織田信長が鯨肉を配っているイメージイラスト

歴史漫才

信長にもらったクジラ肉が盗まれた!『言継卿記』に記された意外な犯人とは?

半べー
半べー
「そういや先週、上洛したんだって?」
官べー
官べー
「ただの京都出張だよ。織田信長じゃないんだから変な言い方すんな」

半べー「で、洛中はどうだった?」

官べー「だから京都って言えよ」

半べー「インバウンド外国人とか洛外までウザい感じ?」

官べー「一番ウザいのはオマエだよ! たしかに外国人は多かったけど、別に迷惑行為とかは見かけてない」

半べー「新幹線の指定席を勝手に座られるとか、ああいうのはウソかな」

官べー「SNSで拡散しただけでしょ」

半べー「まぁ、生成AIの可能性もあるしな。画像なら、ほんとに秒だからね、秒です、秒」

官べー「もしかしてキミ、フェイクニュースとか作ってない?」

半べー「生成画像は、漢字が変なカタチになっちゃうのが問題だな」

官べー「オマエのほうが問題だよ!」

半べー「そうかな。投稿するとすぐに“ファクトチェック!”とか言われて、盛り上がってるぜ」

官べー「バリバリ疑われてんじゃねーか! ファクトチェックは“グッジョブ”とかそういう意味じゃないんだって!」

半べー「それにしてもさ、本物の信長が上洛するときって、当時の京都人は大騒ぎだったんじゃない?」

織田信長の肖像画

織田信長/wikimedia commons

官べー「その通りで、町の人々も公家の連中もみんな大変だったみたい。御所に家具を隠したり、京都から逃げ出す人もいてさ」

半べー「@grok ファクトチェック!」

官べー「ウソじゃねーよ!『言継卿記(ときつぐきょうき)』という日記に残されてるの!」

半べー「あぁ、そうか。まるで見てきたみたいにテキトー言って、俺のSNSかよ、と思ってさ」

官べー「一緒にすんな!」

半べー「でも結局、織田軍も京都で暴れたりしなかったよね?」

官べー「うん、『信長公記』にも、信長が警備を厳重にしたため、治安が守られたと書いてある」

半べー「オールウェイズ、警備、大丈夫だった?」

官べー「えっ?」

半べー「ALWAYS、セキュリティ、OK?」

官べー「何が言いたいんだよ」

半べー「1、2、3、4……♪ と言えば?」

官べー「…………」

半べー「ALSOK(アルソック)でしょ! ALWAYS SECURITY OK、だからALSOKよ」

官べー「豆知識の説明が長いわ! そもそも戦国時代に警備会社があるわけないだろ! 信長が自軍で守ったんだよ!」

半べー「改革者と言われるぐらいだから、アウトソーシングとかバンバンやってんのかと」

官べー「警備を外注してたら、武士の存在価値が無くなんだろ」

 

半べー
半べー
「京都に入った織田信長は、天皇にお土産とか持参した? 名古屋の味噌カツとか岐阜の五平餅とか」
官べー
官べー
「そんなわけねー!とも言い切れないんだ、これが」

半べー「どういうこと?」

官べー「実は、永禄十二年(1569年)2月に上洛したときは、朝廷に鯨肉と鱒を献上してんのよ」

半べー「クジラとマスって、こだわりのある居酒屋じゃん。どこから持ってきたんだろね」

官べー「摂津の港か、北の若狭か……」

半べー「どちらにせよテンション上がるわ」

官べー「都の貴族たちも相当喜んでさ。山科言継(やましなときつぐ)なんか“鯨肉をお裾分けしてもらった”と、日記に書くほど感激してた」

半べー「なんだか生々しい話でイイね~」

官べー「ただ、言継はさ、喜んでばかりもいられなくて」

「巨鯨の背中に乗る宮本武蔵」歌川国芳

「巨鯨の背中に乗る宮本武蔵」歌川国芳/wikimedia commons

半べー「ん、どういうこと?」

官べー「貴重な鯨肉を3キレ分けて貰ったのに、家まで持ち帰る途中で1キレ盗られちゃったのよ」

半べー「うわ、最悪。だから、ALSOK雇っておけと」

官べー「違う違う、思いもよらない犯人にやられた」

半べー「誰? 石川五右衛門とか?」

官べー「とんび」

半べー「は? 長渕剛の?」

官べー「それは“とんぼ”な。本物の“鳥”のトンビだよ」

半べー「空中をくるくる回りながら、エサを見つけたら急降下するやつ?」

とんびの画像

空中を回遊しているトンビ

官べー「そうそう、それ」

半べー「トンビに油揚げをさらわれるって、本当にあるんかい!」

官べー「例えば湘南海岸とかでは今でも割と普通にあるみたいよ。オニギリとかマックを食おうとしたら持っていかれた、みたいな」

半べー「信長からの鯨肉まで奪われるなんて……命がけのボケだな」

官べー「まぁ、歴史に残る実話だよね」

 

半べー
半べー
「そもそもの話だけど、信長の上洛って、織田家にどんなメリットがあったの?」
官べー
官べー
「やっぱり領土とおカネかな」

半べー「おっ、マネマネマネ~¥」

官べー「下品なリアクションだな! とにかく織田家は永禄十一年(1568年)の上洛では、畿内全体に支配域を広げたんだ」

半べー「摂津とか和泉ってこと?」

官べー「そうそう。三好三人衆の領地をぶん取ったからね」

半べー「具体的にはどの辺?」

官べー「六角氏の南近江も含めて、京都のある山城、堺のある摂津、波多野秀治らの支配エリアを除く丹波、ほかにも和泉や播磨の一部にまで勢力図を塗り替えた」

半べー「これはアレを言いたくなるね」

官べー「何?」

半べー「アタックチャーンス!」

官べー「児玉清かよ」

半べー「21番の和泉が緑に変わって、5番の美濃から9番の近江、13番の山城、17番の摂津も緑のエリアに!」

官べー「だいたい地図の位置と合ってんじゃねーか! 上手いこと言うなよ!」

半べー「いやぁ、今回は山科言継さんのトンビボケに美味しいところを全部持っていかれたからさぁ」

官べー「本人はそんな気ないんだって!」

👉️ということで信長の上洛の詳細については別記事「なぜ信長の上洛戦は京都だけで終わらなかったのか」をご覧ください

📚 戦国時代|武将・合戦・FAQをまとめた総合ガイド


参考文献

太田牛一/中川太古『信長公記』(2013年10月 KADOKAWA)
今谷明『戦国時代の貴族: 言継卿記が描く京都』(2002年3月 講談社)
岡田正人『織田信長総合事典』(1999年9月 雄山閣)

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川和二十六

歴史学科を卒業。大河ドラマ『豊臣兄弟』レビューおよび歴史エンタメ記事を担当。歴史記事以外でも様々な分野のライティングや編集業務もこなしている。 ◆国立国会図書館データ https://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/001138406

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