お田鶴の方

浜松城/お田鶴の方が城主だった引馬城(曳馬城)が前身とされる

今川家

史実のお田鶴の方は家康ではなく今川に殺された?どうする家康関水渚

2023/03/19

大河ドラマ『どうする家康』では、有村架純さん演じる瀬名(築山殿)と仲良し設定だからなのか。

ド派手な最期を遂げたお田鶴の方。

実は謎だらけの存在だったりします。

「お田鶴の方」という名前からして不確実であり、ドラマでは鵜殿長照の妹設定でしたが、他に「大原資良の娘では?」とか「松井宗信の娘では?」などと囁かれ、まだ出自すら確定していません。

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ただし、今川家の家臣一族に生まれたことは確かであり、フィクションにおいては想像を膨らませやすい便利なキャラともいえるでしょう。

しかし、実際はどんな事績があったのか?

本稿では、史実の面からお田鶴の方の生涯を振り返ってみましょう。

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伝説的な人物で出自も確定していない

前述の通り、生まれは不詳のお田鶴の方。

夫である飯尾連龍は、遠江国曳馬領を支配する国衆のような領主であり、今川家の重臣でした。

二人は今川家臣同士という縁から結ばれ、徳川家(松平家)の近くにあった所領が彼らの運命を強く左右します。

永禄3年(1560年)、今川義元が【桶狭間の戦い】で討死し、パワーバランスが崩れてしまったのです。

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それからの飯尾連龍は、今川と徳川に翻弄されながら、滅びの道へ落ちてしまいます。

桶狭間から3年後の永禄6年(1563年)12月、今川家から離反すると、今川氏真に曳馬城を攻められながら、持ちこたえて和睦が成立。

しかし、その後、家康につくこともできず、永禄7年(1564年)10月になって今川家に降伏します。

そして永禄8年(1565年)12月、徳川家康に通じたとして、氏真により処刑されるのです。

屋敷で襲われたともされますが、いずれにせよ岡崎と駿府の中間地点にある曳馬城は、非常に難しい立地であり、誰が領主であっても相応の被害は避けられなかったことでしょう。

そんな危険な拠点に残されたのが、妻・お田鶴の方でした。

 


今川と徳川のはざまに消えた

乱世の最中、夫に先立たれ、曳馬城に残されたお田鶴の方。

悲嘆に暮れているヒマなどありませんでした。

夫同様、今川と徳川の狭間で生き抜く策を講じねばならないのです。

お田鶴の方は曳馬城に立て籠もり、今川氏真に別心はないと駿府に伝える一方、家臣を徳川家康の元へ派遣したとされます。

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どちらを敵に回したって、前線の城である曳馬城が戦場になる可能性は非常に高い。

できることなら両軍に味方と思わせておいて時間を稼ぎ、ハッキリと「こちらの方が強い!」とわかる勢力へ付きたいのは言うまでもないでしょう。

問題は、この先の記録です。

実は、確実性の高い記録がなく、お田鶴の方がどう動いたか?が不明です。

ゆえに、あくまで伝承ベースとして話を進めますので、その点、ご理解いただきながらお読みいただけると幸いです。

果たして、お田鶴の方はどうなったのか?

 

城を枕に討死伝説

永禄11年(1568年)12月、徳川家康が曳馬城を攻めました。

お田鶴の方は侍女たちとともに籠城、敵が攻めあぐねるほど奮闘したとされます。

黒髪を振り乱し、緋威の鎧を着て、薙刀を持つ――さらには気丈に指揮も執る。

しかし、力戦及ばず、お田鶴の方は侍女と共に討死を遂げたのでした。

お田鶴の方

戦国話として非常に面白いだけに、これまで伝承が残されてきたと思われますが、いささかおかしい点もあります。

飯尾家は、なぜ徳川に攻められたのか?

飯尾家はむしろ今川から徳川に就こうとしていたのであり、元はと言えば、夫の連龍もそうした動きを咎められて処刑されています。

徳川にとっては、無傷で一つ城を得られるのであり、攻め込む理由が見当たりません。

ゆえに、常識的に考えて、曳馬城へ攻め込んだのは今川ではないのか?という推測が浮上してきます。

飯尾連龍が処刑された後、当然ながら飯尾家は大いに乱れ、その後、飯尾と曳馬城の名は記録から消えてゆきます。

連龍の死後、今川家に滅ぼされたとしてもおかしくはない。

仮に、お田鶴の方が奮戦したのが事実だとすれば、その相手が今川勢でもおかしくなく、むしろ、夫の命を取られた敵として戦う構図の方が整合性も取れると思います。

ただし、曳馬城が記録から消えたのには、もう一つ大きな理由があります。

名前が「引馬=馬を引く=負ける」を連想させるからとして、家康により浜松城と変えられたのです。

後に【三方ヶ原の戦い】や【伊賀越え】の死線をくぐり抜け、家康が一息つくことになる城でした。

そしてお田鶴の方に関する、別の伝承も残されます。

 

浜松城の側で椿姫観音に祀られる

城を守り、討死してしまったお田鶴の方――そんな彼女を悼むため、遺骸を埋めた場所には「椿」が植えられたといいます。

彼女の別名が「椿姫」とされるのはそのため。

家康の正室である築山殿とは、母同士が義理の姉妹にあたるとも伝わり、それゆえ椿を植えたのは築山殿であるともされています。

この血縁関係はあくまで伝承。

築山殿も血縁関係が不明瞭で、『どうする家康』でも採用されている“瀬名”という名も史実的根拠は甚だ薄い。

ともあれ浜松市には椿姫観音があります。

もしかすると大河ドラマの紀行コーナーに出てくるかもしれません。2023年は大河ドラマ効果もあり、観光で盛り上がりそうですね。

お田鶴の方は、家康が殺した――という伝説も流布しています。

 


悲運の伝説から見えてくるもの

お田鶴の方は、家康が殺したというのは、まったく有り得ない話でもないでしょう。

家康が何らかの過失により彼女を死なせてしまい、弔ったことは考えられます。

あるいは今川から彼女を守りきれず、死んでしまったという解釈もできるのではないでしょうか。

根拠のない創作や伝説でもない。

こんなときこそ大河ドラマの持つ力は非常に強いものとなります。

放送がキッカケで資料が再発見され、史実の解明が一気に進むことがままあるのです。

例えば近年では2013年『八重の桜』における川崎尚之助があげられますね。

従来、妻を置いて【会津戦争】から逃げ出した臆病者とされてきましたが、実際は、妻と別れた後も最期まで会津に尽くした人物だと明らかになりました。

幕末明治と戦国時代では資料の残存状況に差はあれど、そこは期待したい。

ジェンダー観点からの見方も進展しています。

女性が家長となることに注目が集まっているからこそ、2017年『おんな城主 直虎』があったといえます。

黒髪を振り乱し、緋威の鎧を着て、薙刀を持ち討死を遂げる――そんなお田鶴の方の姿は、江戸時代以降の女性像が反映されています。

こうした伝説は、古くとも17世紀以降に作られたとされます。

しかし、そうではない、2023年ならではの見方で彼女の姿を見てみたい。

と、井伊家の話が出てきましたので、最後にお田鶴の方と井伊直平に関連する不穏な伝承にも触れておきましょう。

 

井伊直平は毒殺していない?

不穏な伝承とは他でもありません。

お田鶴の方が、井伊直平に毒茶を飲ませて殺したというものです。

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直平は、井伊氏の16代当主であり、井伊直虎や井伊直政の曾祖父にあたる、遠江の有力国衆。

いわばお田鶴の方や飯尾連龍とは似通った立場となりますが、彼女が毒殺したという点からして、史実ではない可能性を感じます。

なぜなら毒殺というのは、成功率が高くないのです。

時代劇などでは、毒を飲まされると、黒い血を吐き、急にうぐぐぐぐぐぐと呻いて息絶える描写がお約束ですが、現実問題、そう簡単に死なすような毒はありません。

ミステリ感覚で推理するのが楽しい話とはいえ、史実とみなすことはなかなか難しい状況です。

しかし、こうした伝承がいくつか残されているだけでも、彼女への注目度や能力が高かったことは想像できます。

フィクションならではの活躍を今後も期待したいですね。

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【参考文献】
黒田基樹『戦国「おんな家長」の群像』(→amazon
黒田基樹『家康の正妻 築山殿: 悲劇の生涯をたどる』(→amazon

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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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