水野勝成

水野勝成/wikipediaより引用

徳川家

家康の従兄弟・水野勝成は戦国最強武将か!全国流浪したリアル傾奇者

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どうして、この人の名が世に広まらないのか

その他、家康が風紀を乱すと禁止した歌舞伎興行を、勝手に京都でおこなったり(つまり、本物の傾奇者である)。

大坂の陣では剣豪・宮本武蔵を配下にしていたり(『大坂御人数付 水野家分限帳』という書に名前がある)。

七十五歳になっても島原の乱に参戦していたり(本州から唯一の参陣)。

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他にも凄まじいエピソードが目白押し。

なぜ、この人の名が世に広まらないのか、本当に不思議に思うくらいである。

本多忠勝井伊直政らと比べて、ほんの少しだけ世代が若いことや、徳川家の大事なときに全国を放浪していたことが影響しているのだろうか。

・本多忠勝(1548年生まれ)
・井伊直政(1561年生まれ)
・水野勝成(1564年生まれ)

そこで自分は、水野勝成の人生を『天を裂く 水野勝成放浪記(→amazon)※Kindle読み放題対応』として、一冊の小説にさせていただきました。

現在、学研パブリッシングからが発売中であり、どうかよろしくお願いいたします(以上、宣伝です。失礼しました)。

最後に。

初代福山藩主としての水野勝成は、名君として知られている。

政治手腕は確かであり、上水道の整備や治水工事、税の免除など、多数の功績が残されている。

「全ての武士に貴賤はない。主君も家臣も、互いに頼り合ってこそ、世は成り立つ習いである。そなたたちは、私を親と思われよ。私も、そなたたちを子と思おう」

家臣には常に、そのように言っていたという。

若い時にした苦労が、勝成を大器として成長させたのだろう。

現在、福山の地に伝えられる勝成は、「優しいお殿様」のイメージだという話である。

対毛利などの要衝として水野勝成が築城した福山城。日本100名城(71番)に挙げられている

※編集部注:本書は、史実ベースで描かれた小説『天を裂く: 水野勝成放浪記(→amazon)』の著者・大塚卓嗣氏にご寄稿いただいたものです。

同書でリアル傾奇者の生き様、底抜けのバカさに涙してください。

著:大塚 卓嗣
監修:武将ジャパン

 

大塚卓嗣氏の作品掲載

『くるい咲き~越前狂乱(→amazon)』

『鬼手 小早川秀秋伝(→amazon)』

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