大河ドラマ『豊臣兄弟』の創作が「さすがにやり過ぎでは?」と注目されていますね。
そう、中川清秀の裏切り者描写です。
ドラマである以上、創作は仕方ないことであり、毎年この手の話題は出てきますが、今回は大阪府茨木市と大分県竹田市が遺憾の意を示したことで一気に広がりました。
◆大河「豊臣兄弟」中川清秀の描写にNHKがコメント「真摯に受け止め」ゆかり2市が申し入れ「史実と齟齬」(Yahooニュース スポニチ)
歴史ファンの皆さんは、どう思われましたか?
→ 今回ばかりはやり過ぎ
→ フィクション範囲内
→ 改変して面白かった
こんな風にお聞きしても意見は割れるものであり、ドラマという枠である以上、正解なんて中々でません。
そこで弊サイトでは、過去の全放送を振り返り、「え?これは?」という場面をピックアップ。

話題となった中川清秀の肖像画/wikipediaより引用
実際、どれだけ史実と異なる描写があったのか、確認してみたいと思います。
※弊サイトは、創作否定派でなく、面白い創作期待派です
史実が大きく変えられた場面
まずは史実が大幅に書き換えられたケースから。
最初に中川清秀の事例を確認し、他にどんな場面があったか見て参りましょう。
中川清秀の描写
問題となったシーンは第32回で描かれたもので、
【劇中】柴田軍の佐久間盛政が大岩山砦へ攻め込むと、中川清秀が秀吉を裏切り、羽柴軍が窮地に立たされる
というものでした。

清秀の陣へ突撃した佐久間盛政の浮世絵/wikipediaより引用
史実はこうです。
【史実】
天正十一年(1583年)4月20日、佐久間盛政が大岩山砦を急襲し、中川清秀を討ち取った。
清秀は最後まで秀吉方として戦い、砦を枕に討死した。
さすがにこの状況から中川清秀を裏切り者として描くのは苦しいでしょう。
なんせ真逆です。
ドラマを見ていてさらに驚いたのは、中川清秀を討ち取った前田利家が、その清秀の首を秀吉の前にぶん投げたことでした。
これでは清秀に縁のある自治体が嘆くのも無理はありません。
清秀の首は柴田勝家の本陣へ運ばれていますので、詳細は以下の関連記事をご覧ください。
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前田利家は賤ヶ岳で勝家を裏切り秀吉に寝返ったのか?豊臣兄弟第32回史実解説
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神君家康の船旅
次は第28回放送、本能寺の変直後の徳川家康です。
【劇中】
本能寺の変が起きたとき、堺にいた家康。
ドラマでは津田宗及に対して「伊賀から帰ろう」と嘘をつき、部屋を出るなり石川数正と本多忠勝へ「船を使うぞ」と告げる。
宗及が明智方へ密告する動きを察知したため、あえて偽情報を流した。
つまり劇中の伊賀越えは、宗及を欺くための方便として使われました。

史実は大きく異なります。
【史実】
家康が本能寺の凶報を受け取ったのは堺を出て京都へ向かう途中だった。
飯盛山あるいは守口のあたりとされ、その後、陸路で伊賀を越え、伊勢に入ってから船を使い岡崎城へ戻っている。
船を使わなかったのではなく、すぐに使える場所にはいません。
そこで主要な街道を避け、伊賀の山中から岡崎を目指したのです。
話が込み入ってくるので省略したのかもしれませんが、「神君伊賀越え」という家康命懸けの逃避行は完全に消されてしまいました。
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神君伊賀越えのルート&全日程|本能寺後の家康は三河までどう辿り着いたのか
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上月城の処刑
第21回のラストでは、上月城で磔・串刺しにされた女子供と、その前に立つ秀吉が描かれました。
【史実】
城内の男女を生け捕りにし、首二百余りを刎ねた。
子供は串刺しに、女は磔にして殺した。
※天正五年12月5日付 羽柴秀吉書状『下村文書』
こちらは書状のとおりで、史実に沿った描写です。

ところが翌週の第22回になると、話がガラッと変わります。
なぜ女子供が磔にされたのか――その真相が以下のように説明されたのです。
【劇中】
秀吉が上月城へ攻め込むと、城内の女子供はすでに自害していた。
竹中半兵衛の提案により、周辺の国衆を威圧するため、その遺体は串刺しや磔にされた。
秀吉が手を下したのではない。
城内で自害していた遺体をそう見せかけただけ、という筋です。
すべては秀吉が残虐に見られないようにするためですが、この改変の是非は大きくは問われませんでした。
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「子供は串刺し 女は磔」いったい上月城で秀吉に何があったのか?
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秀長の幼馴染で初恋相手
ドラマでは、秀長の幼馴染として直(白石聖さん)が初回から登場し、公式サイトでは初恋相手と紹介されていました。

【史実】直の存在自体がフィクションであり、諸々の劇中エピソードはすべて創作。
それだけに自由に描けるわけで、特に問題はないように思えます。
不条理だったのは、直の最期です。
彼女は、尾張国内を移動中、村人同士の争いに巻き込まれて死んでしまうのですが、護衛に付いてきたのが武力ゼロに等しい弥助(のちの三好吉房)だけでした。

劇中では、野盗やら野武士やら、中世の危険性を散々描いてきた。
なのになぜか、秀長との結婚を控えた超重要な場面で、若い女性(直)をほぼ単独で移動させています。
「史実と違う!」とは断言できない場面ながら、それまでドラマで描かれていた状況からして、ありえない行動では?というシチュエーションでした。
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なぜ直(白石聖)は殺されたのか?秀長の婚約と戦国農村紛争の実態【豊臣兄弟】
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本能寺の変のとき京都にいた
天正十年(1582年)6月2日未明、本能寺の変が勃発。
明智軍に襲われた織田信長は自害し、寺は焼け落ちました。
【劇中】このとき明智軍の兵卒に扮した森乱(森蘭丸)が本能寺の外へ出て、そこへ偶然やってきた羽柴秀長に信長の死を伝えた。
こちらの場面も創作です。
「信長は確実に死んだ」ということを伝えるため、森乱を外に出し、そして秀長と遭遇させたのでしょう。
【史実】本能寺の変当日、羽柴秀長は兄の秀吉と共に備中高松城攻めに参加していた。
そして一報を知った兄と共に京都へ戻り、明智光秀との対戦に及んでいます。
秀長を主役にした以上、本人にも何らかの活躍をさせなければならない!――本作は、こうした条件縛りから、無理な描写が生み出される一面もありますね。
実在の人物に架空の設定
ゼロからの創作ではなく、名前が残っている人物などに架空の設定を盛り込んだパターンが以下の通りです。
武田信玄が餅を喉に詰まらせて死ぬ
戦国ファンの間でも圧倒的な人気を誇る武田信玄。
第17回放送で描かれた最期は
【劇中】織田が仕込んだ毒オニギリを食べる直前で回避したかと思ったら、餅を喉に詰まらせて亡くなる
というトンデモ説でした。

なるほど、そう来たか! 信玄にありそうな死に方だな……とは、ならないでしょう。
死因は病没が通説であり、その可能性も高そうなのが信玄の最期です。
なのになぜ、わざわざ餅を持ってきたのか。
突然すぎて、理解に苦しむ場面でした。
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信玄の死因は餅詰まり?義景や長政の最期まで描いた豊臣兄弟17回レビュー
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城戸小左衛門が秀吉の父の仇
【劇中】
秀吉と秀長の父・弥右衛門が、織田家の城戸小左衛門に敵将の首を横取りされ、失意のうちに死んだ。
そのため秀吉が仇討ちを狙っている。
劇中では、槍が得意で腕力にすぐれるも、性格がとびきり悪く描かれていた城戸小左衛門。

実在する人物で、
【史実】『信長公記』の中にも「槍三本」の一人として登場
しています。
しかし、弥右衛門の死に関わったという話は確認できず、秀吉たちと揉めていたという話もありません。
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秀吉の父の仇・城戸小左衛門って何者? 実在した? 豊臣兄弟レビュー第3回
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織田信澄が本能寺の変の黒幕
織田信長に誅殺された弟・織田信勝が序盤に注目されました。
その信勝の息子である織田信澄が第26回放送で
【劇中】明智光秀の背後で本能寺の変を画策していた
という描き方になっていました。

信澄は、光秀の娘婿だけに、そういう動きがあっても不思議じゃないか?
予告では「時は今じゃ」とまで言わせ、「信澄が本能寺の黒幕だったんかーい!と沸き立ちましたが、いざ事件当日を迎えると、特に際立った動きもなく簡単に討ち取られてしまいました。
あれはいったい何だったのか……と、困惑する人多数。
実際のところも
【史実】信澄は変のあと光秀と共に動いておらず、程なくして織田信孝と丹羽長秀の軍に討たれる。
という感じです。
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信澄黒幕説・本能寺の変なんて実際あり得るのか?豊臣兄弟第26回レビュー
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後世の逸話をそのまま採用
軍記物では有名ながら、同時代の史料では裏づけにくい。
史実と確認できなくても、面白い逸話として採用される話も多々あります。
秀吉が盗人の疑いをかけられる
【劇中】清洲城内で盗難事件が発生し、秀吉が疑われた。
第1回放送で描かれたもので、出典は『太閤記』系の逸話になります。
同書は寛永二年(1625年)成立の軍記物で、確かな史料とは言えませんが、秀吉の物語ではたびたび目にします。
出世のキッカケに繋げるために必要だったのでしょう。
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史実の秀吉は盗人に疑われ 信長は暗殺を撃退していた?豊臣兄弟レビュー第1回
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お市の小豆袋
第14回放送で、浅井長政が裏切ったことを兄の織田信長へ知らせるお市の方。
【劇中】信長へ危機を知らせるため、両端を縛った小豆袋を送った。
こちらも非常に有名な創作で、『朝倉家記』という江戸時代成立の軍記史料が元ネタですね。
時代考証者の黒田基樹氏は、戦国時代の実態からして、戦時中の信長陣中へ小豆袋を送ることなど起こりえないとしています。
戦争を知らない江戸時代の人が考えた発想だ、というわけです。
時代考証者はあくまでアドバイスが仕事で、ドラマ内容の決定権までは持ちません。
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お市の小豆袋は創作だった?朽木元綱・池田勝正が鍵を握る金ヶ崎|豊臣兄弟第14回
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松永久秀の爆死
平蜘蛛を抱えて自爆する第20回放送の場面で、竹中直人さん迫真の演技もあり、強い印象を残しました。

松永久秀と信貴山城炎上のイメージ
ただ近年は松永久秀の再評価が進み、単純な梟雄と見る評価や、平蜘蛛爆死を史実とする見方には慎重な意見が増えています。
そんなタイミングでの爆死描写だっただけに、ド派手なシーンで話題性を狙いたいという制作陣の意図が浮かんできました。
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松永の自爆が史実か創作か そんなことはどうでもいい?豊臣兄弟第20回レビュー
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大河ドラマ『麒麟がくる』では、自ら腹を切る、それだけでも久秀に気圧されそうな迫力のある最期でした。
刀に刺した饅頭を食う荒木村重
信長が村重を試すため、刀の先に刺した饅頭を食わせたという逸話が描かれた第22回放送。
元ネタは享保二年(1717年)に刊行された軍記物語『陰徳太平記』で、こちらも荒木村重の研究が進む中で、史実として扱うには注意が必要です。
松永久秀と同様に見た目の派手なシーンを盛り込みたかったのでしょう。

描かれなかった不都合な史実
改変とは少し違いますが、不都合ゆえに描かれなかったのでは?という場面もあります。
三木城と鳥取城の餓死者
【史実】2年近くに及ぶ兵糧攻めで、凄惨な場面となる三木城の籠城戦。城内では多数の餓死者が出ており、鳥取城でも同様の包囲戦が行われた。
これが本作の第24回放送では以下のようになりました。
【劇中】三木城の兵糧攻め自体は描かれるも、多数の餓死者が出たことには触れず、鳥取城攻めについても惨状は取り上げられていない。
結果的に、秀吉たちの加害性が薄く見える構成になっていたんですね。
もちろんそんな残酷な場面をテレビで描写しようにも限界があるだけに、どう捉えるかは制作陣の考え方次第です。
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秀吉による「鳥取の飢え殺し」とは?城内が地獄と化した鳥取城の戦い
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清須会議以降の気になる描写
中川清秀のように突然出てくる創作シーンは一つではありません。
その前後の回から続いています。
秀吉の筆頭家老宣言
清須会議の場で「これからは織田家筆頭家老となったこの羽柴秀吉が」と高らかに宣言する場面が第30回放送でありました。

秀吉がこうした宣言をしたことは、史料上確認されていません。
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秀吉は本当に筆頭家老宣言などしたのか?豊臣兄弟 第30回 清須会議の史実解説
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勝家とお市が天守から飛び降りる
第33回放送、北庄城の落城で、勝家がお市の手を取り、天守から二人で飛び降りるという最期でした。

勝家とお市が天守から飛び降りたと確認できる同時代史料はなく、一般には北庄城内で自害したとされます。
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勝家とお市の方は本当に天守から飛び降りたのか?豊臣兄弟第33回史実解説
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家康が我が子の顔を見て開戦を決める
賤ヶ岳の戦いが終わり、大坂城を築いた秀吉。
次なる実力者・徳川家康に対して、自分に従うかどうか、プレッシャーをかけます。
第34回放送で、このとき家康は?
【劇中】
千利休の茶会で人質提出をいったん了承した家康だが、長丸の顔を見て翻意し、秀吉との対決を決心する。
そして信雄の重臣殺害へつながった。
こんな順序で描かれました。
一方、史実では……。
【史実】信雄が家老三人を斬った三日前の書状に「家康はじめ申談候事」とあり、粛清は家康と相談のうえで実行されていた。
信雄の重臣殺害が、家康との事前相談を経て行われたことは確認できます。
一方、長丸の人質提出を拒んだために対決を決めた、という劇中の経緯は史料で確認できません。
感情重視のストーリー構築のための描写でしょう。
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家康はなぜ秀吉と戦うことになったのか?豊臣兄弟第34回史実解説 人質拒否の真相
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非史実の描写には材料が必要では?
細かいことを申せば、本作の登場人物は、たびたび高速移動をします。
将軍・足利義昭が突然甲斐へ出向いて武田信玄を説得したり、

秀吉が雪深い北陸から越後へ渡ったり、大政所が落ち込む秀吉を励ましに来たり。
当時の移動は、現代では考えられないほど困難なだけに、劇中での高速移動は、時代劇やホームドラマというよりSFでは?と感じてしまうこともあります。
そうそう、彼ら、ぶっちゃけ新幹線を使ってたんすよ。
だから、あっという間に移動できた。
だって当時の史料に「新幹線を使ってない」とは一言も書かれてないですよね?
仮にそんな主張されたところで、ただただ呆れるだけじゃないですか。
実は清秀の件も、構造はそれに近い。
「清秀が裏切ってないなんて、どこの史料にも書いてませんよね!」
そんな説明は通じないわけで、もしも彼を裏切り者としたいなら、それを匂わせる何らかの材料が必要となる。
ところが本作の非史実シーンは、突然描かれることが多く、常に事前の仕掛けや材料が欠けているのです。
行き当たりばったり、なんですね。
だから常に違和感がくすぶっていて、今回たまたま中川清秀の一件で爆発したのではないでしょうか。
脚本家さんは、もともと秀長について「全然知らなかったんです(笑)それ誰やねん、という感じ」と語っており、その後、関連書籍や時代考証者から知識を得たとのこと。
では、それがどれだけ血肉となって劇中に活かされたか。
戦国時代を描くには武将の事績だけではなく、大名・国衆・公家の慣例や関わり、政治・経済・軍事の仕組み、農村の在り方、京都と地方や街道……など幅広い知識が必要とされます。
話題になった『半沢直樹』や『下町ロケット』は原作があり、ゼロから物語を組み立てたわけではありません。
本作にも、原作があればよかった……。
なお、最新の史実解説記事については以下にございますので、よろしければ併せてご覧ください。
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中川清秀は裏切り者なんかじゃない!秀吉に義兄弟と認められた実力者の最期
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【参考文献】
- 黒田基樹『お市の方の生涯』(2023年1月 朝日新聞出版)
- 黒田基樹編著『戦国大名の新研究3 徳川家康とその時代』(2023年4月 戎光祥出版)
- 黒田基樹『羽柴秀長の生涯』(2025年9月 平凡社新書)
- 柴裕之『徳川家康 境界の領主から天下人へ』(2017年7月 平凡社)
- 柴裕之『羽柴秀長 秀吉の天下を支えた弟』(2025年9月 KADOKAWA・角川選書)















