間宮林蔵/wikipediaより引用

江戸時代 その日、歴史が動いた

江戸期のラッキーボーイ・間宮林蔵!樺太を探検し、幕府のスパイも務める

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出世や名声を得るチャンスは、いつどこに転がっているかわかりません。

しかし、いくら望んだからってゲットできるわけでなく、むしろ棚からぼた餅的にあっさり掴んでしまうことも多かったりします。
江戸時代にも、そんな風にして歴史に名を残した人がいました。

文化六年(1809年)5月17日、樺太で海峡を発見したとされている間宮林蔵です。

実際に発見したのは別の幕臣で、林蔵の名前を伝え聞いたシーボルトが海峡の一部に「間宮」と名付けたそうなので微妙に違うんですが……まあそれはそれとして、実はこの人、類稀な強運の持ち主だったりします。

 

伊能忠敬に代わり西蝦夷の測量をこなす

元々林蔵は武士の出身ではありません。
常陸国(現・茨城県)の農民の出です。

ではどうして樺太調査という、お上の仕事ができたのか?

というと、地元の治水工事に参加したときに手際を認められて「お前筋がいいから、お役所の仕事してみないか?」と誘われたのがきっかけでした。
この時点ですげえ棚ボタです。

とはいえ、単なるラッキーではなく、幼少の頃から数学的才能を認められていて、それが目に留まってのことでした。

その後、中年の星・伊能忠敬から測量技術を学び、師匠が健康を害したとき、代わりに西蝦夷(現在の北海道西部)の測量をこなしました。

弟子入りしたのが19歳、代理をしたのがその4年後です。
元が農民であることを考えるとかなりの出世スピードといえますね。

 

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こっそり樺太から中国大陸へ!?

また、興味のあることには全力投球する人だったのでしょう。
本来の仕事以外のことも積極的に取り組んでいたようです。

アイヌ語をマスターして現地の人と話せるようになった”とか、”蝦夷地にアイヌ語が通じない独自の民族がいることを記録した”とか、お役目の片手間にしては結構な偉業を成し遂げています。

ラッキーだけじゃなく頭の良い方であったのは間違いなさそうです。

また、この鎖国真っ最中の時代に、樺太からこっそり中国大陸に渡ったこともあるそうで、よく物理的に首が飛ばなかったものです。

後世に残された絵だと、いかにも純朴そうな赤ら顔の人なんですが度胸パネェ。

ちなみにどうしてお咎めを受けなかったのかというと、林蔵は隠密として海沿いの地域で起こったアレコレについて報告していたからのようです。
特にロシアとはまだプチャーチンが来る前=正式に国交を結ぶ前のことなので、近くをウロチョロされる度に小さないさかいが起きていました。

 

「ホームレスの変装は大変だったなあ」

また、幕府の目を掻い潜って密貿易をやっていた浜田藩(現・島根県浜田市周辺)に忍び込み、調査・報告をするなど「アンタはどこのCIAなんだ」とツッコミたくなるような仕事もしていたそうです。

なんでも変装を得意としており、上記のアイヌ語を活かしてアイヌ人になりきったり、ホームレスに化けてアヤシイ地域の周辺を調べたり。
後年「ホームレスの変装は大変だったなあ。だって財布隠すところがないんだもん」(意訳)と述懐していたらしく、なんだか楽しんでやっていた節を感じさせます。

この働きは地元の殿様・徳川斉昭にも知られていたようで、ちょくちょく出入りしていたそうです。

プチャーチンと交渉に当たった川路聖謨や、水戸学の大家・藤田東湖とも知己だったそうで、元農民としてはこれだけでスゴイ話です。

水戸学は、黄門様が編纂させた”大日本史”から始まる「日本独自の歴史を大事にしようね!」という学問であり、藤田東湖は幕末の若者たちに大きな影響を与えておりますしね。

西郷隆盛なんかもその一人です。

林蔵は身分こそ高くないものの、ツキがツキを呼んだとでもいえましょうか。
あるいは性格も良かったのかもしれませんね。

 

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さすがに忍者説は流れておりませんが

ただし寄る年波には運も味方しなかったようで。
晩年は隠密としての仕事はできないほど体が弱っていたようです。

そりゃあ樺太やら島根やら明らかに気候の違うところに移動しまくってたら、体にキますよねえ。

恨みを買って襲われた――なんて目には遭っていないので、職業の割にはかなり穏やかな最期だったのではないでしょうか。
享年70。当時としてはかなり長生きです。

林蔵の子孫に当たる方は今でも続いており、その方々が保存してきた遺品などが茨城県つくばみらい市の間宮林蔵記念館で展示されているそうですよ。

”隠密”にしてはいろいろわかっているというのも不思議なものですが、案外名の知れた人物がこうした仕事を兼ねていたというのは珍しくないのかもしれません。

だからといって、松尾芭蕉=忍者説はどうよと思いますけども。

長月 七紀・記




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【参考】
国史大辞典
間宮林蔵/wikipedia

 



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