今や古い話となりますが、アダ名と言えば芸能界にいる有吉弘行さんの発想力を忘れてはなりませんね。
【有吉アダ名リスト】
「おしゃべりクソ野郎」品川庄司・品川
「エロみっともない」misono
「バブルの生き残り」中山秀征
「ヒステリック農業」高木美保
「ポンコツ人間」さまぁ~ず・三村
「子供の皮をかぶった子供」芦田愛菜
いま見ても思わず唸ってしまいそうですが、ことアダ名に関して言えば、歴史上のとある人物も負けてはおりません。
権力争いの渦中にあって、自分の意にそぐわない相手を小学生レベルのやりとりで凹ませようした孝謙天皇(称徳天皇)。
神護景雲4年(770年)8月4日に崩御されたのですが、そのネーミングセンスには、さすがの有吉弘行さんも勝てないかもしれません。
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史上6人目の女帝で2人目の重祚
孝謙天皇は718年生まれの第46代天皇。
史上6人目の女帝で、後に重祚(じゅうそ・ちょうそ)し、第48代称徳天皇となります。
重祚とは、位を退いた天皇がもう1度天皇に返り咲くことで、他にも
第35代皇極天皇
↓
第37代斉明天皇
という例もありますね。
孝謙天皇の父は聖武天皇で、母は光明皇后の大仏カップルです。
二人の間にいた男子は早世し、子供は彼女だけでした。
聖武天皇には他の妻との間にも男児がいたのですが、後ろ盾がっちがちな光明皇后の娘が皇太子となり、父の跡を継いで孝謙天皇となります。
祈祷で治癒した道鏡を……
当時の女帝は未婚か未亡人と相場が決まっていたため、孝謙天皇は結婚ができません。
つーことは「跡取りどうすんねん!」となるわけで、結局、光明皇后の甥、すなわち孝謙天皇の従兄弟にあたる淳仁天皇に譲位し、彼女は上皇となりました。
淳仁天皇を推挙したのは藤原仲麻呂。孝謙上皇とは仲良し関係でしたが、光明皇后が死去すると関係が微妙なものになっていきます。
病で伏せった上皇を祈祷で治癒した僧侶の道鏡を寵愛し始めたからです。
出ましたね、道鏡。
日本三悪人筆頭の道鏡~称徳天皇に重用されたマグナム僧侶の悪評はどこまで本当か
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その登場に仲麻呂は焦りを募らせ、ついには反乱を計画。
あっという間に鎮圧されると、淳仁天皇は廃位にされ、孝謙天皇改め称徳天皇と道鏡のタッグ政治が6年間続きました。
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