小川笙船

小川笙船がモデルとされる赤ひげ/amazonより引用

江戸時代

小川笙船が吉宗と共に日本中へ広めた医療改革~今まさに見直される東洋医学史

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小川笙船こそ「上医」であるワケ

どうして医者ごときが天下国家を論じるのか?

不思議に思われる方も少なくないでしょう。

前述した伝説的な名医・張仲景にはこんな逸話があります。

皇帝の病をどんな名医も治せず、張仲景が呼ばれた。

彼の診察で回復した皇帝が都にとどまるように頼むと、彼は断る。

「陛下のご病気は治せますが、国の病は治せませぬがゆえ……」

名医とは、国家や政治の腐敗をも見抜き、その治療法を見出せるものである。

そんな考え方が、東洋の伝統医術にはありました。

「あなたほどの名医であれば、この国の抱える病理がわかるであろう」

吉宗が小川笙船の提言を受け入れる背景には、そんな考え方があってもおかしくありません。

東洋の伝統医術とはなかなかスゴイことを要求してくるものです。

上医:病気にかからないように予防します

中医:今にも発症しそうな状態で、それ以上悪化しないように治療します

下医:病気になってから治療します

上医:国家を治療します

中医:人を治療します

下医:病を治療します

まさしく小川笙船とは、東洋の上医。

目安箱での提案が、日本全国での医療改革につながった。彼は日本の病を癒したと言える。

東洋の伝統医学とは、まず観察から始まります。

脈拍を取り、顔色を見て、排泄物を観察する。

その時点で異変があれば察知してこそ、優れた医者になります。

周囲はそんな医者の観察眼を信頼し、国や天下まで見通せるのではないかと期待を寄せるのです。

そしてその治療法は、西洋の医学のように患部の除去や完治を目指すとも限りません。

患者が持つ治癒力を高め、体の内部から病を押し出させるように導きます。

問題を民の目線で向き合う国家論に通じるものがあると考えられたわけです。

 


いま見直される東洋医学と「仁術」の精神

明治維新を迎えると、日本では「漢方医学は古く使い物にならない」と低く見られるようになりました。

北里柴三郎や、その弟子である野口英世たちは、西洋医学に新時代を感じ研究に打ち込んでいます。

しかし、その裏には悲劇もありました。

江戸時代までいた女医は、明治以降、西洋医学を学ぶ教育機関から締め出されます。

漢方しか身につけていない女医、産婆は時代遅れとされました。

このことはいくつもの悲劇を生み出します。

異性の医者による診察を拒んだ結果、夫から感染させられた性病が悪化する女性患者が続出したのです。

東洋の伝統的な医学を踏まえていれば、起こらずに済んだ悲劇もあると思えます。

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体内環境のバランスを重視する漢方であれば「水気がなくなるような運動は危険だ!」と思えたことでしょう。

肉体を長時間酷使する忍者の知恵には、そのあたりが考慮されていたものです。

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漢方は、現代においても有用であると認識されております。

生活習慣病の予防に関しては、漢方にはその基本的な心がけがあるものです。

一方で明治以降「医は仁術」という伝統的な価値観が薄れてしまったのではないかと思われることはあります。

北里一派に敵意を燃やしてきた森鴎外の行いを見ると、そう思えてきてしまいます。

医者といえばエリートで金持ちかもしれないけれど、どこか寂しさがある。昔ながらの仁術を掲げる医者がいればいいのになぁ……。

そんな郷愁があればこそ、小川笙船がモデルとなった赤ひげ先生が広く長く愛されてきたのかもしれません。

片桐はいりさんが演じる小川笙船は、令和の日本において、どんな姿を見せてくれるのでしょうか。

古いようで新しい、まだまだ病に苦しめられる世を明るくするような、そんな姿を期待しています。


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『赤ひげ』(→amazon

【参考文献】
大石学『吉宗と享保の改革』(→amazon
五味文彦『疫病の社会史』(→amazon
小曽戸洋『新版 漢方の歴史 中国・日本の伝統医学』(→amazon
渡辺賢治『漢方医学「同病異治」の哲学』(→amazon
伊沢凡人『漢法を知る』(→amazon
スティーブ・パーカー『医療の歴史』(→amazon

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