加藤清正の虎退治(月岡芳年画)/wikipediaより引用

江戸時代

清正の虎退治にガラシャの死など『常山紀談』は面白戦国エピソードが満載だが

2025/01/08

歴史書には、大ざっぱに分けて二つの系統があります。

一つは『吾妻鏡』のように実際に起きた出来事を記録したもの。

もう一つは『名将言行録』のようにさまざまな人物の逸話を集めたものです。

『名将言行録』は、かなり時間が経ってから書かれたものが多く、事実かどうか?についてはかなり眉唾ですが、面白エピソードが多いため小説やドラマなどでよく使われます。

安永十年(1781年)1月9日に亡くなった湯浅常山(ゆあさじょうざん)も同様の書物を著しました。

『常山紀談(じょうざんきだん)』です。

戦国ファンには有名な本なので、ご存知の方も多いかもしれません。

大河ドラマ『べらぼう』の舞台と同時代ですが、果たしてクローズアップされるかどうか……。

 


戦国武将のエピソード元ネタ

常山紀談は、近代デジタルライブラリーで明治時代の文庫版(→link)を見ることができ、目次だけでも歴史上の有名な逸話がたくさん収録されているのがわかります。

戦国時代では【厳島の戦い】や【川中島の戦い】、【三方ヶ原の戦い】といった戦の記録はもちろん、加藤清正の虎退治や細川ガラシャの死に様といったこれまた有名な逸話も入っています。

加藤清正の虎退治(月岡芳年画)/wikipediaより引用

江戸時代の人が書いたものであれば当然徳川家のことは悪く書いてないだろうと思いきや、こんな話も入っています。

秀忠が駿府に隠居した家康に会いに行ったら、父親から「まだお前は若いんだから、夜のお相手が欲しいだろ?ニヤ(・∀・)ニヤ」と言われた。

その夜、家康の命令で綺麗な女中が来た。

しかし秀忠は手をつけなかった。

家康は「律儀なヤツよ」と感心した(超略)

たぶん秀忠のイイ話として入れたのでしょうけども、なんじゃこりゃ。

家康がカッコ悪く見えて仕方ないのはワタクシだけでしょうか。

徳川家康/wikipediaより引用

まぁ、秀忠に子供が少ないのを心配したのかもしれません。

というか家康が生涯現役過ぎるんですね。

※最後の子供・市姫は家康64歳のときの子供です(ただし三歳で夭折)

『常山紀談』には黒田官兵衛が

「関ヶ原の戦いがもっと長引けば、九州を制圧してから家康と最終決戦してやったのに」

なんてエピソードも掲載されていました。

 


岡山藩出身のきまじめ老武士

ではこの本を書いた常山という人は、どんな人だったのか?

というと、常山は元々岡山藩の中級武士でした。

江戸に出ていろいろな学問を身につけてから藩主の池田家に仕えていたのですが、あるとき主君へ諫言をしたところ、見事にクビになってしまいました。

「上のやることに文句をつけること自体がけしからん」というわけです。まぁ、それが封建制ですね。

常山という人物は情に厚く、くそがつくほど真面目で「武士の本分は武道なんだから、文学などいらん!!」というような性格だったようです。

「本を書いた人間が何言ってんの」とツッコミたくなりますが、常山は年をとっても毎日槍や刀の素振りを欠かさなかったそうなので、本人的にはOKということだったのでしょう。

なかなか面倒な頑固オヤジってところでしょうか。

だからこそ主に逆らうような物言いをしてしまったのでしょうね。

 

常山自身の死から20年ほどして刊行

そんな感じで『常山紀談』の初稿もマズイ文章が多かったのか。

師匠である太宰春台(だざいしゅんだい)という学者が大幅に改稿した上、常山自身の死から20年ほどしてようやく刊行に至っています。

太宰春台/wikipediaより引用

上記の通り逸話集ではありますが、その中でも概ね事実では?ということも書かれているためか、明治~大正時代の教科書でもこの中から抜粋した逸話がよく載っていたとか。

現在知られているような各武将や江戸時代の有名な話は、もしかすると我々のひいお爺さんお婆さんあたりが教科書で読んで、それをまた子供や孫に話して広まっていったのかもしれません。

逸話は「信憑性ないだろwww」と軽視されますが、歴史=記録が全てではありません。

記録に残っていることは確かに起きたと言えますが、そのときの細かい会話や日頃の印象などは残るはずがないですよね。だからこそ小説やドラマでは脚本家や作家の腕の見せ所でもあるわけですが。

多分、こうした逸話は地元の人々が直に聞いたことを、代々語り継いで伝わってきたものなのでしょう。それでは公的な記録が残るはずもありませんし、裏付けも不可能です。

また、ちょっとした言い回しや日時のズレなども出てくるでしょう。

ですから「絶対にこの人がこう言った・やった」ということはできませんが、大体の人柄を思い浮かべることぐらいはできるのではないでしょうか。

そしてそういうところから、歴史上の人々を身近に感じてきたのかもしれません。

その辺から考えてみると『常山紀談』はフィクションとノンフィクションのちょうど中間とも言えるでしょうか。

国立国会図書館デジタルコレクション(→link)の画像はあまり鮮明とはいえませんが、

常山紀談/国立国会図書館蔵

文体もそう難しくないですし、興味のある方は一度のぞいてみるといいかもしれません。

あるいは現代語訳版が上下2冊で刊行されていますので、

『戦国武将逸話集―訳注『常山紀談』巻一‐七』(→amazon

『続 戦国武将逸話集―訳注『常山紀談』巻八~十五』(→amazon

それを楽しむのも乙かと。

『続 戦国武将逸話集―訳注『常山紀談』巻八~十五』(→amazon


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【参考】
国立国会図書館デジタルコレクション(→link
『戦国武将逸話集―訳注『常山紀談』巻一‐七』(→amazon
『続 戦国武将逸話集―訳注『常山紀談』巻八~十五』(→amazon

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長月七紀

2013年から歴史ライターとして活動中。 好きな時代は平安~江戸。 「とりあえずざっくりから始めよう」がモットーのゆるライターです。 武将ジャパンでは『その日、歴史が動いた』『日本史オモシロ参考書』『信長公記』などを担当。 最近は「地味な歴史人ほど現代人の参考になるのでは?」と思いながらネタを発掘しています。

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