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【麒麟がくる第18回】
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「わしはそなたに比べると醜い子であった……」
数日後――。
清須城に、末盛城から信勝が来ております。
なんでも信長が病で、国中から医師と祈祷師が集められているとか。左様な噂が漏れたら一大事、清須の者は何を考えておる。そうぶつくさ言っています。
ここで年長の侍女に促され、土田御前は別室に案内されてゆきます。
夫を失い、出家してはおらぬものの、服装も落ち着いてきました。帰蝶は廊下で金魚を見ています。
信長が一室で信勝を待ち構えています。脇息に寄りかかっているものの、当然ながら仮病に過ぎないのです。
兄に体調を尋ねる信勝は、美濃の白山に修験者にもらったという、万病を鎮める霊験あらたかな清き水を持ってきていました。
この水差しを見た時点で、信長の何かのスイッチが入ったようです。礼を言い、信勝は病のようで息災のようだと言います。
「病というのは偽りじゃ。そなたをおよびよせ、討ち果たすために偽りを申した。しかし、そなたの顔を見てその気は失せた。そなたを殺せば、母上がお嘆きになる。母上が悲しむ顔を見とうはないのじゃ。子どもの頃より、そなたはは上に可愛がられてきた……」
色白、素直、賢い。いつも手元に置かれる弟。それが口惜しかったと信長は語ります。
「わしはそなたに比べると醜い子であった……」
色が黒い。母上がお好きな和歌も詠めない。書の読まない。犬のように外を走り回り、汗臭い子じゃと母上から遠ざけられたのだと。
「あるときわしは、そのことに気づいた。そなたの美しさ、賢さに遠く及ばぬとわかった。妬んだ。殺してやろうと何度も思うた。わかるか?」
なかなかすごいところに突っ込んできました。
容姿の醜さに苦しめられる。嫉妬。母親への愛を求める心。この信長のあげたことって「男らしさ」とは真逆のものなのです。そこを、日本人が求めるヒーロー像である信長に言わせてしまった。
帰蝶vs駒だの、煕子vs駒だの、帰蝶vs土田御前だの、そういう女同士の争いを本作は描かない。
あいつの方が見た目がいい。きーっ、妬ましい! あの異性の愛を独占するのは私なんだから! なんなんだ、少女漫画家レディースコミックか。そうなりそうじゃないですか。そういう手癖の真逆を本作は突っ走ってゆきます。
それに、染谷将太さんのギラついた信長を見ていると、土田御前の気持ちもわかるというものです。
色黒とか。汗臭いとか。そういうことじゃない。おそろしいほどのギラついた何かが怖いのです。
土田御前は我が子を愛せぬ狭量な鬼母扱いをされてきました。けれども、本作の場合は信長側に好かれない理由があるときっちり描いてきて、染谷さんはそういう信長をズバリと演じています。
「飲め、飲め、飲め、お前が飲め!」
信勝は唾を飲み込みつつ、こう返します。
「私も兄上を妬ましく思うておられた。いつに兄上は、私より先を走っておられる。戦に勝ち、国を治め、私がせんと願うことを全て成し遂げてしまわれる。兄上が疎ましい。兄上さえいなければ……」
確かにこの信勝は哀れです。
弟は弟としての役目がある。そう割り切り、兄を支えることを目的としていればこうはなりません。
周囲が、彼だって戦に勝利して国を治められるはずだとささやいたからこそ、信勝という器に何かが流れ込みました。
「自我」を鍛え上げ、自分はあくまでサポート役だとわかっていれば、こうはならなかったでしょう。
「それゆえ高政と手を結んだか?」
信長が問いかけても、信勝は唾を飲み込むばかりです。
信長の目から涙がつっと一筋つたいます。これを撮影している側も、すごいものを見たと痛感したことでしょう。ほんとうに圧巻の演技です。
「我らは似たもの同士ということか」
信勝はまた唾を飲み込みます。
けれども、この兄弟の間には断絶がある。その象徴が、万病に効く水が入った青磁の水差しです。
「信勝。そなたはこれを飲め。白山より涌き出でたる清水であろう? ありがたき水であろう? どうした、飲んでみよ」
「申し訳ございませぬ。どうか、おゆるしくださいませ!」
信勝はここでやっと、そう絞り出します。
しかし信長は止まらない。
「そうか……飲め、飲むんじゃ。飲め、飲め、飲め、お前が飲め!」
ここで家臣たちが入り込んできて、戸を閉めます。
そのころ、土田御前は異変を察知したのか、顔を硬らせています。帰蝶は廊下で金魚を見ているばかりです。
そして閉じられた戸が開くと、信長が立っています。
「信勝、愚か者……」
足下には事切れた信勝の屍が転がっているのでした。
MVP:明智光綱
父上が光秀の生きる道、【誇り】の源泉としてクローズアップされる作りがお見事です。
美濃が終わり、越前に移るタイミングでこれが明かされたことがよい。引っ張り方が絶妙です。
朝倉義景も、織田信長も、そして光秀も、駒も素晴らしかったんですけどね。
総評前に問いかけ「水差しに毒は入っていた?」
今週の弟殺しは、斎藤高政のそれと対比になっているとは思えます。
麒麟がくる第15回 感想あらすじ視聴率「道三、わが父に非(あら)ず」
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◆斎藤高政の「弟殺し」
・呼び出した時点で殺すかどうか決定済み
・自分は布団の中にいて、仮病を装っている
・殺す対象と対面で話していない
・殺害実行犯は家臣、殺害場面そのものは見ていない
◆織田信長の「弟殺し」
・呼び出した時点で殺すかどうか、保留している
・自分は布団の中にもおらず、病は嘘だと言い切る
・殺す対象と対面で話す
・殺害実行犯は不明、殺害場面は見ている
後者は不可解なところがある。
「水差しの中身が原因のように思えるのだが……」
信長が殺すと決めた原因は水差しの中身です。
ただの水なのか? それとも毒入りだからこそ飲めなかったのか?
水のような無色透明のものに毒を入れるのは、かなり難しい話ではあります。液体で毒殺するのであれば、茶や薬酒あたりが無難だとは思いますが、状況的に毒をそうやすやすと飲むかも疑問です。もちろん、仮病と知らないからこそ飲ませるのが難しいとはなるのですが。
「毒入りでないと仮定すれば、何が悪かったのか?」
美濃の白山のものであるということは、信長が嫌っている高政の影がちらつくことは確か。これで信長の地雷を踏んづけた可能性は考えられます。
もう一点、性格の断絶です。
「似た者同士」と言った後で信長は飲めと迫り出します。信長は迷信が大嫌いであると、史実のみならず本作でも描かれています。
そういう自分にこんな霊験あらたかな水を見舞いに持ってくる? バカじゃないのか? ふざけてんのか、なめてんのか?
そういう愚かな弟ばかりを愛する母にすら呆れ果てるし、もう世界の全てが大嫌いだからぶっ壊すというあたりまで、この信長なら吹っ飛んで行きかねないとは思います。
本当によくもこういうことをするもんだと思います。
素直に毒入りだとわからせればいいでしょうに。それこそ土岐頼純のように、口から真っ赤な血を流して死んでいれば、納得できるわけです。
それが死んだことはわかるけれども、死因までは明確ではない。
信長が無茶苦茶怒っていることはわかるけれども、何が地雷を踏んだのかわからない。
信長のこうした積み重ねのひとつひとつが、禍々しいものとして浮き彫りにされてきてはいます。
何が原因でいつ怒るかわからない。怒れば自らの手を汚そうが、相手を殺す。殺した上で愚か者と言い切る。
水差しの中身に毒が入っているのかどうか?
そこはわかりません。ただ、信長という器には毒が入っています。才能とともに、人を殺す毒が入っている。だからこそ、信勝や土田御前は恐ろしかったのです。
こんな信長と敵対する相手が気の毒。それこそ穏やかに行きたい朝倉義景は、不幸の極み。
NHK内部には、才能が周囲をどれだけ傷つけ、不幸にするのか描きたい誰かがいるようです。
染谷将太さんが2019年上半期朝ドラ『なつぞら』で演じた神地は昭和のアニメーターです。
そんな設定ながら、不穏な戦国武将じみたことをやたらと言う変な奴でした。アニメーターとして圧倒的な才能があるのですが、その才能を披露するだけで周囲は傷ついてしまうのです。
彼の作品と比べて自分はなんて平凡なんだと、隣にいるだけで落ち込んでしまうのでした。
2019年下半期朝ドラ『スカーレット』のヒロインは、炎に惹かれる女性陶芸家でした。その才能ゆえに夫は傷つき疲れ果て、才能がある人が隣にいるつらさをしみじみと語り出します。そして夫婦は壊れてしまうのです。
「天才! すごぉい! そんなダーリンの横にいる私すごぉい!」
そういう世界観をまだ振り回しているNHK看板ドラマもあります。放映中の今期朝ドラとか。けれども薄っぺらい才能の描き方だと古くてもうダメだと悟ったことを本作から感じます。
総評
まずは放送休止につきまして。
6月7日(日)でいったん休止だそうです。
この報を受けて、悲劇の大河だのなんだの、そういうニュースもありますけど。
悲劇というのは壮心を失った状態です。やる気、挑戦する気を失った状況です。
本作はそこから遠い、千里を駆け抜ける馬のような気持ちがあるから、悲劇からほど遠いことはわかります。
今日、信長と信勝が目に涙を溜めて見つめ合っていた。光秀が叔父の言葉を思い出しつつ、刀をふるっていた。
ああいう場面は、よいものを作るという壮心がないとできないものだと思えるのです。
なので……本作に悲劇という言葉は似つかわしくありません。
「水差しの中身」を飲まないライフハック
ここで終わりでもよいのですが、「悲劇だの本作は終わります♪」だの、ネタとしても言うからには覚悟をしているのかどうか、ちょっと問いかけたいとは思います。
ネットニュース等では悲劇だのなんだの簡単に言いますが、その言動には責任がありましょう。
【アビリーンのパラドックス】という名前の現象がある。
「みんなアビリーン(地名)に行きたいよね!」と、集団でわやわや盛り上がって実際に行ってみると、そこまで楽しくもない。実は誰もアビリーンに行きたいわけでもなかった……場の空気に流されたよ。そういう現象です。
ドラマのレビューをしてきて感じておりました。ドラマの評価にせよ感想にせよ、誘導は割合楽な話なんだと。
実際に視聴者がそう思っているのか、楽しんでいるのか?
冷静に考えたら「もっといいドラマあったよね」「別のことをしていてもよかった」と思えるのだけれども、見ながらハッシュタグ投稿でもしていると、なんだか楽しんだように誤認してしまう。
SNSの発展により、そういうテクニックは使いやすくなったわけです。
親切なことに、主題歌でそういう現象を宣言したドラマもある。
2018年下半期朝ドラ。主題歌で、主人公が「ダーリンから感情をもらっている」と歌い上げられておりました。私には洗脳としか思えず、恐怖すら感じた。しかし「私は感情をもらうあのヒロインにそっくりです!」という投稿を見かけて、人間の意識が操られる様を目撃しちまった――そんな不気味さを感じました。
まあ、仕組みさえわかればなんてこと無いんですが。
今日の信長も確かに怖いですが、気持ちはわかります。信勝は中身がないのに、コミュ力だけで調子こいてる。そういう奴は痛い目にあってしまえ……そんな気持ちはわかる。わかりみしかない。
いや、そうでなくて。あの場で死なないテクニックもあると思いますし、光秀なら割とすんなりそうできたと思うところではあるのです。現時点では、ですけれども。
「飲みませんッ、飲んでたまるか! 飲む理由もない、帰ります!」
道三相手にだって怒り出す。義景の金銭援助も断る。そういう光秀ですよね。
義景の金のことだって、
「こんなに偉い人に断ったらまずいし……」
と普通はなりそうだけど、光秀は断っちゃう。自分の「誇り」を優先できます。
今週確信できました。このレビューで使っている「自我」を本作では「誇り」と呼んでいるのだと。
「共感」という言葉では出てこないけれども、対立概念としてもこれはある。
高政にせよ、信勝にせよ。「誇り=自我」ではなく、周りの称賛や「この人はわかる!」という「共感」を己の器に注いでしまったとわかります。
そういうことをすると、流されやすいし、とっさにきっぱり断るようなことができなくなってしまう……。
もう少し考えてみたい。
人間とは道徳心や人生経験、知識によって物事を決めると思いたいものです。
しかし、それはどうでしょう。
世の中には意地悪な実験をする人がいます。
「人を動かすにはどうするか?」
導き出された結論は、道義心でも、金銭的な利益でも、社会全体の利益でも、未来への好影響アピールでもなく、こんなアピールが最も効果的だったとありました。
「あなたの隣の人もそうしていますよ」
このご時世です。
想像してみてもください。
一年前でも、半年前でも、
「実際に対面で作業するよりも、アプリを使い、ネットを通して交流した方が、うまくいくと思うんですよね」
なんてことを言う友人知人が周囲にいたら、どう感じたでしょう。
何甘ったれてんだ。空気読め、バカなの?
そんな風に思ってしまいそうなところではありませんか。
しかし現在は、むしろこうしたリモートワークが奨励されるようになった。みんながすることならば、それが正しいということになる。
戦国時代ならば、さしずめ鉄砲の導入がリモートワークなのでしょう。
時代と共に常識は変わるのです。
昨年、あのドラマの感想でこういう趣旨のことを書いて、えらい不評をかいました。
この作品を最高だと絶賛している層だって、ハッシュタグや周囲の評価、スタッフや出演者がかぶる別作品と「共感」しているだけではないか?
だから、その「共感」をマイナスにいじれば、どれだけ最高と言い続ける人数がいるか疑問だと。
「共感」なりハッシュタグでつながることって、敵からすればある意味ラクではあるのです。
つながっているということは、延焼する。そこに火を放てば一気にまとめて燃える。
『三国志演義』の「赤壁の戦い」では「連環の計」が出てきますね。船をつなげることです。
なんで繋ぐかって? 火を放ったとき、より燃えるから。
つながることはとても気持ちがいいけれども、繋がることによるリスクもあるのです。
極めて意地の悪い話ではあるのですが、別にクソレビュアーの妄想でもなんでもなくて、一応理論ありきの邪悪さだったんです。
「共感」に頼って生きるのは、悪いことじゃありません。
風向きを読んでこそ、人間は生きてゆける。自分の頭で考え続けると疲れるから、エネルギー消費を抑えるためにもよいことです。
ただ、「自我」をぶん回して「共感」に頼らず、考えて物言う人のことを否定するのはおかしい。人それぞれ考え方、アプローチがあります。
正直、こんな小難しいことを大河ドラマのレビューに記述するのはアホかと思います。
しかし、たかがドラマレビューでも「自我」が必要かもしれない……というのも、あるレビュアー氏が、あまり気乗りしない様子でしている連載に、ファンがコメントを連日つけていて、驚いてしまいました。
「恨みでもあるのか? ちゃんとドラマ見ているのか?」
(ちゃんと見た上でつまらない人間は想定外?)
「私はこう思うのに、どうしてわからないの?」
(わからんものはわからん!)
「私は不愉快です」
(じゃあ読まなければよいのでは?)
そのレビュアー氏は、私よりはるかに穏当で履歴もしっかりしていて、人間的に真っ当な方。にも関わらず批判を浴びせられる。
まぁ、説明はつきますよね。
レビュアーに求められるのって「共感」なんですね。読者の感情をやさしく慰撫しろってことです。
でも……敢えて言いますが、そういう誰かから感情をもらうことばかりしていると、危険ではないでしょうか。
流されてしまう危険性ですね。
例えば肩書きが立派な人を信じたくなり、大切な中身は置いてきぼりになるかもしれない。何かを考えるとき「自我」なくしてはどうにもならない。
己の芯に「自我」があれば危険はある程度防げる。
たかがドラマでも、自分がどう思うかが一番大事ではないでしょうか。
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文:武者震之助
絵:小久ヒロ
【参考】
麒麟がくる/公式サイト