不死川実弥(鬼滅の刃・風柱)

『鬼滅の刃』17巻/amazonより引用

この歴史漫画が熱い!

不死川実弥(鬼滅の刃・風柱)と玄弥の兄弟が示す【男毒】からの解放

霞柱のような天才でもない。

炎柱のように父から受け継いだ鬼殺でもない。

音柱のような元忍でもない。

岩柱のような仁王像めいた巨漢でもない。

家族を失い、ひたすら自己流の鬼殺をしてきて、柱にまでたどりついた男――それが風柱の不死川実弥です。

弟の玄弥ともども鬼を殺すべく刃を振るってはおりますが、炭治郎と読者にとっての第一印象は最悪でした。

柱合会議では、主人公の妹である竈門禰豆子を最も強硬に殺すべきだと主張し、自らの腕を切り裂いてまで彼女を挑発したのです。

その荒々しさに、治炭郎は「知性も理性も全く無さそう」と思っていたほど。

あんな最低最悪、むしろ倒されて当然のチンピラのようだったのに、実は頼れる兄貴分だとわかる。

それが不死川実弥(しなずがわさねみ)です。

弟・玄弥とともに、そんな彼のことを考えてみたいと思います。

『鬼滅の刃』17巻(→amazon

 

長男はどうして特別なのか?

不死川実弥は、炭治郎同様に長子かつ長男です。

炭治郎もよく「長男だから頑張れた」と考えていましたが、読者の皆様からすると

『生まれ順ってそこまで関係あるの?』

といった違和感があったかもしれません。

現代と違い、大正時代の長男は特別だったのです。

もともと日本の家制度が転機を迎えたのは明治時代からのことでした。

家をどうやって存続させていくか?

【四民平等】という建前のもと、庶民まで家の存続を考えるようになりました。

この考えと対立するのが、徴兵制度です。

男子が全員徴兵されてしまったら、家が途絶えてしまう――そうならないよう、一家の長である戸主は兵役を免除されると規定されていました。

徴兵を避けるために、敢えて養子になる逃れ方も存在したほど。

第二次世界大戦の後期ともなれば、何もかもが破壊されてゆきますが、ともかく大正時代にはそういう認識があったのです。

 

家長の優遇と責任重圧

生まれ順が最初というだけで命までもが助けられる。

こう言うと、長男が得なように思えますが、当然ながらメリットばかりではなく責任感と表裏一体であります。

炭治郎が痛みや苦痛を感じつつ、長男だからと我慢する姿。

実弥が家族を守るために突き放したように思える姿。

若くして、幼くして一家を支える、そんな厳しい姿が読者の皆様の目にも映ったことでしょう。

ちなみに、姉妹しかいない場合は長女が婿を取り、家を存続させなければ――と重圧を感じるようになります。

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家を守ることを叩き込まれた長男であるがゆえに、責任感も重い。

苦難にも耐えるべく、無理をしてしまう。

そんな制度の苦しみを、『鬼滅の刃』の長男たちは抱えているのです。

 

近代都市部貧困家庭に生まれて

炭治郎は、初対面で妹を殺そうとした実弥から、知性と理性の欠如を感じました。

身も蓋もないようで、大正時代の男性像の一典型であるとも言えます。

江戸時代までの身分制度は終わりを告げた。一応はそうなっています。

だからといって、人の意識や社会はそうそう変わりません。

そこには格差がありました。

貧富、藩閥、そして教育――。

不死川家は東京府、つまりは江戸出身です。

不死川家には、明治維新以降の江戸っ子らしい悲哀が詰まっています。

明治維新は江戸っ子にとって、忌々しいものでした。

将軍様のお膝元という誇りを傷つけるような薩長閥の政治家たちが台頭したからです。

おはぎ(=長州)とおいも(=薩摩)が威張りやがって。江戸は無茶苦茶だ、何が明治だ、おさまるめいと逆からは読むんだよ!

そう歯ぎしりしつつ、崩壊する江戸時代以前の秩序を見ているしかありませんでした。

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特に、不死川家は7人兄弟、“貧乏人の子沢山”です。

煉瓦街を照らす街灯、華やかな鹿鳴館……そんな東京の輝きからは程遠い庶民でした。

明治以降、江戸時代以前ならば家庭を持てなかったような層でも、家庭を持つことができるようになりました。

こう書くとよいことのようにも思えるかもしれませんが、コトはそう単純ではありません。

明治政府は産業や軍事を急ぐ一方、福祉に関してはお粗末でした。

人口増大、貧困層を補償しない。

高まる民衆の不満は【通俗道徳】という自己責任論で放置する――そんな残酷さがあったのです。

ただしこれは日本の治世だけが悪いとかいうものでもなく、歴史の流れで生まれた「近現代史の闇」とでも申しましょうか。悲惨な格差が広がる時代でもありました。

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そうした状況を踏まえて不死川家を見てみましょう。

 

おはぎが地雷となりかねない

不死川家の父は、妻子を殴る蹴る、粗暴な男でした。

彼は人の恨みを買い、刺殺されてしまいます。それに対し不死川家の兄弟は悼むこともなく、自業自得と突き放しています。

今で言えば「DV夫の最低野郎」となりますが、当時はそんな概念ありません。ドメスティッグバイオレンスが認知・定着するのはもっと後世のことです。

不死川の父がどんな生活を送ってきたか? 推察することはそこまで難しくもありません。

当時は“車夫馬丁”という言葉があります。

人力車を引く。馬車の世話をする。知性や教養とは無縁で、肉体労働するしかない、最下層の肉体労働者をさす言葉です。

彼らの楽しみといえば、酒を飲み、博打を打ち、女をかうこと。女房子供を殴る蹴る。

些細なことで喧嘩して、何かあれば殺し合いまでやらかす。

荒れ果てた生活で、長生きもできない。

そういう当時の典型的な男性像が、不死川家の父からは見えてきます。

当然ながら、そんな環境で生きていれば、たとえ子どもであろうと冷めた目線になってしまう。

父の死を自業自得と受け止める不死川兄弟からは、厳しい社会状況が見えてきます。

生きていくために、父の死を悲しむどころか、どうやって生きていくか考えねばならない。

それが近代都市部貧困家庭における、家長としての実弥の役割でした。

そんな実弥の本音が垣間見えるものがあります。

彼の好んだ食べ物・おはぎ。彼が生きていた頃、おはぎは家庭の味であり、ちょっと特別なものでした。

いつもよりちょっと贅沢したいとき、母が作る甘い味。懐かしくて、そのにおいを嗅ぐだけで母と家庭の温もりを思い出す、そんなやさしい味。それがおはぎです。

あれほど強がっている実弥だって、母を恋しく思い出す。

そこを踏まえますと、彼と不仲の冨岡義勇が無表情でおはぎを差し出すことが、どれほど危険なことかご理解いただけるでしょう。

俺が母を恋しがっているって言いたいのかテメエ!……血の雨が降りそうです。

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そんなおはぎを作ってくれた母・志津が鬼と化したことで、実弥と玄弥の生活は、どん底から地獄へと突き落とされてゆきます。

それは悲惨なことではあるのですが、考えておきたいことはあるのです。

果たして、鬼の襲撃がなかったところで、不死川兄弟は幸福な人生を送れたのかどうか?

その可能性はさして高くないとは思えます。

彼のような家庭環境で生まれた人々は、格差をものともせず這い上がることもできなかったことが多い。

あれほど憎んだ父のようになったとしても、おかしくはありません。

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