明治維新が作った女の不幸

1915年の渡米時に撮影された渋沢栄一/wikipediaより引用

明治・大正・昭和

渋沢栄一の妾たちはどんな境遇で生まれた? 明治維新で作り出された女の不幸

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公私混同をなくし、女権を排除せよ

公私を分離してこそ、西洋にも負けぬ国家である――。

明治政府はそう掲げ、新たな政治体制をめざします。将軍家や大名家にあった「奥」、宮中にいた女官たちをなくすことを目指したのです。

結果、将軍家の大奥は主家ごと廃止。

天璋院や和宮だけでなく、大奥にいた女中たちも追い出され、生きる術を模索するしかなかった。

皇室も例外ではありません。

明治維新は「王政復古」を掲げたとはされています。

だからといって、日本の伝統的な皇室のあり方を取り戻そうとしたわけでもありません。

現在も皇族が身につけるティアラや馬車といったものは、どう考えても日本の伝統とは関係がありません。そもそも京都の御所を東京に移したことからして、伝統を変えています。

結果、京都から東京へ移る際、女官たちは暇を出されました。

明治4年(1871年)、薩摩閥の吉井友実は日記にこう記しています。

「数百年来の女権唯一日ニ打消シ愉快極まりなしや」

意味は以下の通りです。

天皇の命令が女官を通じて出される。数百年あった伝統的な女の権利が、たった一日で消えてしまった。なんとも愉快なことではないか――。

薩摩の男尊女卑が皇室に対しても悪しき方向で発露してしまっている。

ドラマなどではほとんど注目されない細部かもしれませんが、明治政府の無茶振りが見えてきますね。

 


わきまえた女を求める明治時代へ

東洋には東洋の、男女観がありました。

家庭を司り、守る。女性ならではの技能や収入を得る手段を持つものもいる。

そうした価値観が「これからは西洋である」と否定され、一方で、西洋に根付いていた女性の権利は「日本にそぐわない」と却下されてしまう。

結果、権力者にとって都合の良い女性像が形成されていったのが明治という時代です。

実例もあります。特に理不尽な例を見ていきますと……。

◆投げっぱなしの津田梅子ら女子留学生

渋沢栄一と並んでお札の顔となる津田梅子は、明治政府の場当たり的な対応に振り回された典型例です。

薩摩閥の黒田清隆は西洋の活躍する女性を見て、これからは女性も強くあるべきだとして、女子留学生を募集しました。

しかし、それがそんなに素晴らしいアイデアならば、薩長土肥の関係者から女子留学生を出せばよいのに現実はさにあらず。幕臣や佐幕藩ゆかりの“負け組”ばかりでした。

男子留学生が藩閥出身者ばかりだったことを踏まえますと、本音が見えてきます。

かわいい娘を海外に送るなんて親は鬼かと散々言われたものです。

しかも、留学先でしっかりと学んで帰国しても「西洋かぶれの結婚適齢期過ぎた女」と陰口を叩かれる始末。

津田梅子ゆかりの津田塾大学が私立であることにも、公的支援もろくにないまま奮闘した苦労が伺えます。

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◆女医が減り、女性たちが地獄をみる

江戸時代まで、漢方を学んだ女医はおりました。婦人病や妊娠出産に関することなれば、むしろ彼女たちが活躍したものです。

それが明治以降、漢方よりも西洋医学が重視されるようになり、その教育機関から女性は排除されました。

女性は西洋医学を学べない。女医の受難時代が到来したのです。

そうなると脅かされるのが女性の健康。

女性特有の疾患となると「男の医者に診察させるなど、とんでもない!」と家族が言い出しかねませんし、本人だって我慢してしまう。

結果、重大な病状に直面する女性が増えたのです。

勇気をもった女医志願者たちが現れ、この状況改善に立ち向かいます。

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◆好きで身売りをしたわけじゃない! 遊女の嘆き

日本の遊郭が政治の道具となった事件が発生します。明治5年(1872年)の「マリア・ルス号事件」です。

さまざまな思惑が絡んだ事件の顛末は以下の記事をお読みください。

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マリア・ルス号事件と「奴隷解放裁判」明治初期の横浜港で起きていた差別問題

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考えたいのは、事件の結果として出された「芸娼妓解放令」という一連の法律です。

遊女の境遇、借金を抱えて身売りされる状態は変わらないのに、法律だけは慌ただしく変えられる。

そのため彼女らは、

好きで勝手に身を売っている

と見なされたのです。

落語等にその典型があり、江戸時代まで遊女は同情されました。

「あの子も家のために苦海に身を沈めたんだ。親孝行だ、泣けるねぇ……」

こうした“苦海”の話が明治以降は好きで身を売っていると自己責任論にすり替えられてしまうのです。

彼女らの陥っている身の上をなんとかしようと活動したのは、プロテスタント教徒や、柳原白蓮のような婦人解放を掲げた活動家でした。

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◆嗚呼、女工哀史

古来より、機織りは女性の伝統的な仕事でした。

それが工場ができる時代となると、金儲けの手段として着目され始めます。

産業革命は、それまで家庭にいた女性を引きずり出し、金を稼ぐ労働力とする、そんな力も持ち合わせていたのです。

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近代の女性は、都合のいい規範に縛られ、労働力として買い叩かれる宿命を背負わされました。

近代資本主義国家の宿命とも言えるでしょう。

富岡製糸場の始まり自体はさておき、資本主義が進化してゆけば、女性の搾取が悪化するのは目に見えていたことでした。

資本家の理想とは、休みなく家庭を顧みることなく働く男であり、それをサポートしながら自らも安価な労働力となる妻。

その結果、現代日本で大きな歪となっています。

女性の社会進出が遅れ、かといって少子化にも歯止めがかからない。

超高齢化社会がすぐそこまで迫っているのは、実は歴史の流れでもあったと言えそうです。

 


渋沢が理想とする女性像は、当人にとってはどうか

『青天を衝け』には、渋沢栄一にとって理想的な女性が大勢出てきます。

しかし、その理想とは当人にとってはどうだったのか?

千代は、なまじ賢妻でありたいと意気込むため、夫からの見返りを求めません。

夫が京都に向かい留守にし、女遊びをしようとジッと耐え忍ぶだけ。妻妾同居も受け入れる。まさに都合の良い女性です。

しかし、彼女自身の感情はどこにあるのでしょう?

くにも、もしも女性一人が生きていくだけの力や能力があれば、妾になんてならなくてもいい。

稼ぐ能力がない女にとって、妾となることは“セーフティネット”という考え方もあるとか。

でも、そうなのでしょうか?

生きるために誇りを捨て、冷たい目に耐え忍ぶことが、彼女にとって幸せなのか。

渋沢栄一が望んだ討幕の結果、くには生きていく手段を奪われた。その夫は戊辰戦争から帰ってこないとされています。

伊藤兼子だって、女性が商売を引き継げる社会であれば、別の道もあったのかもしれません。

『青天を衝け』における女性の活躍とは、あくまで渋沢栄一はじめとする男性の横で微笑み、彼らの機嫌をとることに終始しているように思えます。

わきまえた女として振る舞う、そんな極めて保守的な女性像ですね。

大河ドラマはそんな役割を担っているのですか?

同じ時代を描いた作品でも『八重の桜』はまるで違っていました。

凛として自分の道を進む新島八重、それを演じる綾瀬はるかさんの姿勢には男女関係なく胸を打たれたはずです。

あれから8年も経て、権力者に都合のよい女性像を示されたところで、今を生きる人々の心に響くとは思えません。

21世紀の現在、行き過ぎた資本主義の見直しが提唱されています。

そんな時代だからこそ、明治維新礼賛と「資本主義の父」として渋沢栄一を顕彰する是非については考えたいところです。

もちろんその中には、ジェンダーについても含まれます。

明治政府や渋沢栄一の思想が、はたして真の平等を実現できるのかどうか。

考えてみることも有用ではないでしょうか。


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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考】
国立歴史民俗博物館『新書版 性差(ジェンダー)の日本史』(→amazon
横山百合子『江戸東京の明治維新 (岩波新書) 』(→amazon
長野ひろ子『明治維新とジェンダー』(→amazon
鹿島茂『渋沢栄一伝』上下(→amazon

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