『鬼滅の刃』は、登場人物設定がともかく斬新。
鬼との戦いにおいて重要な役割を果たす珠世は、自身が鬼であり女医でもあり、大正当時も現在も魅力的な存在です。
そんな彼女の真髄に、歴史面からアプローチしてみましょう。

『鬼滅の刃』21巻(→amazon)
明治維新と不都合なジェンダー
これからは明治の世! 男尊女卑の時代は終わった!
だからこそ珠世様も女医になれました……と、まとめられそうですが、そう簡単な話でもなくて。
明治維新は、ジェンダーとしては江戸時代より悪化した部分があります。
日本の伝統として存在して来た女性の権利が、西洋に存在しないとなると「時代遅れだから廃止しよう!」となってしまったのです。
問題は、西洋由来の女性の権利を「日本の伝統に馴染まないから、やめておこう!」と取り入れなかったことでしょう。
もっと真面目に考えるべきでしょ、明治政府……そんなツッコミどころ満載の史実がありました。
せっかくですから『鬼滅の刃』を機に、男尊女卑と戦うための日輪刀でも手に入れてみましょう。
・薩長閥の価値観
江戸時代の価値観は、藩によってかなり異なりました。
長州藩はオシャレでモテて……と言えばカッコいいけれど、女遊びをスマートにする気風がありました。
一方、薩摩藩は男尊女卑。

西郷隆盛と大久保利通/wikipediaより引用
あまりにダイナミックな政治家の下半身事情や、青少年の間で広まる男色があり、江戸っ子は
「おはぎ(萩=長州)と、おいも(さつま芋=薩摩)のせいで最悪の価値観が蔓延した」
と嘆いたものです。
・ナポレオン法典の導入
明治日本は、諸外国の制度を参考にします。
その中で有名なものがナポレオン法典。
法体系としては優れているとされたものの、ジェンダーにおいて大問題がありました。
ナポレオンの出身は、イタリアに地理的に近く、男尊女卑の気風が強かったコルシカです。

ナポレオン/wikipediaより引用
そんなコルシカ流の女性観を政治に反映したため、女性の権利はむしろブルボン朝時代より後退したと指摘されます。
女性文学者であるスタール夫人も、これには大反発。
日本は、こうした西洋流の男尊女卑を取り入れてしまったんですね。
・女性天皇や女系天皇の廃止
当時の大英帝国はむしろヴィクトリア女王の華やかな最盛期。
それなのに、どういうわけか日本では女性天皇と女系天皇への道を閉ざしました。
こういうことをすると「皇位継承者が減って将来危険だ」と、誰か懸念しなかったのでしょうか。
・夫婦同姓
これも明治以降です。
・未婚女性の進路が塞がれる
明治以降、日本政府はともかく人口増大を狙います。
人類全員が結婚し、家庭を作ることは、実は本能でも伝統でもありません。
未婚のまま己の道を極めたい――そんな女性へのプレッシャーはむしろ高まりました。
・身を売る境遇に落とす女性もいる/娼婦への目線につきまとう自己責任論
明治維新の結果、負け組となった側が家を養うために身を落とすことも。
『鬼滅の刃』には遊郭がきっちり出てきていますね。
楽しいけれども、女装した炭治郎のような少女すら人身売買されていたということです。
「朝ドラでは女性が活躍できる時代と描いてきたのにおかしい!」
そういう反論もあるかもしれません。
しかし、綺麗なドラマの中には、醜い史実を隠すものもあります。
大河ドラマ『べらぼう』では、吉原遊女たちの遺体が裸の状態で投げ捨てられるシーンもありましたね。
女医が直面する現実
明治維新は、女性の生き方を広げたようで、実はそうでもない。
その最たる例が、珠世の職業である女医です。
明治維新によって、医学も変わりました。
ただ単に新たな技術が入ってきただけではない、根本的な改革でした。
江戸時代と比較して、地位がグンと向上する。最先端の技術を学ぶ専門家として、重要性が上昇します。
病気を阻止して、強い国づくりをするのだ!
そのためには医学だ!
そう盛り上がったのです。
野心にあふれた北里柴三郎が医学を目指した背景にも、そんな世論があったことでしょう。

北里柴三郎/wikipediaより引用
そうなると、女医は災難にみまわれます。
江戸時代以前にも、女医はいました。特に産婦人科となれば、女医の方がよいという見方も当然のことながらあります。
それが明治以降、こんな偏見がはびこってしまった。
「江戸以前の女医は、漢方やせいぜい蘭方。ドイツ、フランス、イギリス……そうした国の新技術を学べなければいけない」
「医者の地位向上! こんな立派な学問を、女にやらせてたまるか」
「女医に免許は交付しない! 医学部にも入学させない! 入学したら嫌がらせしてやるからな!」
「女が勉強? 生意気だ! 女が地位を得るなどゆるさん! 嫁に行け! 学費? 出してたまるか!」
「どうせ醜女の行かず後家が、嫁に行けないのを悔しがって、学びたがっているんだろう? 夫の世話でもしていればいい」
「女は生理や出産育児があるからダメだ!」
「女はヒステリーがある! 医者なんかつとまるか!(※ヒステリーとは? 子宮や性的欲求不満と結びつけ、女性特有としたもの。現在に至っても女性とヒステリーを結びつけることを見かけますが、非科学的差別です)」
「月の穢れで医療施設が汚される!(※生理のこと。ただの迷信かつ差別です)」
ヒステリーは西洋、月の穢れは東洋、なんだよそれ……と呆れたくもなりますが、現在でもこうした偏見を完全払拭しきれていないことが、どうにも頭を抱えたくなる話です。
女医はもはや消えてしまうのではないかと思われたほどです。
とはいえ、女医がいなければ困るのは女性なのです。
維新後、女医がいない状況に異議を唱え、熱心に女医の道を開いて欲しいと動いた女性はいました。
萩野吟子。生沢クノ。高橋瑞。吉岡彌生……困難に負けず、彼女たちは奮闘します。彼女たちは、女性をなんとしても救いたいという思いも胸に抱いていました。
婦人科の診察となれば「男の医者はどうにも……」と患者本人も、周囲の家族も思うものです。妊産婦の死亡率も高い。
様々な妨害に阻まれながら、女医への道を拓くべく、彼女らは生きていったのです。
◆ 墓地の骨で勉強…130年以上続く、女子医学生差別の歴史(→link)
珠世は医学進歩に光明を見出す
数は少なく、偏見のまなざしがあっても。
珠世が医者として生きていけるのが大正という時代です。
医学の進歩は、鬼を倒すことに繋がる――そう彼女が思えたのも、進歩がありました。超常現象を扱うフィクションでも、歴史の進化とストーリーは切り離せません。
鬼を倒す前に、珠世と愈史郎は目立たない生命維持を見いだします。
それが採血です。
江戸時代以前ならば、人の生き血をすする時点で許されなかったとは思います。明治の初期には「血税(=徴兵)」が採血であると誤解した混乱が社会に起こっておりますから。
珠世の採血システムは、その時代らしい素晴らしいものです。
国や時代によっては、奴隷の血を飲んで解決していたかもしれない。
HBOドラマ『トゥルーブラッド』のように、現在や未来な設定ならば、人造血液ができるかもしれない。
血液を採取し、飲むということは、現在ではなかなか難しいもの。
たしかに自分の血液を売ることで利益を得る――そんな時代はあり、日本でも、1950年代から1960年代半ばまでは「売血」が輸血用血液の確保手段でした。
そういう歴史があればこそ、珠世の手段は説得力を持つのです。
◆ 黄色い血(→link)
“リケジョ”の呪縛とは、もう、さようなら
1960年代に消えた日本の「売血」のように、2020年代という時代において、消えてもよい概念もあるはず。
それが“リケジョ”ではないでしょうか。
『鬼滅の刃』連載前夜2010年代半ばには、STAP細胞をめぐる騒動がありました。
◆ 「STAP細胞はあります」から4年、地獄をさまよった小保方氏の今(→link)
あの騒動は、報道が異常であり、かつ理系女性が置かれる状況の過酷さを見せるようなものがありました。
割烹着だの、身に付けるアクセサリだの。
キャラクターとして消費しようという意識が先走ってしまい、どうしたって関係者に不可解な印象がつきまといました。
歴史好きな女性はイケメン武将を好きな歴女で、理系女子は割烹着のリケジョね……って、どうしてそうなる……。
純粋な気持ち、好奇心で理系の研究してはいけないのでしょうか。
ゲノム編集でノーベル化学賞を受賞した博士は二人とも女性です。
いったい日本だけ、いつの時代なのやら。
それにしても、こういう刷り込みはどこからきたのでしょうか。
「女の子はいいの、算数なんてできなくて」
「女だったら文学でも、学べばいいんじゃないか」
「女が医学部? ダメダメ、モテなくなるよ〜」
珠世の時代から、どの程度進歩しているのか?と考えると頭が痛くなるばかりです。
試しに“リケジョ”でニュースを検索してみてください。
「理系を学んでいるようなかわいくない女だと思った? どっこいそんな“リケジョ”が、たわわなバストをお披露目だ、ゴクリ!」
まだ、そういう段階です。
ただ、これは日本だけでもなく、世界的に認識されているので、それこそ玩具メーカーからクリエイターまで、女子をごく当然のものとして理系へ導く取り組みがなされています。
当たり前なのです。迷信、差別、偏見で道を閉ざされてきただけですから。
◆ 『ブラックパンサー2』ではティ・チャラ王がすでに故人となり、妹のシュリ(※優秀な発明者でもあります)が主人公になると報道――チャドウィック・ボーズマンの死去を受けて(→link)
◆ バービー人形で「女の子の潜在力引き出す」新プロジェクト発表(→link)
◆マイクロソフト エイダ・ラブレス(※人類史上初のプログラマー)フェローシップ(→link)
◆ 世界を変えた50人の女性科学者たち(→link)
そんな将来を生きていく女の子たちに漫画を読ませるとしたら?
いくら『るろうに剣心』の高荷恵が当時として先進的な女医だと言ったところで、無理はあります。
・患部にふれそうな髪型
無理もありません、実用性より見た目重視だから。
・曖昧な医学知識
なんとなく最先端技術とされますが、ちょっとわかりにくいところはある。
・誰もが恵に明治当時の偏見がないように思える
会津出身、女、行かず後家、麻薬製造に関わっていたのに?
でも、連載当時平成の偏見はある。
・キツネ呼ばわりで茶化される
おいしい料理で胃袋を掴める女アピール。
・年下の弥彦や左之助あたりにバカにされても、そこまで怒らないし、嗜めるわけでもない。
・局面において、さして役に立っていない
恵が敵の撃破に必須となる何かを発明するわけでもない……。
こうした諸々の特徴ですが、別に作者の和月先生だけが悪いとは思いません。
連載当時は編集部も読者も、明治女医の直面するリアルな苦悩なんて想定していないし、別に読みたくもなかったのでしょう。
では、珠世は?
『るろうに剣心』で引っかかる部分が尽く解消されています。
・患部にふれそうな髪型
珠世は当時の服装規範に沿い、かつ医療従事者らしい髪型です。
・曖昧な医学知識
鬼であるならなんでもありというわけでもなく、どうすれば解決できるのか、西洋由来の技術由来のことを説明できる。
・誰もが恵に明治当時の偏見がないように思える
自分を「人」とみなした炭治郎に驚きを見せています。鬼ですので人とは違った差別を受けてきたことでしょうが、だからこそ言動に見えます。
・キツネ呼ばわりで茶化される
珠世様を茶化すことなど絶対許さない、そんな愈史郎がいるから安心です。むしろ誉めよ讃えよひれ伏せ!
・年下の弥彦や左之助あたりにバカにされても、そこまで怒らないし、嗜めるわけでもない
愈史郎に教育的指導をきっちり入れて、反省させています。
・局面において、さして役に立っていない
彼女抜きにしては勝てない!!
要は、キャラクター描写にアップデートがかけられているんですね。
それはワニ先生はじめ、作り手の配慮なのでしょう。
珠世のみならず、彼女と共に薬を調合する胡蝶しのぶも薬学が大得意。
いずれ少女の読者たちをこう導いてくれるかもしれません。
「珠世やしのぶみたいな、薬物を調合する、カッコいい女性になりたいなぁ」
「理科の実験をしているあの先生、珠世さんみたい」
「ふーん、薬作る勉強するの? しのぶみたいだね」
マンガが子供たちに与える影響力を考えれば、そうあり得ない話でもないでしょう。
その点『鬼滅の刃』は秀逸で、最先端で、これから楽しむ作品として、消えぬ輝きがあることがわかります。
エンタメなんだから、難しいことは持ち込まないで、ぱーっと楽しめればいいよ!ってワケでもないんですね。
今を生きる子どもたちは、面白さだけではなく、世界を見る目を変えるような作品を楽しんでいるのです。
少年漫画のこうした進歩は止めることはできません。
津田梅子の5千円札を使い、『鬼滅の刃』を読む人々は、過去とは決別していく。できれば私達もついていきたいものです。
あわせて読みたい関連記事
-

6才で渡米した津田梅子が帰国後に直面した絶望|女子教育に全てを捧げて
続きを見る
-

胡蝶しのぶと蝶屋敷はシスターフッドの世界なり『鬼滅の刃』蟲柱
続きを見る
-

甘露寺蜜璃のピンクと緑は今どきバッド・フェミニストの象徴|鬼滅の刃恋柱
続きを見る
-

『鬼滅の刃』舞台となる大正時代はあまりに過酷|戦いを生き延びても地獄は続く
続きを見る
-

『鬼滅の刃』岩柱・悲鳴嶼行冥を徹底分析|その像は古典的ヒーローを踏襲
続きを見る
【参考】
『鬼滅の刃』21巻(→amazon)
『鬼滅の刃』アニメ(→amazonプライム・ビデオ)





