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【平等院鳳凰堂の歴史】
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平泉町の中尊寺は消失したが平等院は奇跡的に
他に、この手の有名どころでは、奥州藤原氏が作った平泉の中尊寺などがあります。
鎌倉時代に大きな火事があったので建物は現存していませんが、あれも残っていたらさぞかし素晴らしい眺めだったのでしょう。
逆に言えば、平等院鳳凰堂が残っているというのが結構奇跡的な話だったりします。
宇治は京都の中心地からは少し離れているエリアで、特に南北朝時代には楠木正成が戦場としたため、平等院の中にあった建物も多くは焼失してしまっています。
その中で鳳凰堂だけが「平安貴族が建てたお寺」かつ「仏像・仏画・庭園等含めて」残っています。
平等院さんの公式サイト(→link)を参照して、ざっとリスト化してみました。
【建造物】
・鳳凰堂→建設当時唯一の遺構
・観音堂→鎌倉時代に再建
・養林庵書院→江戸時代に建設
【仏像】
・阿弥陀如来坐像→仏師定朝(じょうちょう)の作
・雲中供養菩薩像→同じく定朝の工房で作られました
・鳳凰の棟飾り→現在は二代目を使用※初代は博物館の中
・梵鐘→現在は博物館の中
・十一面観世音立像→現在は観音堂で保管
【絵画】
・鳳凰堂中堂壁扉画→現存する日本最古の大和絵風「九品来迎図」
・鳳凰堂の堂内彩色→柱や天井を極彩色で装飾
平等院というと、どうしても建物としての鳳凰堂ばかりに気が向きがちですが、美術品もなかなか豪華なんですよね。
次に現地を訪問されたときは、気合を入れて御覧ください。
江戸奉行の取り決めで天台・浄土宗は仲良くね♪
現在の平等院は、天台宗と浄土宗が共同で管理するという珍しいお寺でもあります。
江戸時代に寺社奉行が取り決めたもので、その後、特に争いは起きていないようです。
2001年には”平等院ミュージアム鳳翔館”という施設が作られ、院内にあった宝物を見学できるのはもちろん、記録を元にして往時の姿を再現したCGなども見られるのだとか。
同様の試みは他の歴史建造物でも行われていますし、そのうち3Dプリンターで立体化されたり、3D映像で安土城とか江戸城が出てくるかもしれませんね。
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【参考】
国史大辞典
平等院/公式サイト
藤原頼通/wikipedia
平等院/wikipedia





