弘治元年(1555年) ――。
斎藤道三は、大桑城を出て鶴山へ。
嫡男・高政(斎藤義龍)との対決が迫っていました。
明智光秀は、叔父である光安を追って鶴山へ行きます。
尾張では帰蝶と信長が苛立ち隠せず
そのころ尾張の清須城では、信長がうろうろしながら、扇で自分の脚をバシバシと叩いています。
信長は動揺したり、ストレスがたまったり、考え事をするとなると、やたらと歩き回ったり、手の先を動かしたり、ものに当たりますね。
染谷将太さんは、彼自身を信長像に反映しているようです。そこを見越してのキャスティングでしょう。
若いとか、丸顔とか、こんなケージに閉じ込められた野生動物じみた動きは嫌だとか。そういう意見はあるようですが、これがこの作品の目指す変革なのでしょう。
信長がイライラしている原因は、義父・道三のこと。
帰蝶が写経しつつ、助けるだけ無駄だと言うと、信長は「むざむざ見殺しにするつもりか!」と苛立ちます。
この夫婦に萌えるという意見は、理解できなくもありませんが、こんな信長が乙女ゲーに出て来るのかという話です。
一番つらいのは、父と兄が争っている帰蝶でしょうに。そういうことをこの信長は気にしない。帰蝶だからなんとかなっていますが、大抵の方はこんな信長が夫だと嫌になると思います。
帰蝶はムッとしつつ、負けとわかった戦に巻き込まれるのは愚かと言い切る。
兵力差からして勝ち目はありません。
道三は2000、高政は12000。
道・天・地・将・法……いくつかの要素で道三が上回ろうと、これではさすがに厳しい。
信長は扇を叩きつけながら(やはり物に当たるので現代人ならばパンチバッグが必要)、鶴山に行く宣言をします。
道三には戦での借りがある――そうです、背後から織田彦五郎ら敵対勢力を牽制していました。
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この信長は、やっぱり理詰め野郎ですね。
自分が義父に認められた喜び。帰蝶の父だということ。そういう心理面でのサポートも、ある。
けれどもそういう感情での恩返しではなく、あくまで理詰めで助けると言うわけです。
まあ、いいんだけどさ。帰蝶からするとどうなんだって話ですよね。
甘ったるい言葉で帰蝶を慰めて、抱き寄せて、愛するそなたの父だから……という展開であれば、ハッシュタグが盛り上がり、ファンアートもどっさり出てきて、ネットニュースの一丁あがりです。
けれども、本作は萌え仕草を踏んづけて燃やして駆け抜ける。放映後すぐに視聴者の声を拾って書く人はやりにくそうです。
今の朝ドラが好例ではないでしょうか。美男美女がやたらとイチャコラして、ギャグや頻繁な絶叫を入れるとテンション上がって書き込みする。そういう手癖ばかりに頼ると危険。本作はそこを考えているとみます。
帰蝶は夫の援軍に喜ぶどころか、顔を歪め、書いていた書を丸めます。帰蝶も物に当たるわけです。
「みな、愚か者じゃ!」
帰蝶は、父だけではなく、夫の命まで危険に晒されかねないのです。
それにしても、川口春奈さんはうまい。誠実です。
顔をしかめるとき美人に見えるよう、そこを気遣う俳優はいるもの。でも、彼女は自分を美しく見せるよりも、帰蝶になることを重視していると感じます。
川口さんの帰蝶が見られる。これぞ眼福でござろう!
長良川を挟んで親子が対峙
美濃の戦場。長良川の北岸では――。
「おもしろや この宿は」
道三は数珠を触りつつ、そう口ずさんでいます。川を渡って攻めよう、と家臣は言っているものの、彼自身は黙って歌うだけです。
これは異常なことではある。
渡河は危険な局面です。美濃という清流の国で戦ってきた道三が、そこを知らないはずがない。
一方で南岸で戦に備える高政は――。
竹腰道鎮が、600の兵で先陣を切ると言い切ります。
高政は「よかろう」と許可を出し、二番槍として出陣すると言い切ります。
高政は吹っ切れているようで、家臣はそうでもない。今、向こう岸にいる敵とは、この間まで酒を飲み交わしていた相手です。殿の顔を見れば降参するであろうと言うものの、なかなか難しいものがある。
稲葉良通は、道三をどうするのか高政に確認します。
「殺すな。生け捕りにせよ」
「親殺しは外聞が悪うございますからな」
そう稲葉良通はそう返してしまい、
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気まずそうに頭を下げますが……これは“馬鹿”の故事状態ですね。
「馬鹿」
『キングダム』でもおなじみの、始皇帝崩御後、二世の胡亥(こがい)が皇帝となります。この君主のもとで権勢を振るったのが、宦官・趙高(ちょうこう)です。
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趙高は、皇帝の前に鹿を連れてきます。そして「馬でございます」と述べる。
皇帝が「これは鹿だろう」と周囲の家臣に語りかけるのですが……。
「いえ、馬でございます……」
家臣はそう返しました。
権力に阿(おもね)るということは、鹿を馬だと言い切ることでもある。
稲葉以下家臣は、高政は鹿を馬だと言っているのだとわかってはいる。
けれども、指摘できない。
このことをよく覚えておきたい。
NHKにも「えらい人が鹿と言うことを馬と言うわけにはいかない」みたいなことを発言した偉い人がいましたっけ……。
告発したり、自分こそが正義と言いつのったりしない。そういう自我がない、顔色を伺う相手に「ああ、大好きだ、あなたたち」なんて言い出す人がいたら、それはもう危険だということは、こういう時代ならば認識した方がよろしいでしょう。
これは本来、歴史好きなら基礎中の基礎だと思います。
諫言耳に逆らうと言います。
部下に敢えて諫言を言えと促す者こそ、人の上に立つ器量があるとされるものです。
逆に、側近政治は甘い言葉を主君に吹き込むところから始まる。中国史では、しばしば趙高のような宦官の専横が問題視されます。
悪徳宦官は、皇帝を操縦するテクニックを身につけている。仕事をしていてストレスが溜まっている皇帝を甘やかし、仕事を代わりにするとアピールするのです。そうしてスポイルしていく。
皇帝は、部下とは自分にとって甘ったるいことを言うものだと信じ込む。皇帝に諫言を言おうものならば、最悪の場合、命をも失いかねないのです。
道三と高政の差は光秀に対する態度でわかる
以前も申し上げましたが、道三と高政親子の知性の差が、そこまであるとは思えません。
違いがあるとすれば、諫言を受け入れるのかどうかということ。これは光秀への態度で見て取れます。
道三は、光秀が「ハァ?」だの「嫌いです!」と断言しようが、耳に痛い美濃の停滞について直言しようが、「正直者だ」と信頼を寄せている。
道三が光秀を重じているのは、その正直さゆえ、諫言でも平然と言ってくれるから、自分を磨く砥石として使えると見込んでいるのです。
光秀に信長を見ていると託すのも、自分と似ている信長ならば、光秀を砥石にできると信じているのでしょう。
一方の高政は、光秀の言葉に毒を嗅ぎ取っただけで、責めるようなことをポロリと言ってしまう。
高政に寄せる光秀の信頼は、嘘偽りはないものであったとは思えるのです。けれども、どこかでスポイルされてしまったとわかります。
自分に高貴な血が流れていると吹き込んだ、土岐頼芸か?
あるいは忠実なようで、甘い毒を吹き込み、操っている稲葉良通か?
このレビューを書いていると、一体何と戦っているのかと自分でも考え込んでしまうのですが。
先入観だとは思うのです。
本作の光秀について、こんな意見もあります。
「ハァ? なんて目上の人に言うことはありえない!」
何がありえないのか。どの時代だって、光秀のように本音を漏らしてしまう人が、多くはないけれど存在する。そしてそんな光秀を、飾らず正直だからとむしろ評価する道三のような人物もいる。
「道三は結局、家督を譲ったら譲ったで文句を言われる。何をしようと文句や批判はあるんでしょ? いちいち批判されるっておかしい。そういう細かいことを批判しないよう、自分は肝に銘じます」
諫言は気に入らないと遠ざける。あるいは自分の上に立つ人も、きっと諫言は嫌いだろうと、作り笑いを浮かべる。
そして、諫言を敢えて言う、批判をする人を「空気を読めない奴っているよね」と冷笑している。そういう姿勢が見て取れるわけですが、どうにも危うい。
普通の、今までの、2010年代のノリ。軽薄で、騒がしくて、きゃっきゃうふふ、ほっこりきゅんきゅんできるものが好きならば、それでよかったのかもしれません。
しかし時代は変わります。
過去のことはさておき、考え方も何もかも、変えていかないと。そうしないと本作はどうにも読み取れない何かがある。
掛かり太鼓や掛け声にも本質がにじみ出る
稲葉良通は、織田信長が国境の大良に到着したと言います。道三軍との合流前に叩くと言います。
そんな高政には、気になることがあります。
「明智の一党はまだこちらに参陣せぬか?」
「この期におよんで参陣なきとは、道三方へ寝返ったと見るべきかと……」
そう伝えられ、高政は不愉快そうではあります。
彼は親友を失ったのです。
北が道三、南が高政――かくして親子は川に分け隔たれます。
采配を振る高政。掛かり太鼓が鳴らされています。
進軍する兵の声は「エエヤアエエ! エエヤアエエ!」。
この掛かり太鼓にせよ、掛け声にせよ、相当大変なことだと思うのです。
いつも同じではなくて、勢力ごとに変えねばならない。そうでないと、敵と誤認してあやうい。
道三と高政は、同じ斉藤家でも変えてきていると。こういうことって、些細なようで実は結構危険です。父子で対立した時点で、高政はいろいろと危険な方向へ進んでいる……。
それでいて、進軍を励ましつつ、動きをきっちりと取れるようにしなければなりません。
フィクションにおける【兵法書】とは、読めば絶対勝てるようなスゴいことが書いてあると思われがちですが。
太鼓をどう叩くかとか。旗印をどうやって振るべきかとか。そういうことをまとめているのです。まとめて、後任者に引き継ぐと。そうしないと、軍隊を動かそうにもうまくいかないものなのですね。
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なので、太鼓や旗の動かし方をみろと兵法家は言うわけです。そこに乱れがあると、統率がお粗末だとわかる。
これって軍隊だけのことでもなくて、ドラマもそうだと思います。私は、細かいところにつっこんで、大筋追わないアホ扱いをよくされます。
それは全くその通りなのですが、細かいところにもドラマの破綻が見て取れます。エキストラの動きがおかしいとか、照明効果とか、その辺に出る。その点本作は、統率が盤石です。
こんなご時世だから、このドラマがどうなるかは気になるところではあります。もちろん最後まで見たい。
けれども、たとえそうならなかったとしても、ここまで統率が取れたとなればよいことなのです。
こういう一軍をきっちり動かせるだけの地力をNHKは鍛え上げた。
こんな時代でも、その未来はそこまで暗くはない。ただ、そこで慢心はできません。走り続けねば、その場に止まることはできません。
かくして、運命の「長良川の戦い」は早朝に始まりました。
目を見張る合戦シーン!映像の工夫次第
道三と高政が激突する。
「長良川の戦い」が始まりました。
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藤田伝吾も槍を取って走り、光秀は馬で走っています。日本は馬が小さいこともあり、騎兵はグループ単位で移動するものです。
機会があれば、モンゴル軍の戦いや、ナポレオン戦争あたりを描いた作品の観賞をお勧めします。騎兵の運用の独自性がわかりやすくなりますので。
ここで、殺陣なのですが。
きっちり2020年代になってきたと思えます。蹴りを多用しつつ、見栄えよりリアリティ重視、重々しくてとてもよいのです。
2000年代は『マトリックス』あたりもあって、ワイヤーアクション全盛期になったものですが。あれは中国の伝統である武侠ものの「軽功」の表現です。
そのため、必ずしも日本の武芸とはかみ合わせが良いとは言えない。忍法表現には向いているかもしれません。個人的にワイヤーアクションは大好きですが、用途次第でしょう。
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『真田丸』あたりでも、合戦シーンがお粗末でいい加減にしてくれとさんざん突っ込みましたが。
本作では、劇的に改善してきましたね。
エキストラを集められないとか。そもそも予算がないとか。『真田丸』のオープニング映像を実写と思い込みつつ、頑なにVFXを否定する層への迎合とか。
迷走が激しく、このままでは本当に危ないと思っていたんですけどね。
かなり工夫を凝らしていますね。早朝だから、朝霧を効果的に使っている。映像の工夫次第できっちりと迫力は出せるはずで、本作はそこを組み立ててきている!
こんな時代ではある。けれども、私は絶滅しそうな日本の時代劇がきっちりと息をしているのが確認できるから、そこに大きな喜びを感じます。
「高政ァ! 一騎打ちじゃ!」
光秀は、河原で戦う光安を発見しました。
「叔父上!」
「十兵衛、この河原は駄目じゃ。敵は山のようにおる」
そう言う光安は、脚を負傷していました。
戦場で移動力が落ちることは危険です。光安の言うことはその通りではありますが、川を越えねば道三に辿り着けません。
光安から先へ行くように促され、光安は左馬助に任せて光秀は単騎で駆け抜けます。長谷川博己さんは乗馬もお上手です。
周囲の景観は美濃ならではですね。世の中が落ち着いたら、是非とも岐阜県観光はしていただきたいところです。
あの川で分断されているところ。その川とセットで城があるところ。たまらないものがあります。
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戦いは一進一退の攻防を繰り返しながら、高政自らが大軍を率いて押し寄せることにより、勝敗は決定的となりました。
掛かり太鼓の音が響く中、光秀は道三を探します。波を描いた旗指物が折れ、踏まれ、無残な様相を呈しています。
高政は危ないと家臣に言われようとも、先陣にいるようです。
そこへ、霧をついて道三が駆け抜けて来ました。
道三は、家臣が話していても歌うばかりで、策すら出さなかった。あれも悲しいしおかしい話であって、道三は賢いことはわかっているわけです。
その道三に誰も意見をふらない。道三は自分がやる気を出さないと、動かないタイプなのでしょう。
『真田丸』の真田昌幸は、こう言ったものです。
「わしにやる気がないから全く進まんのじゃ」
こういうタイプは、やらない時はともかくやらないのですね。
そしてここでの道三は、自身のやる気を全てこの突撃に賭けていた。光秀すら知らない策を、一人でやることにした。
足利義輝もこのあと体現することになりますが、総大将が武力で突撃なんて、もう終わりといえばその通りではあるのです。道三の年齢を考えると、息子に勝てるとも思えません。
「高政ァ! 一騎打ちじゃ!」
「それはまた大仰な負けとわかった悪あがきか! 構えー!」
高政はそう父に応対する。頭巾をずらす道三を見て、高政はこう言い切ります。
「手出し無用!」
「そなたの父は……成り上がり者の道三じゃ!」
槍を振り回し、合わせる両者。
撮影がかなり大変だったそうですが、それはそうでしょう。こういう長柄武器は重たいし、バランスを崩すと転びそうになる。実に難しいものです。
「負けを認めよ! 命までは取らぬ、我が軍門に降れ!」
「己を欺き、偽りを言う者の軍門には降らぬ! ならば聞く、そなたの父の名を申せ、父の名を申せ!」
「黙れ油売りの子! 成り上がり者! 蝮の道三!」
武芸では高政が勝っているようで、心理戦では道三が勝利をしています。
普通の人間とは、反論させるとなるとガードが崩れて、自分の手の内を明かしてしまうもの。
でも、この会話ですが、道三はちょっと違います。高政の嘘を見抜いている。嘘をついていることそのものが弱点だと、的確に突いています。
一方で高政は【自分が言われたら嫌なこと】で反撃している。それが道三には通じない。
道三を明確に傷つけるようなことは言えずに、かえって自分のコンプレックスをばらしています。
高政には、【自我】がない。自分自身に自信がない。【自我】が確立されていれば、コンプレックスに対応できたはず。
自分自身の努力とは無縁の血筋という【虚像】を埋めたために、混乱してきているのです。
道三は【自我】がある。だからこそ、侮辱されてもなんとかなる。油売りの子であることは、むしろ彼の誇り。蝮呼ばわりをされようが平然としているのです。
「父の名を申せ! はっはっはっはっは、父の名を申せ!」
「我が父は土岐頼芸殿、土岐源氏の棟梁ぞ!」
「はっはっはっは、我が子よ高政よ、この期におよんでまだ己を飾らんとするか! その口で皆を欺き、この美濃をかすめとるのか! おぞましき我が子、醜き高政!」
「黙れ!」
「そなたの父はこの斎藤道三じゃ! 成り上がり者の道三じゃ!」
「黙れ……黙れ〜! 討て! この者を討て!」
ついに高政は、そう言ってしまう。
一騎打ちを放棄したわけですから、ある意味これは高政の敗北なのです。
倒れ込む道三を前に空を見上げるしかない高政
その刹那――。
「高政!」
道三は雑兵によって、槍で両側から刺されました。
血を吐き出します。
ドローン撮影でしょうか。上空から見下ろすように、我が子に歩み寄る道三。そしてそのまま抱きつくようにして倒れ込みます。
「我が子……高政……愚か者。勝ったのは道三じゃ……」
そう言い、息絶える道三。
高政は空虚な目を潤ませながら、泣くことすらできずに呆然とするのでした。
総大将の一騎打ちとは、あまりやらないものです。最上義光みたいにやらかして家臣が激怒した、そんな伝説持ち大名もいないわけではありませんが。
ただ、そこを踏まえた上でも、本作は脚色してこうしてきた感はあります。
父子の会話、両者にあるもの、ないもの、高政破滅へのフックを描く上でも、必要なものではあったと思えます。
高政が道三を父だと思っていなかったのか。一騎打ちをしたのか。蝮という名前そのものは後世のものであるとか。そこは描きたいテーマにそって取捨選択をしていると思える、そんな手堅い本作です。
「敵の大将・道三を討ち取ったり! 道三を討ち取ったり! おおー!」
そう勝利を喜ぶ兵を前にして、高政は呆然として空を見上げています。
父殺しか……こういうことはシェイクスピアというより、オイディプス王ですかね。ギリシャ悲劇か。
シェイクスピアに近いと私が感じたのは、織田信秀と信長ですかね。もう先がないと悟った父王が、うつけの我が子と心を通わせる『ヘンリー四世 第二部』です。
そのとき「何者じゃ!」という声が響きます。
光秀が捕らえられていました。
「この者、明智と申しておりますが……」
高政は腕で人払いをして、光秀と向き合うのでした。
裏切るのではく表返る
「殿……道三様……貴様」
光秀が愕然とする中、高政は苦々しげにこぼします。
「蝮の罠にはめられた。殺せば親殺しの汚名がさきざきつきまとう……蝮の狙い通りだ」
光秀は呆然としつつ、道三の遺骸を見ているのでした。
「十兵衛! そなたは間違いを犯した! わしの元に参らず、敵に寝返り、わしを裏切った。今一度機会を与える。ただちにわしのもとに参れ。わしの行う政を助けよ。さすればこたびの過ちは忘れよう」
これも勝手な理屈には思える。明智の所領を取り上げようとしていて、何を言っているのでしょうか。そう言いたくはありますが、光秀は高政を支えるとは言っていますので。どちらにも言い分はあります。
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「裏切るのではない。表返ったのじゃ」
こういうことを『真田丸』の真田昌幸がケロリとぶちかましていた。あれはギャグっぽい語り口でしたが、光秀や道三もそういうことには思えてきます。
光秀は裏切れないものがある。自分の心です。
高政を支えると言った時も、道三についた時も、彼は自分の心に従ったまでのこと。
【本能寺の変】の動機も、もう明瞭になっているとは思えるのです。
光秀は裏切らない。自分の本心に立ち返るのです。
「ときは今 あめが下知る 五月かな」
本能寺の変の前に詠んだ連歌の発句(和歌ではありません)の解釈がよくどうこう言われますが。
本作は日本史と日本文学の知識だけではなく、別分野の最新知見も入れているので注意をした方がよろしいかと思います。狙いは確実にありますね。
閑話休題。
光秀が高政と向き合います。
誇りなき高政に仕えることはできぬ
光秀は、まっすぐ相手を見つ問いました。
「まことの気持ちを聞きたい。道三様はそなたの実の父親ではなかったのか?」
「わしの父親は土岐頼芸様」
高政は【虚像】の毒に酔っ払いました。父殺しの悪名を逃れようと、毒を飲み干しています。
以前は実の父は道三で、利用するだけと言い切っていたのに、そうできなくなった。
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「そうか。わしは土岐頼芸様にお会いして、一度たりとも立派なお方と思うたことはない。しかし道三様は立派な主君であった。己への誇りがおありであった。ゆるぎなき誇りだ。土岐様にもお主にもないものだ。わしはそなたにはくみせぬ。それが答えだ」
光秀は相手の心を抉るような、厳しい言葉を吐き出します。
つまらない男を父だと思い込み、誇りがないと言いきる。だからこそ協力できない。そう言い切りました。
高政は愚かではない。賢い人ほど、騙されやすいこともあります。なまじ賢いだけに、騙されたことを認められないこともある。
高政は賢くもなった。自信も身につけたかもしれない。
ただ……光秀に己の本心を打ち明けた頃の高政とは、今はかなり違ってきてしまった。
こう言い返すしかない。
「次会うた時は、そなたの首を刎ねる。明智城は即刻攻め落とす。覚悟せよ」
光秀はそう言われ、地面に跪き、道三の遺体に一礼します。
甲冑を着てこの動作をするのは、なかなか大変だとは思うのです。それだけでも素晴らしいのに、まるで子どものようなあどけなさまで顔に滲ませて、高政の元を去ってゆくのでした。
人は嘘をついて生きている
それにしても、南北に分かれた親と子は対照的でした。
嘘をつける高政と、つけない道三。どちらがよいのか?
人は毎日嘘をつくものです。
そんなわけない……そう返したくなる気持ちはわかります。
でも、人間だけではなくて、素直なように思える野生動物も嘘をつきます。猫が威嚇しようとして毛を逆立てるとか。実際に大きくはなれないのに、毛を逆立てることでそう相手を怯ませようとするのです。
人間の嘘はどうでしょう?
疲れているのに、まだまだ頑張れると思い込むとか。
似合わないし、好きでもない服だけれど、流行しているから着るとか。
おもしろいと見ているドラマでも、周囲では評判が悪いから嫌いと言うとか。
そういうごく当たり前の行為も、自分の本音を裏切るという意味では、騙しているのです。嘘をついているのです。
幼い頃から、人間はそういう嘘を身につけねばならない。空気を読むとはそういうこと。そうして成長していって、大人になるといろいろなことを楽しめなくなります。
楽しんでいる人はふざけていると、かえって叩くようになる。
あんなに愛くるしい竹千代を、土田御前は「かわいげがない」と言った。
竹千代は周囲を喜ばせるために、つまらないものをおもしろいと言うような嘘はつきたくないのでしょう。
自覚の有無でもある。道三は戦で勝利するためならば、相手を騙す。騙しているとはっきりと自覚してそうする。
けれども、高政はそこが曖昧です。
道三との対決で、高政はまたもいろいろなものを失いました。
どちらがいいと言うものでもない。そこが難しいところではあるのです。
帰蝶は伊呂波太夫に新たな依頼を
尾張清須城では、帰蝶が前田利家の報告を聞いています。
信長は川を渡ったものの、道三敗北の報を受け、やむなく戻ったそうです。
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帰蝶は父だけではなく、信長のことも気にしている。敵の待ち伏せにあったものの、かろうじて船で逃れてこちらに向かっていると聞き、帰蝶は相手を労います。
「殿がご無事で何よりじゃ。ご苦労だった」
そう言ったあと、無念のあまりすすり泣く。生々しい泣き顔を見せて、帰蝶は立ち上がります。
そして侍女頭にこう聞くのです。
「伊呂波太夫はいかがした?」
隣に控えていて、帰蝶の前へやって来ます。
「太夫……大儀であろうが、今一度美濃へ行ってくれぬか。頼みたき儀があるのじゃ。礼は望みのままに」
そう言われ、伊呂波太夫は深々と頭を下げます。
川口さんの帰蝶は、割と素直な造形だと思えます。一方で、伊呂波太夫は本音を隠すプロだとわかる、そんな尾野真千子さんの凄みを感じます。
嫌な客だろうが、笑顔を見せねばならない。気分が悪かろうが、化粧で隠して踊らねばならない。
美濃へ戻る困難さは自覚しつつも、マネーの力がある尾張からまたザクザクと引き出せそうで、ワクワクしてしまう。そんな伊呂波太夫を演じていて、お見事です。
戦乱の美濃へ向かう菊丸と駒
その頃、三河と美濃の国境では――。
駒と菊丸が急いでいます。今日中には明智荘に入るという駒ですが、菊丸は浮かない様子です。
本心では駿河に帰りたいようで。駒に、明智の方がどうなさっているか気になるはずだと言われても、彼の場合は主君である松平元信の監視が第一ですからね。任務放棄はよろしくありません。
そのことを、駒を戦の最中に連れて行きたくないと誘導するものの、駒には通じません。渋々ついて行きます。
駒はさておき、望月東庵はどうしているのでしょうね。
東庵が太原雪斎を暗殺したみたい……という先週の感想もあるようですが、動機がないからにはそんなリスクはやらかさないと思います。そんなことをしたら、駒だって危険です。
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たかが旗、されど旗
光秀が明智城へ向かうと、光安が待っていたといい、招いて座らせて来ます。
「ここに座れ」
「は?」
「わしは今日この場で、明智家の主の座をそなたに譲りたい。道三様のことは無念至極であった。この城もまもなく高政方に攻められる」
敵3000あまりの兵に対し、味方は300もいない。戦にならぬ。そう光安は言い切ります。
攻城戦はなかなか難しく、守り手の方が少ない兵数でも場合によってはなんとかならないこともない。
とはいえ、それもハズレ値国衆・真田昌幸が守っているとか。城の設備や地形が攻めにくいとか。事前準備をしているとか。天候とか。そういう条件がピタリと揃わねば、難しいのです。
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あまりのことに「それは!」と叫ぶ光秀。そんな甥を光安は諭します。
「まあ聞け。さきほど、主だった家臣と話し合うたのじゃ。このままここで戦うてもいずれは皆討ちじゃ。そなたもわしも左馬助も、そうはならぬと言い切れるか?」
「それは……」
「我らが討たれれば、明智は途絶える。わしはそなたの父上から家督を継いだ、ゆく末はそなたを立て、明智家の血は決して絶やさぬと約束した」
そう言い、息子の左馬助に何かを持って来させます。
箱から出て来たのは、桔梗の「四半旗」でした。
光安の家督相続は、あくまで非常時のものであったことがわかります。
この旗は、明智の総大将しか持てぬものです。
たかが旗、されど旗。
武田信玄の跡を継いだ勝頼は、信玄のものであったいくつかの旗印やシンボルを受け継ぐことが禁じられておりました。
そういうことが、正統性と求心力低下につながっていたことは、否めません。
『真田丸』の真田昌幸にせよ、武田が滅んで思い出していたのは亡き信玄の姿ばかりで、勝頼はそこまででもなかった。あれは昌幸の性格が無茶苦茶ということもあるようで、それだけでもないのでしょう。
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光秀は、そんな叔父の誠意に感極まっております。
光安はさらに続けます。
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光安は続けます。
「城を失うのはつらい。亡き兄上に申し開きができぬ。されど明智が滅びつころは避けねばならぬ」
「これはそなたの父上の声と思うて聞け。一旦城を離れ、逃げよ。逃げて逃げて逃げて生き延び、明智家の主として、再び城を持つ身になってもらいたい。そなたならそれがやれる。許されるなら、この左馬助もそこにくわえてもらいたい」
光安……いい人です。
父の声だと思って聞けと切り出しつつも、左馬助をついていかせることでは、光秀の許可を得るのです。あくまでへりくだっていて、とても優しい。
左馬助も父親に似ているようですので、今後も期待できます。
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演じる間宮祥太朗さんも、そこにいるだけでキラキラするような美男なのに、それを敢えて消しているような。素朴さが前面に出ていて、すごくいいんですよね。
そんな左馬助が頼みます。
「私からもお願いいたします。父の願いをお聞き届けて下さりませ」
「ことここに至ったのは、わしの力のなさが元じゃ。伏して詫びを申す」
やっと叔父の懇願に納得した光秀。
ここで気になることがあります。
「我らは逃げて、皆は、伝吾たちは?」
「他の者も落ち延びるよう命じた。伝吾たちは槍を持つが、元は百姓じゃ。我らを助けよう戦ってくれたが、刀を捨て田畑に戻れば、高政も切り捨てはせぬ」
光秀が感極まって泣きそうなところで、敵が襲って来ていると伝令が報告して来ます。
「早いぞ。十兵衛、左馬介、急げ! 一刻も早く、馬を引け! 十兵衛、ぐずぐずするでない!」
「叔父上は?」
「わしも後から行く。案ずるな、早う行け」
「叔父上!」
「わしはこの城を最後までしかと見届け、跡を追う」
「はっ!」
そう言い別れるわけですが、脚を負傷した光安が生き延びる可能性は、ほぼありません。
永遠の別れでした。
覚悟を決めた顔が光安の写ります。
ほんとうに、この人が、何をしたというのだろう?
ただただ、悲しい。彼の鳥は逃げられても、彼はそうできません。籠から鳥を逃すことには、彼なりの覚悟と慈愛がありました。
妻の煕子と母の牧は戸惑うばかり
明智荘で、牧と煕子は籠城の支度をしていました。
そこに光秀が来ると、すぐ城に参るかと聞いてくるわけですが。
「城へは参りませぬ。逃げまする」
光秀の口から出た、叔父上の御命令に牧も煕子も戸惑うばかりです。そこへ伝吾が、村の者が別れを告げたいと連れてくるのでした。
「十兵衛様、大方様、奥方様。今日まで長々とお世話になりました」
伝吾も、村の者も、ついていきたい。助けたい。口惜しい限りではあるものの、お供したくとも、畑や田は持って歩けないと言います。ご一緒にと思うても、できないと謝るのでした。
「かたじけない。そう申してくれるだけで……われら明智こそ、長きにわたり皆に支えてもらい、世話になり、それがこうして出ていくことになろうとは。無念というより他……伝吾! すまぬ! 無念じゃ!」
光秀はそう誤ります。そのうえで、志に感謝をして、立ち返れと命じるのです。
「皆達者でおれよ、また会おう! また会おうぞ! いくぞ!」
光秀はそう別れを告げます。
よい話のようで、奥深いとは思えました。
映画『七人の侍』は傑作であるとはされておりますが、農民はそこまで弱くないということは指摘されております。侍なしでも立ち向かえるのだと。
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人間の力は、先天性の身分ではなく、スキルをどうやって身につけるか。
装備の問題です。
世界史的にみても、この16世紀あたりは面白い。身分制度が崩れていきます。
武器の扱いとか。識字率とか。そういうことから民衆を遠ざけるのは、身分制度と社会秩序の維持のためでして。
同時代のイングランドで、貧しい生まれながらも知識を身につけたトマス・クロムウェルが、周囲から塩対応されまくる『ウルフ・ホール』をご覧ください。アン・ブーリンも、女性版下剋上ではあります。
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幕末に来日した外国人が驚いたのは、日本の識字率の高さでした。
ロシアの農奴制あたりが悪名高い例ですが、字すら読ませず知識を剥奪することが、身分制度社会の安定のための手段であったのです。
実際に、ロシアでは「インテリゲンチャ(知識人)」の登場で革命へ向かっていきましたので。
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本作の斎藤道三、松永久秀、織田信長あたりは、こういう知識なり力があれば、世界は変わると気づいた人々なのです。
父祖伝来の地
母の牧が悲壮な表情で言葉を発します。
「私はここに残りまする!」
今は亡き光秀の父である光綱が、終生大事にしていた父祖伝来の地。今捨てろと言われても、捨てるわけにはいかないと言い切るのです。
そう……災害や何かがあると、そんな土地に住んでいる方がおかしいだのなんだの言われますが、父祖伝来の地は大事です。
美濃にもある「輪中」。川で囲まれた土地で、台風でも来ればすぐさま氾濫して、大変なのことなってしまう。そういう土地に止まって、どうやって暮らすか。知恵を絞った結晶です。
輪中について知った時、こんなところで暮らさなくてもよいのではないかという思いがよぎったものです。そういうことじゃない。土地は持ち歩きできない大事なものなのだから。
「母上!」
「できぬものはできぬ!」
高政勢がこの館を焼き払うと言っても、牧は「ここで死ぬは本望!」と言って聞き入れません。
十兵衛は困り果て「母上が逃げぬなら私も逃げませぬ」と返す。煕子も側を離れるわけにはいかない。常もそばにいると言う。これは全滅しかねません。
そこで藤田伝吾が「大方様、大方様」と説得します。
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高政勢がこの館を焼き払いますぞ!お気持ちは、私も村の者も皆同じ。大事な田や畑、山や川、この先10年でも20年でも皆で守っていこうと思っているのだと。いつの日か、大方様がお戻りになられた時、何も変わらず、この里や村はある。それをまた見ていただくために、今日は旅に出てくださりませ。
そう頼み込むのです。
「どうか……」
「伝吾……」
「義母上様、参りましょう」
「急ぎ支度を」
丁寧な説得でした。
牧の気持ちもわかります。結果的に老いた身の人々が残ろうとします。
人間とは歳月とともに、新しいものを受け入れられなくなる。若い頃聞いた曲、見たアニメ、読んだ漫画の話ばかりをするようになったら、悲しいことに、そういうことなのです。“ロス”だの“ナレ”だの連発するようになると危険。
大河なり、時代劇なりの話をしているのに、いきなり巨大ロボットアニメの話にもっていく人っているじゃないですか。
誰とは言いませんが。特撮、往年の少年漫画、大手掲示板用語を使うことも多い。特定の年代の悪癖だとは思います。
私も人のことをどうこう言えず、やめていこうと意識しております。本物の若い層はついていけないでしょうし、年齢が上であれば、それ相応の知識と教養を根底に置きつつで話を進めたほうがよいのでしょうから。
国衆を潰しにかかる……吹っ切れた高政
「エエヤアエエ! エエヤアエエ!」
明智の館にも敵の声が響いてきました。急ぎ支度するよう、皆は言い合います。
「お急ぎください、敵は近うございます。皆行くぞ! 煕子、母上と皆と表へ。私は外を見てくる」
「放てー! 放てー!」
火矢が放たれます。
既に明智城は炎に包まれていました。燃やすということは、逃す気がないということです。
高政は吹っ切りましたね。
『真田丸』では、どの大名もハズレ値国衆・真田家を本気で潰そうとはしておりません。徳川は、大失敗をかましますが……。
国衆を潰すよりも、引き込んで統治させる方が効率的ではあるのです。
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それがこうも徹底して明智を潰すとなると、高政のバランスが欠けたことが伝わってきます。
斎藤道三は、己の血を毒にして、我が子に植え付けてから世を去ったようです。
その一方で、光秀と信長には、何かを残してゆきました。
喪失の悲しみを噛み締める余裕もあるのか、ないのか。そんな中で、物語は先へと動き出すのです。
MVP:明智光秀
道三もいい。光安も。けれども、今週は光秀が光りました。
主役のイメージがないとか、食われていると言われることもある光秀ですが、今週はまさしく絶品でした。
馬に乗る。甲冑を身につけいて、膝をつく。所作が綺麗にできているのに、目立たない。
これは川口春奈さんが美しく見せようとせずに泣いているところでも感じたところですが、作り物らしい見せ場をする演技を排除しようとしていると思えます。
高政との対峙も素晴らしい。相手を責め立てるわけでも、論破するわけでもない。
ただただ戸惑い、悲しんでいる。まるで寺で学んでいた頃のような、子どもに戻った困惑すら出ているところが眼福でした。
光秀は、鏡のような存在かもしれないと思えました。
相手の心を読み取り、即座にさっと寄り添える一方、残酷な真実も突きつけてくる。
牧が逃げないと決めたら、困りに困って、一緒にいると言ってしまう。伝吾が説得に回るのもそうです。
高政は、光秀が寝返ったと思っているけれども、光秀からすれば変わったのは高政です。
光秀という鏡に、道三が「愚か者、おぞましく醜い」と指摘した自分の像が映っているからこそ、高政は怒り狂ってしまう。
道三は、そんな鏡のような光秀を信頼しました。ケチで嫌いだと言う鏡を、道三は愛したのです。
光秀が信長を討ち果たす理由も見えてきたとは思います。
野心?
黒幕がいる?
心理的な齟齬でしょう。光秀は信長から照射される殺気や悪意を跳ね返し、自分もろとも滅ぼしてしまう。
そういう結末に至ることはわかってきたのだから、本作が完結すること願うばかりです。
総評
今日、クレジットを見ていて気づいたのですが。
脚本家の岩本真耶さん。
ホッホッホ! 姿は隠しても、策士は匂いでわかりまするぞ!
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脚本に名を連ねているけれど、最低限の情報しか出てこない。あなたは誰でしょう?
「定軍山の戦い」で、夏侯淵が討ち果たされたと知った曹操は、誰かがいると感じました。法正という切れ者がいると知り、そうだろうと思っていたと語ったそうです。
曹操の強がり? それとも本気?
本気と解釈しまして、岩本真耶さんは、まさしくこの法正だろうとは思えます。
池畑俊策さんを過小評価するつもりはまるでないけれども。もっと下の年代ならばわかる、そういう知見が盛り込まれているとは思いました。
世間が変われば、歴史の創作物にも当然その価値観が反映されます。
岩本真耶さんが最低限の情報しか出さない理由も、勝手ながら想像してしまいます。過去の経歴やら学歴ではなく、目の前の自分のやることで判断して欲しいのでは?
こういうご時世で、本作もいろんなニュースが飛び交って入る。ただ、正式な発表がないからには、なんとも言えない、まだ考えている最中です。
万が一、作品そのものが未完成になろうとも、人材と環境さえあればそこまで暗い見通しでもない。長谷川博己さんはじめこの出演者がいて、このスタッフがいる。そのことにまず、一安心すべきだとは思うのです。
道三追悼……やっぱり『孫子』だ!
孫子曰、兵者國之大事、
死生之地、存亡之道、不可不察也。
故經之以五事、校之以計、而索其情。
一曰道、二曰天、三曰地、四曰將、五曰法。
孫子曰く、兵とは国の大事なり。
死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。
故にこれを経るに五事を以ってし、
これを校(くら)ぶるに計をもってして、その情を索(もと)む。
一に曰く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法なり。
孫子は言う。
戦争とは国家の大事なのだ。
民が生きるか死ぬか、国家が存亡できるかどうか。きちんと考えること。
だからこそ、五つの要素を考えねばならない。
1. 道;政治のこと。民衆が納得できる政治をしているか?
2. 天:気象やタイミングのこと。運命とかそういうことではない。
3. 地:距離や険しさ、地形的な要素。
4. 将:人材力!
5. 法:軍隊の運用や法規が整っているのかどうか。
はい、そんなわけで「計篇」ですよ。やっぱり役立つなぁ!
こうしてみてくると、道三は高政の【道】を破壊し、【将】や【法】も傷つけているとわかります。
【将】は、光秀のことです。
光秀本人の才能以前に、高政は腹を割って話してくれる。耳に痛いことを言ってくれる。そういう諫言をする家臣を失ったことになる。
これは危険です。“馬鹿”を周囲に集めていては、自分まで“馬鹿”になるばかりだ。
【法】は、掛かり太鼓や掛け声も含まれます。
父の時代とは変える――そう張り切ったところで、一度決まったシステムの作り直しは骨が折れるもの。紛れもなくマイナスになることでしょう。
そして最大のものは【道】です。
親殺しという悪名を、納得させることは難しい。
伊達政宗が希有な例外ですね。
『独眼竜政宗』でも輝宗が望んで死んでいったような描かれ方をしましたが、同時代は「親を射殺とかねえわ……」と呆れられておりました。
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それを仙台藩が藩祖クリーンアップ作戦を実行。戊辰戦争で東北ごと沈没する明治以降は、東北のプライドとしてますます持ち上げられた。
そういう流れですね。大河『独眼竜政宗』の威光も、ケン・ワタナベがロシアンルーレットをやらかした2018年で、砕け散ったとは思えるのですが……。
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政宗は、もうずんだ餅を食べさせておくことにして、話を戻しますと。
どうしたって、親殺しは重たいものです。
自らの血と命で、高政に傷をつけた道三は、見事というべきか、残酷というべきか。
高政からすれば腹立たしいかもしれませんが、視聴者には有益な教訓を与えてくれたとは思います。
自分だけの努力で獲得していない。血統や、過去の肩書をお守り札にするのは、とても危険だということ。
大河は、大河だからこそ。別格で、期待されていて、すごいものという先入観がある。
そこをあえて崩しているとは思う。すごいことをしている……。
私は10年後に大河があるかどうか、昨年末、不安でしかたなかった。けれども、本作を見ているとそれが拭われる思いはあります。
こんなご時世です。
いろいろ言われるけれども本作は革新的です。
本作については悲観的になろうとしても、なれない。この予感が当たることを願うばかりではなく、確信してはいます。
関連情報を漁れば漁るほど、演じるを通り越して役柄を生きているのだと確信できます。
こうも誠実な作品ならば、過去の大河とは違っても、未来は明るい!
そう断言して、今週の終わりとします。
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【参考】
麒麟がくる/公式サイト








































