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【ドラマ大奥感想レビュー第10回】
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水魚の交わり:吉宗と久通
君臣の関係においても、ひとつの頂点が見られました。
久通あってこその吉宗であり、吉宗あってこその久通である――そんな水魚の交わりといえる君臣です。
久通の業の深さは凄まじいものでした。大河ドラマ『麒麟がくる』の光秀に通じるものがある。
あの光秀は、太平の世を実現すべく、主君を探していました。信長ならできると信じて仕えるものの、そうではないと悟ると本能寺へと向かってゆきます。
あの作品の光秀は清廉潔白で、慈悲深い人物でした。それが主君を弑(しい)するという、儒教倫理でも最悪の罪を犯す。己の手を血で汚してまでも、太平の世を目指すがゆえの悲劇でした。
久通は、吉宗の天下が見たいがために、主筋を弑(しい)する罪を犯しています。
久通もできた人物です。
己の罪と、天下泰平を天秤にかけ、泰平を選ぶという点が、この二人は同じです。善良な人間が、大義のために罪を犯すという葛藤も素晴らしい。
こういう複雑な人物像が見たかった!
それにこれはひとつの、究極の忠臣にも思えます。
罪を犯して、時には罵倒されようとも、信念のために生きる――そんな業の深い忠臣を演じる貫地谷しほりさんが圧巻でした。久通の出番全てに、深い業があったように思えてきますね。
そして、こういう引き裂かれる忠臣こそ、東洋史におけるひとつの到達点に思えます。
ここで用いた「水魚の交わり」は、『三国志』でおなじみの劉備と諸葛亮の関係から来ています。
諸葛亮は、ともかく賢くてスゴイ軍師という像がおなじみのようで、それだけではちょっと古い。パロディならばまだしも、歴史劇だと葛藤する姿が見どころです。
諸葛亮にとって理想の君主である劉備。そんな彼がいる限り、国は別れたままで統一されず、戦乱が終わりません。
そうして血を流し続けてまで、貫かなければならぬ大義とは何か? そこを悩んで引き裂かれた姿が重要です。
葛藤する名臣像がみられて『麒麟がくる』最終盤以来の感動がありました。
加納久通は邪悪で、そして素晴らしい人物です。
ちなみに久通の台詞回しからも、彼女の教養や認識も見えてきます。
「殺した」ではなく「弑した」と語っていること。目上の君主を殺したと認識しています。
「一炊の夢」とは、唐代『枕中記』由来の言葉です。粟が炊き上がるほどの短い時間をさします。これも『麒麟がくる』では松永久秀が最期の言葉として絶叫しておりました。
勉強になるドラマって、やはりいいものですよね。
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幕府の経済対策
ドラマ10『大奥』は、まだ終わりではありません。
秋からはシーズン2が始まりますが、特に期待しているのが幕末明治について。
2015年以降の大河ドラマでは、この辺の描写が非常に退化していましたが、本作では最新研究を反映してくれるでしょう。
田沼意次が希望の星のように描かれていることが、この作品の重要な点だとも思えます。
歴史に「もしも」はないけれど、銭や商業を軽んじない田沼路線が引き継がれていたらその後の日本も大きく変わっていたはず――。
『青天を衝け』では、幕府は経済観念がないから滅びて、渋沢栄一が刷新したように誘導していましたが、そんな単純な話ではありません。
幕末においては、幕臣の中にも相当の経済通がいました。
例えば小栗上野介忠順や栗本鋤雲がそうです。
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小川笙船も大岡越前守忠相も出てきたことだし、小栗や栗本の活躍も期待してしまいます。
とはいえ、実際に田沼の政策が不十分であったがゆえに、我々の知る幕末史へ向かってしまうわけで、シーズン2はシーズン1より辛いかもしれません。
だからこそ、むしろ楽しみにもなってしまう。
シーズン1を踏襲するならば、面白いだけでなく、勉強できる作品となることは間違いないでしょう。
NHKでは、既に幕末関連番組が、アップデートされているんですよね。
徳川慶喜の評価が史実準拠で順当に下がっていて、期待が高まります。
本作の徳川慶喜は、人の心がないとか。生田斗真さんが『鎌倉殿の13人』を超えるムカつきで演じたりしませんかね。
「選択家族」という幸福を
家光は、徳川の血を引く子のため“腹を貸す”運命を呪いました。
綱吉は、お世継ぎを儲けるために、父に苦しめられる運命でした。
吉宗は、そうした血縁から解き放たれているように見えます。彼女自身がすんなりと妊娠出産できた安産体質であるという幸運もそこにはありますが。
吉宗の家族は、血縁が繋がっていないものが大きな役割を果たします。
杉下がそうです。それでも“普通”の家族と変わらないし、これも幸せなのではないかと問題提起してきます。
これは歴史的に見てもそうで、日本は婿養子が家を継ぐことが一般的でした。
大名家だって幕末ともなれば、養子に養子をつなげ、ようやく家名を保っている家が多い。
家族って何? シェアハウスで暮らす他人同士でもいいじゃない?
そんな現在の「選択家族」に通じる姿を描いたように思えるのですが、それって新しいようで、実は伝統的じゃないかとも思えてきます。
あの世界観は、他人同士が梁山泊に集い、でかい選択家族を築いています。東洋にはこういう義兄弟や家族を模した集団形成がありました。
それが近代以降、血縁由来のものを国家が規定してゆきます。
社会からはみ出してしまった者の受け皿が減ってしまったのです。
近代以降の社会に限界が見えた今、それ以前のものを見ていくことに解決のヒントがあるかもしれない。
そんな歴史劇を作り、楽しむ意義を感じるドラマです。
そしてここで、片岡愛之助さんが出てくることが効果的でした。
彼は一般家庭から歌舞伎界に入った努力の人であり、私はあることを思い出しました。
大阪で歌舞伎を見た時のことです。
主演の役者が急遽降板してしまい、片岡愛之助さんが演じることとなりました。すると代役告知を見て、劇場カウンターに詰め寄る客がいました。
「どういうことだ、あの名門の役者が演じるから、高い金を払って、遥々来たんだぞ!」
東京から来たその客は、憤りをぶつけていました。するとそれを見ていた大阪のご婦人二人組が、こう言ったのです。
「なんや愛之助なん? かいらしぃ鳴神やわぁ」
彼女らはずっと前から、愛之助さんを推してきたのでしょう。
血統ではなく、演じる中身を見ている。生身の人間の血筋で価値を測る、そんな苦い一面があるのが歌舞伎です。けれどもそれは見方ひとつ。
東京から来た男性は、血筋を見た。
大阪の女性は、芸を見た――同じものを見るにせよ、どこを重視するか?
そこで大きく変わるのではないかと悟りを得た出来事でした。
そして舞台の愛之助さんは、代役で登板されたとは思えぬほど見事な演技であり、私は大いに満足したのでした。
そんな愛之助さんと彼を推すファンによって得た悟りを再確認し、とても感動した次第です。
新たな視点で、新たな世を
吉宗を神格化せず、限界もあると描いたところに誠意を感じます。
大御所は偉大だという各人の感想に、異議はありません。日本の近世を極めたと思えます。
しかし、ひとつの世を作ったら、次の世を作らねばならない。そんな苦しみが充溢していて圧巻です。
そしてここのポイントは、東洋国家として完成したからには、西洋からの流れを受け入れるということ。謎の男こと青沼は、その象徴に思えます。
多様性を受け入れることが世が変わることだとすれば、今の日本では何?
女性の目線では?――そう答えを導いているようにも思えます。
研究者からも注目を集めている本作。
大奥の役割を見直すことが今進んでいるとのことです。
ドロドロしていて政治に関係ないでしょ、と好奇心で語られて終わっていた大奥の見直しや、史料解読が進んでいるようです。
『大奥』という作品は、女性目線で歴史を見直すだけでなく、現在や未来へも問いかけています。
渋谷スクランブル交差点でこちらを見上げる吉宗と同じ顔をした女性は、そうこちらへ問いかけているようでした。
秋まで予習復習をしつつ、放送を待ちたいと思います。
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文:武者震之助
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
ドラマ『大奥』/公式サイト(→link)