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『光る君へ』感想あらすじレビュー第6回「二人の才女」

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『光る君へ』感想あらすじレビュー第6回「二人の才女」
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清原元輔の娘、ききょう登場

4月27日、藤原道隆の家で漢詩の会が開かれます。

まひろの父であり漢籍教養の男である藤原為時にも声がかかり、名物文人貴族・清原元輔も呼ばれているとか。

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招待者の中に藤原道長がいないことをまひろは確認しています。

為時は、弟の藤原惟規にも、来るか?よい勉強になるぞと誘いますが……。

「無理無理無理無理! 今度だけは無理!」

断固としてNOだそうです。あまりにも素直すぎるでしょうよ。

「私がお供いたします」

右大臣家主催だがよいのか?と為時が念押しするお、まひろの仇(道兼)はいないし、父の晴れ姿が見たいとのこと。

まひろは、なんというか、かわいくなくていいですね。いや、とてもかわいらしいところはたくさんあります。

しかし、媚びがない。

わざとらしくキュンキュンして、「父上の晴れ姿が見たいんですぅ」と甘ったるく言うとか、笑顔を見せてもいい。それをしないところが彼女の個性ですね。

そして当日、清原元輔がやってきて、為時に声をかけてきます。

両者とも学識は高い。学問で名を高めてめでたいと互いに言い合います。

為時がまひろを紹介すると、この歳の姫がおいでとは……と元輔。

時の経つのは早いものだと感慨深い表情を浮かべます。

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自慢の愛娘・ききょうも登場しました。

「ききょうと申します。どうかよしなにお導きください」

ファーストサマーウイカさんは、写真で見た時から、ここまでイメージにぴったりな配役をよくできたものだと感動しました。

動くとますますそう思えます。まさしくこれだ。こういう彼女を求めていたと。

目が常に挑む気持ちと、笑みを含んでいます。

ききょうという名前も、賛否両論ではあります。

しかし、孫くらいの娘が生まれた元輔が、庭に咲いていた桔梗でも見ながら命名したのかと想像すると微笑ましいものがある。

このききょうは、圧倒的な陽キャパワー全開です。

藤原公任藤原斉信、藤原行成と、錚々たるお方がおそろいしている!

そう緊張するどころか、私が見定めてやる!といったふてぶてしさがあるききょう。

まひろは圧倒されています。

なんでしょう、まひろの理想と現実は……五節の舞姫が男を見定めてやるなんて痛快でしょ!

そんな妄想をひけらかして、散楽から痛い子扱いされていたのに、そんな女性が実在するところに居合わせると縮こまってしまうこの切なさよ。

千年の時を経て、今も読み継がれる文学を記した紫式部清少納言、若き日の姿だと解説されます。

なんと生々しい姿でしょうか。

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ここで雅楽が演奏され、貴公子たちが奏でています。

藤原公任が筆を吹く場面は、アジア時代劇美男子・日本代表の姿そのもの。

筆を吹く美男子は絵画定番の題材です。

中国時代劇『陳情令』では登場済み、笛を吹く日本代表時代劇美男の登場は待たれるところではありました。

それがついに叶いました! おめでとうございます!

月岡芳年作『藤原保昌月下弄笛図』/wikipediaより引用

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お題は「酒」

会場に、道長が遅れてやってきました。

兄の道隆も頷いています。漢詩を通して弟の器量を図りたいのかもしれません。

まひろとお互いに気づき、目線と目線が交錯。

元輔が今日のお題を披露します。

「酒」

東洋文学における酒は、ウェーイと楽しく気晴らしのために飲むだけのものでもありません。

当時はまだ貴重でもあるし、憂いを解くためのものでもある。酒に託して精神の高揚を詠い上げてこそ。

それと漢詩について。漢詩は嫌だとジタバタする人が複数名いましたね。

日本では【和様】と【唐様】という分類があります。

和歌と漢詩。

漢字とかな文字。

輸入したかそうでないか。

【和様】は身近で柔らかいものであるのに対し、【唐様】はより大きなスケールのものごとを扱う。

そんな大雑把な分け方です。

源氏物語』の女君のインテリアなどにも反映されています。

愛くるしく柔らかな紫の上は【和様】タイプ。

生真面目な明石の君は【唐様】タイプです。

和歌とは異なり、漢詩の会となれば、「きみたちの政治ビジョンを聞こう!」というニュアンスもありとみてよいでしょう。

さて、皆の選ぶ詩は?

◆藤原行成
李白「月下独酌」

花間一壺酒 花間一壺の酒
独酌無相親 独酌 相親しむ無し
挙杯邀明月 杯を擧げて明月を邀(むか)え
対影成三人 影に対して 三人を成す
月既不解飲 月既 飲を解せず
影徒随我身 影徒に我身に随(したが)う
暫伴月将影 暫(しばらく)く月と影とを伴うて
行楽須及春 行楽 須(すべか)らく春に及ぶべし
我歌月徘徊 我歌えば月徘徊し
我舞影零乱 我舞えば影 零乱す
醒時同交歡 醒時 同じく交歡し
醉後各分散 醉後 各(おのおの) 分散す
永結無情遊 永(なが)く無情の遊を結び
相期遥雲漢 相期して雲漢遥かなり

花の間で一壺の酒を抱え、
一人で酌をして、誰もいない
杯を掲げて名月を迎えれば、
己の影を入れて三人になる
とはいえ、月はそもそも飲むことにつかわないし、
影だって私の動きを真似るだけだ
そうはいっても、月と影と戯れて
春の行楽を楽しもうじゃないか
私が歌えば月が徘徊する
私が踊れば影も踊る
醒めている間はともに楽しんでも
酔っ払ったら皆解散してしまうものだ
だが我々は永遠に遊ぶことができる
銀河の果てにまで行けるのだ

さすが書の達人である行成です。

優美な動きでさらさらと書きつけた字は、酒に酔い踊る李白とその影のように軽やか。そして美しい。

◆藤原斉信
白居易「花下自ら酒を勧む」

酒盞酌来須満満 酒盞酌(く)み来たりて須(すべから)く満々
花枝看即落紛紛 花枝看(み)れば即ち落ちて紛紛(ふんぷん)たり
莫言三十是年少 言う莫(なか)れ 三十是(こ)れ年少と
百歳三分已一分 百歳三分(さんぶん)して已(すで)に一分

酒を注ぐならば常に並々とそうするべきだ
花の枝はすぐに落ちてバラバラになってしまう
三十はまだ若いなんて言わないでくれ
百歳まで生きるとすれば、もう三分の一を過ぎてしまった

焦りを示す詩を選びました。

もう自分が若いだけじゃない、何か痕を残したいという焦燥感が見えます。端正さと力強さがある字です。

◆藤原道長
白居易「禁中九日菊花酒に対し元九を憶う」

賜酒盈杯誰共持 賜酒杯に盈つれども誰か共に持せん
宮花滿把獨相思 宮花把に満ちて独り相思う
相思只傍花邊立 相思いて只花辺に傍いて立ち
盡日吟君詠菊詩 尽日君が詠菊詩を吟ず

酒を賜ったというのに、杯を共にするものはいない
花が満ちても一人あの人を思う
互いに思いただ花のそばに立ち
一日中君が詠んだ菊の詩を口ずさんでいる

素晴らしいチョイスですが、字はうまくありません。

◆藤原公任

一時過境無俗物 一時境を過ぎるに俗物無し
莫道醺々漫酔吟 道を醺々漫酔吟ずる莫かれ
聖明治蹟何相致 聖明治蹟何ぞ相致る
貞観遺風触眼看 貞観遺風眼を看るに触れる

国境を過ぎれば俗物はない
通をただ漫然と酔い潰れて進んでくれるな
聖王の事蹟が至る所にある
貞観の治の遺風がどこにでみあるではないか

丁寧で細い、美しい字です。

彼らは皆、左手で紙を持つなり、膝に置くなりして筆を走らせていますが、相当の鍛錬がなければできません。美しく持っています。

ついでに当時の音の重要性にも触れておきましょう。

書道にせよ、詩にせよ、当時の芸術はリズムを乗せるようにして描かれるものでした。

漢詩は歌うことを想定していたものであるし、筆もリズミカルに動かした方が良い。そんな軽やかさまで出ていて眼福そのものの場面です。

ちなみに渡辺大和さんの藤原行成は、日本書道界のレジェンドです。

行成が筆を手にとりサラサラと書きつけるというのは、厳しい目で見られます。

源義経の八艘飛びや、本多忠勝の槍捌きくらいの精度が要求されます。よくぞこなしました。

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まひろは道長の想いを感じ取り、動揺がさざなみのように表情に広がっています。

一方で道隆と貴子は、計算通りだと笑みを浮かべている。

彼らは斉信の焦燥感と、公任の心を察知しました。

【貞観の治】をめざす公任は、政治的野心に満ち満ちています。

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