「では、行って参ります」
「お気をつけて」
八重からそう送り出される義時。紫陽花のように可憐な色の小袖を着て、微笑む新妻は夫の過労を心配しています。
妻がいれば無理が無理でなくなる――そう返す夫に、やっぱり無理をしているじゃないですか……と、甘い新婚の朝です。
正式に夫婦となることを鎌倉殿と御台所に申し上げたい。
義時がそう告げると、八重が微笑み返します。
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この言葉から、彼らの結婚は、頼朝と政子夫妻の承認あってのことだとわかります。
義時は本来、自分の意思だけで結婚の決められない立場。それでも八重と結ばれたのは愛があったからで、彼女と結婚して政治的に有利なことはほぼありません。
それゆえ姉の政子も、以前は弟の結婚に反対する素振りを見せていました。
しかし、政子も愛には理解がある。史実からしてそうだったことを覚えておくと良いかもしれません。
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現れた義高は見目麗しき美童だった
一方、木曽義仲の子・木曽義高と大姫の婚約について、政子は猛反対です。
許嫁というのは表向きの話で、実態は人質。そんな相手にまだ幼い娘と婚約させるなど、どう考えても早すぎると不機嫌になっています。
困った頼朝が「カタチだけだ」と言葉を濁すも、やっぱり政子は不機嫌。
器の大きさを見せつけるだのなんだの言われたところで、娘が不憫なのでしょう。義時も、戦を避けるためと姉をなだめますが……
「どんな男? どうせ猿ヅラでしょ」
政子がカリカリしていると、義高がやってきました。
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なんという美童でしょう。これには全鎌倉がうっとりするはずで、政子もコロッと参りました。頼朝も予想外の顔をしている。
そして頭をチョコンと下げる大姫も、この美しい許嫁に心を奪われたようです。
「よろしいのではありませんか」
政子は甘い笑みを浮かべて、アッサリと籠絡されましたね。
人類は、能力判断基準の厳密化と反比例して、見た目を重視する傾向があります。まだまだ素朴な当時、顔の良さは今よりずっと重い意味がありました。
なにより落井実結子さんの、大姫を演じるかわいらしさよ。好きだと伝わってくるではないですか。
ドラマの出来は子役を見ればわかります。彼らはまだ演技を確立できていないから、指導側の技量が大きく反映される。
今回は、丁寧に説明して役に入り込めるようで、演技指導が盤石だとわかります。
安徳天皇を都から連れ出す宗盛
頼朝のライバル・木曽義仲は、北陸に勢力を保っていました。
その義仲を討つべく、平家は追討軍を呼びかけます。
そして寿永2年(1183年)5月――木曽義仲が挙兵。
「俺は悪逆非道の平家を決して許さない! これは正義の戦である! 義は我らにあり!」
大声で呼びかける義仲に対し、雄叫びをあげる数多の兵や巴御前。
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5月11日に激突した【倶利伽羅峠の戦い】で大勝利を収めると、勢いに乗った義仲は、京都へ突き進む。
平家が、後白河法皇を連れて都落ちをしようにも、事前に法皇は逃げていました。
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宗盛に、危険な都からもっとよいところへ向かうと告げられ、無邪気に返答する幼い帝。
「まろもか?」
「もちろんでございます」
幼き帝は抱えられて都を落ちてゆきます。
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後世、幕末の西軍側が露骨に天皇を“玉(ぎょく)”扱いをしていましたが、この時代も天皇をいいように利用しているとしか言いようがありません。日本史の大きな特徴でしょう。
三種の神器と義仲
三種の神器と帝が、平家と共に都から落ちていった――三善康信から重要な報告を受ける頼朝。
義仲が先を越して入京しており、頼朝としては正念場です。
もしも義仲が平家にとどめを刺したらまずい。
河内源氏の血統については義仲にも正統性があり、下手をすれば全部持っていかれてしまう恐れがありますが、それでも頼朝の軍師・大江広元は余裕。
後白河法皇と木曽義仲は、いずれ必ずぶつかると自信満々です。
なぜか?
木曽の荒武者と法皇が合うわけがない。しばらく様子を見ればよいと断言します。
その後、白河法皇が、木曽義仲を労っています。
よくぞ平家を倒した、と嬉しそうですが、側近の平知康の頬には、義仲を侮蔑して見下すような何かが宿っている。
そして【三種の神器】の奪還を命じられました。
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思わずポカンとする義仲。奪還せよと言われても、何のことだかわからず、慌てて源行家が対応します。
そして「しばらく休め」と言われると……義仲が何かを思いついたようだ。
三種の神器の代わりに、自分がふるって連戦連勝した太刀を預けましょう、と、いきなり殿中へ上がろうとします。
「これえええ!」
「この無礼者が!」
慌てて制止され、田舎者と侮辱される義仲。彼に悪意は全くありませんが、それを理解してはもらえない。
信濃から出てきて、血を流して、平家を追い払ったのに、なぜこんな目に……。
大江広元の言う通りでした。
法皇と義仲の間には、すでにもう亀裂が入っている。
広元のあの皮肉げな見通し――あれは彼が京都で痛感していた感覚かもしれません。
そもそも、なぜ広元は鎌倉へ来たのか。
彼程度の身分では、どんなによいことを言おうと都では重用されません。
たとえ愚かであっても、京では血筋が重視される。そんな連中に使われていたからこそ、広元は京都に潜む魔物を理解できていたのかもしれません。
大江広元――やはり彼は只者ではない。
セミの抜け殻512個
清水冠者と呼ばれる義高は、鎌倉になじみつつありました。
心やさしい畠山重忠が彼を褒めると、まだ若輩者だと謙遜する義高。
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そんな相手に「あんたの親父は争うつもりはないのか」と和田義盛がズバリと聞いてきます。
父は源氏同士の戦は望んでいないと義高が言い切る。
すっかりご機嫌になった義盛は酒を勧めながら、こういうのは早いうちから覚えておいた方がいいとノリノリ。
重忠が止めると、次にこうきた。
「相撲じゃ!」
相手にすることはないぞと、重忠が静かに制止しようとすると、義高は勢いよく返事します。
「やります!」
かくして義盛と相撲をとり、わかりあう義高。
坂東武者の素朴な生活がそこにあります。
飲み物は水か酒。娯楽は狩猟か相撲。一方で京都人はもっと色々あると描かれますので、注目ですね。
このあと従者の海野幸氏が、木曽義高の顔を拭いています。
相撲で怪我をしてしまったようで、そこへやってきた義経が「災難だったな」と慰めると、それもお務めだと思っていると答えている。
それに対し、義経はこうだ。
「鎌倉殿が義仲と戦えば殺される」
もう少し言い方があるでしょうよ……とは思いますが、義経はそういう配慮ができない性格ですよね。
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義高は、戦にはならないと父の言葉を返します。めでたいと笑い飛ばす義経。
義高が鞍馬で天狗と修行したことを聞いてくると、義経は今になっては何のための修行かわからないと笑っている。
と、蝉の声が聞こえてきました。
坂東は蝉の声が違う。義高は、蝉の抜け殻を集めることが好きとかで、信濃の家に250もあるようです。今年のものを入れるとなんと512だとか。
これには義経も驚き「あんまり人に言わないほうがいいぞ」と忠告している。
義経の性格や人生経験が表れたやりとりかもしれません。義経にも、何か妙なコレクター癖があって、それを誰かに叱られたとか。
なぜ頼朝が恩賞第一なんだ!
平家の都落ちから5日後――源氏一門に恩賞がくだされました。
頼朝はこの心境をわかりやすく説明します。
「ふふっ……大した戦もせずに勲功第一! 笑いが止まらぬわ! はははは!」
義時はちょっと納得ができない様子で見守っている。
頼朝は密かに法皇に文を送っていたのです。そしてこう提案した。
・今後、朝廷の指示に従い、西は平氏、東は源氏が収める
法皇にこう伝えておけば、源氏のことは全て頼朝が決めていると勝手に判断してくれると。義仲の悔しがる顔が目に浮かぶと高笑いをしています。
頼朝の人物像が固まってきましたね。
単なるゲスということでもなく、彼は政治の人である。そこまで発揮されていなかった才能が、だんだんと開眼してきました。
一方の義仲は?
「恩賞など、俺にはどうでもいい」
澄み切った目で義仲はそう言っていた。濁った頼朝の笑顔と対照的だ。
しかし、義仲の配下・今井兼平は不満です。平家を追い払ったのは我らなのにどういうことか!
「些細なことじゃ。平家を滅ぼすことができれば俺はそれでいい。褒美なんぞ、頼朝にくれてやるわ」
まさしく“器が大きい”義仲ですが、それでは家人がおさまりません。兼平が妹の巴御前にも同意を促します。
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これが戦国時代であれば恩賞は土地だけに限りません。貿易やら何やら稼ぐ手段が出てくる。
義輝を頼って上洛した信長は、相手が官位のことを持ち出しても、さっさと尾張に帰ってゆきました。
あの時代の武士はやろうと思えば自分で稼ぎ、力をつけることができた。ゆえに恩賞やら官位で釣る構図は崩れつつあったのです。
でも、それはまだまだ先の話。義仲としても何か対応せねばならない場面です。
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