レジェンド&バタフライ

本能寺の変で長刀をふるう濃姫(帰蝶)と織田信長/wikipediaより引用

歴史ドラマ映画レビュー

ド派手な話題作りで中身は空っぽ|映画『レジェンド&バタフライ』

2023/05/28

どれだけ役者が素晴らしくても。

どれだけ映像が美麗でも。

映画やドラマはとにかく脚本――これがダメなら、どれだけ宣伝費をかけて話題作りをしても、本質的なヒットはありえない。

それがよくわかるのが、同じ脚本家作品として話題になった映画『レジェンド&バタフライ』と大河ドラマ『どうする家康』でしょう。

映画『レジェバタ』では、木村拓哉さんと綾瀬はるかさんという、絶対にすべりようがない二人を起用していながら、蓋を開けてみれば、あろうことか推定赤字の大ゴケ。

いまや腫れ物扱いでどこのメディアも取り上げず、少しでも多くの資金を回収したいのか、早々にアマゾンプライムへ登場しても評価は759入って「★★★☆☆」の駄作扱いです(最低の★1つが30%を占める)。

いったい映画では何がどう描かれているのか?

『どうする家康』とは何が同じで何が違うのか?

本当に、事前の評判ほどつまらない作品なのか?

さっそくレビューしてみましょう。

基本DATAinfo
タイトルレジェンド&バタフライ
原題THE LEGEND & BUTTERFLY
制作年2023年
制作国日本
舞台日本
時代安土桃山時代
主な出演者木村拓哉、綾瀬はるか
史実再現度ちょ、まてよ、期待してんのかよ?
特徴信長コスプレでバブルの夢を再現されても困惑しかない

※ただいまアマゾンプライムで無料(→Amazon ※2023年5月現在

 


あらすじ

ちょ、まてよ。俺、織田信長かよ。

織田信長の一生なんて、教科書に載ってるし、大河ドラマでやるし、どうでもよくね?

その程度の知識で、見ればいいんじゃねえの?

と、まとめられますが、できれば2020年大河ドラマ『麒麟がくる』を見ておくとよいとは思います。

 


大文字英語タイトルの悪夢

本題に入る前に、タイトルにダメ出しをさせてください。

英語で全部が大文字というのは特殊な用法で、強調している意味が生じます。

そんなことはどうでもいいと日本ではノリとして使われますが、いかにもダメな和製英語臭さが出るのでおすすめできません。

「伝説と蝶」という意味からしてやめて欲しい。

織田信長が伝説的な英雄だという日本史基礎知識と、帰蝶という名前を組み合わせたのでしょう。

しかし、何のテーマも伝わってきません。

さらに、大文字英語タイトルの時代劇映画というのは、2000年代に駄作揃いでして。

2005年『SHINOBI』
2009年『GOEMON』

当時ですら失笑されていたセンスを、なぜよりにもよって繰り返すのか。レジェバタもタイトルの時点で避ける人がいたと思います。

そもそも、そういう層を狙ってはいないんでしょうけど。

 

『どうする家康』視聴者は見るべきか?

何とも言えません。

同じ脚本家による作品――『どうする家康』の問題点が本作の時点で露呈していますので、私のように、その根源を探りたいのであればオススメします。

ゲテモノ食いなんてしたくないという方は避けましょう。時間の無駄。もっと良い映画やドラマは他にたくさんあります。

そして両作品を見比べた結果、『どうする家康』よりマシな点はいくつかありました。

箇条書きにします。

・衣装や小道具はまっとうに作られている

・セットやロケもそれなりにちゃんとしている

・短い(映画は三時間の忍耐で済む)

以上、脚本が駄目だと、いくら予算をかけても、どうしようもないと痛感しました。

 


役者の魅力に頼っているのに、魅力を殺す演出

まさか私が綾瀬はるかさんの魅力を感じないことがあるとは……見ていてそう愕然としてしまいました。

事前の感想を見ている限り、綾瀬さんはまだマシだという投稿はあった。

ゆえに少しばかり期待していたのですが、彼女の魅力をまるで引き出せていません。

メイクが浮いているわ。髪型が妙なアレンジをされていておかしく見えるわ。

所作指導も甘いのか。動きが雑に見えるわ。何より酷いのが発声指導です。

彼女の声はあたたかみがあり可愛らしい。しかし、その声のトーンでは似合わないセリフが多いのです。

そうはいっても、これは決して彼女の問題ではないでしょう。

木村拓哉さんもずっと、現代劇と変わらない荒々しい口調です。

剣道経験者だけに殺陣はよいという意見もありますが、江戸時代を挟むと剣術の型も違い、むしろ不自然に思えてしまう。

役者の魅力をそのまま出せばよいというのはわかった。

しかし、時代劇には時代劇のやり方があります。

これがもしもコマーシャルやキャンペーンの類ならば、齟齬が目立つことはなかったのでしょう。

2022年ぎふ信長まつりが盛り上がったことは理解できます。そこで終わっていればまだよかったかもしれません。

しかし映画できっちり映すとやはりまずい。

本作には、常に「コスプレ」感が漂っています。真面目に描くのではなく、雑に取り入れたなんちゃって要素があまりに多いのです。

 

歴史知識が曖昧で入り込めない

この作品は作り手の歴史知識が曖昧なのでしょう。

ともかくミスが目立ち、入り込めない。

台詞は語尾や語彙力だけ、どこかで聞いたようなそれらしいものにする。それもどこか間違っているように思えて集中できない。

この時代ですと、方言はむしろ一切使わないことが一般的です。

それを本作は特定の人物だけ、少し訛っているような半端なことをするため、余計に違和感が目立つ。

歴史劇として始まってすらいないと思います。

 

軍師・帰蝶の言いなりになっても、これでは勝てない

本作の特徴として、信長の決断の背景には帰蝶の指示があったとあげられます。

しかし、その軍師役である帰蝶の助言が無茶苦茶。

こんな戯言を聞いていたら信長は全く勝てないとしか言いようがありません。

桶狭間の戦いの際に、帰蝶があれやこれやと指示を出します。

ところがです。戦場の地形も考慮していないわ、思ったことを根拠もなしに並べるだけだわ、最後は根性論じみた気合の入れ方を入れてくるわ。

桶狭間では「大雨が降るから音が消える!」と言います。そういう対処を何もしていないと思ったのでしょうか? 荒天時の手立てはあるでしょう。

この程度です。得意げに出してくる策は、歴史を学びたての子どもが自由研究で出してきた程度のものばかり。全く説得力がありません。

よく勝てたよなぁ……と呆れるしかない。後の助言も、歴史の結果から逆算した見解を垂れ流すだけです。

信長の背後に帰蝶がいた――。

確かにこの発想そのものはありえます。

例えば『麒麟がくる』もそうで、鉄砲の買い付け交渉を実質的に帰蝶がこなしているという設定がありました。

戦国時代の文書は、女性が取り仕切ったものでも、署名が本人ではなく、男性名義にされていることがあるとしばしば指摘されます。

そうした歴史的要素を踏まえたのであれば適切。要するに『麒麟がくる』は無理のない範囲で、女性の活躍を描いていました。

それがこの映画は、ベラベラと説明セリフを並べ立てたり、アクションをさせなければ「活躍」に入らないとでも考えているようで……合戦がどういう仕組みであるかすら、理解できていないのではいかと思いました。

 

学習漫画の実写版のようだ

この映画は、説明セリフが異常に多い。

脚本家が、いかに歴史に接していないかわかってしまい、辛いものがありました。

説明部分についてはナレーションを使うという手法があります。

布陣図や地形についても、図面を用意することは定番です。

これは何も映像作品に限った話ではなく、歴史の書籍でも、時代小説でも、取られる手法でしょう。

一定の共通認識にもなっているわけですから、ドラマや映画で時代劇を描くなら、その役割を果たすナレーションと図面は必須とも言えるわけです。

しかし、そういう技法に馴染みがないから、あたかも歴史学習漫画を実写版にしたかのような説明セリフがひたすら繰り返されるのでしょう。

なお、出版社の学習漫画は、まっとうな内容だから救われます。

本作はそうではありません。歴史が好きな小学生でも、この映画には違和感を覚えることでしょう。

 

ラブロマンスとしても、ただただ悪趣味

この映画は「ロマンス」とジャンルがつけられていました。

しかし、恋愛ものとしてみても最低だと思います。

信長は、帰蝶が相手でも、彼女の発言の途中で言葉を遮るし、怒鳴りつける。さらには女は黙っていろとまで言うし、敬意や愛情ってものを感じさせません。

帰蝶も、信長をからかい、挑発し、煽るような口調です。

通い合う心もなく、愛情もない。何か一つ贈るにせよ、相手の好みを確認せず、一方的に押し付けるように渡しています。

現在だったらメルカリで叩き売られるようなプレゼントセンスで痛々しい。

DV彼氏とそれに依存する彼女のようにすら思えます。

金平糖をめぐって殺し合いになり、その返り血にまみれながらラブシーンに持ち込むところは、ロマンチックどころか気持ちが悪すぎました。

相手への気遣いも何もない。

ただ興奮したから性欲を発散する。

これの何がラブロマンスなのでしょうか?

センスはなんとなくわかります。タランティーノの『トゥルー・ロマンス』でも意識していますか?

あの映画は1993年公開です。もうあの作品は古典的で、今の時代には合っていません。

 

昭和の化石…古臭いジェンダー観

帰蝶にわざとらしい活躍をさせたせいか「信長を無能に描き、貶めている」という意見も見かけました。

それは甘い。この映画に出てくる登場人物は、全員、魅力が失われていると思います。

帰蝶も全く斬新とは思えません。

彼女は信長が側室と子を作ると嫉妬する。子ができぬと嘆く。そして病気になって寝込んでいる。病気になっても美貌はそのままで、まるで老けない。

そんな愛妻の枕元で、慣れない楽器を演奏しようとする信長は大迷惑で愚かでした。

帰蝶はご都合主義の塊です。

困っているとアドバイスを出してくれる。

賢いようで、鼻持ちならないほどでもない。

かわいらしく嫉妬するけど、結局は男を愛している。

どんな無神経なことをしても、最終的には自分に逆らわない。

そして老けない。

全てがご都合主義。

こんなかわいこちゃんがいたらオイラは頑張れるよぉ〜! という妄想にしか思えませんでした。

再び大河ドラマと比較してみましょう。

『麒麟がくる』の帰蝶は、夫が側室との間に子を作ろうが、そこまで動揺しません。かえって信忠の養育を任されて、凛とした表情で彼の横にいました。

そして前述の通り、鉄砲の買い付けで、夫の覇業に手を貸す。

ところが、暴走する夫についていけなくなり、光秀に「父が生きていたら信長に毒を盛る」とまで言い切りました。

やだやだ! そんなかわいくねえ帰蝶はいらねえし! もっと萌える帰蝶がいい!

そんな視点から、萌え要素一点突破か、逆張りで作られた――それがこのバタフライこと帰蝶に見えます。

結果、帰蝶はかえって陳腐になりました。

そもそも彼女は確たる史料が少なく、何をしていたのかわからないため、自由な創作がしやすい。

本能寺に彼女が同行していたことは否定されますが、それでも夫のために薙刀を振るい、倒れる帰蝶像は定番だったものです。

本作では、本能寺に帰蝶はいません。それでも、かつて定番だった古臭い像に戻っています。

夫に逆らうようで、そうでもない。結局、屈服する。夫が浮気すれば嫉妬するところがカワイイ。そして老けずにずっとキレイ!

どんな人であろうと、病気になれば衰えてしまう。そのことは悲哀として語られてきました。

そういう生老病死という苦難もなく、ただ辻褄合わせに病気にしたようにしか思えない帰蝶。

健康体のまま信長にくっついてこないなんてイヤだという、その一点をごまかすだけの設定に思えます。

そんなことだから、病人の枕元で楽器演奏ができるのでしょう。

こんなデリカシーのなさは歴史知識以前の問題です。

自分たちの妄想をひけらかし、これをロマンスだと言い募る。そのくせ古臭い女性像で、ミソジニーすら漂っている。

どうしようもない作品としか言いようがありません。

 

昭和の価値観をゴリ押しされても

この映画はどうにもおかしい。

戦国時代の価値観をなぞっていないだけでなく、2020年代とも思えないほど古臭いのです。

この映画にこびりついている思想はわかります。

上等舶来――古い言葉で、明治・大正時代に流行していました。

要するに海外から来たモノは素晴らしいという意味で、この場合の海外とは、西洋列強を指します。

「鬼畜米英」と叫んだアジア・太平洋戦争が終わると、この路線はより強固に日本に根付きます。

典型例が「ジョニ黒」でしょう。

ジョニー・ウォーカー黒ラベルのことをこう呼び、昭和のおじさんたちはともかくこれを飲みたがりました。味そのものより、舶来ものを飲む自分に酔う感覚があったのでしょう。

そうした昭和のおじさん感覚が、この映画には染み通っていて辛いのです。

なんだかんだで娘時代はギャルしてても、結婚すれば母となりたい。それが女ってモン。そう言いたげな帰蝶は、まさしく昭和ヒロインの臭いがします。

西洋のダンスをする信長と帰蝶。戦国時代の憧れというよりも、昭和の妄想でしょう。

戦国時代の日本は、宣教師も驚いたほど女性の自由が制限されず、活発でした。

金髪の女性が好き放題にしている場面が数箇所ありましたが、ああした「西洋の女性は自由!」という発想は明治以降のものです。

ラストシーンの南蛮船へ向かう信長と帰蝶はよかったという意見も見かけましたが、私はむしろ辛かった。

昭和にあった妄想である、日本もいつか欧米に追いつけるというファンタジーそのもの。

一体いつの時代の映画なのか?

そうため息をつきつつ、三時間が終わりました。

 

平然とネタを使い回しにする

本作は『どうする家康』と同じようなネタを使い回しています。

金平糖をやたらと重視するところがひとつ。

主人公の妻がツンツンしつつ夫を叱咤激励する関係も、使い回しです。

そして明智光秀の解釈。

彼は信長が大魔王として狂っていて欲しいと勝手にプロデュースし、信長の残虐行為をけしかけていたことにします。

そのせいで、信長が何一つ自発的に行動できない根無草になり、台無しにもほどがあります。

しかも、制作サイドがこういうことを「激ヤバ新解釈!」だと言い張るわけですが、これまた『どうする家康』と通じている。

本作も『どうする家康』も、直近の大河ドラマを見て、その雑な逆張りをして新解釈だと言い張っているにすぎません。

この光秀なんて『麒麟がくる』を正反対にしただけだとすぐわかる。

『どうする家康』では、足利義昭にもそれを応用していますね。

手持ちの札が少ないから、どこかでみたものをひっくり返すだけ――そんなやっつけ仕事に私は驚きたくありません。

そういうことを「自由な発想」と無批判に持ち上げてどうするのでしょうか。

◆「レジェンド&バタフライ」経て「どうする家康」へ 気付いた“歴史もの”脚本のヒント「もっと自由な発想で描けるんじゃないか」(→link

 

オールド・ボーイズ・ネットワーク映画

この映画の作り手は、いったい誰が見ると想定していたのでしょうか。

趣味や嗜好が多様化した今、国民的ヒットを狙えるような作品などはなから作れません。

かといって本作は、軽薄で雑であり、時代劇が好きな層に受けるとも到底思えない。

若者狙い?

いやいや、今どき本物の若者は、韓流や華流時代劇に行くでしょう。ゾンビやSF要素も取り込んだ、斬新でポップなものが多く、現に盛り上がっています。

こうした状況のもと、この映画を見に行く人なんて、木村拓哉さんのファンか、話題作なら一通り見ようとする層か、そのあたりしか思い当たらないのです。

だからこそ興行的にも大ゴケして、異例の早さでアマゾンプライムにも登場したのではないでしょうか。

問題は、それを最初から認識できていなかった作り手です。

冷静に判断していたら、「大ゴケ」にはならなかったのでは?

同じ監督の時代ものである『るろうに剣心』が成功したのは、原作の知名度が大きい。

しかし本作は、そういうプラス要素が無く、人気の原作がないのであれば、歴史に造詣が深い脚本家に依頼すべきでしょう。

それを現代劇で有名な脚本家に依頼し、その名声だけでどうにかしようとした。

うまくいくはずがない。

とにかく、この映画には、中身がありません。

キャストとスタッフの知名度、それに派手な広告戦略という、中身とは関係ない要素でヒットさせようとした。

しかし、そんな昭和の広告代理店が考えたような手法は、SNSがここまで普及した時代では通用しません。

古臭い戦略を押し通してしまった原因は、企画段階で誰も異議を挟めない、閉鎖的な環境にでも求めた方がよいのでしょう。

本作の作り手は、知名度とキャリアがある――そんな相手に「これではダメです」と指摘できる、猫の首に鈴をつける勇敢なネズミはいなかったのでしょうね。

 

これがヒットすると喧伝し、大河まで絡めたのは誰なのか?

もしも本作がヒットしていれば、同じ脚本家ということで『どうする家康』にも大きな追い風となったことでしょう。

いや、そもそもそれを大きく期待していた誰かがいますよね。

なんせ2022年のぎふ信長まつり以来、2023年初頭はそんな報道が相次いでいました。

新聞一面を大きく使った広告には、著名人の絶賛コメントがズラリで、ぬかりなく大河に誘導する流れがハッキリとあった。

よくわかる一例が以下の記事ですね。

◆松潤主演NHK『どうする家康』は「シン・大河」になる? 大ヒット大河ドラマ“勝利の方程式”とは | 2023年の論点(→link

取り上げている作品は『どうする家康』であるとはいえ、『レジェンド&バタフライ』と共通する要素があげられています。

該当部分を引用してみましょう。

『どうする家康』が期待できる理由

『どうする家康』は「ユーモア」のある脚本を書ける古沢良太による「戦国」ものに「スター」(ジャニーズの松本潤)を配し、人気要素をもれなく押さえてある。

なにより脚本家が古沢良太であることは大きい。

映画化もされヒットした『コンフィデンスマンJP』や『リーガルハイ』シリーズなど人気テレビドラマや映画を多数手掛けてきた古沢。

漫画も描けることを生かしたクセの強いキャラクターたちによるアップテンポの会話劇を夢中で追っているとある瞬間、引っくり返され、そこに得も言われぬ快感が生まれる。

計算され尽くした構成力と天性のリズム感と腕力の強さによる逆転劇にはどこか往年の少年漫画を思わせるような明るさと切なさが入り混じり、多くの視聴者を捉えて離さない。

要するに、

・『どうする家康』は「ユーモア」のある脚本を書ける古沢良太による「戦国」もの

・主演は「スター」(ジャニーズの木村拓哉さん、松本潤さん)

という二点だけで突破できると考えていたんですね。

時代考証や時代劇に必要な素養は捨て去り、勢いだけで突き進んだ。

そしてそれを反省しないということも、記事の末尾を読めばわかります。

最後に、戦国、幕末ものでなく、近代オリンピックの歴史を描いた『いだてん~東京オリムピック噺~』(19年)は視聴率こそ振るわなかったが教養と娯楽を兼ね備え、かつ映像として見応えのある秀作であったことも記しておきたい。

何をどうしたら『いだてん』を成功作として捉えられるのか。

どう考えても失敗作です。しかし、それを潔く認めないから「何が悪かったのか?」と振り返る声はさほど聞かれず、敗戦の反省がされません。

東京オリンピックがらみでこれだけ不正行為や汚職が表に出ているにも関わらず、そのことと異例の大河選定に関わるプロセスを訝しむ声すらない。

要するに、大手メディアは諫言を捨て、媚びを売る佞臣の類を抱えているということです。

『信長の野望』なら数ターンで滅びる家のようですね。

間違ったセオリーをデカデカと“アップデート”だの“勝利の方程式”と持ち上げ、反省はろくにしない。

そういう方向だけ向いていたら、この先どうしようもないでしょう。

 

是非に及ばず

信長っぽく言うのであれば、さしずめこうなりましょう。

「是非に及ばず」

『レジェンド&バタフライ』は、作品そのものだけではなく、それに阿(おもね)る周囲の姿勢まで含めて「是非に及ばず」と嘆くしかない、どうしようもない代物でした。

そしてついに失敗したと数字に出てしまった。

◆番宣23本出演、普段とは違うキムタクを見せたが…木村拓哉“信長映画”がそれでも赤字の理由(→link

土台となる脚本がどうしようもないのですから、赤字は当然の帰結としか言いようがありません。

せっかく木村拓哉さんという稀代のスターと、織田信長という最高の素材であったのに……いや、だからこそ制作サイドも慢心したのでしょう。

今後は、互いに責任を押し付け合う、敗戦処理が待ち受けていますかね?

そもそも公共放送のNHKが民間映画会社とタイアップもどきをすることそのものに、私は疑念を感じますが。

◆木村拓哉『レジェンド&バタフライ』の興収が“微妙”で…原因は『どうする家康』?(→link

ともあれ、こうも傷ついた相手にそこまでは言わないのが「武士の情け」ですかね。

それでも『どうする家康』には、『レジェンド&バタフライ』から学べることはあります。

敗戦処理です。

早々にサブスク解禁という手は使えませんが、きっと他には何かあるでしょう。

◆ 木村拓哉『レジェバタ』、後輩映画に完敗も…「アマプラ独占配信」で赤字解消?(→link

『どうする家康』では「なんのかんだで」で金ヶ崎の撤退戦を済ませました。

現実はそう甘くはありません。

大失敗の退き口をどうするスタッフ――そう激励させていただきます。

※なお、見応えのある歴史映画でお口直しをしたいなら、あらためて以下のレビューをご参照ください


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【参考】
映画『レジェンド&バタフライ』※ただいまアマゾンプライムで無料(→Amazon ※2023年5月現在

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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