ドラマ大奥レビュー

ドラマ『大奥』公式サイトより引用

ドラマ10大奥感想あらすじ

ドラマ『大奥』感想レビュー第3回 白猫に若紫と名付けた意味深さよ

2023/01/30

春日局は、徳川家光の心を開くべく、万里小路有功を強引に大奥に入れました。

しかし家光は有功をあざけり、ひねくれた態度をとるばかり。

それでも誠意あふれる振る舞いを崩さない有功。

家光はある夜、有功に白猫を与えたのでした。

 


白猫に「若紫」と名付けよう

なぜ家光は有功に白猫を与えたのか?

有功はどう感じたのか?

それを解き明かすうえで『源氏物語』が重要な役割を果たします。

有功が「若紫」と名付け、その由来を説明すると、家光は手なづけるつもりかと苛立ちながらも『源氏物語』に興味を持ち、読むようになります。

大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の時代、坂東武者で『源氏物語』を読みこなす者はそこまで多くありませんでした。

源平合戦の時、坂東武者は「平家の連中は歌なんて役に立たないものを詠んでいる」と語ったと伝えられるほどではあります。

それも時代がくだるにつれ文明化されてゆく様子は、劇中の源実朝を見ていればよく理解できたかと思います。

坂東武者の文化教養レベル
「時代劇らしいセリフ」とは?大河ドラマで見える文化 教養 言語能力の進化

続きを見る

『大奥』の江戸時代初期の場合、きちんとした武士ならば教養として『源氏物語』くらいは把握しています。

しかし、この時点で家光は理解があまりできていない。

これは彼女の生育環境へのヒントになります。

そして春日局はじめ、周囲はこの猫のやりとりを肯定的に評価し、一方で大奥の御中臈たちは嫉妬する。

たかが猫、されど猫。

篤姫の愛猫・サト姫
幕末の大奥で自由恋愛できた唯一の存在~サト姫(篤姫の猫)が贅沢で微笑ましい

続きを見る

猫に含まれた意味も『源氏物語』で紐解けます。

その世界を少々見てみましょう。

 


猫は縁を結ぶ

光源氏が迎えた若妻・女三宮に心惹かれることになる柏木。

女三宮が画題となると、大抵猫が描かれています。

ある春の日のことでした。

柏木は六条院の庭で、親友である光源氏の息子・夕霧たちと蹴鞠をしていました。室内の女房たちも御簾越しに見物しています。

すると猫が御簾の裾から走り出て、首につけていた長い紐が御簾を巻き上げてしまったのです。

そしてあらわになったのが、女三宮の可憐な姿でした。

柏木はそんな彼女に心惹かれてしまう――この場面を表現するため、女三宮の絵には巻き上げられた御簾と猫が描かれるわけでして。

すっかり女三宮の虜となった柏木は悶々としながら、なんとかしてこの猫を手に入れ、可愛がります。

そしてニャーニャーという鳴き声を聞いてこう解釈するのです。

「ネヨウネヨウだって? 大胆だなぁ、もう!」

恋する柏木の痛さ全開ですが、なんでも色恋沙汰に結びつけてしまう「色好み」の感性こそ都らしいものとされます。

有功は決して性欲でムンムンした暑苦しい男ではありません。むしろ清らかで涼しげ。にもかかわらず、花のように儚く美しい、雅な色香がある。

そして狙ったのか、そうでないのかわからないけれども、『源氏物語』という最高の教材にまで家光を到達させました。

『源氏物語』の成立は、一説によれば藤原道長が娘に恋愛を教えるために、紫式部に書かせたとも言われています。

まさに最高の恋愛マニュアルですね。

藤原道長
藤原道長は出世の見込み薄い五男だった なのになぜ最強の権力者になれたのか

続きを見る

紫式部
紫式部は道長とどんな関係を築いていた?日記から見る素顔と生涯とは

続きを見る

春日局からすれば「これだ! これでこそ西の男を苦労して手に入れた甲斐があった!」となりましょう。

一方で、ライバルの御中臈からすれば、さっぱりわけのわからないことをされてひたすら不愉快。雅さで有功に勝てるわけがありませんからね。

そんな淡い恋の芽生えが縦糸だとすれば、別の黒い横糸があります。

 

『源氏物語』の女たちは幸せだったのか?

「若紫」で登場した紫の上は、光源氏最愛の妻となります。

しかし、彼女が幸せだったかというと、『源氏物語』読者であればあるほどそうとは言い切れない悲運の女性でもあります。

何も知らぬ幼い少女の頃、光源氏によって強引に連れ去られた紫の上。

彼女が成長すると、光源氏は強引に我がものとする。

ずっと信じてきた優しいお兄さんに突如わけのわからぬことをされ、恐怖のあまりびっしょりと汗を掻き、涙を流した紫の上。

光源氏の妻となったからには、初めてのときに味わった恐怖と嫌悪は封じ込めなければなりません。

紫の上は完璧な愛妻として振る舞い続けます。

しかし、紫の上が三十歳を超えたとき、光源氏は女三宮という幼い妻を迎えます。

彼女は藤壺中宮の姪でした。

そして紫の上は悟ったのです。

光源氏が自分をものにした理由として、彼が憧れていた藤壺中宮の姪であり、その面影を探していたのではないかということに。

誰かの代用品として求められていたこと。そして愛を頼りに生きてきて、それが崩れたらそれまでということ――「若紫」として登場した紫の上は、そんな淵に沈み、死を迎えます。

こう考えると「若紫」という名の猫は、なんと複雑な存在でしょうか。

微笑ましいようで、何か嫌な予感がしてしまう。

と、若紫は、有功に仕える部屋子・玉栄によって殺されてしまいました。

しかも御中臈・角南重郷の脇差を使うことで、罪を着せたのです。

玉栄の策により、角南は死を命じられ、物語はますます暗さが増してきます。

 


消えぬ傷をつけられた者たちは

玉栄はなぜそうしたのか?

彼は御中臈の三人組によって手篭めにされていました。

有功の前では何もなかったように振る舞いながら、どこか暗い雰囲気を漂わせていた玉栄。

彼が受けた心の傷が暗い音として響いてきます。

そしてそこに家光の情緒不安定さ、秘めた怒りも重なってくる。

この玉栄は、俗名が「お玉」であった桂昌院がモチーフのようです。

前回放送の冒頭で、髪を切られた少女が出てきました。

女の髪を切る賊の正体は家光であったことが明かされます。

若紫を弔う有功。共に弔おうと声をかけても、心を開くどころか、狂気を増してゆく家光。

そしてついに家光は、有功を御役御免だと言い出します。

大奥から出るには死ぬしかない――春日局は彼にそう告げていました。

そこで冥土の土産として、稲葉正勝が家光の身の上を語ります。

家光は、父である将軍・家光が、辻斬りの際、戯れに手をつけた女が身籠ったのでした。

父を知らぬ千恵という名の平凡な少女として生きていた彼女。

その父が急死したため、母と引き離され、幼くして無理に身代わりとされたのです。

そんな境遇からなんとか抜け出そうとした家光は、ならず者に捕まってしまい、その相手を斬り殺す。

以来、彼女は狂気を増していました。

身代わりにされたこと。

自由になれず、閉じ込められた運命。

望まないまま手籠めにされてしまった苦しみ。

皮肉にも、家光の悲運は紫の上と通じるものもありました。

そんな家光のそばにいながら、彼女の悲しみを見抜けなかったことを有功は悔しがります。「それでも仏の身に仕えるものか」と自らを恥じるのです。

家光を蔑むことはない。憐れむわけでもない。

それよりも先に我が身の不覚を悔いる優しさが有功にはあります。

 

傷ついた心を受け止め、ひらく

女の身でありながら髪を切られ、男にされてしまっていた家光。

彼女はその憂さ晴らしのように、女から切り取った髪の毛と装束を身につけさせ、男たちを舞わせます。

笑い飛ばす家光。

こうして誰かに自分の痛みを味合わせ、笑うことでしか憂さを晴らせないのでしょう。

するとそこへ、女の格好をした有功がやってきます。

無理強いしたわけでもないのに、何もかも悟り切ったように優しい顔で家光の前にやってくる有功。

泣き笑う家光の姿は圧巻でした。

彼女はこんな風に自分を見つめてくる誰かがいなくて、どうしたらよいのか、わからなかったのかもしれない。

心を開くことができず、恨みや苦しみが先にきてしまって、安心できなかったのかもしれない。

深く傷つき、心を閉ざしてしまった相手は、まず安心させるしかない。それも相手の気持ちを確かめながらそうしなければいけない。

そんな優しく繊細なアプローチで、有功は家光の心を救うのでした。

 

呪いを解く物語として

『大奥』はヒットしています。

視聴率こそ低いように思えますが、この深夜枠で第一位、かつNHKプラスでは朝ドラと大河を除くドラマで歴代一位を獲得しました。

なぜこうも本作が受け入れられたのか?

理由として、NHKが培った時代劇のスキルや衣装があげられますが、それだけではなく、この回であることを確信しました。

本作は、解毒――呪いを解く物語です。

家光は可愛げのないヒロインに思えます。

いきなり有功を扇子でめった打ちにして、わがままばかり言っていた。

しかし、ここまでくればそれも彼女の心の傷があればこそだとわかる。

ただ、そこまでたどり着く前に「こんなわがままな女なんてどうでもいい!」となってしまいかねない、そんなリスクがありますよね。

有功ですら「甘えてるんやない!」と一喝してしまいました。

連続ドラマとなると、そういうヒロインの言動による炎上を避けるためか、全く意思のない、綺麗なお人形のような造型も最近増えているように感じます。

現実もそうです。

何かを訴え、頼んでくる人には腰の低さや好感度が求められます。若く、さらには女性となるとその傾向は強くなる。

ズタボロで立っているだけでも精一杯。そんな傷ついた少女に「助けてもらいたいなら、せめて笑いなさいよ」と言ってしまったことはありませんか?

家光のふてぶてしさはそういう呪いに対する抵抗に思えます。

そしてそんな家光は、別に壁ドンとか顎クイとか「好きなんだー!」と叫ぶ告白は全く求めていません。

少し考えればわかることなのですが、どうにも漫画やドラマのせいで、そんな刷り込みが蔓延しているんじゃないかと思えることもありまして。

有功の家光へのアプローチを見ていて、先日Eテレで放映された「100分 de 名著」スペシャル版「100分 de フェミニズム」の上間陽子さんの話を思い出しました。

傷ついていて、どうしたらよいのかわからない少女。

彼女らの痛みに耳を傾け、傷ついた心を肯定し、話し合い、笑いあい、信じあうことで道は開けるのだと。

有功と家光は、最後の場面で信じ合い、幸せそのものの状況にいます。

そういう着地点があるのだから、有功が強引に迫ればよいかというと、決してそうではないと多重構造で描いているのがこの物語です。

「若紫」という猫の名と、その由来となる『源氏物語』、そして紫の上の悲運。

手籠めにされたことで復讐心を秘めた玉栄。彼が若紫を殺した動機として、表向きには主人である有功を守るという大義名分があります。

しかしそれだけでしょうか?

角南を殺したいほど憎んだとして何の不思議があるのでしょう。

それほどまでに性暴力は人を傷つけます。

紫の上。玉栄。そして家光。踏み躙られた人の痛みと苦しみを救うように、有功は振る舞います。

彼の起こす奇跡とは、人の心を受け止めること。人の話を聞くこと。

しかしそれができない人間がなんと多いことか。

彼を見ているとそう思えてきます。

壁ドンでもなく、顎クイでもなく、相手の話を聞き、心を受け止めること――そうして解毒の手段を導き出す本作には凄まじい力があります。

そしてこれがNHKの凄みなのでしょう。

Eテレです!

視聴率は二の次にしてでも、視聴者の見識を深めるための番組を作ることができる。知識もデータも集められる。

集めた成果をドラマに反映させ、感受性と学習意欲の強い脚本家やスタッフに渡す。

そうして知識がアップデートされていくと、「今どき顎クイはないですよ」とドラマを作る過程で誰かが気づく。

もちろん原作があるからには、原作の長所を活かせば失敗は防げるとは思えます。

しかし、ウケ狙いでそういう細やかな配慮を台無しにしてしまうこともありえる。

イケメンとの恋愛要素がいいのだと浅い勘違いをしたまま突き進むと、原作にあった細やかな配慮や繊細さを踏み躙ってしまう可能性はありますから。

そういう、つまずきを防ぐものこそ、知識であり、理論でしょう。

NHKならではの、そんな強みを思う存分生かした傑作が『大奥』です。

なお「100分 de 名著」スペシャル版として「100分 de フェミニズム」は2月5日(日)に再放送されます。NHKプラスでは放送後1週間鑑賞できます。

『大奥』のおともにぜひともご覧ください。

 

来年の大河に高まる期待

同時期に放映されている『どうする家康』よりも、評価が高くなりつつある『大奥』。

「一年間放映して!」

「もうこれを大河でやろう!」

そんな声も聞こえています。

◆NHKドラマ10「大奥」は大河「どうする家康」より痛快明快 これぞ時代劇!(→link

◆「どうする家康」より騎馬シーンがリアル 「大奥」に「裏大河」を期待する声(→link

◆「大奥」で大河ドラマ食った冨永愛 待望の時代劇出演へ続けていた〝下準備〟(→link

◆冨永愛、堀田真由『大奥』で”朝ドラ””大河”に続くヒット番組「ドラマ10」を狙うNHKの胸算用(→link

史実ベースの時代劇がほぼ大河一本というのは日本の独自事情です。

時代劇が大量に制作される韓国や中国では、『大奥』のようなSF要素を加えたり、改変した作品も多い。

そして人気を集めておりますので、NHKは後追いでこの状況に追いついたともいえます。

ただ、そうではなく、ここは敢えて『光る君へ』の期待感も高まったと言いたい。

◆松本潤『どうする家康』が苦戦も…吉高由里子の来年大河『光る君へ』が大ヒット間違いナシの皮算用(→link

ここで書いてきた通り、実は『源氏物語』とは女性の苦しみを描いた作品でもあります。

紫の上を愛するんだからロリコン小説だの。イケメンがモテモテだの。ハーレムものだの。そういう読み方は表面的。

紫式部自身が、女性であることの苦しみや偏見と戦って生きてきた女性です。

そこを忘れてイケメンとラブラブする話にしたら、来年の大河は始まる前から終わります。

そこで先ほどあげたNHKの強みを思い出したい。

Eテレで得た知識とデータを活かし、人々の苦しみや嘆きを解毒するような話にすれば、共感を得られると思います。

『鎌倉殿の13人』といえば、山本耕史さんや市原隼人さんのセクシーな裸体が女性にウケていたなんて言われますが、それだけではなく、三谷幸喜さんが女性スタッフの意見を取り入れて描いた女性像も高評価の一因でした。

『大奥』でも光るそんな女性像へのアプローチをうまく軌道に乗せれば、来年大河も良い方向に向かうことでしょう。

その地ならしとしても『大奥』は注目です。


あわせて読みたい関連記事

ドラマ大奥レビュー
ドラマ『大奥』感想レビュー第2回三代将軍家光・万里小路有功編

続きを見る

徳川吉宗
徳川吉宗の生涯~家康に次ぐ実力者とされる手腕を享保の改革と共に振り返る

続きを見る

槍で左胸を突かれた戦国武将は最後の会話をできるのか?おんな城主直虎・政次の死因

続きを見る

文:武者震之助
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考】
ドラマ『大奥』/公式サイト(→link

TOPページへ


 



リンクフリー 本サイトはリンク報告不要で大歓迎です。
記事やイラストの無断転載は固くお断りいたします。
引用・転載をご希望の際は お問い合わせ よりご一報ください。
  • この記事を書いた人
  • 最新記事

武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-ドラマ10大奥感想あらすじ

右クリックのご使用はできません
目次