですら突っ込んだ、そんな経緯があります。

今も我々の食生活に馴染み深い、その遺産を見ていきましょう。

1 ウスターソース

日本のソースで代表的な存在「ウスターソース」。

その発祥地はイギリスのウスターシャー地方です。

「そんなマイナーな、さしてうまくもないソースを取り入れるってどういうこと?」

イギリス人がそう困惑する中、日本で定着しました。

2 カレーライス

国民食となりつつあるカレーライス。

これも、

インド

イギリス

日本

という経路で伝播しました。

3 ウイスキー

今や世界でも有名なジャパニーズウイスキー。

スコットランドから竹鶴政孝が学んだものです。

ブランデーではない。

ラムでもない。

なぜウイスキーなのか?

かつての日本では【イギリスから学んでこそ!】という気風があったからなのです。

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4 牛肉

「よし! 今日は奮発してあの肉を食べるぞ」となったとして、どの肉が一番高級だと感じますか?

牛肉でしょう。

ビーフステーキに憧れる、そんな時代もあったものです。

これも、フランス人あたりからすれば、こうなりかねない。

「肉を焼いただけの料理に憧れるんだ〜へえ〜〜〜!!」

さて、ここで疑念が生じませんか。

なぜ、牛肉?

豚肉ではなくて、どうして牛肉なのか。

答えはイギリスです。

『古き良きイングランドのローストビーフ』という歌があります。

 

イギリス海軍ではおなじみで、よく歌われ、現在でも演奏されるものです。

強きローストビーフがイギリス人の食物であればこそ

我々の血肉を豊かにし、奮い立たせたものである

我らが兵士は勇敢であり、家臣たちは善良であった

おお! 古き良きイングランドのローストビーフよ、

おお、ローストロビーフ万歳

一体何を言っているの? 意味不明……。

そうツッコまれるかもしれませんが、イギリス人は

「牛肉を食ってこそ戦えるんだーーー!!」

とテンションを高めてきました。

我々の牛肉崇拝はイギリスから学んだものだったのですね。

実は、こうした状況はアジアでは例外的です。

東アジアで「牛肉と馬肉」は一段下とされて来ました。どちらも農耕や移動に用いる動物という扱いだったからです。

純粋に食べるお肉は豚肉。

牛肉と馬肉は、食べないわけでもないが、ちょっと落ちる。そういう扱いです。

牛肉こそ嬉しい――そう言っている時点で、あなたはイギリス食文化の影響下にあるんですよ!! まさにブーメラン!!

美味で名高い米沢牛も、この地に赴任したイギリス人教師チャールズ・ヘンリー・ダラスあってのもの。

彼は米沢農耕牛の味に感激し、これからは牛肉だと熱烈に主張しました。

任期が終わった際わざわざ横浜まで一頭連れて行ったのです。

そしてイギリス人にふるまったところ「めっちゃうま!」と大評判になったとか。

米沢牛の恩人であるイギリス人の味覚をバカにするの?

けしからんことではありませんか。

 

なぜイギリスだったのか?

ここで当時のイギリス人ですら抱いていた疑問を考えてみましょう。

「西洋料理を学ぶなら、イタリアやフランスではダメだったの?」

背景にあったのは政治情勢にほかなりません。

江戸後期以降、日本人は漠然とナポレオン、そしてその祖国フランスに憧れていました。

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それが、普仏戦争を目の当たりにして、フランスは終わったな……とテンションが低下していきます。

中でも海軍は、当時世界最強と名高いイギリスをお手本としました。

イギリス海軍の強さの秘訣には、壊血病を防いでいた食料供給も含まれていたのです。

カレーも、まずは海軍から広まりました。

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そうした政治および軍事面の影響が、食文化にも及んでいるのです。

とはいえ、日本がフランスを取り入れなかったわけでもない。

警察組織は、川路利良の強い意向もあり、フランスを手本としています。

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しかし、食文化はややこしいものでして、すっきりしない、ごちゃまぜです。だからこそ面白い。

九州地方には、戦国時代に宣教師が来日して以来、ポルトガルとスペインを由来とした食文化が根付いてます。

カステラが代表例ですね。

鶏卵を食べるようになったのも、宣教師の影響です。

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北海道ではロシア料理も根付きました。

ロシア革命後は、亡命ロシア人貴族による食文化がもたらされたからです。

神戸のモロゾフやゴンチャロフがその代表例ですね。

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明治時代、西洋諸国の正式なディナーはフランス式。日本の皇室でも採用され、現在まで続いています。

ただし、テーブルマナーはイギリス式という混乱があります。

フランス料理は高級過ぎて、庶民には高嶺の花でした。

第一次世界大戦の後、ドイツ人捕虜が日本でも収容されました。彼らを通して、ドイツでのソーセージ、パン、バームクーヘンが伝えられています。

伝えらたのは「第九」だけではなかったのです。

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アメリカからは、トマトケチャップやハンバーガー。

イタリアからは、パスタやピザ。

このように、他の食文化の影響もあります。

しかし、そこを踏まえても圧倒的に大きいのがイギリスです。ここは認めましょう!

 


あの大陸料理が羨ましいんだよ!

しかし、こうも思ってしまいます。

なぜ料理だけを、ピンポイントでフランスをお手本にできなかったのか?

これも難しい問題ですし、日本人の思考回路もあるでしょう。

「武士は食わねど高楊枝」

粗食に耐えてこそ、強い武士である――そういう発想は、太平の世であった徳川時代を通しても根付いていたことでした。

平安時代まで遡っても、紫式部がコソコソ鰯を食べていたような、そういう歴史もあるわけです。

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食べ物にこだわるなんて、ちょっとカッコ悪い。そういう意識が日本人の中にあったとしても、不思議はありません。

これがハッキリするのは、中国と比較した時です。

中国は食を非常に重視します。

ゆえに「食事をケチる奴」は話になりません。

「俺にうまいスープを食わせなかったあいつらは、もう滅びるしかないよね」というシャレにならないケースもあるほどで。

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彼の国では、食べ物に強い執着があってこそ、大人(たいじん・立派な人)なのです。

イギリス人は、フランス人に複雑な感情があるものです。

以下は侮辱語ですから、絶対に使ってはいけませんよ。

“Cheese-eating surrender monkeys”

(チーズ食って降伏する猿ども)

うまいチーズを食って、すぐに降伏しやがるフランス人どもめ、あいつら弱いよな、うまいものばっかり食っているからダメなんだよ。

そんな複雑な心理も見えて来ます。

裏返しますと「フランス料理はうまいよな〜、勝てねえ!」という気持ちがある。

EU離脱投票でも、残留派はこう言っていたものです。

「イギリスがヨーロッパから孤立すると、ただでさえ酷い飯が悪化するぞ!」

さてこの関係。

食にこだわりと歴史がある大陸と島国という関係は、似ていると思えませんか?

そうです、日本と中国です。

アジアでは例外的なほどにイギリスの影響が大きい――そんな日本のような食文化と先程書きましたが、数少ない文化圏があります。

イギリス領だった香港です。

そしてこれを指摘するのは大変辛くなって来ますが、書きましょう……。

イギリスとアジアの食文化の融合において、香港の方が上手ではないか?と、どうしても感じてしまうのです。

その好例なのがエッグタルトと鴛鴦茶(えんおうちゃ・コーヒーと紅茶のミックス)。

絶品です。

エッグタルト

もちろん日本のカレーも、ウイスキーも、素晴らしいとは思うのですが、それを踏まえた上でも香港の食文化には嫉妬の目がギリリリ……ハッ!

島国が大陸食文化に嫉妬?

これもイギリス的ではないですか。

長くなりましたが、日本人がイギリスの食文化をどうこう言えた義理は、歴史的に見てもないでしょう。

そしてここから深堀り――なぜイギリス料理はマズいのか。

食の面からさらに歴史を振り返っていきましょう。

 

メシマズ理由を考察◆有史以来不味かったわけでもない

なぜイギリス料理はマズいのか。

ヨーロッパの歴史を紐解きますと、イギリスは有史以来食事が粗末であったわけではありません。

文明が交錯するローマ帝国領。

その西の端にあったイギリスは、その他辺境と大差ないと認識されていました。

イギリスも、フランスも、程度の差はあれ似たようなもの。

むしろシェイクスピアの生きていた頃には「イングランド人は食い道楽」とすら思われていました。

シェイクスピア劇でも有名なリチャード3世の遺骨を計測した結果、なかなかの美食家であったと判明しています。

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しかし、歴史の流れで差がついていきます。

 

◆フランスが圧倒的リードを広げたのはあの王妃のおかげ

フランス王・アンリ2世に嫁いだカトリーヌ・ド・メディシスは、不幸な結婚生活でした。

「王妃相手ではムラムラしない。愛人に興奮させてもらってからでないと、子作りすらできない」

露骨にそういう態度をとられたのです。

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性欲という人間の欲求については、そういう諸事情があったカトリーヌ。

しかし、もう一つの欲求には絶大な貢献をしました。

それこそが食欲です。

アイスクリームをはじめ、嫁ぎ先のイタリアから、古代ローマ以来の伝統を受けつぐ、絶品レシピ、食材、調味料を持ち込んだカトリーヌ。

そのおかげで、フランス料理は大きく進歩を遂げます。

美食大国は、この不幸な王妃によりもたらされたのです

 

◆宗教改革がグルメを分ける

カトリーヌの時代は宗教改革とも一致していました。

彼女は、あまりにも強引な手段で、フランス・プロテスタントの息の根を止めにかかりました。

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こうした宗教改革の中、プロテスタントは禁欲的な傾向を強く押し出してきます。

ザックリまとめると、次のような点です。

・キリスト教由来でない宗教的行事はやらない

・聖母子像のような、チャラい芸術と信仰心は別物です

・生活はともかくシンプルにいきましょう

・欲望に耽溺するな! うまい飯、快楽を求める性生活、そういうナメくさったものはカトリックにやらせとけ!

一言でマトメれば「飯なんてのは、食えればいいんだ!」という思想が出てきました。

食事なんて質素でいいだろう、となったのです。

前述の牛肉崇拝もチューダー朝あたりで進歩が止まった感があります。

金曜日からの肉断食が終わった日曜に、やっと食べるローストビーフ最高! そういう理由ですね。

これもフランス人からすれば、

「そこで停止か〜。肉の焼き方しか調理法を知らないイギリス人ってトレビアンですね〜」

と突っ込まれるネタになりますわな。

イギリスと一緒にするなという声があるかもしれませんが、プロテスタント国の食事はカトリック国と比べてイマイチという評価はあるものです。

カトリックから見たプロテスタント国の食文化イメージ

◆ドイツ語圏:芋とソーセージくらいにしかこだわりがないの?

◆北欧:まぁ、寒いし、プロテスタントだし……ねえ?

◆アメリカ:イギリスの元植民地……お察しください!

◆オーストラリア:お察しください!!

いや、こうした国にも美味しいものはあります!

しかし……。

以下のようにカトリック教国がこんな調子ですから強すぎだ。

◆フランス:美食とは我が国の得意とするところよ

◆イタリア:美食なら任せてくれよな!

◆スペイン:海の幸おいしいよ〜!

◆ポルトガル:うちの海の幸も豊富だ〜!

まったくもって勝負になりません。

確かにタコやイカは美味しいもので、カトリック教国では定番でも、プロテスタントではそうではありませんね。

「あんなものは悪魔の食べ物だー!」と、地理的な条件だけではなく、そんな不幸な思い込みがあったのです。

かつてイギリス海軍の軍艦には、牛が大量に積載されていました。

そんなことをするくらいなら魚を釣ったらいいだろ――なんてツッコミたくもありますが、肉でないとダメ。

士官クラスになればなるほど、そういう思い込みが強固にあったものです。

宗教改革は、食材の柔軟性を狭めてしまいました。

幕末の遣欧使節団は、イベリア半島に来て、やっと料理を楽しむことができて喜んでいたとか。

海鮮美食の宝庫だったので、幕末日本人の舌にもフィットしたんですね。。

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イギリスの魚料理代表格ですか?

まぁ、フィッシュ&チップスあたりでしょう。

 

◆王妃がもたらす味もあったのだが

宗教改革の結果は、王室の婚姻関係にも影響を与えました。

結婚条件に改宗があると、二の足を踏むということになります。

イギリスを代表する飲み物「紅茶」も、チャールズ2世に嫁いできたキャサリン・オブ・ブラガンザの祖国ポルトガルからもたらされたものです。

キャサリン・オブ・ブラガンザ/wikipediaより引用

このチャールズ2世のスチュアート朝は、二度にわたる革命(清教徒革命・名誉革命)により混沌とします。

そのあとのハノーヴァー朝は「血統的にはほぼドイツ人だ」と突っ込まれるほど。

結婚相手がプロテスタントに偏った結果です。プロテスタント国でも、ドイツが圧倒的に多くなったのでした。

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結婚によるカトリック国由来の美味たる食文化が、イギリスからなくなったのです。

 

◆大陸が近いから持ってくればそれでいい

とはいえ、美食を味わいたい本能はあるものです。

貴族や王族となれば、その願いは金で叶えられます。

そして、こういうことになります。

「それならフランスから連れてくればいいじゃない!」

江戸時代の日本ならば、わざわざ清から料理人を呼び寄せることはありませんが、そこがイギリスの強みです。

典型例が、ジョージ4世。

彼の自慢は、フランスの伝説的料理人アントナン・カレームでした。

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ナポレオンや、彼の寵臣であるタレーランに、料理を振舞ってきたカレーム。

ナポレオン戦争後、だらだらと長びくウィーン会議で、諸国の代表者が退屈しのぎにしていたのが彼の料理でした。

アントナン・カレーム/wikipediaより引用

ウィーン会議は、ナポレオンに支配されていたヨーロッパを終焉へと導きました。

しかし、カレームのもたらした美味によって、食文化はフランスが支配。ヨーロッパの宮廷は、次から次へと彼の定めた料理形式を導入するに至ったのです。

そんなウィーン会議を経て、ジョージ4世がカレームを料理長にすることには、勝利のトロフィーという要素もありました。

酒についてもそうです。

「ワインがあるから、それでいい。国内の酒? 別にどうでもいいでしょ」

そういう扱いでした。

ワイン、ジン、ラム……輸入や植民地頼りが多かったものです。

今でこそイギリスを代表するウイスキーですら、

「貧しいスコットランド人やアイルランド人が、脱税のために密造し、コソコソ飲んでいるダサい酒」

という扱い。ナポレオンの「大陸封鎖令」やブランデーの原料が病気により大打撃を受けた結果、ウイスキーが注目されただけなのです。

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ある意味、偶然が重なったウイスキーは幸運でした。

しかし、料理は違います。

輸入頼りの結果、イギリス伝統料理は長いことブラッシュアップされなかったのです。

 

◆悪質な労働環境が決定打となる

イギリスの伝統的な郷土料理はよいものです。

庭から摘み取ったハーブを使い、自然と調和するレシピ。

『猫のしっぽ カエルの手(→link)』でおなじみ、イギリス出身のベニシア・スタンリー・スミスさんの紹介する料理の美味しいことときたら。心温まる味です。

イギリスの田園には、そういう味があるものですが……大英帝国繁栄の陰で、都市部では味覚と料理法が壊滅してしまいます。

「仕事、仕事、仕事だー、飯なんか構ってられん!」

「もう、生きていられるだけでありがたいのかも……」

「飲んだくれすぎて、味なんかわからなーい!」

産業革命の結果。

悪質な労働環境によって、都市部のイギリス人は料理法を忘却するほど追い詰められたのです。

飯なんて食えればいい。そういう時代でした。

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こうした流れが、上流階級にまで到達します。

アッパークラス、貴族の子弟が通うパブリックスクールは、味覚と料理法が破壊した、そういう料理人が雇われます。

そこで「贅沢は甘えにつながる」という教育を受けた貴族子弟が、爵位を継ぐわけです。

当然ながら彼らの味覚は育たずじまい……。

かくして、階級を問わず残念な方向へと食事が向かっていきました。

戦時中の食料規制も影響しています。

国民性だからもう自虐でネタにしちまえ、飯がまずいからこそメリットもあるかもしれないし……そういう流れが確定してゆく歴史。

壮観と言いますか、ただただ驚いてしまいます。

神がブリテン諸島を舞台に、味覚の実験をしたかのような結果です。

ただし!
これは断言しておきますが、イギリス料理はまずいだけではありません。

ベニシアさんのレシピ然り。

大使館公開レシピ然り(クックパッド)。

作ってみれば、なかなか美味しい。

紅茶にせよ、ウイスキーにせよ、その味を知れば、イギリス人の味覚がおかしいと言えるはずはないのです。

そしてこれも重要な点。

ヴィクトリア朝の例をみれば、労働環境や劣悪な生活が、食生活すら破壊することがわかります。

現代の日本はいかがでしょうか。

あなたは美味しい食事を食べていますか?

牛丼をかっこむ。

コンビニ飯頼り。

スーパーの値下げ弁当を狙う。

料理?

食べられればいい。そんな生活ではありませんか?

その果てにあるのは、食と幸福の荒廃でしょう。

豊かな生活がなければ、豊かな食文化も生まれません。そのことを考えていきたいのです。

 

拡大する大英帝国とその食

かつて世界史に類を見ないほど広大だった大英帝国。それも食の観点からジョークにするとこうなります。

「イギリスにいても、ろくな食べ物がないから領土を広げた」

これはあながち、ジョークとも言えないものがありまして。

ブリテン諸島の気候や風土は、農業に適しているかというとそうとも言い切れません。ヨーロッパの穀倉地帯であるフランスと比較しますと、それはハッキリとしています。

拡張の嚆矢は、アイルランドでした。

17世紀に支配を始めたイングランド人の目から見ると、アイルランド人は野蛮で牧畜ばかりをしている非効率的なもの。

そこで、イングランドから農耕技術を取り入れ、穀倉地帯としたのです。

このことは、のちに悲劇をもたらします。

ジャガイモが病気感染によって壊滅的な打撃を受けたにも関わらず、イングランドの穀倉地帯として食物輸入を続けたのです。

イングランドとアイルランドの対立は、かくして始まりました。

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その一方で、スコットランドでは真逆のことを行います。

小作人に農業をさせるよりも、牧畜をさせたほうがいい。

そう強引に追い払ったのです。

「土地清掃」です。

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土地清掃や主教改革の結果、ブリテン諸島の人々は新大陸を目指しました。

ご存知、アメリカです。

 

帝国の食卓には血のにおいがつきまとう

アメリカ大陸の植民地からは様々なものがもたらされました。

サトウキビの栽培は、その最たるもの。

砂糖、そしてラム酒はイギリスの食事を豊かにしました。

しかし、アフリカ大陸から連れてきた奴隷労働あってのことであります。

紅茶に加える味覚としては、砂糖が好まれました。

インドの茶葉。

アメリカからの砂糖。

18世紀後半ともなると、もはやイギリスの食卓は植民地なしでは成立しなかったのです。

「あなたが飲んでいる砂糖入りの紅茶。それは奴隷の血と汗で作られているのではありませんか?」

ナポレオン戦争前夜、18世紀末。

一人の男が、こう訴えます。

奴隷制度廃止を訴えたウィリアム・ウィルバーフォースでした。

ウィリアム・ウィルバーフォース/wikipediaより引用

 

奴隷の血に染まったものが食卓に登っているなんて!

衝撃を受けたイギリス人は、ウィルバーフォースの訴える奴隷制廃止に賛同の署名を集めるのです。

こうした世論を背景に、ウィルバーフォースの尽力により、イギリスでは1807年「奴隷貿易法」が成立します。

奴隷貿易廃止への、偉大なる一歩でした。

その功績を称え、「首相官邸ネズミ捕獲長」にも彼の名が使われております。

ネズミ捕獲長
吾輩はネズミ捕獲長である イギリス首相官邸で働く公務猫である

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こうして書くと、イギリスは植民地からの搾取を反省したかのように思えますが、そういう単純な話でもありません。

茶葉の生産地であるインドは、穀倉地帯とされました。

もたらされていたのはカレーやタンドリーチキンだけであったはずがないのです。

結果、インドでは世界市場屈指の人道的な危機が何度も訪れます。

頂点に達したのは、ウィルバーフォースの後、ヴィクトリア朝でした。

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食文化を通しての支配と破壊

大英帝国の拡張は止まりません。

それは、食文化を通しての支配ということでもあります。

輸入過多でインドやアイルランドに深刻な飢餓をもたらすだけではない。そんな害悪も広まってゆきます。

1859年、イギリスの植民地であったオーストラリアに、狩りの獲物として24羽のウサギが持ち込まれました。

ウサギは食品としても消費できます。

これがおそろしい結果をもたらします。

天敵不在であったため、爆発的に増加し、生態系を破壊してしまったのです。

現在も続くオーストラリアのウサギ駆除をめぐり、こんな意見が飛び交うことがあります。

「日本人にクジラを食うなと言う西洋人が、オーストラリアのウサギ殺しを黙認している!」

全く論点がずれていることをご自覚ください。

これは外来種駆除と動物保護の一環です。動物愛護や駆除は「かわいそう〜」という感情ではなく、生態系保護の観点からの検討も必須です。

こうした生態系の変化は、動物だけではありません。

穀物もそうでした。

多くの人々を飢餓から救った、南米大陸由来の食べ物。

青木昆陽が、サツマイモの栽培を広めた日本。

青木昆陽『蕃藷考』
江戸の民を飢餓から救った青木昆陽と『蕃藷考』日本でサツマイモが根付くまで

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唐辛子が国民食キムチを作り上げた韓国。このような幸福な例だけではありません。

ケニアに住むキクユ族は、温厚な性質でした。

ケニアに住むキクユ族/wikipediaより引用

彼らを支配したイギリス人は、労働者として動員を始めます。

それだけではなく、食料としてトウモロコシを中心とした、安い穀物を食べさせることにしたのです。

豆や他の穀物栽培は規制され、重労働をトウモロコシの粥をすすりながら行う羽目になったキクユ族の男性たち。

彼らは栄養不良に陥り、病に倒れていきます。ビタミンがあまりに不足していたのです。

植民地の人々が栄養不足で倒れようとも、支配する側はさしたる関心を払いませんでした。

伝統食である「イリオ」のレシピすら、もはや崩れていきます。

かつてはプランテンやンジャヒ(フジマメの一種)で作られていたもの。

それが、ジャガイモ、トウモロコシ、豆で作るようになってしまいました。伝統が伝統でなくなったのです。

これぞ帝国主義による食の支配です。

 

この問題はイギリスだけのことだろうか?

「なるほど〜、イギリス人の帝国主義と食文化は破壊的ですね!」という結論に至らないようにお願いします。

これは植民地や帝国主義のもたらしたことなのです。

ケニアのイギリス支配と似た構図が、和人によるアイヌ支配にもありました。

明治政府は、アイヌの伝統的な狩猟と採集を野蛮とみなし、その代わりに農耕を強制したのです。

結果、キクユ族と同じ問題が起きています。

食生活が変貌し、栄養バランスが崩れ、病や栄養不良に倒れた犠牲者が数多く出ているのです。

植民地で鉄道網はじめ、交通インフラを支配したという恩恵は、よくある語られることではあります。

それはこの一言で終了です。

「私たちの国から食料を運ぶための交通網に、感謝しろって?」

インドから見たイギリスがそうであるように、朝鮮半島や台湾からすればそうなります。

樺太の場合は、本土への供給を強く強いられる一方で、戦時中はむしろ見捨てられかけた事情すらあります。

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ベルギーの名産品といえば、チョコレートです。

これも、歴史的経緯を踏まえると、あまり食べたくなくなるかもしれません。

この悲劇は、ゴムだけの問題ではありません。

カカオもコンゴからもたらされ、その結果があのベルギーチョコレートなのです。

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「貧しいあいつらに穀物を売ろう!」という問題。日本は被害者側とも言えなくもありません。

アメリカの思惑による小麦の推奨と、食料自給率の低下、そしてこの国民食の台頭。そこにはあきらかに相関関係があるのです。

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現在問題視されているマグロにせよ。クジラにせよ。

「捕鯨はあんたたちもしていたはずだ。口出しをされる筋合いはない!」

そんな意見が出てくるとは思います。

ただ、そういう食文化を通した環境破壊に、植民地主義という過去がある欧米諸国が反発することには、反省と改善という大きな動機もあるのです。

思い切り好きなもの、美味しいものを食べたい!

食べ物を売ってお金を儲けたい!

そういう気持ちは、人類にはずっとあったと言えなくもありません。

結果、破壊や痛みをもたらしてきました。

そんな歴史があればこそ、そのことを反省し、改善すべきだと21世紀には考えられるようになったのです。

あなたの食卓は、あなたのものです。

何を食べてもいい。それはその通りです。

しかし、少し考えてみてもいただきたい。実は世界とつながっているということを。

だからこそ何かしなければいけない。自分でもできることがある。

そう考えてみてはいかがでしょうか。


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【参考文献】
リジー・コリンガム『大英帝国は大食らい』(→amazon
近代食文化研究会『お好み焼きの物語』(→amazon
青木ゆり子『日本の洋食』(→amazon
Cha Tea 紅茶教室『図説 英国紅茶の歴史』(→amazon

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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