雪代巴&雪代緑

コミック『るろうに剣心』表紙/amazonより引用

この歴史漫画が熱い!

『るろうに剣心』雪代巴&雪代縁を徹底考察~間者やリベンジは妥当か

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雪代巴&雪代縁
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リアル明治青少年のリベンジ

雪代縁のような、愛する家族を失った青少年たちはどうなったのか?

名も残さず、ひっそりと死んでいった者も多かったとしまして、ここでは実在した人物の青少年サバイバルを見ていきましょう。

山川浩斎藤一の親友)

「やはりそこは軍人だべした」

西南戦争でリアルリベンジをかまし、敵軍を追い詰めた、存在そのものがフィクション以上に弾けている人物。

それが山川浩でした。

山川浩
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そして、その弟が……。

山川健次郎(縁の数歳上)

「学業だべな。アメリカ留学、そして教育!」

浩の弟は会津藩出身のアメリカ留学生として学位をおさめました。

山川浩&山川健次郎&捨松たちの覚悟を見よ!賊軍会津が文武でリベンジ

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西郷四郎(縁の数歳下)

「陸軍大将になれねがら柔道だぁ。そのあとは大陸さ渡る!」

西郷四郎は一旦は陸軍を目指すしながら、叶わず柔道を極め、さらに中国大陸に渡るという浪漫の極みのような人生でした。

彼しかできない必殺技もある!って、どこのマンガだよ……はい、小説やドラマではありますが、あの『姿三四郎』のモデルになったのは西郷四郎です。

西郷四郎
満身創痍の会津藩に生まれた西郷四郎~軍人の夢敗れて伝説の柔道家に

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北海道屯田兵

「開拓で、国のために尽くす!」

明治新政府は、北海道に関する知識が曖昧で、自然の脅威や冬の厳しさを相当甘く見ていたと思われる節があります。

それでも屯田兵は、弱音を吐かずに開拓し、苦闘を重ねました。

初期の屯田兵は、戊辰戦争で敗れた武士階級が多くいたものです。

なぜか? というと敗者に対する流刑だけでなく同時に開拓もできて一石二鳥でした。

それだけなく……

「開拓を成し遂げてこそ、国に尽くすことではないのか?」

「武士としての誇りを見せよ!」

こう掲げられていたのです。

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そうなると、雪代縁に対してはこんな風に言いたくなってしまう。

雪代縁よ……きみは一体何をしているんだ?

中国に渡来して、身に付けたのが倭刀術

そして個人的復讐に生きるのか?

そこまで智勇があるなら、軍人をめざすなり、学業をおさめるなり、もっと何かできたのではないだろうか?

それでもきみは、明治の青年かね!

思わずそう説教したくなってしまいませんか?

明治という時代は、新たな国家を作るために柱石となることが、国をあげて掲げられた時代でした。

通俗道徳】という価値観もあります。

甚だ残酷な話ではありますが、当時の価値観ならば、雪代巴が甘かったとか、だらしがないとか、そんなふうに責められ、縁の苦労なんて誰も気にしなかった可能性は極めて高い。

縁のように恨みを抱えた青少年は、明治という時代には大勢おりました。

通俗道徳
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世直しと報国があるのか?

雪代縁の何が明治青年として奇妙なのか?

それは個人単位での復讐にとらわれていて、世直しという発想がないところだと思えてきます。

この国は病んでいる。その「病」をどうにかしたい。そういう意識が、当時はありました。

世直しです。

これは庶民にまであることで、西郷隆盛のことが持ち上げられ、ロシアから戻ってくるという伝説まで生まれた背景には、

「こんな酷い世の中をなんとかできるのではないか」

という願望ゆえでした。

明治維新で世の中がよくなったどころか、落ちぶれてしまい、ひどくなるばかりであるという視点は、明治にはつきまとうものです。

そういう世直しだけではなく、国民一人一人がお国のために尽くす報国思想も、明治から芽生えてゆきます。

それまで日本人の帰属意識は、殿様や藩、あるいは家単位でした。そこに国学、勤皇思想が生まれ、明治になってようやく日本という国家に尽くす思想が生まれてきます。

そこを踏まえていくと、『るろ剣』の根底にある価値観は、どうにも奇妙な歪みが見えてきます。

彼らはあくまで個人単位での復讐を考えている。

志々雄真実はまだ政府への不満が見えたものの、縁は私的な復讐のみに突き進んでゆきます。

SNKはじめ90年代の格闘ゲームでは、主人公側の格闘家や剣客が、何らかの野心実現を狙う悪党を倒し、世界を救います。

どうしてラスボスは政府やもっと上の層へ働きかけず、格闘家の殴り合いで何かを狙うのだろうか?

そんな疑念を考えるのも野暮ですが、『るろ剣』ワールドはそんな価値観を、よりにもよって明治時代で展開するところが苦しいのであります。

不平士族の反乱】が武力鎮圧されたあと、明治時代の人々は世直しに希望を見出しました。

その顕著な例が自由民権運動です。

自由民権運動に参加した人々は、いろいろな階層や地域におります。

中央政府のやり口に納得できない。

幕末にあった“フレイヘイド”(吉田松陰らが唱えた、ナポレオンが掲げた自由の精神)はどこへ消えたのか?

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そういう人々が自由民権運動に参加し、警察の弾圧を乗り越え、秩父事件はじめ様々な出来事に関与していく。そういう設定のフィクションはあります。

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代表例として、1980年大河ドラマ『獅子の時代』があります。

複数の人物を組み合わせた、会津と薩摩の人物を主役に据えた大河ドラマです。

会津側の主人公・銑次は、当初の予定では明治に商人になり、逮捕されるところで終わるはずでした。

ところがドラマでは、そうはなりません。脚本家の山田太一氏は大きく変えたのです。

銑次は経済格差にあえぐ人々が起こした「秩父事件」に参加。そのあと、銑次の姿を見かけたという証言があったと語られ、どこで彼が亡くなったか?すら不明のまま終わるのです。

主人公が架空の人物で、没年すら不明。自由な大河ドラマであったと驚かされる作品です。

銑次の目指した道は、民のための政治であった。そうわかる鮮やかなラストと言えます。

幕末に苦労した。

明治時代の差別や政治問題に苦しめられた。

こんな世の中は変えねばならない――自由へ!

山田風太郎の明治もの等、明治を舞台としたフィクションでは定番の終わり方と言えます。主人公はハッピーエンドを迎えられないという含意も、そこにはあります。

自由民権運動は迫害され、場合によっては網走監獄送り。

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そしてその先に待ち受けるのは太平洋戦争です。

縁と同年代の柴五郎は、敗戦の責務に苦しみ、切腹をしようとしました。

明治ものというのは、どうしたってハッピーにはなれない、日本近現代史が持つ暗い宿命がつきまとうものなのです。

ここで思い出してみましょう。

『るろ剣』は政治性を排除するために明治時代を舞台にした少年漫画です。

その結果どうなるのか?

世界や歴史とは向き合わず、個人の閉じた世界で折り合いをつけるしかない。

「少年漫画の基本は笑顔とハッピーエンド」を公言している和月先生が、それとどう向き合うのか?

どうしたって無理がある。整合性矛盾を感じるのです。

「人誅編」で終わりへ向かうのも、納得ができる話ではあります。個人の復讐におさめようとすれば、この世界にはどうしたって歪みが出てきてしまうのです。

『るろ剣』という作品からは、どうしたって連載期間にあった日本の空気が漂ってきます。

基本は笑顔とハッピーエンド。

年端もいかない少年少女が主人公で世界を救う。

そういうお約束は、ハリウッドよりもむしろ日本の少年漫画に横溢していた空気感で、しかも1990年代から2000年代にかけて、一番濃厚だった気がしてくるのです。

1989年、ベルリンの壁が崩壊。

1991年末、ソビエト連邦の崩壊。

1990年代は、冷戦終結と共に始まりました。西側世界はそれまでにあった重石が消えたような爽快感を味わったものです。

バブル崩壊と同時期とはいえ、そこまで不況が続かないだろうと信じたかった。

むしろまだ余裕がありました。バブルの頃に味わったハイテンションがうっすらと残っていたものです。

『るろ剣』の「政治は持ち込まない」という姿勢にも、その限界が現れています。

バブル時代、国民は政治なんて気にせずとも生きていけました。

選挙なんて行かなくても景気はいい。私をスキーに連れてって。リゾート・ラバーズ。ボケーッと生きていてもいい。

むしろそれがトレンディ。政治の話なんて出したら、むしろ読者は離れちゃう。笑顔とハッピーエンドでいいじゃん♪

そういう時代でした。

雪代巴と縁は、連載当時流行していた他作品のオマージュが背景にある人物です。

そして連載された時代の限界点にも、直面してしまった人物像と設定だと思えるのです。


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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考】
コミック『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚―カラー版』(→amazon
コミック『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚・北海道編―』(→amazon
映画『るろうに剣心』(→amazonプライム
映画『るろうに剣心 京都大火編』(→amazonプライム

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