平等院鳳凰堂

平等院鳳凰堂/photo by 663highland wikipediaより引用

飛鳥・奈良・平安 光る君へ

平等院鳳凰堂の意外な歴史〜源融から紆余曲折を経て藤原道長から頼通へ渡る

2025/03/03

こちらは2ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
平等院鳳凰堂の歴史
をクリックお願いします。

 


平泉町の中尊寺は消失したが平等院は奇跡的に

他に、この手の有名どころでは、奥州藤原氏が作った平泉の中尊寺などがあります。

鎌倉時代に大きな火事があったので建物は現存していませんが、あれも残っていたらさぞかし素晴らしい眺めだったのでしょう。

極楽浄土への象徴とされた中尊寺/photo by 竹麦魚(Searobin) 
wikipediaより引用

逆に言えば、平等院鳳凰堂が残っているというのが結構奇跡的な話だったりします。

宇治は京都の中心地からは少し離れているエリアで、特に南北朝時代には楠木正成が戦場としたため、平等院の中にあった建物も多くは焼失してしまっています。

その中で鳳凰堂だけが「平安貴族が建てたお寺」かつ「仏像・仏画・庭園等含めて」残っています。

平等院さんの公式サイト(→link)を参照して、ざっとリスト化してみました。

【建造物】

・鳳凰堂→建設当時唯一の遺構

・観音堂→鎌倉時代に再建

・養林庵書院→江戸時代に建設

【仏像】

・阿弥陀如来坐像→仏師定朝(じょうちょう)の作

・雲中供養菩薩像→同じく定朝の工房で作られました

・鳳凰の棟飾り→現在は二代目を使用※初代は博物館の中

・梵鐘→現在は博物館の中

・十一面観世音立像→現在は観音堂で保管

【絵画】

・鳳凰堂中堂壁扉画→現存する日本最古の大和絵風「九品来迎図」

・鳳凰堂の堂内彩色→柱や天井を極彩色で装飾

平等院というと、どうしても建物としての鳳凰堂ばかりに気が向きがちですが、美術品もなかなか豪華なんですよね。

次に現地を訪問されたときは、気合を入れて御覧ください。

 


 江戸奉行の取り決めで天台・浄土宗は仲良くね♪

現在の平等院は、天台宗と浄土宗が共同で管理するという珍しいお寺でもあります。

江戸時代に寺社奉行が取り決めたもので、その後、特に争いは起きていないようです。

2001年には”平等院ミュージアム鳳翔館”という施設が作られ、院内にあった宝物を見学できるのはもちろん、記録を元にして往時の姿を再現したCGなども見られるのだとか。

同様の試みは他の歴史建造物でも行われていますし、そのうち3Dプリンターで立体化されたり、3D映像で安土城とか江戸城が出てくるかもしれませんね。


あわせて読みたい関連記事

宇多天皇
一度は臣下になりながら即位した唯一の存在・宇多天皇~なぜそんな例外が起きた?

続きを見る

藤原道長
藤原道長は出世の見込み薄い五男だった なのになぜ最強の権力者になれたのか

続きを見る

藤原頼通
日本一の権力者その跡継ぎ 藤原頼通(道長の長男)はどんな人だった

続きを見る

藤原泰衡
奥州の藤原泰衡は頼朝に騙された愚将なのか?義経を討ち最後は家臣に裏切られ

続きを見る

【参考】
国史大辞典
平等院/公式サイト
藤原頼通/wikipedia
平等院/wikipedia

TOPページへ


 



リンクフリー 本サイトはリンク報告不要で大歓迎です。
記事やイラストの無断転載は固くお断りいたします。
引用・転載をご希望の際は お問い合わせ よりご一報ください。
  • この記事を書いた人
  • 最新記事

長月七紀

2013年から歴史ライターとして活動中。 好きな時代は平安~江戸。 「とりあえずざっくりから始めよう」がモットーのゆるライターです。 武将ジャパンでは『その日、歴史が動いた』『日本史オモシロ参考書』『信長公記』などを担当。 最近は「地味な歴史人ほど現代人の参考になるのでは?」と思いながらネタを発掘しています。

-飛鳥・奈良・平安, 光る君へ
-,

右クリックのご使用はできません
目次