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【ドラマ大奥幕末編 感想レビュー第20回】
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そのうえで上書きしましょう
物語の持つ力は素晴らしくもあり、おそろしい。
今回を見て、慶喜像が『青天を衝け』と比べて違いすぎると焦った方もいるのではないでしょうか?
あのドラマで得た幕末と明治の描写は、僭越ながら申し上げますと、全部忘れた方が良い。
まずは明治以降の渋沢栄一の危険性です。
近代、帝国主義時代の経済政策は、今日の観点では参考にできません。
『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』という素晴らしい、今年のベストセラーがあります。
ナチスは経済を強くしたのだから良いという理論展開の是非が問われます。
誇張ありきではないかという検証もありますが、それ以前に今日の観点ではしてはいけない手段がとられました。
たとえば外国人労働者を過労死ありきで酷使するとか。
ユダヤ人を追いやって奪った資産を分配するとか。
渋沢栄一の経済もそうです。
労働者の人権軽視。公害軽視。女性蔑視。外国人搾取を前提とする。優生学思想を信奉し、ハンセン病患者隔離政策を肯定する。むしろ現在まで禍根を残しています。
こういう手段を学んでも何一つとしてよいことがありません。
そして幕末では、主に徳川慶喜について。まず、渋沢栄一の人物鑑定眼には大きな問題があります。
現在、ベルギー王族からすらも全く評価されなくなったレオポルド2世を絶賛していたのが渋沢です。
コンゴ自由国では手足切断当たり前 レオポルド2世に虐待された住民達
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搾取が悪という発想すらありません。
そんな彼とその同志が名を成し、人脈を形成した幕末期の手段はテロつながりです。そんなものを真似できるわけがない。
ゆえに、あのドラマはいかに楽しんだにせよ、教養や知識としての活用は推奨しません。むしろ危険です。
本当は怖い渋沢栄一 テロに傾倒し 友を見捨て 労働者に厳しく 論語解釈も怪しい
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NHK近代史ドラマ、また一歩進む
今回の放送を見て確信できました。
この『大奥』こそ、黎明期の大河ドラマに通じる志があると。
あの頃のドラマは作品として面白いかどうかだけでなく、歴史観の転換も狙っていました。
『花の生涯』はなにせ井伊直弼が主役です。
日本の第二次世界大戦後は、明治以来の歴史観を見直すようで、そうはなりませんでした。
高度経済成長期の日本人にとって必読書は司馬遼太郎です。司馬の歴史観は、幕末については薩長礼賛だとされます。
司馬はテロリズムは否定すると言いつつ、【桜田門外の変】は肯定しています。
司馬史観が昭和サラリーマン必須となると、初期の大河が試みた歴史の見直しは止まってしまいました。
それを『新選組!』や『八重の桜』といった果敢な大河が変えようとしたようで、そうはなっていない。むしろ2015年以降の大河はバックラッシュといえると思えます。
2015年以降の幕末大河ドラマを思い出してください。
孝明天皇の顔を思い出せますか?
その存在感の薄さが答えでしょう。
孝明天皇は幕末の政局において重要な意味があるにも関わらず、見えない存在とされてきた。これこそがタブーだということです。
今回はハッキリと、御簾の奥から出てきました。
その上で孝明天皇は家茂を深く信頼し、そして長州を断固倒すべきだと主張しています。
これぞタブーの理由でしょう。
孝明天皇が長州を憎んでいたことをどうしても隠したい何かがあった。そのベールをこのドラマは引き剥がしました。
そしてもう一人、名前すら出てこないのに、影が見える人物がいます。
松平容保です。
孝明天皇が誠意を愛し、信頼を寄せた人物が会津藩主にして京都守護職である松平容保です。
なぜ本作に容保が出なかったか?
時間やペース配分もありますが、なにより家茂とかぶるからではと思えます。
孝明天皇の絶対的な信頼。病弱。生真面目。それを悪用する慶喜。そして悲運に翻弄される。その人を知る者は誰も悪いことを言わず、人柄を礼賛する。
ここまで重なっていて、さらにもうひとつあります。
ドラマ出てきた御宸翰はむろん架空のものです。
しかし、孝明天皇の御宸翰は確かに存在し、歴史上大きな意味を持ちます。
松平容保に渡された御宸翰がそれに該当する。
敢えて御宸翰を出し、しかも本物と筆跡を似せてくることで、影絵のように容保の姿が見えてくる。見事な構成だと思います。
そしてもうひとつ、見えてくるものもあります。
家茂はなぜ影が薄いのか?
反対に容保はなぜ存在感があるのか?
共通点の多いこの二人。これについては旧会津藩士である山川健次郎が御宸翰の存在を世に知らしめたことが大きいのでしょう。
のみならず山川らは会津藩の再評価に向け、かなりの労力を割きました。
会津は歴史観光で儲けたいためにアピールしたとは言われます。
しかし、それをいうなら、それこそ山口の松下村塾といい、どこも似たようなものでしょう。
なにせ司馬遼太郎の創作を信じてしまい、高杉晋作の挙兵地ではない巧山寺に雄々しい騎馬像まで建てられてしまっています。
そもそも観光の弊害を言い出したのは地元、会津の人です。
それも慰霊の地である飯盛山を芸者連れの観光客が歩いたらどうすべえ、という嘆きの類でした。近年も飯盛山のポケストップが問題になったぐらいです。
もう一点付け加えておきますと、この「会津観光史観」に立脚した理論展開は、2000年代以降から広まったインターネットミームの類に思えます。
オフラインではまず聞きません。Wikipediaで論拠の薄い項目まで作られていて、それを薄めた理論展開がネット上だけでやたらと広まっているのが現状です。
ネットを中心にやたらと揶揄される会津の姿勢。けれども結果的にそれが正解だったのではないかと、この作品を見ていると思えます。
会津が主張したからこそ、無視できなくなっている。
家茂はそうでなかった。
だからこそ、再評価して推していかねばならない。
そしてこういう素晴らしい物語を紡いでゆく。その意義を今回の素晴らしい家茂を見て感じました。
家茂に涙し、慶喜の憤るこの感情はもう、想像をはるかに超えて素晴らしかった!
嗚呼、まるで幕臣の気持ちのカケラを拾ったみたいだ。
本当にシビれる作品です。
ボーイズクラブとシスターフッド、そしてサイコパス
歴史物としても素晴らしい。
のみならず、このドラマは未来への提言もあります。
家茂と和宮というカップルが女性同士というのは、とても意義があると思える。
愛情と友情の違いって何?
血が繋がっていることは本当に必須なの?
そうして共同体型の家族を提案してきます。
愛しあい、思い合う、二人のシスターフッドを見ていると、これに一体何の文句があるのかと胸の奥底からこみあげてきます。
愛のかたちは、人の数だけある。他人にそれを邪魔する権利があるのか。
その対比として、対立する必要などないのに、マウンティングで無茶苦茶にする慶喜が出てきます。
親子(ちかこ)が、そんなのどうでもいいと叫ぶ台詞は胸に迫るものがありました。
これは男性性由来なのか?
赤面疱瘡が克服され、男性が権力を取り戻したからこそ、こんな争いが起きているのでは?
赤面疱瘡の克服前、吉宗の孫たちも権力闘争を繰り広げていました。
彼女なりの志がある松平定信。
志などない。ただ退屈で自分のことだけ。そのくせ頭は切れる一橋治済。
女でも権力の中にいればああした争いを見せると、示しているようにも思えます。
慶喜はおぞましいけれども、既視感があります。
無責任で人を馬鹿にしていて、命を粗末にする。一橋治済の再来ともいえる。
治済と違って慶喜は直接手を下していません。
しかし、彼はある意味たちが悪い。今回の時系列で、慶喜は自己保身のために水戸の天狗党を処断して大量に死なせています。
治済のお遊びより、慶喜の無責任の方がはるかに被害は大きいのです。
治済はサイコパスとされました。慶喜もそれに該当すると思えます。
表面的には魅力的なのです。取り繕うのはうまい。
しかし実際は自己中心的で自分さえよければいい。マウンティングをする。人を見下す。利用する。
自分の非や責任は認めない。経過はどうでもいい、自分に有利な結果が出ればそれでいい。
平然と嘘をつく。同情なんてない。自己正当化がうまい。良心がない。
そのくせ、人を挑発したり、刺激を求めたりする――男性性の悪に迫るようで、それだけではない、無責任さも断罪するように思えてくる秀逸な展開です。
そしてそんな慶喜像は、史実に近いと思うとゾッとしてきませんか?
そんな慶喜を善人として信じ込ませた『青天を衝け』は、意味がわかると怖いドラマなのです。
ナチスはヒトラーが子どもと微笑む写真を撮影し、プロパガンダとして利用しました。
そういうことがあったと知識として身につけるだけでは不十分でしょう。
目の前でそんなことが行われていないか、立ち止まって考えてみることも大事なことではありませんか。
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文:武者震之助
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考・TOP画像】
ドラマ『大奥』/公式サイト(→link)