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【白虎隊の生き残り・酒井峰治】
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生の談:酒井峰治とクマのサバイバル
一方そのころ、酒井峰治という隊士が道に迷っていました。草鞋をはき直しているうちに、味方とはぐれてしまったのです。
誰か戻って来ないだろうか。
このままどうすればいいのか。
心細く思っていると、馬の嘶きが聞こえました。
慌てた酒井は、もし敵ならば自害するしかない、そう思い詰めて声の方を伺いました。
するとそれは農耕馬で、傍らには母子らしき農夫二人の姿がありました。
近隣の小屋に住む母子です。
ああよかった、助かった……酒井は礼金を渡し、道案内を頼みます。母親の方が彼の若さに同情を寄せ、息子に案内するように言います。
農夫の案内で、酒井は村にたどりつきました。
城に戻りたいと村人に告げると、相手は暗い顔をします。
「もう城下は敵があふれていて、たどりつくことはできんでしょう……」
それでも酒井はあきらめません。
「この村には庄三がいるだろう。どこだ?」
酒井は知り合いの庄三という者を探し、せめて落城したかどうかだけでも尋ねようとします。
しかし関わりを恐れたのか、村人は酒井の姿を見ると避け、隠れてしまいます。
もう駄目だ……酒井は絶望しました。もはやこれまでだと、松の木陰に向かうと自害しようとします。
「おやめくだせぇ!」
愛犬クマが一目散に駆け寄ってきた
酒井が自害を決意すると、そこへ庄三と斉藤佐一郎夫妻が駆けつけ、酒井の腕を押さえました。
庄三たちは酒井から大小の刀を取りあげ預かると、月代を剃り、藁で髷を結いました。そして野良着に着替えさせると、若い武士はすっかり農夫に見えるようになりました。
「これなら敵にもわからんでしょう」
やっと酒井は一息つきました。
農具の姿で火にあたり、冷え切った体を温めていると、誰かがこう声を掛けてきました。
「おいっ、酒井じゃないか!」
「伊藤、お前、無事だったのか!」
振り返ると、白虎隊の伊藤又八がおりました。彼も農夫の服装をして潜伏していたのです。
仲間に出会った二人の胸に、希望と勇気がわいてきました。この扮装ならば、城まで戻れるのではないだろうか、そう思えたのです。
二人は村を出ると、もう日が暮れているので近くの小屋で休むことにしました。
すると、酒井の側を何かが走ってゆきます。
『あれは……クマでは???』
その姿を見てみると、酒井がよく連れ歩き、可愛がっていた愛犬でした。
鳥や小動物の狩りをする時、この愛犬をよく連れて行ったのです
酒井は驚き、その名を呼びました。
「クマ!」
声を聞いたクマが立ち止まり、酒井の顔を見ると一目散に走って来てそのまま飛びつき、嬉しそうに尻尾を振っています。
愛犬の頭を撫でているうちに、酒井の目からとめどなく涙がこぼれてきました。
白河口から撤退してきた会津藩士と合流
「クマ、どうしてここにいるんだ? 俺を探してきたのか?」
敵が押し寄せる中、クマはどうやって酒井を探してここまでたどりついたのでしょうか。
人間の百万倍ともされるその鋭い嗅覚と、そして何より酒井への愛情が為せるわざだったのでしょう。
クマの深い愛情に、酒井は感激しました。
再会を喜び、貴重な食料をクマに分け与え、小屋で一緒に眠ることに……。
毛皮の奥から伝わってくるぬくもりが、少年の心に安らぎを与えてことでしょう。
酒井がうつらうつらしていると、夢か幻か、クマが激しく吠える声がします。
「うるさいぞ、クマ。静かにしろ」
普段は言うことを聞くおとなしい犬なのに、おかしいな。
不審に思った酒井が起き上がると、小屋の近くから誰かの声がします。
敵か、味方か?
「おーい、誰かいるかあ」
どうやら味方のようです。
「酒井峰治だ。そちらは誰だ」
「ああ、酒井様ですか! 私は庄三の兄弟です」
そこには味方がいました。白河口から撤退してきた会津藩士もいます。
この様子なら帰れるだろう……。
勇気が湧いた酒井は伊藤と愛犬クマとともに、城を目指し歩き始めます。
行く先々でもらった食料で食いつなぎ、彼らは慎重に進み続けます。
途中、家族と別の場所で合流するという伊藤とは別れ、酒井はやっとの思いで城にたどりつきました。
「滝沢本陣」を出発してから三日目。25日の朝、やっと城の三ノ丸前が見えて来ます。
酒井は笹を振って大声で呼びかけます。
「味方だ、門を開けてくれ!」
こうして城に戻った酒井は、やっと生き延びたと安堵します。
彼は農夫の姿を改め、支給された銃を持ち、籠城戦を戦い抜くことになるのです。
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