武田・上杉家 まんが戦国ブギウギ

まんが戦国ブギウギ39話 ゴルゴ官兵衛と女謙信で祝う戦国のメリークリスマス♪

日本で初めてクリスマスミサが行われたのはいつか?

答えは、天文21年(1552)12月。大内義隆の許可を得て、宣教師コスメ・デ・トーレスが実施したものだとされます。

大内義隆(西国一の戦国大名)はなぜ陶晴賢に滅ぼされた?45年の生涯まとめ

続きを見る

トーレスは、あのザビエルさんの後任だとされ、場所は山口市でした。

【戦国宣教師伝】あのザビエルは再来日を目指していた? 知られざる生涯

続きを見る

今回の舞台は、それから約25年後の天正6年(1578年)。この年、巨星が落ち、越後は大混乱に陥るのでした。

 

お好きな項目に飛べる目次

お好きな項目に飛べる目次

官兵衛登場

軍師官兵衛で知られる黒田官兵衛さん。その息子の松寿丸こと黒田長政さんは天正5年(1577年)に人質として豊臣秀吉のもとに預けられました。長政が愛用していた兜といえば「銀箔押一の谷形兜」でしょう。いかにもバランス悪そうなカタチをしており、実際、重さは約3キロもあるようで、戦場では大変だったハズです。

黒田官兵衛は本当に秀吉の軍師と呼べるのか?59年の生涯まとめ【年表付き】

続きを見る

しかし、味方を奮い立たせ敵に余裕の態度を見せるため――という意味では確かに目立つデザインであり、長政さんが意外に芝居ッ気・洒落っ気のある武将だったんでは?と思わせる材料にもなりますよね。フィクション作品によっては「できない子」として描かれることもあるのが残念です。

黒田長政(官兵衛の嫡男)偉大な父を持つ二世の苦悩~56年の生涯

続きを見る

 

12月23日

◆天正6年(1578年)のイブイブだった12月23日、上杉謙信は家臣たちに向かって遠征を発令します。もちろん雪深い越後では行軍はかなわず、翌年3月の出発を予定していたのですが……。
※続きは【次のページへ】をclick!(サーバー負担の軽減化にご理解お願いします)

次のページへ >



-武田・上杉家, まんが戦国ブギウギ

© 2020 BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)