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飛鳥・奈良・平安時代 その日、歴史が動いた

イケメン貴族・平貞文のマヌケすぎる失恋劇 男の勘違いはいつの時代も女をドン引きさせる、あわれなり……

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表現の仕方は人それぞれですよね。
狙い通りに相手へ伝わるかどうか、というのは博打のようなものですが、時にはセオリーを外すことでホールインワンすることもあります。
むろん、外れすぎているとドン引きされる可能性が高いわけですから、難しいものです。
本日はそんな感じ……だったかもしれない、とある平安貴族のお話をいたしましょう。

延長元年(923年)9月27日は、平貞文が亡くなった日です。

名前の読みは「さだふみ」「さだふん」両方あるようなので、お好きなほうで良いかと。三人兄弟の次男=真ん中ということで、「平中」というあだ名もあります。中納言や中将じゃないところがややこしいですね。

 

桓武天皇の玄孫にして和歌で知られる

彼は桓武天皇の玄孫(孫の孫)にあたる、高貴な家柄に生まれました。
物心付く前に親戚に下り、その後は主に武官を務めていましたが、そこは平安貴族。彼の名が出てくるのは、ほとんど和歌に関することです。

例えば古今和歌集の選者である紀貫之・壬生忠岑(みぶのただみね)・凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)などと交流がありました。
この三人はいずれも小倉百人一首にとられているので、ご存じの方も多いかもしれません。ついでですから、その歌を出しておきましょう。

29番 凡河内躬恒
「心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花」
(意訳)「おやおや、初霜で一面白くなってしまった。どこともなく戯れに手を伸ばしたら、白菊の花を折れるだろうか」

30番 壬生忠岑
「有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし」
(意訳)「あなたと会えるようになってから、夜明けが憎らしくなってしまったよ。有明の月もあなたも、早く帰れとつれないものだから」

35番 紀貫之
「人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香(か)に匂ひける」
(意訳)「あなたの心は変わってしまったかもしれませんが、この里に咲いている梅は、変わらぬ香りで私を迎えてくれていますね」

百人一首にとられているだけあって、いずれも名歌ですね。
忠岑だけちょっと毛色が違う気がしますが、これは彼が身分の低い武官であったことや、それだけに恋が成就するのも難しく、叶ったときの執着も大きいからなのかもしれません。
「歌人」と一口に言っても、写実的な歌が得意な人もいれば、滑稽味のある歌を多く詠んでいる人、恋の歌ばかりの人もいるので、個人的な推測ですけれども。

 

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在原業平と並び称されるほどのイケメンかつ恋多き男

では貞文の場合は?

といえば、この三人の中では忠岑が一番近いかと思われます。恋の歌が多いからです。「なぜ恋の歌が多いのか」という理由については、だいぶ違いますが。

貞文は、あの平安きっての色男・在原業平と並び称されたほどのイケメン、かつ恋多き男でした。
彼に関するエピソードで一番有名なのは、後世の今昔物語集や、宇治拾遺物語に出てくる話でしょう。
ちょっと下ネタなので、苦手な方はご注意ください。

ときの左大臣・藤原時平の妻とされる、本院侍従(ほんいんのじじゅう)という女性に貞文が言い寄った時の話です。「侍従」なので、お相手は宮仕えしている人ですね。
既に人の妻なので、いくらイケメンの貞文が言い寄っても、のらりくらりとかわされてうまくいきませんでした。しびれを切らした貞文は、わざと激しい雨の夜に本院侍従を訪ねていきます。
「こんな天気の日にわざわざ来てくれるなんて、本当に私のことが好きなんだわ」と思ってくれるはず、と考えたわけです。何だかなあ(´・ω・`)

しかし、本院侍従は一度は貞文の待つ部屋までやってきたものの、「戸を閉め忘れたから」と言ってすぐに席を外してしまいました。
そのまま戻らず、貞文は待ちぼうけ。

 

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「あの美人も人間なんだから、出すものは出すだろう!」

後日そのことを咎めても、本院侍従は「急に陛下からのお召しがあったので」としか言いません。
振り回されてばかりの状態に堪忍袋の緒が切れたか、貞文は「こちらから振ってやろう」と考えました。この考え自体が未練タラタラかつモテなさそうな感じですが、貞文は残念だけどイケメンなのでモテモテです。所詮顔か。

そして、何故か本院侍従のお◯(隠れてきれてない表現)を持ってくるよう、従者に命じました。※注 当時はいったん樋箱(ひばこ・携帯トイレのこと)にしてから捨てていた

「あの美人も人間なんだから、出すものは出すだろう。それを見れば、百年の恋も冷めて諦められるに違いない!」と思ったわけです。もうちょっと手段を選べと。

しかし、従者がイヤイヤながらにお◯を持ってくると、何やら良い香りがします。
不思議に思って貞文が開けてみると、そこにはお香を練り固めたものが入っていました。

「してやられた!」とは思ったものの、これで貞文はますます本院侍従を諦められなかった……という話です。

 

個性が強すぎて絶句するほかないが……

上記の通り、物語に入っている話なので、まるごと創作の可能性はあります。
もし事実だとすれば、貞文の従者が本院侍従やその侍女にかくかくしかじかと話して、一計を案じただけだったかもしれませんね。
さすがに「お◯を持って来い」とまで考えることは予測できなかったでしょうし、本院侍従も「汚いものをわざわざ見せたくないわ。ちょっとからかってあげましょう」と思う……ハズ。

このエピソードが強烈過ぎて、平中といえば歌や史実よりもこの話が出て来る始末です。そういうことを予測できないから、本院侍従にもフラれるんじゃないですかね……w

貞文のご先祖様である桓武天皇には、在原業平の他にも嵯峨源氏や桓武平氏など多くの子孫がいます。

その中で、なぜ貞文だけがこれほど個性的な面だけを語られるようになったのか、興味がつきません。
もうちょっとアレなエピソードが伝わっていれば、「普段の行いがソレなら仕方がない」と納得できるのですがね。

長月 七紀・記

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参考:平貞文/wikipedia 今日は何の日?徒然日記 平中物語/wikipedia

 





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