二戸駅の構内に展示されている九戸政実さんのイケメンパネルと地元の祭りに出陣する山車

諸家 れきしクン

九戸政実は秀吉と戦った最後の戦国武将! 九戸政実の乱の悲しき結末

武将ジャパン読者の皆さん、こんにちは!

れきしクンこと、長谷川ヨシテルでございます。

本連載は「ご当地マイナー戦国武将」を紹介させていただくコーナーで、お城や古戦場などと共にその方の歴史を振り返らせていただきます。

今回のターゲットは九戸政実さん!

南部家に仕えた岩手県二戸市の戦国武将で、天下人の豊臣秀吉を相手に【九戸政実の乱】を起こした人物なんです。

この御方の武将人生、面白いです……!

※文中の記事リンクは文末にもございます

 

九戸政実との出会いは『信長の野望』

私が九戸政実さんに初めて会ったのは『信長の野望』でした。

20歳のとき『信長の野望 革新(PS2版)』にハマり、そのとき陸奥(青森県・岩手県)を領地としていた大大名・南部家の家臣として登場。

能力は

統率70
武勇76
知略47
政治42

と、ゲームの数値だけ見れば、正直、使い勝手が良くない武将です。

紹介文である列伝には次のように書かれています。

「南部家臣。信仲の子。南部晴政の死後、弟・実親を後継者に推すが敗れ、叛乱を起こす。南部信直の要請で出陣した豊臣軍相手に善戦するが敗れ、斬首された」

『信長の野望』をやったことがある方は共感していただけると思いますが、あの文章を読むのってめちゃくちゃ楽しいですよね。

 

秀吉の軍が東北まで来たってホント?

九戸政実さんの列伝を読んだ私は、ふと思いました。

「秀吉の軍が東北に来て戦ったの?」

私ごとですが、本格的に歴史好きになったのが、まさに『信長の野望』を始めた20歳だったので、当時は学校で習った程度の知識しか持ち合わせておりません。

教科書で習った秀吉の天下統一と言えば……

【秀吉の天下統一は1590年(天正18年)の“小田原征伐”によって成し遂げられた】

みたいな感じじゃありません?

豊臣秀吉 62年の生涯まとめ【年表付き】多くの伝説はドコまで本当か?

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小田原征伐で秀吉相手に退かず! 北条家が強気でいた小田原城はどんだけ強い?

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そこに出てきた九戸政実という名前。

「なんだか気になる!」ということで、すぐに調べてみると、小田原征伐の翌1591年(天正19年)に九戸政実さんの反乱を鎮圧するため、秀吉軍が「九戸城」に攻め寄せているではありませんか!

この戦いが【九戸政実の乱】。

以降、秀吉に歯向かう武将はいなかったのですから「秀吉と戦った最後の戦国武将」ということになります。

しかも教科書では習わない…。

カッケェえええええ!

グッとくるじゃないですか!

もっと九戸政実さんについて知りたい――そう思って関連書籍を検索してみると、すぐにヒットしました。

『天を衝く 秀吉に喧嘩を売った男九戸政実 (全3巻)』(→amazon

タイトルでまた厨二心をくすぐられました(笑)。

同書の著者は、NHK大河ドラマ『炎立つ』の原作を書いた岩手県出身の高橋克彦さん。

九戸政実さんは主人公ですので、当然めちゃくちゃカッコ良く描かれており、

『いつか九戸政実さんのゆかりの地を巡りたいなぁ……』

と考えておりました。

そして九戸政実さんを知ってから3年後、ついに岩手県二戸市にある九戸城を訪れるのです。

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