2022年6月にLittoral Gamesより『水都百景録』がリリースされました。
そのイベント「牡丹亭」は、非常にほのぼのとした雰囲気で始まりながら、読み終えた人々は皆、暗い顔になってしまう――。
理不尽な展開に嘆き、怒り、涙する人が続出……って、これは一体どういうことなのか?
原典のあらすじと、作者・湯顕祖(とうけんそ)の生涯を辿りながら考えてみましょう。
※イベントクリア済みの方にお勧めします
「牡丹亭」とは?
『牡丹亭』とは、中国のシェイクスピアとも称される湯顕祖(とうけんそ)の代表作です。

湯顕祖/Littoral Gamesより(→link)
海外では中国版『ロミオとジュリエット』と呼ばれることもあり、それは一体どんな話なのか?
ざっと、あらすじを見てみましょう。
時は南宋の時代――広州に柳という青年が住んでいました。
あるとき、彼は不思議な夢を見ます。梅の園に美少女が立ち、私たちは結ばれる運命だと告げるのです。これぞ運命と悟った彼は「夢梅」と改名し、運命の出会いを待つのでした。
そのころ南安太守の娘に杜麗娘という美少女がいました。
十六歳になった杜麗娘は何の不自由もないようで、自由に外にも出られない日々を送っていました。女子が外を出歩いてはならないと、籠の中の鳥のような生活を強いられていたのです。
裏庭にも行けない杜麗娘。親が留守の時に、そんな主人を憐れんだ侍女・春香が、裏庭の花園へ連れ出します。
さえずる鳥の声。咲き乱れる花。春の美しさを愛ながら、杜麗娘はため息をつきます。
「ああ、世の中にはこんなにも美しいものがあるのに、私は外にも出られない」
歩き疲れた杜麗娘は、うとうとして眠りに落ちてしまいます。
すると夢の中に一人の美青年が現れたのです。
たちまち惹かれあった二人は太湖石(中国庭園に置かれる観賞用の石)の影で甘い時を過ごし、結ばれたのでした。
なんとしても、あの若様に再会したい。そう悩む杜麗娘は、恋患いに罹ります。
このままでは命を落とすと悟った杜麗娘は、自画像を描き、その余白に詩を残すのでした。
娘を失った父・杜宝は任地が変わり、揚州へ向かうこととなりました。
引っ越すにあたり、杜宝は「梅花庵観(観=道教寺院)」を建て、陳最良と石道姑(道姑=女性道士)に娘の慰霊を頼みます。
それから三年――柳夢梅は科挙を目指し、旅に出ました。
そして南安で風邪にかかったところを、陳最良に助けられます。梅花庵観を散歩していた柳夢梅は、太湖石に埋められた肖像画を見つけます。
それは杜麗娘の自画像でした。
「なんて綺麗な娘さんだろう。お嬢さん、お嬢さん、結婚してください」
柳夢梅はその絵に語りかけるようになりました。
すると絵の中から美少女が出てきたのです!
「夢の中で私たちはお会いしましたね」
「ああ、そういえば!」
かくして再会した二人は逢瀬を重ねますが、柳夢梅は相手が亡霊とは気付きませんでした。
愛しあう二人。そんな中、杜麗娘はこのままでは中途半端だと悩み始めます。
実は杜麗娘は冥府で裁判を受けたものの無罪であり、とりあえず魂だけ先に戻されたのです。しかし、肉体は取り戻せていません。
「私は以前、柳郎(=柳の若様)に恋焦がれて死んだ。でも今は、柳郎のために生きたい!」
そう決意を固め、杜麗娘は遺骸の埋められた場所を柳夢梅に伝えます。柳夢梅は相手が亡霊だと知っても怖がりません。墓を暴くことを快諾しました。
正体は亡霊、しかも墓暴きは犯罪。それでも愛はそんな困難を超えたのです。
柳夢梅が石道姑の協力を得て棺を開けると、杜麗娘の生きたままのような遺骸が。そこへたちまち魂が入り込み、彼女は復活しました。こうして二人は結ばれたのです。
しかし、ここでめでたしとはなりません。
石道姑のもとで祝言をあげたあと、二人は南宋の首都・杭州へ逃亡します。なぜか? 墓を暴いたから。墓暴きは極刑ものです。
案の定、杜宝は激怒します。
「私の娘が生きていただと? 娘の墓暴きをした挙句、くだらん嘘をつきおって!」
かくして柳夢梅は投獄されて大騒動に。杜麗娘が父を説得しようとしていると、柳夢梅の科挙合格結果が届きます。
「えっ、きみ、科挙合格したの? 将来有望な若者じゃないか! いいね、私の娘婿にぴったりだ。娘と結婚しなさい」
かくして柳夢梅は釈放され、晴れて二人は夫婦となったのでした。
おしまい
いかがでしょう? 夢で出会い、死んでから生き返る――とは、なかなか荒唐無稽に思えます。
中国らしい特徴もあります。
親の許しを得なければ結婚できないこと。お嬢様だからこそ外にすら出られなくなった、そんな儒教規範に縛られた前提があるんですね。
人外美女との恋。白蛇、狐、そして幽霊と恋をする話は定番です。
はじめのうちは怪談としての側面や、美女に騙されないようにという教訓であったものの、時代が降ると変わります。
「愛があれば正体が何だろうとよいものだ!」
そんな恋愛を経て超えるべき属性となってゆくのです。
中国の幽霊はなかなか生々しく、子供までできることもしばしばあります。
そして最後は科挙でハッピーエンド。
たとえどんな困難があっても、とりあえず男性が科挙に合格すると、大団円を迎えます。
それだけ科挙は重要でした。
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杜麗娘:恋に生きた 積極的なヒロイン
こうした作品は、あらすじだけではわからない魅力があります。
まず圧倒的に素晴らしいとされたのが、杜麗娘の恋心です。
籠の中の鳥であった深窓の令嬢が、恋をした途端、積極的に困難に立ち向かってゆく。彼女を突き動かすのはその熱い心です。
そして動かされるのも、また心です。
杜麗娘が自分は幽霊だと告げても、柳夢梅は怯えない。
正体が何であろうと愛する心がある。そこに心を動かされるのです。
人が死んで生き返っていようとも、人が人を愛する心は変わりません。そんな情熱的な杜麗娘に観客は感情移入し、永遠に忘れられない恋する少女として愛でてきたのです。
世界無形文化遺産でもある崑劇において、杜麗娘こそ最高のヒロインとされています。

日本人でもこの伝説のヒロインを演じた役者がいます。
坂東玉三郎さんです。日中夢のコラボとして、2009年に実現しました。
ひたむきな恋するヒロインは、時代を超えて人々を魅了するのです。
中国古典文学のお約束で読む「牡丹亭」
オリジナル版とゲーム版では異なります。
「あの伝説の名作が生まれた背景には、こんな物語があったのかもしれない……」
そんなコンセプトですので、異なる部分は多い。
以下にピックアップして参りましょう。
・ヒロインの境遇
戯曲では深窓の御令嬢である麗娘。それがゲーム版では貧しい家庭の養女です。
そこまで違いはあっても、結婚は親の決めることであり、籠の中の鳥のような運命であるところは一致します。
・ヒーローの境遇
柳夢梅と湯顕祖は、科挙を目指す文人であるところは一致します。
ただ、そこまで貧しいわけではなく、代々科挙受験ができるだけの財力はあった。
祖父と父は科挙に合格できなかったものの、湯顕祖は突破しました。一族のエースです。
・ドケチな杜夫人
この物語での悪役であるドケチな麗娘の養母・杜夫人。
口うるさく、やたらとガミガミしていて、がめつい。悪知恵が回る。こうした女性は中国古典では典型的な像と言えます。
ただの悪役とも限らず、金を掴ませれば縁結び役になることも。捕り手の王にとっては、そんな存在です。
・女児なんているだけで無駄とされた時代
麗娘をこき使っているくせに、養育費がかかって無駄だと言い募る杜夫人。
女性の労働には価値が見出されず、嫁ぐ時には持参金がかかるうえに、所詮は家を出てしまう。ドケチな人にとっては育てるだけ無駄だと思われていた証拠です。
明代は「溺女」と呼ばれる女児の間引きが横行していました。
そのため特に都市部では男女比が偏っていたのです。
麗娘の境遇は、明代の貧しい女性の境遇そのものといえます。住民の女性も、幼い頃に捨てられた背景を持っていることがあります。
彼女はゲームのキャラクターですが、貧しい女性というだけで価値のない存在とされ、自由もなく、語ることもできなかった人々は歴史の中にたくさんいます。
そんな存在に声を与えることも、物語の持つ力でしょう。
英雄だけが歴史を紡いできたわけではありません。
遊ぶことで中国史の勉強もできる
・「お兄ちゃん」って呼んでいい?
仲を深めていく中、麗娘は湯顕祖を「お兄ちゃん」と呼びます。
親しいけれど、まだ許嫁ではない。そんな距離感のある呼び方です。
・役人が横暴
捕り手の王は権力を傘にきて横暴ですが、これもお約束の造形といえます。
・贈り物を交換したならば婚約だ!
思いの証に何かを交換することはよくあります。とはいえ、杜夫人の場合は言いがかりです。
そうといえなくもないけど無理矢理。そんな範囲での無茶振りをしています。
・赤い婚礼衣装
中国での祝いの色は赤。赤い婚礼衣装は時代劇のお約束です。
・大明律で棒叩きだ!
湯顕祖を棒叩きにするかしないかで揉めています。
棒や鈍器で打つ刑罰は中国の定番。時代によって打ち方は異なるものの、一度や二度ならばともかく、10回を超えたら命の危険があります。
打たれる側の体力にもよりますが、かなり危険です。
そう調整できるために、死刑ではないとみせかけ、棒打ちで殺害を企むことも、悪役あるあるといえます。
「何十回も打たれたら死んでしまう!」と焦る場面は定番です。
・銀
ゲームでの通貨は銅銭です。明代は銀が流通していました。
銀錠(ぎんじょう、元宝、馬蹄銀とも)と呼ばれる通貨は現在でも縁起物として好まれ、アクセサリーやインテリアにも用いられます。日本における小判のような扱いです。
銀は柔らかいため、削り取ったものや欠片でも通用します。
湯顕祖はなけなしの銀のかけらを杜夫人に渡します。
渡した側にとってはかきあつめた銀でも、ドケチな相手からすれば「なんだい、これっぽっちか!」となる。銀はそんな扱いをされます。
★
日本のゲームではあまりない展開をし、かつほのぼのとした世界観のため、衝撃が大きい展開。
しかし、中国古典文学のお約束をふまえていると、うっすらと嫌な予感が漂っている展開です。
中国と日本での反応の違いも興味深いところ。
中国ならば「古典で習った展開だ」となってもおかしくありません。
遊ぶことで中国史の勉強もできます。華流ドラマが大流行している今、ゲームで学べばより楽しくなることでしょう。
次の蘇州イベント実装を楽しみに待ちましょう。
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【参考文献】
井波律子『中国文章家列伝』(→amazon)
井波律子『中国の隠者』(→amazon)
他


