久松俊勝

絵・小久ヒロ

徳川家

久松俊勝の生涯|家康生母・於大の方の再婚相手は織田や武田の強国に囲まれて

2025/03/13

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戦国時代の国衆が“適当”に生きるとは?

もう一度『どうする家康』の公式キャッチコピーを見てみましょう。

適当こそわが人生

家康の義父

久松俊勝を演じたリリー・フランキーさんは、世渡りの上手いキャラクターであると感じ、ユーモアを交えて演じたいと語っていました。

しかし、歴史的に見て、そうした表現は妥当だったのでしょうか?

例えば、大河ドラマにおいて国衆の役割が大きくクローズアップされることになった、2016年『真田丸』と2017年『おんな城主 直虎』に注目してみますと……。

『真田丸』の真田昌幸は、武田、北条、上杉、徳川、豊臣と、主君をめまぐるしく変えました。

『おんな城主 直虎』の井伊直虎にしても紆余曲折を経ています。

当初は今川に仕えていながら、様々な苦難を乗り越え、最終的には大事な跡取り・井伊直政を徳川に託していた。

彼らも久松俊勝と同じように主君を替えています。

描き方によっては、コロコロと簡単に主君を乗り換えるようにも見えるかもしれません。

しかし、実際のところはどうなのか?

一歩間違えれば一族が殺されてしまう――そんな過酷な状況下で、それこそ血の滲むような決断の末に、国衆たちは自分たちの主君を決めていたはずです。

『真田丸』の真田昌幸は「大博打じゃあ!」と言い表したものの、

真田昌幸/wikipediaより引用

あれは彼の個性が並外れて強靭に描かれただけであり、常人からすれば胃に穴が開きそうな状況でしょう。

久松俊勝も、そうした国衆の一人です。

激戦地となる尾張と三河の狭間にいて、さらに甲斐には武田信玄と勝頼という強力な父子がいる。

あまりにも凄まじい修羅場で適当に生きるとか、そんな呑気な心持ちでいられるでしょうか?

むろん、そんなわけはありません。

 


そもそもヒモなのか 恥ずかしいのか

事実、久松俊勝は、先妻との間にできた子と孫、義兄を失っています。

『どうする家康』で彼の生き方が“適当”に見えるのだとすれば、家康が天下人になるという結果を知っている現代人ならではの感性です。

・再婚相手が美人(松嶋菜々子さん演じる於大の方)

・しかも、その再婚相手の子(徳川家康)が優秀だから、おこぼれにあずかった

・それを「ヒモ」とたとえてしまう

こんな認識でしょう。それを戦国時代の世界観に練り込んで、しかもドラマにおけるキャッチコピーにするのは、やはり問題があるはず。

そもそも「ヒモ」とは、女性に働かせ、金銭を貢がせる情夫を指すスラングです。

於大の場合は彼女自身が労働者ではありませんので、この言葉が適切かどうか。

仮に、女性側の財産で男性が養われるとしても、この状態を恥ずかしいとするのは、歴史的にはごく最近の話です。

『鎌倉殿の13人』での源頼朝は、妻・政子の北条一族や、乳母の比企一族を頼りにしていました。

かつては源頼朝、近年では足利直義では?とされる神護寺三像の一つ(肖像画)/wikipediaより引用

あの作品では、そうした状態を「ヒモ」とは形容していません。女系の力を借りることを恥ずかしいと思う価値観そのものが、中世の日本にはないのです。

慈円はそうした状況を『愚管抄』に「女人入眼」と記すほどでした。

鎌倉時代に北条泰時が定めた御成敗式目からもわかります。

この法律では、女性による財産や家督の継承が規定されていました。

女性だったかどうかの議論はさておき、井伊直虎が女城主として井伊家当主と認識された根拠のひとつでもあります。

 

歴史劇のタブーとは

江戸時代以降、女性の大名は消えてゆきます。

それでも当時の女性には、自力で稼ぐ手段はありました。

幕末に来日した外国人の目からすると、自分の技能を教えて稼ぐ女性の姿は興味深いものとして映ったほど。

それが明治時代となると、西洋由来の家制度、家父長制が持ちこまれ、女性が稼ぐ手段が無くなってしまいます。

法律的にも女性は判断能力がないと見なされました。

たしかに、朝の連続テレビ小説『あさが来た』ヒロインのモデルとなった実業家・広岡浅子のような女性もいます。

広岡浅子 新時代を拓いた夢と情熱(→amazon

彼女のような有能な女性ですら、男性名義で取引や契約をせねば事業を回せなかったのです。

こうした制度のもとで、根付いてしまった偏見は根深い。

女の稼ぎや財産で養われる男はみっともない。

適当に生きている。

あいつらは異常で不自然、男らしくなくて情けない、「ヒモ」なのだ――。

『どうする家康』の久松俊勝は、そんな歴史の浅い偏見を元に描かれていたように思えてなりません。

どうするジェンダー観――。

2026年の大河ドラマ『豊臣兄弟』は再び戦国時代が舞台になります。

久松俊勝のような知名度の低い国衆たちにも出番があれば、栄誉ある描かれ方を期待したいと思います。

📚 戦国時代|武将・合戦・FAQをまとめた総合ガイド


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【参考文献】
大石泰史『全国国衆ガイド』(→amazon
柴裕之『青年家康 松平元康の実像』(→amazon
『新書版 性差の日本史』(→amazon

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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