土曜日の再放送に合わせて、大河ドラマ『豊臣兄弟』をマンガで振り返る――第36回のテーマは四国攻めでした。
阿波と讃岐を手放す代わりに伊予と土佐の支配を認めて欲しい。人質も出す。
と、大幅に譲歩する長宗我部に対し、秀吉は「土佐一国じゃ!」と譲らず、ついに10万規模という大軍で羽柴秀長が四国へ攻め込みます。
羽柴軍に対し、長宗我部元親は一体どのように戦うのか……ということでマンガ本編で見てまいりましょう!
四国征伐

◆第25回放送の登場で女装趣味を全開にしていた長宗我部元親。
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羽柴秀長をもっと!もっと存在感を~!
ということで秀長が総大将の四国攻めは絶好の見せ場。
果たしてどうなるか!
大船団

◆瀬戸内海を埋め尽くすため、千艘もの船を用意させた秀長。
実際はどうだったのか?
秀吉が大村由己に書かせた『四国御発向并北国御動座事』によると、大船600艘、小船300艘でほぼ同数、8万もの軍勢だったそうです。
もうね、敵うわけないのよね。
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自分らしさ

◆藤堂高虎といえば、この兜!
「YES!」のときは羽根のようにパタパタと動く――というのはもちろん嘘ですが、「唐冠形兜(とうかんなりかぶと)」と呼ばれ、伊賀上野城に受け継がれているのは本当です。
◆高石垣と宝もの:伊賀上野城公式サイト
◆黒漆塗唐冠形張懸兜:文化遺産オンライン
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※藤堂高虎だけのオリジナルではなく他にも様々なカタチで伝えられています
趣味

◆四国の英雄・長宗我部元親のイメージがぁああああああ!
朝廷工作

◆今回の近衛前久(このえ さきひさ)像は、一筋縄ではいかない腹黒公家という印象でした。
実際はどうだったのか?
というと、かなり破天荒なタイプで、関白の職にありながら越後へ出かけて、そのまま上杉謙信と共に過ごしています。
信長とも気が合ったようで、よろしければ以下の関連記事をご覧ください。
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贈答品

◆結局、あのチャイナドレスを贈ったんかーーーーーい!
谷忠澄も困惑してますね。
まぁ、でもこれで長宗我部元親が降伏を決意したのなら、よしとしましょう。
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元親に罵られながら降伏を説いた谷忠澄とは?長宗我部の外交を担った元神職
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鬼和子

◆個人的に「腕のバッジが輝いて」の変身パターンが好みですが、この「変身音叉」はまさに同タイプに見えますね。
そして関白

◆さらに言うと、秀吉は四国攻めの真っ最中に関白就任しています。
・天正十三年(1585年)6月 四国へ出陣
・天正十三年(1585年)7月11日 関白就任
・天正十三年(1585年)8月上旬 長宗我部が降伏
秀吉は何度も四国へ「出馬する」と息巻いていたようですが、秀長が押し返しています。
「関白の戦いを見せちゃる!」とばかりにテンション上がっていたのかもしれませんね。
もしも、そんなノリノリ状態で秀吉が来ていたらどうなっていたか?
傍若無人に振る舞い、上月城のような強硬策がとられたかもしれず、秀長はそれを懸念していたのかもしれません。
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そんな秀吉は、なぜ征夷大将軍ではなく関白になったのか?
以下に考察記事がございますので、よろしければ併せてご覧ください。
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◆『豊臣兄弟』総合ガイド|秀吉と秀長の生涯・家臣団・政権運営等の解説
参考文献
- 黒田基樹『羽柴秀長とその家臣たち ―秀吉兄弟の天下一統を支えた18人―』(2025年6月 KADOKAWA)
- 河内将芳 編『図説 豊臣秀長 ―秀吉政権を支えた天下の柱石―』(2025年3月 戎光祥出版)
文:五十嵐利休
【参考】
豊臣兄弟/公式サイト








