「では、行って参ります」
「お気をつけて」
八重からそう送り出される義時。紫陽花のように可憐な色の小袖を着て、微笑む新妻は夫の過労を心配しています。
妻がいれば無理が無理でなくなる――そう返す夫に、やっぱり無理をしているじゃないですか……と、甘い新婚の朝です。
正式に夫婦となることを鎌倉殿と御台所に申し上げたい。
義時がそう告げると、八重が微笑み返します。
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この言葉から、彼らの結婚は、頼朝と政子夫妻の承認あってのことだとわかります。
義時は本来、自分の意思だけで結婚の決められない立場。それでも八重と結ばれたのは愛があったからで、彼女と結婚して政治的に有利なことはほぼありません。
それゆえ姉の政子も、以前は弟の結婚に反対する素振りを見せていました。
しかし、政子も愛には理解がある。史実からしてそうだったことを覚えておくと良いかもしれません。
現れた義高は見目麗しき美童だった
一方、木曽義仲の子・木曽義高と大姫の婚約について、政子は猛反対です。
許嫁というのは表向きの話で、実態は人質。そんな相手にまだ幼い娘と婚約させるなど、どう考えても早すぎると不機嫌になっています。
困った頼朝が「カタチだけだ」と言葉を濁すも、やっぱり政子は不機嫌。
器の大きさを見せつけるだのなんだの言われたところで、娘が不憫なのでしょう。義時も、戦を避けるためと姉をなだめますが……
「どんな男? どうせ猿ヅラでしょ」
政子がカリカリしていると、義高がやってきました。
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なんという美童でしょう。これには全鎌倉がうっとりするはずで、政子もコロッと参りました。頼朝も予想外の顔をしている。
そして頭をチョコンと下げる大姫も、この美しい許嫁に心を奪われたようです。
「よろしいのではありませんか」
政子は甘い笑みを浮かべて、アッサリと籠絡されましたね。
人類は、能力判断基準の厳密化と反比例して、見た目を重視する傾向があります。まだまだ素朴な当時、顔の良さは今よりずっと重い意味がありました。
なにより落井実結子さんの、大姫を演じるかわいらしさよ。好きだと伝わってくるではないですか。
ドラマの出来は子役を見ればわかります。彼らはまだ演技を確立できていないから、指導側の技量が大きく反映される。
今回は、丁寧に説明して役に入り込めるようで、演技指導が盤石だとわかります。
安徳天皇を都から連れ出す宗盛
頼朝のライバル・木曽義仲は、北陸に勢力を保っていました。
その義仲を討つべく、平家は追討軍を呼びかけます。
そして寿永2年(1183年)5月――木曽義仲が挙兵。
「俺は悪逆非道の平家を決して許さない! これは正義の戦である! 義は我らにあり!」
大声で呼びかける義仲に対し、雄叫びをあげる数多の兵や巴御前。
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5月11日に激突した【倶利伽羅峠の戦い】で大勝利を収めると、勢いに乗った義仲は、京都へ突き進む。
平家が、後白河法皇を連れて都落ちをしようにも、事前に法皇は逃げていました。
探し回る平宗盛が、遭遇したのが安徳天皇でした。
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宗盛に、危険な都からもっとよいところへ向かうと告げられ、無邪気に返答する幼い帝。
「まろもか?」
「もちろんでございます」
幼き帝は抱えられて都を落ちてゆきます。
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後世、幕末の西軍側が露骨に天皇を“玉(ぎょく)”扱いをしていましたが、この時代も天皇をいいように利用しているとしか言いようがありません。日本史の大きな特徴でしょう。
三種の神器と義仲
三種の神器と帝が、平家と共に都から落ちていった――三善康信から重要な報告を受ける頼朝。
義仲が先を越して入京しており、頼朝としては正念場です。
もしも義仲が平家にとどめを刺したらまずい。
河内源氏の血統については義仲にも正統性があり、下手をすれば全部持っていかれてしまう恐れがありますが、それでも頼朝の軍師・大江広元は余裕。
後白河法皇と木曽義仲は、いずれ必ずぶつかると自信満々です。
なぜか?
木曽の荒武者と法皇が合うわけがない。しばらく様子を見ればよいと断言します。
その後、白河法皇が、木曽義仲を労っています。
よくぞ平家を倒した、と嬉しそうですが、側近の平知康の頬には、義仲を侮蔑して見下すような何かが宿っている。
そして【三種の神器】の奪還を命じられました。
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思わずポカンとする義仲。奪還せよと言われても、何のことだかわからず、慌てて源行家が対応します。
そして「しばらく休め」と言われると……義仲が何かを思いついたようだ。
三種の神器の代わりに、自分がふるって連戦連勝した太刀を預けましょう、と、いきなり殿中へ上がろうとします。
「これえええ!」
「この無礼者が!」
慌てて制止され、田舎者と侮辱される義仲。彼に悪意は全くありませんが、それを理解してはもらえない。
信濃から出てきて、血を流して、平家を追い払ったのに、なぜこんな目に……。
大江広元の言う通りでした。
法皇と義仲の間には、すでにもう亀裂が入っている。
広元のあの皮肉げな見通し――あれは彼が京都で痛感していた感覚かもしれません。
そもそも、なぜ広元は鎌倉へ来たのか。
彼程度の身分では、どんなによいことを言おうと都では重用されません。
たとえ愚かであっても、京では血筋が重視される。そんな連中に使われていたからこそ、広元は京都に潜む魔物を理解できていたのかもしれません。
大江広元――やはり彼は只者ではない。
セミの抜け殻512個
清水冠者と呼ばれる義高は、鎌倉になじみつつありました。
心やさしい畠山重忠が彼を褒めると、まだ若輩者だと謙遜する義高。
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そんな相手に「あんたの親父は争うつもりはないのか」と和田義盛がズバリと聞いてきます。
父は源氏同士の戦は望んでいないと義高が言い切る。
すっかりご機嫌になった義盛は酒を勧めながら、こういうのは早いうちから覚えておいた方がいいとノリノリ。
重忠が止めると、次にこうきた。
「相撲じゃ!」
相手にすることはないぞと、重忠が静かに制止しようとすると、義高は勢いよく返事します。
「やります!」
かくして義盛と相撲をとり、わかりあう義高。
坂東武者の素朴な生活がそこにあります。
飲み物は水か酒。娯楽は狩猟か相撲。一方で京都人はもっと色々あると描かれますので、注目ですね。
このあと従者の海野幸氏が、木曽義高の顔を拭いています。
相撲で怪我をしてしまったようで、そこへやってきた義経が「災難だったな」と慰めると、それもお務めだと思っていると答えている。
それに対し、義経はこうだ。
「鎌倉殿が義仲と戦えば殺される」
もう少し言い方があるでしょうよ……とは思いますが、義経はそういう配慮ができない性格ですよね。
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義高は、戦にはならないと父の言葉を返します。めでたいと笑い飛ばす義経。
義高が鞍馬で天狗と修行したことを聞いてくると、義経は今になっては何のための修行かわからないと笑っている。
と、蝉の声が聞こえてきました。
坂東は蝉の声が違う。義高は、蝉の抜け殻を集めることが好きとかで、信濃の家に250もあるようです。今年のものを入れるとなんと512だとか。
これには義経も驚き「あんまり人に言わないほうがいいぞ」と忠告している。
義経の性格や人生経験が表れたやりとりかもしれません。義経にも、何か妙なコレクター癖があって、それを誰かに叱られたとか。
なぜ頼朝が恩賞第一なんだ!
平家の都落ちから5日後――源氏一門に恩賞がくだされました。
1 源頼朝
2 木曽義仲
3 源行家
頼朝はこの心境をわかりやすく説明します。
「ふふっ……大した戦もせずに勲功第一! 笑いが止まらぬわ! はははは!」
義時はちょっと納得ができない様子で見守っている。
頼朝は密かに法皇に文を送っていたのです。そしてこう提案した。
・今後、朝廷の指示に従い、西は平氏、東は源氏が収める
法皇にこう伝えておけば、源氏のことは全て頼朝が決めていると勝手に判断してくれると。義仲の悔しがる顔が目に浮かぶと高笑いをしています。
頼朝の人物像が固まってきましたね。
単なるゲスということでもなく、彼は政治の人である。そこまで発揮されていなかった才能が、だんだんと開眼してきました。
一方の義仲は?
「恩賞など、俺にはどうでもいい」
澄み切った目で義仲はそう言っていた。濁った頼朝の笑顔と対照的だ。
しかし、義仲の配下・今井兼平は不満です。平家を追い払ったのは我らなのにどういうことか!
「些細なことじゃ。平家を滅ぼすことができれば俺はそれでいい。褒美なんぞ、頼朝にくれてやるわ」
まさしく“器が大きい”義仲ですが、それでは家人がおさまりません。兼平が妹の巴御前にも同意を促します。
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これが戦国時代であれば恩賞は土地だけに限りません。貿易やら何やら稼ぐ手段が出てくる。
『麒麟がくる』の織田信長と足利義輝を思い出してください。
義輝を頼って上洛した信長は、相手が官位のことを持ち出しても、さっさと尾張に帰ってゆきました。
あの時代の武士はやろうと思えば自分で稼ぎ、力をつけることができた。ゆえに恩賞やら官位で釣る構図は崩れつつあったのです。
でも、それはまだまだ先の話。義仲としても何か対応せねばならない場面です。
京雀たちに嘲笑される義仲
牛車が都を進んでいます。
義仲が履き物を投げ、それからひらりと飛び降りる。
と、京雀たちは扇を手にして嘲笑っています。なんという陰湿さよ。
義仲と行家は法皇に会いました。
法皇としても、源氏の指揮権を確認しておきたい。行家はキッパリと、頼朝の指図で動いていないと全否定します。
頼朝め……そう苦々しい表情の法皇。かくして恩賞は仕切り直しとなりました。義仲も、戦った家人と兵のために、恩賞を願う。
しかし、これには頼朝も怒るしかありません。
頼朝は下劣で腹黒いというだけでもない。彼も坂東武者という猟犬を飼っているからには、餌がいるのです。
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どこかあやうい、日本中世の構図といえます。隣の南宋と比較すると、国のシステムとして緩いんですね。
恩賞なり、領地を配る支配権を朝廷や公卿が握っていれば、武士は従うしかない。そんな構図にひびが入り、破壊を完遂するのが今年の大河です。
しかし、下劣な政治劇だけでなく、透き通った世界もある。大姫と義高の二人は、まさにそんな世界の中にいます。
大姫が会いたいからと詫びる政子。そしてこうきた。
「よいお顔立ち……」
「ありがとうございます」
スッと返事をする義高。
このやりとりを見ていた妹の実衣が「なかなかああは言えない、言われ慣れている人はちがう」と納得の様子です。
政子が、息子の万寿も冠者(義高)のようになるのかと期待していると、源氏の人はシュッとした顔立ちだからそうなるのでは?と実衣が答えます。
なかなか苦い転換点かもしれません。
政子の愛する男への関心は、頼朝から万寿へ移動している様子。
夫より息子がイケメンになって欲しい。娘がイケメンと恋をして欲しい。そんな変化を感じます。
頼朝が政子以外を求める気持ちもわかるような……いや、もっと歩み寄る努力しなさいって!
それだけ義高が美しいということかもしれません。
そんな希望の子である万寿を抱いて、道がやってくると、義高を見てこうだ。
「まぁよいお顔立ち!」
「ありがとうございます」
確かに慣れているのか……どうなのか。
「本当にゆっくりする奴がおるか!」
三善康信は京都で観察を続けていました。
頼朝挙兵のキッカケにもなったうっかり者ではあるけれど、真面目で誠意がある。そんな人物です。
なんでも木曽の兵が乱暴で、目に余るとか。
「気取りやがって!」
康信が狼藉者に絡まれていると、義仲が庇い彼を救います。
京に住む者たちの不安を訴えると、義仲は「今のは俺の兵ではない」と返します。なんでも攻め上るうちに、寄せ集めが近寄ってきてしまったとのこと。引き締める必要があると詫びる義仲です。
義仲は魅力があって、人の心を掴む。彼も透き通っています。義高はそんなところを父から受け継いだのかもしれません。
そのころ、法皇と源行家は双六遊びをしていました。
義仲の悪評を聞き、困ったものだと突き放す行家。どこまで卑劣なのか。
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法皇様はお強いとおべんちゃらを言っています。
行家が帰ると、法皇は双六をバラバラにしつつ、いつになったら出陣するのかと丹後局にこぼし始めました。
「ゆっくりせいと言っておいて……本当にゆっくりする奴がおるか!」
な、な、な……何、この京都人の面倒臭さを凝縮した「ぶぶ漬けでもどうどす?」理論は! あまりの陰険さに私は震えるしかありません。
※ぶぶ漬け=お茶漬けを食べて欲しいという意味でなく、この程度の粗食しかないから帰れという意味
行家も義仲もがっかりだ、と過剰な忖度を求める法皇に、丹後局が相手を庇うと拗ねたように吐き捨てます。
見目良い男に弱いってよ。コメツキムシよりはマシだと笑う丹後局。
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丹後局こと高階栄子は後白河法皇の寵姫|現代にまで伝わる悪女説
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新たな帝が即位したとなっては、三種の神器奪還が大事。ゆえに、猟犬は撫でてやらねばなりません。
法皇は安徳天皇を諦めたのです。
そして別の孫――後鳥羽天皇を即位させました。
僅か4歳。史実では、この即位の背景に丹後局の進言があったとされますが、名前の近い別人・丹波局との混同との見方もあります。本作ではそちらを採用しているように思えます。
皇位継承の証である三種の神器がない、異例の即位でした。
もはやこれ以上猶予はならぬと、法皇は三種の神器奪還を促します。
義仲と行家が命じられると、義仲は困惑するばかり。平家と兵力が互角で苦戦すると返すのです。それなのに、平知康は勇猛果敢な兵が山ほどいると言ってくる。
思わず、戦を知らぬ人には口を出して欲しくないと義仲が言うと、法皇はムスッとします。謝るしかない義仲。
頼朝はいつになるかわからないから、今すぐ、今すぐ! そう急かす法皇。
中世の迷信、その弊害がここにあります。
三種の神器があろうがなかろうが、即位はできている。
義仲は責任感があって優しい。兵士を無駄に損耗させたくない。けれども法皇はそんなこと知ったこっちゃない。
こんな理不尽があってよいものなのか? 悔しくなってきます。
恩賞どころか所領を奪われそうな義仲
そんな父の武運を、鎌倉で義高は祈っています。
義高が美しいのは顔立ちだけではない。心が美しいのだと思えます。
案の定、備中国での義仲は苦戦を強いられてしまいました。
ここで合戦シーンがあります。
当時はまだ素朴というか、原始的な戦いだということはわかります。
【倶利伽羅峠の戦い】において、義仲は「火牛の刑」で大勝利を挙げますが、中国では戦国時代・斉の田単(でんたん)が、BC3世紀に用いていました。
日本だと邪馬台国の時代、つまり『三国志』ともなると、火計はもっと精密です。油を入れた壺を投石機で投げて火矢を放つといったこともできます。
つまり源平合戦でも割と原始的な戦術なんですね。
義仲の苦戦は頼朝にとって好機。空白地帯になった京都へ向かうにはうってつけで、いよいよ出番だ!と、鎌倉で張り切ります。
更には、そつなく法皇にも引き出物を贈っておき、上洛への手筈を整えました。
と、法皇は、東海道、東山道諸国の領地や寺社仏閣の統治、年貢取立ての権利を頼朝に与えます。
東国の支配者だとお墨付きをもらったのです。
これを受けて御家人に得意げな顔を見せる頼朝。「武衛」と嬉しそうな上総広常。しかし、他の御家人にはどこか不満げな空気が漂っているようで……。
一方、義仲は困惑するばかり。東山道には信濃もある。それが頼朝のものになるとはどういうことなんだ!
「信濃は俺の所領だ! 法皇様は何故このような仕打ちを!」
「くやしゅうございます」
巴御前がそう言いながら、義仲たち一行は京都へ戻ります。
歴史の一面が見えてきました。
義仲が野蛮なのか? それとも源頼朝が狡猾なのか? 後白河法皇が信賞必罰を理解せず無茶苦茶なことをしているのか?
わかりやすく面白いからと、最初の見方(義仲野蛮説)が受け入れらがちですが、果たしてそうなのか疑問です。
恩賞があるからこそ武士は血を流しても戦う。その仕組みを壊すだけでなく、所領まで取り上げる法皇の所業は無茶苦茶ではないですか。
かくして京都へ戻った義仲は、法皇には会えません。
それどころか信濃を取り戻すには戦に勝つしかないと平知康にあしらわれる。苦戦するとわかっていたから、慎重に出陣せずにいたのに、失敗したらこれですか。
しかも行家は、平家と無断で和睦しておいて、謀反だのなんだのネチネチ言い始めてきた。
義仲は上がり込んで直に話そうとすると、そういうことをするから嫌われると知康が嘲笑います。
「お前に用はない!」
「山猿めが」
そう言われ、義仲は「鼓判官!」と言います。
鼓を打たせたら京都一なので、平知康はそう呼ばれているとか。「それが何か」と挑発してきます。
「では俺が叩いてみてもよい音がするのか!」
そう殴りかかる義仲……気持ちは理解できるけど、暴力はよろしくない。知康は殴られ悲鳴をあげています。
知康が法皇に泣きつくと、法皇はこうきめつけました。
「謀反じゃ! 謀反じゃ! 謀反じゃ!」
このあと、法皇の代わりに丹後局が義仲の前に現れ、お会いにならないと冷たく言い放ちます。
一目だけでも! そう訴える義仲を、丹後局は突き放します。
「わからないのですか? そなたに肝心なのは、都が何たるかを知ること。下がりなさい」
とても柔らかい鈴木京香さんの容貌と声が、冷たく響きます。
なぜ義仲はこんな目にあわねばならないのか……辛い……。
そのころ鎌倉では――。
上洛の挙兵を決意 大将は九郎
頼朝が「法皇様をお救いする」と言い始めました。
義仲が平家と通じていると言い出し、もう猶予はならない。しかし義時が、すぐには出兵できないと返します。
問題は兵糧ではありません。
御家人たちに不満が溜まっています。
源氏同士の争いに巻き込まれたくないし、奥州が気になる。もし頼朝が鎌倉を経てば、藤原秀衡が背後を突いてくるかもしれない。
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藤原秀衡はなぜ義経を二度も匿ったのか|奥州藤原氏は頼朝に従属せず?
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文覚の呪詛が効かないことに、頼朝は苛立ちます。
と、弟の阿野全成が苦い顔で言います。文覚、最近、真面目じゃないってよ。よりにもよって浜の漁師と仲良くして、釣りをしているとか。
生臭坊主が!と怒り出す頼朝。魚を食べるんじゃ話にならねえ!
かくして全成が文覚の元へ乗り込み「鎌倉殿の御指図だ」と色々と没収します。そのうえで、秀衡の呪詛祈祷は自分がやると宣言する。
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伊豆で頼朝に用いられた破戒僧の文覚|実はストーキング殺人事件の被疑者
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義時のいう通り、坂東武者の心は冷めていました。
千葉常胤は義仲との争いに関わりたくない。比企能員が法皇様を救うと言っても、土肥実平は源氏の争いではないかと懐疑的です。
義仲が平家と結んだ噂は鎌倉にまで届いていて、混沌としています。
あの三浦義澄ですら不満そうだし、岡崎義実は鎌倉殿の駒じゃねえと毒づいている。
不満はごもっとも。京都では武士をもっと露骨に駒扱いしているからこそ、義仲は追い詰められています。
頼朝は苛立っている。要するに自分が御家人を束ねて使えるのが当然じゃないかと思っているのです。
やむなく御家人抜きでの出兵を考え始めます。
しかし兵数を見積ると、せいぜい千人。大江広元は先陣を向かわせ、あとで合流させることを提案します。
大将は誰か?
ここで梶原景時の名があがり、景時も前向きな姿勢を見せます。
しかし、頼朝は決めていました。
「大将は九郎」
信用できるのは身内だと言い切り、呼んでくるように言います。
気になるのは景時の目です。何かがよぎった。彼は他の御家人よりも賢いし、実行力がある。
他の連中ならばせいぜい「やってらんねえよぉ!」と酒でも飲んで暴れるところで、景時は発想の転換ができる。
邪魔者がいれば追い詰めて排除する。そういう知恵が回る男です。
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なぜ梶原景時は鎌倉御家人たちに嫌われたのか|頭脳派武士の無惨な最期
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かくして義経が呼ばれて来ます。
命令を聞くと感動して言葉も出ない。源範頼がかわってお礼を言うと、義経はこうきた。
「一月のうちに平家を滅ぼしてご覧にいれます!」
まずは木曽義仲だと言われると「かしこまりました!」と返す義経。
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かくして義経と範頼の出陣が決まるわけですが、これはもう頼朝が迂闊としか言いようがないでしょう。
身内云々以前に、将の資質を見抜かねばなりません。
【亀の前】の一件で、義経にはオーバーキル(やり過ぎ)の傾向があることはわかっていた。命令すら守れない将が、身内ということで厚遇される。こういう人事が一番危険です。
仮に、この手の人事を強行するなら、何らかの歯止めや指示が必要です。それが特に見えてこない。
嗚呼、なぜ頼朝はこんなにも迂闊なのか……。
戦になってしまう――その前に義時は木曽義高と密かに会い、義仲へ戦にならぬよう文を書いて欲しいと頼みます。
義高が澄んだ目で返す。
「父は義にもとることは決して許しませぬ」
彼は信じています。義が勝つことを。そして、この戦に義はあるのか、と素直にそう問いかけてきます。
こんな濁った世界に、なぜ、木曽の父と子はいるのか。彼らのような魚は、澄んだ水でしか生きられないのでしょう。
頼朝から出陣の件を聞いた北条政子は怒りました。木曽殿と戦わぬよう訴えています。
わしのせいではないと頼朝が言葉を濁すと、政子は冠者殿、つまりは義高を案じています。
大姫の許嫁の件は難しいと頼朝が言葉を濁すと、政子はどうか首を刎ねるなどというおそろしいことは言わないで欲しいと訴えます。
頼朝は世を糺すとはそういうことだと言います。
それでも政子は、大姫のためにどうか! そう訴えて来ます。ここで頼朝もしぶしぶと「考えておく」とは言います。
政子は夫を信じているわけでもない。冠者殿を守ると実衣に宣言すると、彼女も賛成します。
大姫がどれほど冠者殿が好きなのか。頼朝はまだご存知ないのだと彼女らは考えているのです。
北条家の皆さんは、恋愛に対してまっすぐだなぁ。
時政はりく。政子は頼朝。実衣は全成。そして義時は八重。そこには嘘がないと思えます。
三浦の館で謀反談義に義村は
三浦館に御家人が揃っています。
なんでも坂東武者で関東を治めるとか。つまりは謀反。頼朝を追い出して、清水冠者を据えるという。
そこで三浦義村がツッコミます。
頼朝から清水冠者に変えても、鎌倉殿と同じことの繰り返しだ、と。
彼は答えを弾き出している。亡くなった北条宗時と同じです。たとえ源氏の棟梁だって、利用するだけ利用したら、坂東ではない者は放り出す。
思えば義村は序盤から頼朝の首を刎ねちまえと平気で言って来ました。彼には源氏の魔力なんて通じないのです。
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一方で、父の義澄は困惑しています。
進むも危険、断るも危険。周囲は、腰が重かった三浦義澄も仲間に入ったと喜んでいると、義村はむっつりとしつつ、頭の中身を回しているような顔をしている。
義澄は北条を討つつもりか?と確認しています。
彼は、北条を助けることを条件として提案します。そして知恵者の我が子に確認をするとこうきた。
「父上のお好きなように……」
義村の場合、これは別に肯定というわけではありません。現時点では答えが出せないけれども、“否”というわけでもない。ペンディング中ですね。
義村は三浦一族の安泰が第一目標です。つまらないけれど、そこはわかっている。
彼の性格を考えてみたくなります。
女にちょっかいを出しているけれども、隠し子ができるような段階まではそうそういかないそうだ。その点、義経はあっさり比企の里とそうなっていた。
真面目というわけでもない。要は、三浦の嫡男が隠し子なんて作ったら、面倒なのですよ。
無駄な手間がかからない範囲でスリルを求めたいから、粉かけて遊んで終わり。ある意味タチが悪いと言える。
今の厄介な状況も、義村にとっては暇つぶしかもしれません。うまく泳ぎ抜いてやればいいけれども、それも自分の想定内であることは大事。
三浦一族の嫡男という意識もキッチリ持っています。三浦の傍流が自分の行く道の邪魔をしたら、義村はその肉を食らってでも排除することでしょう。
時政「みんな所領が欲しいんだよ」
義時が八重にボヤいています。
八重は理解を示す。坂東武者は決して京都から来た人の言いなりにはならない。なったフリをしていても、心の底では舌を出している。
「私の父がまさにそうでした」
父のことをようやく語れるようになったのでしょう。八重も父に似たところがあるのかもしれない。
頼朝の来訪をキッパリと断り、噛み付いた時。父のことを思い出していたのかもしれません。
あの頼朝の下劣なにじり寄りは、八重に「やっぱり坂東武者がいい!」と確認させたのかもしれません。
面倒なことになったと疲れている義時。彼女の腹には夫妻の子がいます。
この子が大人になるころには何か変わっているだろうか。そう義時は言います。そして八重は横になってもよいかと聞いてきます。
義時は妻を気遣い横たわらせ、そっと布をかけて水を持ってきてやろうかと言います。礼を言う八重。
すごくよい夫妻です。幸せそうです。
でも、欠けているものがある。
善児の首です。
首は流石に物騒だけれども、善児はこの夫妻にとっては仇ですからね。
後の北条泰時の誕生祝いにいかがでしょうか。
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義時は父の北条時政に相談することにしました。
話を聞き、アッサリと答えを出す時政。
「みんなは所領が欲しいんだ」
そう結論づけます。戦に勝ったら土地が欲しい。坂東より離れた土地でもそうなのか?と義時が疑問の表情を浮かべると、要は米の収穫高だと時政は説明します。
りくがやってきて「時政の不在に懲りたか?」と言い出す。
どうですかね。大江広元もいることですし。
とはいえ、確かに御家人と頼朝を結ぶ絆は不足しています。それでも向こうが呼びにくるまで帰らないとりくが言い切り、時政も「だそうです」と言うだけでした。
時政も不思議な奴です。使えるのか使えないのか。ムードメーカーですので、実はチームに重要なんですけどね。
義経の先発隊
閏10月8日、義経の先発隊が出立です。
明るい声でハキハキと、仁田忠常が人数を点呼し、義経が出陣しようとしています。
頼朝はこのとき、弓を引いていました。
しおらしく挨拶にやってくる義経。存分に働くように告げる兄に、全身全霊で戦うと告げる。
頼朝が放った矢が的を射抜く。
義経に弓を渡し、やってみるかと促しながら頼朝が言葉を続けます。思えば黄瀬川で会ってから、じっくり二人で話し合っていなかったな。戦から帰ったら、語り明かそう。
しかしその内容が「木曽と平家をいかにして滅ぼしたか」というものなんですから穏やかではない。
義経が矢を放ち、頼朝の矢を押し退けて当てる。
慌てる弟に対し、強き弟に恵まれ果報者じゃと頼朝は誉めます。
「京で、お待ちしております」
義経はそう言い、出立するのでした。
それにしても頼朝は、なぜ亀とそうしたように、義経と語り合わなかったのでしょう。語り合って理解していれば、あんなことにはならなかったかもしれません。
源頼朝は、毎週毎週、私の中で評価が落ちてゆきます。
彼自身、戦が苦手なのは仕方ない。人には得意不得意があります。
しかし、全軍を束ねているのに、将軍の気質すら見抜かず任命するってどういうこと?
このあと義経は散々酷い行いします。それも頼朝が歯止めをかけられたはず。猛犬を飼っているのであれば、首輪とリードはしっかりとつけねばならない。
それができないのは無責任です。
源頼朝は、むしろ学んではいけないリーダー像だと思う。現に彼の子孫はあまりに早く滅んでしまいます。不運もあるにはあったけれども……。
弁慶たちも張り切っていよいよ出立です。
と、その前に、義経はいつか渡そうと思っていたと義高に箱を渡します。
蝉の抜け殻が入っていました。
感動的なようで、ゾッとさせられる場面でもあります。義高に優しさを見せる一方で、彼は義高の父を滅ぼすと頼朝に誓っている。心の構図が独特なのです。
このあと、義高は残念だと義時に言います。義高は義経のことを惜しんでいました。父に戦で叶うわけがない――そう言いつつ、手のひらの中の抜け殻を握りしめる義高でした。
陰謀サークルに景時
御家人の陰謀サークルに、あの男が参加していました。
梶原景時――呑気な坂東武者は、景時はあっち側(頼朝側)だと思っていたと歓迎している。
しかもこのサークルには文覚まで参加してきおった。こいつは魚を取ってロクに仕事をせず、処罰されたばかりなのに、どこまで人として最悪なのか。
坂東武者ははしゃいでいますが、ここでも義村はおかしい。
彼は常に彼の道をどうすれば進めるか、最善の手段を考えている。そのために血が流れるにせよ割り切るタイプ。
文覚がペラペラと調子が良いことと比べてみましょう。こういうとき、自己アピールする奴は使えないものです。
義時は、鎌倉殿側で打ち合わせ中です。そこへ景時が来て、御家人の陰謀を明かす。
皆好き勝手に喋るばかりで、一向に話は進んでいない。けれども束ねる者がいれば危険だと。
それはつまり、あの場にいない上総広常だ。
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義時は広元から上総広常のことを頼まれています。
先週、坂東武者の青春は終わったと書きました。もう修学旅行にならないと。
社会人の機密保持義務どころか、一気に憲兵隊がうろつくような恐ろしい事態になりました。
このあと義時は、広常に何かを頼みに行きます。武衛も大変だと語っていた広常は、なんと御家人の集まりに向かっていくのです。
皆が感動する中、やはり義村は警戒している。状況を観察し、結論を推理することが趣味のようなところがあるのでしょうね。
そして鎌倉は二つに割れたと語られます。
MVP:京都人
『京都人の密かな愉しみ』というNHK番組があるのですが、さながらその中世暗黒版といった回でした。
牛車にうまく乗れていない木曽義仲を嘲笑う。
思いつきで命令をコロコロと変える。
義仲を山猿とバカにする。
猟犬のように義仲をこき使っておいて所領を取り上げる。
人をコケにし、自分達以外は人ではないと見下す。
「平家にあらずんば人にあらず」もとい、「京都人にあらずんば人にあらず」と言いたげな高慢さ、冷徹さ、いやらしさに戦慄しましたね。
後白河法皇も、その周辺も、牛車をひく牛飼童まで、全員がどす黒く見えておそろしかった。
そして、こういういやらしさを出すことで、坂東武者の言動に説得力を持たせます。
三浦義村には、平氏にせよ、源氏にせよ、まったく血統オーラは通じない。
あんな連中を担いでいたら腹が立つだけだと、心の底では舌を出している。爺様(伊東祐親)の血を濃くひいた孫ですから。
このいやらしい京都人と、それに対して反発する坂東武者という構図。これが本作の根幹にあるのでしょう。
一方で、両親が坂東武者の北条泰時がついに母の腹に宿りました。
義時はこの子が育つ頃は世の中が変わるのかとつぶやいていました。
父子で世の中を変える。京都になだれ込み、さんざんコケにしてきた連中に泡を吹かせてやる。
それがこのドラマのフィナーレでしょう。
そうそう、いやらしい京都人には大江広元も入ります。
彼の悪辣な策が鎌倉にヒビを入れています。彼の場合、ショック療法だからたちが悪い。しかも、彼は生き延びて毛利氏の先祖になるんだなぁ。
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総評
木曽義仲はなぜかくも滅びたのか?
ここで、もう一人の人物を持ち出したいと思います。
『三国志』でおなじみの呂布です。なぜか?
日本では脳筋でともかく無茶苦茶武力だけが高いように思われますが、中国語圏では貂蟬とのロマンスもあって、イケメンとして描かれます。極端に愚かというわけでもありません。
とはいえ、褒められるかというとそうでもない。
主君でもある董卓と共に洛陽を荒らしました。
『演義』はじめフィクションではともかく悪事が強調される董卓と呂布。これには考えたい要素があります。
董卓や呂布は、北からやってきた。中原にいる漢族とは異なる、異民族でした。
異民族が都を荒らし回ること。これは絶対的な悪であるとされます。
ヨーロッパを荒らしたアッティラ。“タタールのくびき”と呼ばれるモンゴルの西進もこの構図に当てはまるのです。
この構図に当てはまる場合、悪事が誇張されていないか、検証の必要があります。
董卓や呂布への嫌悪感の背後には、中華思想があるのです。
この中華思想は中国大陸だけではなく、日本でもありました。
京都周辺が日本の中華である。京都へ登ることを「上洛」と呼ぶことからもわかります。「洛」は「洛陽」からきている。かつて京都は中国をならって「洛陽」と呼ばれていた名残です。
この構図を考えると、木曽義仲が京都に入った構図は、『三国志』序盤とも重なります。
義仲と呂布は立ち位置として似ています。
彼らは何が悪いのか?
確かに野蛮で、暴力的だったかもしれない。けれどもそれ以前に、異民族であって、しかも都に入った時点で悪だとみなされてしまった。
この構図にはどうしたって差別があります。
このドラマは義仲の義を描き、透き通った人物とすることで、差別構造を描きました。
そこが新しいと思えるのです。
そしてこの差別は、ずっと根底に響いているのでしょう。
鎌倉から坂東武者が結束して京都へ攻め上る【承久の乱】には、華夷の差別構造を打ち破るための闘争として描かれるのだと思います。
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『三国志』と見立てる構図は、続きもあります。
さらに進めていくと、主家を乗っ取り、政権簒奪を完遂してしまう司馬懿が出てきます。
北条義時はさしずめ、この司馬懿になると。
司馬懿を主役としたドラマに『軍師連盟』があります。
司馬懿が曹魏のパワハラ体質に疲れ果て、やけっぱちになって政権を簒奪する。そんな労働問題を感じさせる秀逸なドラマです。
時代は司馬懿や北条義時の言い分に耳を傾けるようになったのかもしれない。そんなことを考えてしまう。
仕事でこんなに神経を削られまくっていたら、そりゃ復讐したくもなる。世の中変えたくもなる。
そうされたくなかったら、労働環境の整備が重要ですね。
二桃殺三士「二つの桃が三人の勇士を殺す」
また『三国志』を持ち出します。
諸葛亮は「梁父吟」という歌を口ずさんでいました。
そこに「二桃三士を殺す」という話が出てきます。
ざっと見てみますと……。
斉景公のころのこと――宰相・晏嬰(あんえい)は増長する三人の勇士を危惧していました。
そこで三人に、主君の名義で二つの桃を贈ることにしました。功績を配慮し、食べるようにと。
三人いるのに桃は二つ!
彼らは話し合いをしているうちに揉めてしまい、ついには桃のことで言い争ったことを恥じて、全員が自害してしまったのです。
かくして三人の危険な人物を、二個の桃で排除した。
ちなみに西洋ではトロイア戦争を引き起こした「不和の林檎」が有名です。こちらは三人の女神に向かい、一番美しいものへ贈るとあったから揉めた。
このように、恩賞を与える際に人間が揉めるということは認識としてあります。
わざとか?
それとも深く考えなかったのか?
鎌倉殿の13人の舞台では、後白河法皇の無茶苦茶な恩賞のせいで、源平の武士たちは死屍累々になってしまいました。
このあとも後白河法皇は恩賞をちらつかせ、誰かを破滅へ追いやることでしょう。
今週と来週あたりは、まさにこの桃を贈って勇士を殺す世界そのものになると思えるのです。
『麒麟がくる』の斎藤道三でも織田信長でも思い出してください。
彼らは桃の価値を否定していた。斎藤道三は血筋だのなんだの、そんなものはお守り札だと言い、土岐頼芸を追い出しました。
織田信長は足利義輝が官位云々の話をすると途端に興味を失う。
蘭奢待を切り取った時は大興奮でも、正親町天皇への愛着が薄れてゆくとどうでもよくなっていく。
桃を贈られても自害しないようになるためには「こんな桃、そもそもいらねー!」と突っぱねる必要があります。
信長はバットをフルスイングしながら、桃を打ち返すか潰す奴になった。
そういう桃を拒否する先駆者として、本作の義時も存在するのかもしれません。
義時は桃に張り付いた策を見抜き、粉砕できる奴なのか? その攻防が楽しみでなりません。
鎌倉イケメンパラダイス
木曽義高がイケメンすぎて、みんなメロメロになっていました。
ここで本作のイケメンのことでも考えてみましょう。
畠山重忠:顔の良さだけでなく、道徳心も美と考えているのか。言動に優しさが溢れています。自分の見た目ではなく、心で相手を惹きつけたい。そんな誠意が輝いています。
源義経:自分の顔がよいことをいまいち理解していないのか、顔芸をし、叫び、美貌を無駄にする。無駄な美形。美貌を使って何かしようという意識はないようだ。
三浦義村:薄々自覚はあって、女遊びをするカードとして使ってやろうじゃねえかと考えているような。でも、そういう心のドス黒さが顔にも出ているかも?
個性的ですね。
言動と総合的に考えると、義高と重忠はともかく、残りの二人はおすすめできないタイプとみた。
イケメンだからといって何もかもが許されるわけではありません。
義時は、小栗旬さんならばイケメンに決まっているけれども、むしろ誠意が先に立つ。これは凄いことだと思いますよ。八重さんデリバリーサービスがおかしかったこともあるけれど。
美少年にメロメロになるのは女だけか?
補足しておきましょう。
顔のいい男にメロメロしているのは、女だけでもないのが中世です。
そもそも武士だって「警備してくれるからにはイケメンがいいよね♪」と露骨に顔採用されがちでした。
法皇にも平家の情報を流してくれる理解のある彼ピッピ・近衛基通がいました。清盛の六女・完子の夫です。そのおかげで平家の情報が筒抜け。
「もうマジ、君臣合体極めた感じィ!」(意訳)
田中直樹さんが演じる九条兼実、『玉葉』にそう記したってよ。文才を感じますね。
大河はポリコレに対抗する最後の砦だなんて意見もネットではありますが、さてどうでしょうか。こと性的な描写ではもう“配慮”されているでしょう。男色がらみが抑制されています。
中世の落書きや祈祷文を見ていくと、一番多いのは成人男性が美少年と思いを遂げたいものなんだとか。
「ハアア〜〜美少年といやらしいことしたいです!」
恋愛のお願いではこういうものが一番多い。
しかも街中で美少年を見かけたり、意中の彼のことを思うと、興奮が止まらないので脇差を太腿や腕にブスブス刺していたとか。
そんな過激な描写を大河で見たことがありますか?
ないですよね。それが配慮というものです。
義経の個性
義経は鞍馬の修行に意味があったかわからないと言いました。
こういう細かいセリフで、義経伝説を崩す今年の姿勢。
義経は鬼一法眼という天狗から、唐渡り(中国)の兵法書『六韜三略』を授けられたという伝説があります。
大河『義経』でも鬼一法眼が出てきました。
そういう伝説を全否定しないものの、義経の天才性はそうして得た後天性ではないという示唆に思えるのです。
義円は『孫子』を暗誦していた。
義経はそれに苛立って脅威を感じていた。
自分にない、後天性で身につけた才能を義経は嫌ったのでしょう。
妖術だの魔術だの、当時理解できなかったものはそう呼ばれました。
このドラマの義経は、先天性の才能と災厄を持つと設定されているのでしょう。
どうして義経をこんなに嫌な性格にするのか理解できないという感想は見かけます。『麒麟がくる』の信長もそうだったとか。
人間の多様性を考慮しているのでしょう。
三谷さんの『真田丸』で物議をかもしたヒロイン・きりを思い出してください。
きりはもっと無難な造形にできた。それをああも個性的にした。
“普通”で“無難”な人間だけがこの世界にいるわけではない。性格の個性を描いた結果でしょう。
視聴率計測は古くなる
スマートフォンやタブレットでもNHKが見られる。
そんなNHKプラスアプリが、テレビ接続デバイスにも対応しました。Amazon Fire Stick等を用いて、バンバン大河が見られるようになったことを意味します。
これから何が起こるか?
海外と同じ基準での計測がなされるようになるということ。
海外は視聴率ではなく、視聴者数や再生数で換算します。
既にこうした計測手段は反映されておりまして、昨年放映された朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』は再生回数が多いとされています。
ゆえにこれからは、視聴率は重視されなくなります。
『鎌倉殿の13人』の視聴率はそこまで高くありませんが、視聴回数とのかねあい、反響等評価されることでしょう。
NHK横浜は気合を入れていて、「拝啓鎌倉殿!」も反響が高まってきました。さらに各地でポストカードを配布しているとか。
そうした評価基準には、この小栗さんの試みも是非とも入れて欲しいところ。
韓国映画『パラサイト』はアカデミー賞を獲得し、話題となりました。
のみならず、あの作品はキャストとスタッフの労働環境を遵守したことでも特別なのです。
『鎌倉殿の13人』には、そんなところでも特別であって欲しい。
鎌倉幕府が評価される点として、撫民仁政がある。
【承久の乱】はやらかすわ、ともかく血生臭いけれども、民を慈しんだことは確か。
そういうところを、歴史から学んで欲しいと私は願っております。
◆小栗旬 大河でハラスメント講習、撮影時間厳守…映画業界の醜聞報道前から突出していた“先進性”(→link)
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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト




















