歴史ドラマ映画レビュー

NHKドラマ『柳生一族の陰謀』徹底レビュー! 時代劇への熱量が夢じゃない夢じゃない

2020/04/15

これは歴史の闇に葬られたもう一つの物語である――。

そう重々しく語られる中、江戸城で秀忠(大河主人公経験あり)が苦しみ倒れます。

いきなり死亡!

出てきたと思ったら死ぬ……なんでも食あたりによる中毒死と推測されたとか。

明智光秀の肖像画
明智光秀は本能寺の変直後に何をした?必死だった味方集めと京都支配

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はい、二代将軍がいきなり退場しました。早いぃぃぃ!!

うん、このスピード感がいいですね。やはり、こういう時代劇は、開始早々誰か死なないと。

そんな父の死を受けて、嫡男の徳川家光はオロオロする。一方、弟の徳川忠長は冷静です。

よくわかる! 将軍継嗣問題

兄・家光(大河主人公経験あり)
御福(大河主人公経験あり)
松平信綱

vs

弟・忠長
於江与(大河主人公経験あり)
土井大炊頭利勝

信綱が本作ではまだ小姓です。

「お前のような老けた小姓がいるか!」というツッコミはとりあえずさておき、ここで一悶着があります。

お毒味役は自害するし、世継ぎも決まらぬまま将軍が亡くなったとなれば、世の中が混乱するというわけです。

土井の提案で父の死を伏せることに対して、それでは成仏できぬと憤る家光。ピュアなんだね。

対する忠長は、世の中の太平のためならば仕方ないと割り切り、於江与がそんな忠長を猛然とプッシュします。忠長こそが将軍によいとグイグイ。斉藤由貴さんが絶品の悪女顔で、もはや何も言うことはない領域!

そしてこのやりとりを、一人の男が聞いているのでした。

将軍家剣術指南役・柳生但馬守宗矩――。

実は彼にも大河主人公経験があります。1971年第9作『春の坂道』です。

 

でも……なんだか陰謀を企む腹黒いあの柳生のおっさん扱いの方が定着した感がある。そういう人物でして。

この宗矩を演じるのは『麒麟がくる』では松永久秀を演じている吉田鋼太郎さんです。

久秀も、宗矩も、奈良を代表する人物。宗矩の父である柳生石舟斎は、松永久秀に仕えておりました。もう吉田さんは、名誉奈良県民ですね。

奈良県民の誇りである久秀と宗矩を熱演する。奈良県民としては「いや、なんか腹黒いイメージがある久秀と宗矩より、むしろ島左近を推したい」という思いがあるかもしれませんが、まあ、それはそれとして。

明智光秀の肖像画
明智光秀は本能寺の変直後に何をした?必死だった味方集めと京都支配

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明智光秀の肖像画
明智光秀は本能寺の変直後に何をした?必死だった味方集めと京都支配

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秀忠は「砒石を盛られた」

このあと、上野増上寺の霊殿に何者かが侵入します。そのうえで秀忠の内臓を取り出す。

秀忠の扱いが酷い? まあいいんです。もう死んでいる。

そして、その臓物を持って去ってゆく動きを、服部半蔵が見ています。

「あの女、確か柳生の……」

持ち去ったのは、柳生一族でした。

持ち帰られた胃を調べ、宗矩は「砒石を盛られた」と判断しています。

銀に毒をつけると、即座に黒くなる判定法です。本当にそんなもんでわかるかどうか。かなり怪しいものですが、本作はそうした今や消えつつある――そんな時代劇のお約束を復活させています。

そもそも、元の映画が傑作だけに、始まる前から「期待していない」という声もあったようです。

では、なぜ作るのか?

答えは作らねばならないから。技術と伝統の継承でござる。

ここ数年、ずっと気になっていたことがある。

時代劇の土台が崩れているのではないだろうか?

伝奇的なプロット、派手な殺陣、基本的な日本史知識に基づく描写とアレンジ、エログロバイオレンス。

そういうかつて一世を風靡した流れが衰退してきている。

明智光秀の肖像画
明智光秀は本能寺の変直後に何をした?必死だった味方集めと京都支配

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家計簿とか。金の勘定とか、ほのぼの日常とか。それが悪いとは言いません。

けれども物足りなさはあった。

藤沢周平のしっとりした世界観。悪くない。彼の作品は好きです。

歴史研究者の地道な史実を基にしたもの。それもよいことではある。そういうものが1990年代あたりから増えて、伝奇的なものはばかばかしいとされてきたとは思うのです。

明智光秀の肖像画
明智光秀は本能寺の変直後に何をした?必死だった味方集めと京都支配

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でも、それは世界のニーズとトレンドからは周回遅れになっているとは思った。

リンカーン大統領が吸血鬼と戦い……。

 

リージェンシー(摂政皇太子時代・ジョージ4世の治世)のイギリスでは、紳士淑女がゾンビと戦っているのにッ……。

 

そういう伝奇のギトギト歴史劇が、世界では受け入れられているのに、日本の時代劇はしっとりしていて、地味。

もっと血しぶき、殺陣、無茶苦茶な展開が見たかった。

『サムライマラソン』は、そんな世界のニーズが反映されていた力作でした。

 

それなのに、ユーザーレビューではトンデモバカ映画扱いをされていて、正直、寂しいものはあった。

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世界は、柳生一族が生首を投げるような映像を望んでいるのに……そんな嘆きは、今夜、過去のものとなる!

やはり、我が受信料は殺伐とした時代劇に使っていただきたいものでござってな。

はい、そんなわけで証拠を握った宗矩は家光を呼び出します。

 


三名の地獄に堕ちる宣言

宗矩は、ご逝去は毒殺だったといきなり家光にバラします。

奪還した胃から砒石が出たとペラペラ言うと、同席している御福と松平信綱は困っております。

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しかも、宗矩は若君のため毒を盛ったと言い出す。家光は、剣術指南がどうしてそんなことをするのかと戸惑っております。確かにわけがわからん!

家光は困惑し、短刀を抜いて宗矩に突き付けます。

しかし、彼は握り返してしまう。すると御福と松平信綱が動揺するのです。そして白状します。

毒を盛ったのはこの二人でした。

なんだ、この徳川将軍家周辺は……。

秀忠殺害犯

犯人:御福・松平信綱

動機:家光廃嫡を決めたから。でもそれは家康公の遺言を蔑ろにすることでしょ!

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大河ドラマの主人公経験がある御福、ご存知、春日局が暗殺……やはり、こういう大胆さが大事ですね。

徳川将軍は暗殺されてこそ。そういう気持ちが大事です。今は令和。江戸時代じゃないんだから、将軍は自由に扱ってよいでしょう。

家光は、ヤケクソになってくる。

弟の忠長を比較し、人徳も胆力もない、見向きもされていない自覚はあったようです。

だからこそ自己研鑽をはかり、父に認められたかったのに廃嫡を決められていてショックを受けています。繊細ですね。

ここで、胃を盗もうとしていたのは土井大炊頭だと明かされます。

それを察知して、宗矩はとめた。そのうえで、強引にこの陰謀に割り込んできます。

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なんか番組予告では、不穏なフラグを立てつつも一応宗矩が助っ人扱いですが、そういう綺麗な話でもありません。

家光は父を殺してまで将軍職につけるという計画に困惑しています。そりゃそうなるでしょ……しかし、宗矩はこうだ。

「つかねばなりませぬ。それが若君の持って生まれた天命に御座います」

逃げてはならないとハッパをかけたうえで、「これより先」と前置きをしてこれです。

ポイント

親に会えば

親を殺し

仏に会えば 仏を殺す

いわば善悪を超えた不退転の決意が肝要

なんかいいセリフ扱いですが、冷静に考えると意味がわからない。ただの外道宣言です。

でも、宗矩の圧力がすごいし、我ら三人(御福・信綱・宗矩、3人中2人が大河主人公)をお手討ちにしろと迫ってきます。

「あいわかった……今日よりこの家光、そなたらと共に地獄に堕ちようぞ!」

「はは〜っ!」

 

柳生一族と根来衆

タイトルが出てきます。

【柳生一族の陰謀】

ドーン!

……って、なんか最低最悪の団結を見せつけたな。

仕事のできる男・宗矩は休まない。フルスロットル陰謀に突っ走り、人員を集めます。

柳生宗矩が呼んでくるユニットとは?

・根来衆(忍者)

・長男の十兵衛

二男の左門友矩は不満そうですが、宗矩は強い剣豪カードを使いたいのです。

兄弟争いは徳川将軍家だけでもない。柳生一族でも真面目な左門と、フリーランス剣豪ライフを満喫する十兵衛の間には何かあるようです。

そんな左門と家光のボーイズラブ作品もありますが……話が逸れるので、それはさておきまして柳生一族の確認。

柳生一族のカード

・S:宗矩(腹黒いあいつ)

・SS:十兵衛三厳(みんな大好き、眼帯剣豪!!)

・A;左門友矩(史実では夭折、気づけば死んでいる扱いが多い)

・B:茜(本作オリジナル)

・B:主膳宗冬(史実では柳生家当主になるのに、弱い残念扱いをされる不幸な人物)

そして根来衆(ねごろしゅう)とは一体何者なのか?

サラっと見ておきますと……。

根来衆とは?

根来寺周辺に居住していた僧兵集団。雑賀衆同樣、鉄砲による武装が得意だった。

そういう史実はさておき、伝奇時代劇では、伊賀・甲賀・そして根来という第三勢力扱いが定番です。第三勢力忍者には、他に風魔あたりのこともある。伊賀と甲賀は盤石として、三番手以降はフレキシブルです。

本作の場合、サンカの要素も含まれている。定住の地を失い、故郷を得るために戦っている設定のようだ。

みんなが愛してやまない十兵衛は、根来衆の村付近にいるらしい。フリーランスライフで仲良くなったそうです。

御頭の左源太は、宗矩より密書が参ったと言ってきます。動乱の兆しがある――それゆえ力を借りたいのだと。根来衆は、根来の国を再興させると言い出すわけです。

「根来の国」であって「根来の寺」ではないので、やはり本作独自の設定にしているとは思います。

日本単一国家宣言は、定期的に炎上します。こういうサンカのような民族を見なかったことにはできない。

大河じゃない、伝奇時代劇にはそういう問題提起の側面もあるんですね。「チェスト関ヶ原」が有名な『衛府の七忍』は、そこをテーマにしている。実は真面目な問題提起がある。

根来衆の若い男女であるハヤテとマンは、思い合う仲のようです。腕がなるぜ! そう張り切っております。

これも切ないんですよね。定住の地を得るために、汚い仕事に動員されるわけですから。そういう問題提起も念頭に入れておきたい。

そこへ、早速弓矢が飛んでくる。

 


溝端十兵衛の参上!

忍者! NINJA!!

忠長派は服部半蔵以下、伊賀がついているようです。伊賀vs根来ですな。

佐野岳さんが持ち前の高い運動能力で、鮮やかな殺陣を見せます。オリジナル版ではあの真田広之さんが演じたハヤテ。このまま第二のデューク真田になりましょう!

そしてここで、傘を被った剣豪が忍者を斬り捨てる。

十兵衛だあああああ!!

「腕をあげたな、ハヤテ」

溝端順平さんです。

オリジナルの千葉真一さんと比較して、いろいろ言われるでしょうから、大変だとは思います。けれども、令和現在、一番の模範解答を選んできたところだとは思えます。

ルックス、身体能力もあります。それに、千葉真一さんほどワイルドでもない。けれども、気品だけでもない。

爽やかなようできっちり人をズバリと斬るし、血糊も似合うし、セリフの滑舌や時代劇の言い回しもできているし、和服の所作もよいかと思います。いい十兵衛です。

十兵衛は讃岐国まで宗矩から知らせがきた。勘当同然なのによほどのことだろう、並々ならぬ覚悟だとわかっています。修行もお預けにして、協力する、望むところとやる気満々です。

はい、この時点では十兵衛は隻眼ではありません。

十兵衛って隻眼だったのか? その原因は? それは好きなように設定できます。伊達政宗とは違うのよ。

十兵衛隻眼パターンとは?

・幼少期の事故

・宗矩の厳しすぎる修行による(そりゃ親子仲もこじれるわ)

・作中で誰かにつけられる

本作は3番目パターンですかね。

忠長も、秀忠毒殺に感づいています。皮肉っぽくそこまでして家光を支持する御福に驚いてはおります。「抜け参り」とか、いろいろしてますもんね。

真相究明は父の冥福にも関わると困惑しますが、土井と於江与はそんな道を踏み外した家光派に国政を任せてよいものかと問いかけます。これはなかなかストレートな政治への提言かも。

そのうえで、家光に遺骸の確認を申し出ます。

塩対応の家光が口を開く。毒殺のフェイクニュースなんか調べてどうするつもり? そこまでして兄を出し抜いて貶めたいの? そうネチネチとのらりくらりとかわそうとして、言葉がエスカレートします。

後ろめたいことがあるから断るのかと迫る弟。ゲスの勘ぐりと返す兄。

家光はつっぱね、甲府に帰れ、せいぜいママにかわいがってもらえと煽るのですが……。

真っ直ぐな忠長は焚きつけられ、事の理非を正すと言い切る。

でも、正面突破はできない。ここで、於江与と御福の対決へ向かうのです。

御福は、於江与が家光を「愚鈍」と言い切ったことに、取り下げを要求します。

そんな御福の頭を扇で叩く於江与。そのうえで手をグリグリと踏みつけます。

「江戸に戻るときは、家光の首も、そなたの居場所もないと思え……」

斉藤由貴さんも美村里江さんも最高です。

女と女のバトルと矮小化する流れはいらん。やはり女性だろうと、首を取る宣言くらい力強くしないと。時代劇の発声もうまいし、着物の所作も綺麗だし、もはや何も申しますまい。

斎藤さんは、目を見開くと黒目の周りを白目が囲むようになって、それが独特の雰囲気を出しています。

彼女らも、戦国乱世を知る最後の世代といえばそうなんですよね。

どんなに愚鈍でも、血筋さえあれば将軍になれる。生母の身分もどうでもよい。そうなってこそが太平の世の完成形ではあるのです。そこまで至らないと。

 

十兵衛の帰宅に様々な反応

十兵衛がそのころ帰宅しています。茜は嬉しそうです。

「十兵衛兄様、お久しぶりでございます」

「茜、しばらく会わんうちに女っぷりがあがったな」

「いつまでも子どもではありませぬ」

微かに匂わせる、恋心。茜は養女かつオリジナルキャラクター。こういう伝奇時代劇では【オリジナルキャラクター=死】はお約束ではあります。

根来衆の左源太も「こんなに早く悲願が叶うとは」と嬉しそう。十兵衛は「俺の力ではない」とさわやかに言い切ります。

着実に惨殺フラグを立ててるわ……。

やっぱりこの溝端十兵衛、無茶苦茶いいですよ! この調子で、久しぶりに十兵衛ドラマを作って欲しいところです。

ちなみにオリジナル版の千葉真一さん。暑苦しいイメージがありますが、若いころは溝端さんポジション、正統派美形アイドルだったんです。

それが『仁義なき戦い』の大友勝利あたりで変わった。溝端さんも、そういう道に進める可能性はあるんです。応援しなくちゃ!

 

このあと、十兵衛はうまいうまいと満足そうにご飯を食べています。なんでも茜が心を込めて作っていたとか。

主膳は、自分には作ってもらえないと言っています。こういう切ない恋心が、あとで全部ぶっ刺されるお約束があるからさ……。

十兵衛は、諸国巡り、あたたかく迎えた根来の里のことを語ります。

でも、きょうだいのことは忘れたことがない。基本的にナイスガイなんですね。まあ、その割にフィクションでは躊躇なく敵を殺しますけど。

 

ご飯を食べつつ、茜にいい婿を見つけて安心させろと言い出す十兵衛。その上で左門と酒を飲もうとするのですが、相手は冷たい反応です。

フリーランスエンジョイしておいて、今になって家業を継ぐつもりなのかとイライラしています。

十兵衛は、ここに至ってそのつもりはないと断言します。仕官、要するに公務員ライフは性格的に向いていないってよ。それができるのは弟なんだから、自信を持てと励まします。

左門はそんな兄に、明日も早いから酒はほどほどにと釘を刺しながら酒を飲み合うのでした。

 

腹黒宗矩との対面

目を瞑ったまま扇を受け止める十兵衛。扇は宗矩でした。

不肖の息子の罪滅ぼしと語る十兵衛に、頼りにしていると励ます宗矩。

十兵衛は、確認があると言います。上様(秀忠)を亡きものにしたのは忠長周辺か? そうチェックするわけです。

「無論、疑う余地なし」

宗矩、断言しやがりました……。腹黒いなぁ。もうやだこんな親父。

はい、一応は病ということになっている秀忠ですので、京都から病気見舞いも到着しました。

公家どもなんて無視していいじゃない。と、言いたいところですが、江戸初期ってなかなか難しいものがありまして。

政治の中心が関東に移転された日本史上でも大きな転換点ですが、京都から権力を移すまで色々と面倒なことがありました。幕末、このことに鈍感になったがために、面倒くさいことになってしまいます。それはさておき。

麻呂のご機嫌をとらねば、将軍宣下もできない事情もあります。この世界で麻呂は優雅なだけでもないと来た。

秀忠の死。兄弟争い。大体麻呂どもはお見通しです。オーッホッホッホ!

家光と御福にこんなこと言い出しました。

「実のおたあさんでもないのに、なぜそこまで家光さんに肩入れなさる、慈悲深きことよの〜」

で、こんなこともそっと言いやがると。

「欲に溺れたる者を操るのは、他愛無いものでおじゃるのぉ〜ホーッホッホッホ!」

愉快な麻呂たち

三条西大納言(ノーマル、強くない)

烏丸少将文麿(むちゃくちゃ強い麻呂)

そんな烏丸文麿、通称「強い麻呂」。本作オリジナル版でも屈指の人気キャラクターです。最近は『ポプピピテック』の竹書房彦摩呂(くそまんがのくげ)の元ネタでもあります。

どんだけ……こういう……強い麻呂が見たかったことかッ!

演じるのは波岡一喜さん。オリジナルの成田三樹夫さんを敬愛していて、ノリノリで演じていたそうです。

実は本作予告動画で、手応えを感じたのはまさしくこの波岡さんの強い麻呂でした。

成田さんに波岡さんが絶対に勝てる要素が、この役回りならばあります。

成田さんは山形出身。波岡さんは大阪出身。関西の言葉のイントネーションについては、波岡さんが負けるはずがないわけです。

これは当時の限界がある。

『仁義なき戦い』は傑作で、菅原文太さんには文句のつけようがない。と、言いたいところですが、宮城出身の彼はどうしても広島弁をそこまですんなりとは言えていないというところはあるわけです。

波岡さんの文麿は、関西弁で煽り立てるいやらしさが絶品。身体能力や演技力もあるけれども、発声の時点で外さないから期待できると感じていたわけでして。

本作の強みは、ここだとは思う。

リメイク版って、どうしてもオリジナルに近づけることを正解としたくはなります。この役ならば、山本耕史さんあたりが、成田版には一番近いとは思えます。リメイク版の佐野史郎さんも意図はわかる。

でも、本作は一から別の解釈で、強い麻呂を作っていく意思を感じるんですね。

オリジナル版より軽薄といえばそうだし、チンピラぽいと思えるかもしれない。でも、令和版の強い麻呂として、これが正解だと思える演技と存在感です。これぞ強い麻呂!

そんな強い麻呂は、煽りがすごい。十兵衛と左門を見つけ、剣豪だから血の臭いがすると言い出します。

「おやおや、おそろしや、長刀やなあ、おほほほ、オーホホホホ!」

茜がそんな麻呂を不審がっている。十兵衛は、烏丸文麿、あれで宮中随一のの利き者だと言います。

それにしても烏丸文麿って、モデルからどうしてこういう着地に向かったのか。まぁ、みんな無茶苦茶に突っ走ってはいるけどさぁ。

『麒麟がくる』の足利義輝との落差に心臓がキュッとなります。

足利義輝(室町幕府13代将軍)の肖像画
刀を握ったまま敵勢に斃された剣豪将軍・足利義輝|室町幕府13代の壮絶な生涯

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でも、ああいう義輝だけではものたりない。優雅だけどぶっ壊れている、強い麻呂を、この時代は必要としているんです!!

 

新陰流の内部分裂

そのころ、忠長派は土産2つをゲットしたそうです。

土産の内訳

・奥州の独眼竜こと伊達政宗、息女との御婚儀を承諾する。政宗は本当にこういうとき、ロクな扱いされないからさ。まぁ、本人の性格もああだけど

伊達政宗の肖像画
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・そして剣豪レアカード! 小笠原長治、号は玄信斎だ!

なんでも、宗矩の父・柳生石舟斎と同門だそうで、新陰流の正統を証明するために、将軍家の剣術指南役になりたいそうです。

「武芸者の欲することはいつの世も同じじゃ」

サラリとそう説明されるんですけどね。これ、伝奇時代劇慣れていないとわかりにくいと思うんですが。

【新陰流の内部分裂】です。

源氏にせよ、ギャングスタラッパーにせよ、ヤクザにせよ、なまじ元が同じ仲間だと内輪揉めが厄介。伝奇時代劇では、新陰流がやたらと分裂を繰り返し、殺し合いをします。

定番は、江戸柳生vs尾張柳生ですね。しょっちゅう新陰流同士で殺し合いをしている印象がある。伊賀と甲賀みたいなもんですね。

史実で実際に強いのは、悪党逮捕術をベースにした天然理心流、ともかく殴りまくるジゲン流だと幕末に証明されますが、それはそれとしまして。

さて、麻呂たちは出雲阿国の舞を見ています。文麿はあくびをしています。

そのうえで、内密な話。家光が将軍宣下したら2万石、忠長は10万石をオファーします。汚い話だなぁ。

あと、ここで突っ込みたい人はいると思う。

小笠原玄信斎も、出雲阿国も時代的にどうなのよ?

はい、史実ではもう生きていないとは思うのです。阿国は何代目かもしれないけど。

答えは……何を期待してんの? なんで伝奇時代劇で歴史の勉強するつもりになってるの? となります。

史実はどうでもいい。でも、それがゆえに上級者向けかもしれない。

で、この阿国なんですが。オリジナルは大原麗子さんです。そりゃもう、見ているだけでため息が漏れるほど美しい。絶品の存在です。

あの彼女を目指したら、追いつける人がいるかどうか怪しい。

森田望智さんは、コケティッシュでセクシー、度胸のある動きです。そういう捉え方があったか。そう思わされます。魅力的なんですよね。

このあと、忠長が笛を笛を吹いていると、この阿国に音が揺れていると指摘されます。二人は恋仲で、自室で忍んで会っているのでした。

これも森田さんをキャスティングした意味があるなぁ。正面切って美しいだけではなく、こういう魅力のある女性なら、純粋培養の忠長がメロメロになってもおかしくない。生々しさを感じます。

忠長は、愛する女性だからこそ、兄と戦になるやもしれぬ、危険な目にあわせたくないと苦しい本音を打ち明けるのです。

阿国は勿体無いお言葉と感謝しつつも、一介の女芸人、武家の女のようには振る舞えないと返す。それを収めたあかつきには呼び戻すと誓い、信じてくれという。

このあと、我が子の思いを察知した於江与は、廊下で「そなたを見損なうた!」と、あんな女と交際するなと我が子に迫ります。

心配もある。それだけではなく、祖父に織田 信長の血を引くプライド高き女性です。ある大河ではなんだかごまかしましたが、夫の浮気には苦い思いがあったはず。そういうニュアンスを感じるんですよね。

忠長は妄執にあらずときっぱり言い切ります。荒井敦史さんのキリッとした生真面目さが出ていますね。これは正統派時代劇俳優だ。

さて、そのころ……。

 

いたぶり嬲る強い麻呂

日本全国では浪人が50万人を超えました。

しかも、甲府城下に仕事を求めて集まって来ます。こういうフリーランス戦闘員が危険であるのは、古今東西そんなものです。

柳生一族は土井大炊頭の首を取りに行くとやる気を満々に見せています。

宗矩としては十兵衛を使いたいのですが、左門が初陣を任せられないと言い出す。なんだこの狂った世界観は。まあいいや。

根来衆の左源太も首取りに向かう中、その娘・マンは大奥に潜入し家光警護にあたるそうです。嫌な予感がする。

なんでも土井は、京都まで麻呂を送迎するサービスをするそうですが……そこを襲撃されます。

油断も隙もないな、おい!!

「何者じゃ! 朝廷の使者と知っての狼藉かっ!」

「お命頂戴致す!」

「曲者じゃ、出会え、出会えー!」

忍者が屋根から飛び降りてきた。やはり、今こそこういう襲撃を見たい。そういう気持ちはあるわけですよね。

土井大炊頭はあっさり討ち取られます。まあ、そうなるよね。

すると笑い声が響く。

「オホホホホ、そなたら柳生の手ェのものか」

ちょっと待って、その朝廷からの使者、安全ですか?

はい、強い麻呂です。

「そなたらには、諍いの火種になってもらわねば。柳生の首ひとつ、いただいとこ」

あまりに軽い宣言のあと、主膳をいたぶり嬲り殺す麻呂。この軽やかにいたぶるあたりに、令和の強い麻呂感があっていいと思います。オリジナルよりゲスで、そこがいいですね。

無茶苦茶なようで奥深いとは思う。

幕末、朝廷が政治を取り戻す際には、第14代将軍継嗣問題(徳川家茂か、一橋慶喜か)が、発端の背後にあるんですよね。

主膳を殺した文麿は、猫がネズミをいたぶるように弓矢で左源太を打ちまくります。

楽しそうだなぁ。左源太は敵を食い止めるため自爆。ここもいいですね! 最近の時代劇にはこういう爆発が足りないと思っていたんです。

文麿は死体で身をかばいつつ、こう来た。

「ふぅ〜剣呑、剣呑。汚れるとこやったで」

軽やかにそう宣言します。

関東とは違う、関西人の目指すべき何かを見た気がします。ゲス麿、さすがだわ。

 

「主膳の仇は、俺が必ずとる」

十兵衛は左門の報告を聞いています。

主膳の骸は、追手に迫られ、いったん柳生ゆかりの寺に置いてきたとのこと。史実での主膳宗冬は死んでいないという突っ込みは、ここでは必要ないでしょう。

十兵衛は弟の仇討ちのため、立ち上がろうとする。

しかし、機は熟しておらぬと止められます。そして茜が泣く姿を見てしまう。

「私が死ねばよかったんです……貰い子の私が主膳の身代わりとして死んでいれば……」

「たわけたことを申すな。俺や親父殿にとっては身内。柳生の血が流れておらぬとも、命の重さは俺たちと変わらぬ。だからもう二度と、そのようなことは申すな」

「十兵衛兄様……」

「主膳の仇は、俺が必ずとる」

茜を庇う十兵衛が眩しくて、なんだかいい話になりそうではありますが。

ちょっと待て……。

・そもそも主膳宗冬は別に若死してないでしょ! そういう史実はどうでもいいんです

・茜も、暗殺集団にいたわけですし。貰い子を暗殺者にする柳生一族は紛れもなく外道

・柳生の血を覚えておこう。それ、呪いですよ

・仇討ち宣言=麻呂を斬り捨てる。十兵衛は殺陣宣言をさわやかにソウルフルにしました。柳生一族とは……

全ッ然、いい場面が、ない……感動的なほどに、ない! やっていることはヤクザ。組織暴力なんですよ。

やはり、こういう時代劇が見たい気持ちはありましたよね。

なんせオリジナル版は、ヤクザ映画で名をあげた深作欣二の作品です。武士道とヤクザの近似。それは妄想でもなく、そういういう見方はある。氏家幹人氏が本を書いております。

 

淡々と大量虐殺も辞さない宣言

宗矩は家光から謝罪を聞いています。宗矩の子を失ったことを許せと言うわけです。家光ってば、ピュアだなあ。

「許せとは意外なお言葉。合戦で討死するのは当然のことでございましょう。将軍家としてはまだまだ未熟。この先何があろうと、ご案じあそばせますな」

宗矩、戦国の気風を言うようで、淡々と大量虐殺も辞さない宣言とも取れるわけでして。

柳生一族が本当にしみじみと、最低最悪に思える。いいんだ、それでこそ柳生一族だ!

ここへ錫杖を鳴らしつつ、小笠原玄信斎がやって来ました。こういう剣豪は時代劇だと神出鬼没ですね。で、いきなり宗矩と真剣勝負を挑む。

宗矩はここで「危険だ!」とか、「アポなしで?」とか、ましてや「何言ってんだ!」とは答えない。

柳生新陰流は門外不出で他流試合は禁じられているってよ。

断るときでも「くやしかったら将軍指南役になってからいらっしゃい!」的なマウンティングを忘れない。それでこそ宗矩です。

すると十兵衛がいきなり斬りかかる。挨拶はいりません。

この対決は、十兵衛が目を斬られ、玄信斎も重傷を負い撤退することで決着がつけられます。

はい、今回は玄信斎による失明パターンでした。

玄信斎はよろめきつつ、こう言うわけです。

「流石は十兵衛、天下無双……」

川面に血が流れる。少年漫画? 順番が逆。これぞ日本の伝統フィクションです。

あるあるなんだよな。リアリティはさておき、かっこつけながら血を流してこういうことをしゃべると。

そして血。本作は血のりの使い方に気合を入れています。それも時代劇の伝統よ。

人体切断面からブシャアアア! お約束です。本作でも見られるかな?

 

敵も味方も酷い奴ばかり……だが、それがいい

このあと、玄信斎は阿国と話しています。日の目を見たと思ったらこの様じゃと自嘲するのです。

「もしや柳生のものに……」

あっ、阿国も只者じゃなかったぞ。玄信斎の養女でした。史実はどうでもいいんです。ここで玄信斎は、今柳生を倒し、悲願である忠長擁立のためには家光を殺して欲しいと言ってくる。

「家光の命を絶てば天下はおのずと……柳生はなすすべはない」

茜を暗殺者にする柳生一族も大概ですが、こちらも酷い。敵も味方も酷い。これぞ日本史を描く時代劇の醍醐味だと思うんですよね。

阿国はみなしごの私を育てて、芸を志しても見送ってくれた恩返しだと言い始める。

あー、典型的な洗脳ですわな。

ヤクザ映画でも、逮捕されそうになったり、困り果てた若者に飯を食わせる。そういうことをして恩義で釣って鉄砲玉にするんです。

そして阿国は潜入を果たし、次の場面では刀を抜いて大奥で振り回しているのだから、スピード感がたまらない。

場面ごとに刀で斬り合っているような世界観が大事なんです。

この屋内戦闘の殺陣が見事です。ジャンプして、長押に隠した刀を取って、襲いかかります。まずは長刀の女中が立ち向かい、そのあと男の武士も出てきます。

そしてあいつが出てくる。宗矩が素晴らしい抜刀をし、構えてくる。吉田鋼太郎さんの刀の構え方がかっこいい。ゆっくりとじっくりと映すのは、それだけ端正で美しく、絵になるからでしょう。そして宗矩は、阿国をあっさりと斬り捨てます。

家光襲撃時、かばって負傷したのはマンでした。根来衆の武功です。

このあと、玄信斎は阿国の肩身である笛を忠長に渡すのです。娘最後の願いだそうです。

「阿国、なぜじゃ、なぜ、命を粗末にした」

そう嘆く忠長。於江与はちょっと安心していそうですが。

これも汚い話なんですよね。阿国が家光を討ち果たす可能性は限りなくゼロに近く、低い。でも、忠長の愛する女を殺せば、憎悪は煮えたぎると。

人間を駒としか見ていない。そういう殺伐たる嫌な世界観は、伝奇時代劇のお約束です。

 

「姿は隠しても獣は臭いでわかりまするぞ!」

ハヤテはそっとマンの枕元に来て、自分たちの薬草をつけています。

マンの父である頭・左源太はやられてしまった。皆を守ろうとして盾になった。その仇討ちを絶対にすると言い切るハヤテ。マンは「あんたが死んだら私……」と胸いっぱいです。若い二人は愛し合っています。

でもだんだんみなさんもわかってきたとは思いますが、伝奇時代劇の恋は死亡フラグです。

そして十兵衛は、主膳の刀の鍔で眼帯を作っています。

金属なのでこすれて痛い。実用性はあまりないとは思うのですが、十兵衛といえばこの眼帯でないといけない。

隻眼の人物って、そもそも眼帯をしていたのか判別できない場合も多い。

つけなくてもよい。ずれるし、面倒だし。それでもフィクションでつけるのは、そうでないと隻眼だとわかりにくいからでしょう。コンタクトレンズで片目だけ白濁にするような演出も、今後はありだとは思いますが。

十兵衛の場合、史実で隻眼であるかどうかも、伊達政宗ほどはっきりしているわけでもない。

そういうあれやこれはことはありますが、ともかく十兵衛の場合、刀の鍔眼帯がお約束です。

このころ、主膳の首をとった文麿はこう語って、風流な風情で月を見ています。

「帝……武家どもに天下を奪われて以来、長い長い屈辱の日々でおじゃりました。しかし今、ようやく、朝廷復興の兆しが見えておじゃりまする」

はぁ、よかったですね。鎌倉幕府あたりからずーっと武士どもムカつきますもんね。

何をどうやって朝廷を復興させるのか。そのためにはどうして柳生一族と戦うのか? そういうことは、考えたら負けなんです。

とはいえ、幕末から明治にかけては、実際にそういう流れて政権交替が起きたという見方もできる。

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ありとあらゆる歴史に、喧嘩を売るようなことをしてこそ、伝奇時代劇ですから。

そしてこう言い出す。

「柳生の者よ、姿は隠しても獣は臭いでわかりまするぞ!」

はい、『ポプピピテック』の元ネタです。

文麿の出番は短いながらも、オリジナル版のファンが絶対に見逃せないセリフを全部綺麗に、場面と状況を変えつつ入れ込んでいます。オリジナル版を敬愛していることがわかって素晴らしいと思います。

 

「烏丸少将文麿、引導を渡しに参ったぞ」

獣臭い柳生十兵衛が来る。

自動ドアじみた演出で、重たい門が開いてそこにいる。どういう登場なのかと考える必要はない。お約束演出だからさ。

一時期、荒唐無稽とされてきたこういうベタな時代劇演出が、一周回ってとてつもなくクールに思えて来たのを噛み締めています。

「烏丸少将文麿、引導を渡しに参ったぞ」

引導を渡す――今から殺す宣言でも、時代劇にはいろいろな語彙があるんですね。脅迫語彙を学べる時間です。

「興が醒めるとはこのこと、無粋な男よ」

ここで公家らしい優雅さで煽ってきます。公家でありながら剣豪。やはり強い麻呂はいいですね。

文麿は飛び、跳ね回りながら十兵衛と闘います。

惜しまれるところは、放送時間の短さゆえに殺陣が短めのところでして。スペシャル版でもっとじっくり見たいところではある。

さあ、文麿はどうなったのでしょうか。

「烏丸殿、烏丸殿」

座っている彼のもとへ、別の公家が来る。すると、文麿は死んでいて、それを座っているようにされていたのでした。

汚い。さすが柳生一族、汚い。その公家に刃をつきつけ、無駄のない脅迫をする十兵衛。このスマートな脅迫で、朝廷は騒然となったそうです。

柳生一族の陰謀が絶好調ですね。

これで強い麻呂は退場ですが、最初から最後まで出番が全て見どころであり、聞きたいセリフも全部あったと思えます。

オリジナル版と比較すればきりがないし、放映時間はじめ制約はあるとは思えます。

けれども、現状でできる強い麻呂として、堂々たる合格点ではありませんか。もっとこの強い麻呂が見たい。連続ドラマにならないかと期待してしまいます。

強い麻呂がいない日本なんて、あってはならないと思うんですよ! もっと強い麻呂が見たいぞ!

 

将軍の首がむやみやたらと安くてこそ

もののふおそろしや、これ以上いたずらにことを荒立ててはならん――。

そう悟った朝廷は、急ぎ江戸へ出向き、家光さんのご機嫌を取ると言い出します。

絵図を描いた九条三房はなんとしても禍根をたつべく、江戸へ向かいます。

釈明に追われる三条西大納言は、江戸(家光)と甲府(忠長)の対立を煽ったのは烏丸少将文麿のせい、勝手にやったこと、吹聴して回っただけだと言います。帝はただ、家光さんと忠長さんの仲をお嘆きであると。

「絵図を描く」とか、東映ヤクザ映画でもありがちな語彙がなんとも面白い。

家光自らお詫びに参内することとなります。宗矩もグイグイと強引にこの上洛に同行して、将軍宣下を賜ると言い出す。

嫌な予感がする中、京都へ向かいます。

このころ、甲府城では家光上洛の知らせが駆け巡っています。もはや家光がチェックメイト状態だ。浪人たちは不満を募らせているのです。これも、「浪人ども、いいから傘張りでもしておけ!」と済ませられないのがおもしろい。

というのも、「大坂の陣」にしたって、浪人の不満が蓄積して暴発したことは否めません。

伝奇時代劇は無茶苦茶をしているようで、史実からエッセンスを抽出しているところがおもしろいんですね。

そしてここで、忠長の家臣と名乗って浪人を焚きつけているのは、なんと柳生左門なのです。嫌な予感がますます強まりますな。

家光を襲い、首を取れと煽る左門。茜はそんな兄に不安を感じています。

「皆のもの、家光の首を取るぞー!」

嫌な一致団結を見せる浪人ども。予告でこのセリフがあったあたりから、ワクワク感がありましたね。将軍の首がむやみやたらと安くてこそ、伝奇時代劇ですから。

そのころ、主膳の仇討ちを果たして十兵衛は帰路を急いでいます。

十兵衛の悲劇的なところは、彼自身も柳生一族の陰謀における歯車なのに、利用されているのに、なかなか気づけないところでして。

十兵衛が気づいたらどうなるのか? そういう話ではあるのですが……。

 

慌てふためく三条西大納言を斬殺

柳生一族が配った武器を取り、浪人どもは武装しています。

そして家光一行は富士川へ。甲府盆地と駿河湾を半日で結ぶ場所です。

「まだ撃つな。もっと引きつけろ」

そうハヤテが指揮しています。宗矩を見かけ、こう言うのでした。

「今だ、撃てー!」

銃声が響き、ワラワラと襲い掛かる組織暴力集団! 川にいる一行に襲いかかります。

三条西大納言は籠から出て、バシャバシャと川面を逃げ惑います。

するとそこには、あの男がいました。

「宗矩さん!」

はい、宗矩さん、「はぁはぁ、おそろしや!」と慌てふためく三条西大納言を斬殺。手際の良い暗殺です。

茜がそれを見てしまいます。

「父上、これは!」

「三条西大納言は、襲撃の浪人により御落命……」

汚い。本当に柳生宗矩、汚い。最低だ。茜は死屍累々の川で大いに嘆きます。

柳生一族の団結力を陰謀で見せよう!

宗矩:全ての謀略担当

十兵衛:朝廷工作担当

左門:煽り担当

茜:襲撃担当

主膳:襲撃と捨て石担当

酷いフォーメーションだ……。

 

宗矩と十兵衛の存在意義

これで家光の勝利は確定。忠長はとんでもないことになりました。

勅使である三条西大納言を殺してしまった。もう申し開きができない。宗矩の陰謀が光ります。

いくら浪人どもが自称しただけとはいえ、言い逃れができない。

忠長は、兄の謀略だと自覚しつつ、城に篭るしかないのです。家光は、大罪人たる弟を殺すために、諸大名に呼びかけてもよいのです。

荒唐無稽なようで、日本史の要素ではある。繰り返しますが、幕末において諸大名は、朝廷につくか、幕府につくかで真っ二つに割れます。

そしてそんな権力争いに、もう一つの要素を加えたことが、本作の意義なのです。

十兵衛は、茜から嘆きを聞きます。

あまりにどす黒い父の陰謀に、フリーランス剣豪である十兵衛は怒りを滾らせるのです。

十兵衛は、父に陰謀の数々を問い詰めます。

勅使遭難、不快極まりない!

主膳、左源太、根来衆が死んでも、涙ひとつこぼさない!

ただの駒とお思いかッ!

宗矩は浮かれてルンルン状態で、十兵衛が激怒してもどこ吹く風ではあります。

「武士の世は勝った者だけが正しい。亡くなった者たちも、徳川体制の礎になれたと思えば、文句はなかろう……忠長の命運は、もはや風前の灯火……」

そう蝋燭を吹き消す吉田鋼太郎さんの演技は、ゲスな宗矩の極みといったところはあります。

宗矩を殴りたい! 宗矩は、殴りたい、斬りたい、ぶちのめしたい、地獄に落としたいと見ている側が怒ってこそ、その存在意義がある。

「親父殿。今ほどあなたと同じ血が、この体に流れていることを恥じたことはない! わずかでも、わずかでも、里心を抱いた我が身の不覚!」

どうして十兵衛は大人気なのか?

戦後ともなれば、彼はただの剣豪としてだけではなく、自由と権利を主張するアイコンと化している側面はある。

組織に縛られない。命を大事にする。個人を大事にする!

そういう目線から日本の歴史を見るためには、十兵衛は象徴となるのです。

彼は組織の建前だの、圧力だの、そういうものへ反逆する。体制反逆者としての顔があればこそ、国際的にも評価される「アイパッチのクールなサムライ」たり得るのです。

十兵衛に選ばれるということは、その時代のそういうアイコンであることを背負わねばならない。溝端さんは大変ではありますが、それができるからこそ選ばれたと思っていただければと。

所作も綺麗だし、それでいて野性味もあるし、時代劇特有の語彙も噛まずにきっちりクリアに読み込んでいる。

この劇場を父にぶつける演技は見事で、これが令和の十兵衛だと世界に向けて発信できると思います。

柳生十兵衛は普遍的かつ、組織に縛られないという意味で、2020年代において世界が必要とするアイコンだと思えます。

『ゲーム・オブ・スローンズ』は、惨殺だけではない。アリア・スタークのような、自由きままなアイコンも生み出してきた。そういうアリアに対抗する人物として、もっと十兵衛を推したいと思います。

これからは柳生十兵衛の時代だ!

 

いやな日本的組織学と世界観

さてここで、やっと最後の大物が出てきました。

徳川尾張中納言義直です。家康の息子は、伝奇時代劇では大体酷い目にあいますが、どうなることやら……。

叔父として、事態の掌握に出てくるわけです。

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忠長は、この叔父に我が身の潔白を語るわけですが。

忠長の言い分「無実です!」

・父である秀忠は毒殺されたんです! 兄上(家光)がやりました! それが事の始まり
→嘘つけ! 義直はめんどくさすぎてそこから考えられるかというもの

・父上が廃嫡したから!
→嘘つけ! 家康の言葉を無視する? やめてくれ……

・勅使も殺してないよ!
→嘘つけ! もうお前は病的な嘘つきだな

ひとつやふたつならともかく、こうなったら徳川家は全部嘘だということにして、忠長に押し付けて死んでもらうしかなくなります。

ああ、いやな日本的組織学と世界観。

こういう話の骨子を作った深作氏は日本社会に恨みでもあるのか? まあ、世代ごとありますよね。戦中派だからさ。

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こうなると、伊達政宗は真っ先に婚儀を白紙に戻すし。確かに風前の灯でした。家光から開城せよと言われて、もはや打つ手がないのです。

 

おとなしいようで狂気をひめた家光

武装した我が子に、於江与は泣きつきます。

「忠長! 今からでも遅うない、江戸に出向いて、家光に頭を下げるのじゃ!」

忠長は軍議の席だから母上はお下がりくださいと言う。

於江与は絶叫。

「戦などこの母が許しませぬ! 死に急いではならぬ、生きておくれ、生きておくれ!」

素直に家光に従わねばならない。従う家臣を死なせてよいものか! そう言われ、忠長は開城の儀はやむかたなしと認めるしかないのです。

於江与は、最後の望みを賭けて家光に目溢しを求め、泣きつきます。悪いのは土井大炊頭、忠長は焚きつけられただけだと釈明するのです。

けれども、家光はつっぱねる。

今さら無視のいい話。聞き入れられぬ。廃嫡しようとした方の仰ることは信じれぬ。

そしてこう胸の内を訴えるのです。

「血を分けた母に捨てられたこの地獄、どれほどのものか、あなたにわかるか!」

そして「忠長の辞世を聞き届けおやりなさい」と突き放します。

岡山天音さんは絶品です。伝奇時代劇は激情と冷酷さのアップダウンが激しいのですが、彼はきっちりと受け止めています。

オリジナル版の松方弘樹さんは素晴らしいけれども、ちょっと強すぎたかもしれない。あれを目指さず、おとなしいようで狂気をひめた、令和版の家光をうまくこなしたと思います。天晴です!

於江与はあれほど軽蔑していた御福にとりなしを頼みます。

しかし、御福は冷たい。扇で叩き、こうです。

「あなたが見切った息子が、将軍になる……己の愚かさを噛みしめながら、一生後悔なさるがよい」

於江与は絶叫しながら、のたうち回るしかありません。こういう地獄のような場面が続いてこそ、伝奇時代劇です。

忠長は宗矩から「お上の思し召し」を聞き、愛した阿国の笛を吹いてから切腹します。

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しかも、介錯なし。なんでそこまで絶望的な残虐性を発揮するのか? それが伝奇時代劇の世界。荒井敦史さんは高貴と爽やかさと悲哀のある演技を見せつけました。

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「情で動けば隙がうまれる」

宗矩は竹林を歩いています。

なぜ、伝奇時代劇の剣豪は、特に意味もないのに竹林をやたらと歩くのか?

これもお約束です。そして竹林を剣豪が歩いていると、敵が襲ってきます。竹林は、RPGのダンジョンだと思ってもよろしいかと。イベント発生ポイントですね。

はい、小笠原玄信斎の登場。

「娘の仇とらせてもらう。さあ、刀を抜け。ここがおぬしとわし終焉の場だ!」

いや、阿国を捨て駒にしておいて何言ってんだこいつ? そういう伝奇もの剣豪あるあるマッチポンプ発言はさておき。

宗矩は重々しく流麗な太刀筋で、玄信斎を斬ります。

「情で動けば隙がうまれる。そんなことも忘れたか、愚か者が……」

敵は倒れ、血を吐き死にました。この宗矩のセリフを覚えておきましょう。やはり、定期的に剣豪は竹林で戦わないと。そういう使命感がそこにはあります。

そのころ根来衆の村では。

マンが花嫁装束を着ています。マンの母・コウは、父にも見せたかったと振り返っています。

十兵衛は「祝言に酒がないのも寂しかろう、近くの村で仕入れてくる」と言い出します。お酒が好きなので。

そのころ、義直は忠長の切腹の経緯を調べる使命感を帯びています。柳生宗矩の陰謀なら、事の理非を糾す必要性があるわけです。それでも宗矩は「ご案じめされるな」と余裕があるようですが。

そして根来衆の村は、襲撃されます。左門が率いる一団が襲い掛かるのです。

花嫁衣装のマン。そのマンとの結婚を目指していたハヤテ。そして彼らを庇おうとした茜。幼い子どもまで、無惨にも口封じとして殺されてゆく。彼岸花の赤い色が血のよう。

「兄上、何故、このような酷いことを……」

左門は茜に「許せ」と言いつつ、刺殺してしまいます。左門も叫び、精神が破壊されてしまったようです。

酒を買った十兵衛が戻ると、根来の里は死屍累々です。

「ハヤテ、マン! 茜! 茜、しっかりしろ、誰にやられた?」

「左門兄様が……手勢を引き連れて……」

「左門が何故!」

「早く逃げてください……」

「馬鹿を言うな、お前も一緒に旅をするのだろう!」

「十兵衛兄様、茜は、幼き頃より、十兵衛兄様のことを……」

「茜ッ、茜〜!!」

かくして、陰謀ゆえに宗矩は我が子をまた殺したのでした。

口封じだ。伝奇時代劇で十兵衛に恋した女は、やたらと惨殺されるなあ。

そういうことはさておき茜を演じた飯豊まりえさん、お疲れ様でした。愛くるしくて凛としていて、切ない茜。オリジナル版の志穂美悦子さんにメロメロの、サミュエル・L・ジャクソンも気にいるんじゃないかと思いますよ!

さあ、ラストスパートだ。

 

十兵衛が手にしていた物体は……

元和9年(1623年)伏見城。

家光は将軍宣下を受け、将軍となりました。徳川将軍ってなんなんですかね。そんな疑問が湧いてきます。

そんな家光は、家康の甲冑を前にして語ります。

父上の意に背いて、よりにもよって仇討ちどころか殺害犯と手を組んだ。

弟を殺し、母に死に勝る悲しみを与えた。

後悔はしていない――。これが我が道。親に会うては親を殺し、仏に会うては仏を殺す。不退転の歩みを続けるでしょう。そう締め括ります。

そのうえで、父上にコメントを求める。完全にぶっ壊れた感があります。

そこへ足音が響く。

「何者だ!」

「柳生宗矩が一子、十兵衛三厳推参」

さあ、十兵衛は何をするのでしょう?

徳川家の警備体制は、まあ、いいんです。そこは柳生一族なので、抜け道を知っていてもおかしくはありません。

柳生宗矩はその頃、一万石を得てホクホクしています。

一万石となれば大名になれる。柳生藩だ! 思えば石舟斎が松永久秀に仕えて苦労を重ねて、剣術指南役としての道を見出し、ここまで辿り着きました。

戦国時代の大和国の争乱や、巻き込まれた柳生一族のことを思えば大出世です。剣豪としても、最大限のサクセスストーリーではあるのです。そりゃ浮かれますね。

そこへ、戸が開いて十兵衛がやって来ます。

「十兵衛、来ておったか。見よ十兵衛、上様から褒美として、一万石の所領を頂戴した。これで柳生も、晴れて大名の仲間入りじゃ」

しかし、十兵衛は喜ばない。むしろ……。

「親父殿……あなたは俺の大切なものを奪い、殺し尽くした……まさに悪鬼羅刹そのもの」

「何ごとも主君の御為じゃ」

「それで全てが許されるとでもお思いか! あなたの為されたことは未来永劫許されることではござらん!」

「ならばどうする? 今ここで、わしを斬るか? 何がおかしいのじゃ?」

十兵衛は笑い出します。

その手にしたものから、血がポトリ。

「親父殿、俺もあなたの大切なものを奪った!」

はい、ここで十兵衛が手荷物を見せます。

家光の生首でした。

「うわーっ!」

十兵衛は左源太はじめ根来衆、そして茜の仇だと叫びます。

「おのれ十兵衛ぇえ!」

宗矩は刀を抜こうとしますが、その利き手を十兵衛が切り落としておりました。血飛沫が飛び、それを浴びながら十兵衛は言い切ります。

「一生悔いて生きろ……」

ここで殺さない。

隻腕の剣術指南役、特技を封印して生きていけ。

地獄に落とす。

十兵衛の確固たる意志を感じます。

そして十兵衛が去ったあと、異変を察知した御福、松平信綱らが目にしたものは……?

 

夢じゃ、夢じゃ、夢じゃ〜夢じゃ〜!

このようなことがあってはならぬ!

こんな馬鹿なことがあってはならぬ!

これは夢だ、夢を見ておるのだ!

上様、上様、上様ーーーーー!!

各々がた、お騒ぎあるな、何ごとも、何ごとも起こってはおらん!

これは夢でござる!

今日この日、徳川の世は、磐石の極みについた!

かような悪夢に惑わされてはならぬ!

夢じゃ、夢じゃ、夢じゃ、夢じゃ、夢じゃ〜夢じゃ〜!

錯乱しきり、現実逃避をした宗矩の姿でした。

家光が何者かに暗殺されたという史実は、歴史書には存在しない。

しかし、権力による真実の隠蔽が、いつの時代も行われていたことは、確かである。

こののち、家光は28年にわたって将軍を務めた。それに関わって誰がどのような陰謀を張り巡らせたのか、今となっては知る由もない――。

そう重々しく語られ、このもうひとつの物語は終わるのでした。

 

MVP:柳生宗矩

宗矩を演じ切れる役者なくしては、そもそもこの企画は動いてすらいないはず。

吉田鋼太郎さんあっての本作。オリジナル版と同じにしない、踏襲せず、設定をふまえて新たな解釈をすることに重きを置いていると思いました。

経歴として、シェイクスピア俳優である吉田さん。だからこそ、新解釈にぴったり当てはまったのかとも思えます。

奇しくも、シェイクスピア劇の時代は戦国から江戸初期に重なる。

日本史だけではなく、世界史的にみて、当時どういう人間像があったのか?

そこを表現できる役者として、起用した意義を感じます。

 

総評

本作は素晴らしい。今できる範囲で、最善を尽くしたからにはそう言い切ります。

でも、素晴らしいという言葉は捨てて、さらに先に進んで欲しいとは思いました。完璧ではないし、まだまだ底を上げられるはず。

本作は作られただけでも意義があります。

時代劇で使われる施設を観光する。あるいは時代劇そのものを鑑賞する。するとどうしたって気持ちが暗くなりました。

和服特有の所作があまりに汚い。演じる側ではなく、指導者がいないことがわかる。

殺陣も甘い。

脚本の語彙力が低い。

時代劇特有の言い回しがあまりに少ない。

日本史に興味関心が薄いことが伝わって来る出来。知識ではなく、情熱の問題です。

セットも、エキストラも、お金をかけたくないことがわかる。

時代劇需要の減衰で、そのものが破壊されかねない危機感はありました。

民放が捨てたラインナップをNHKが拾い始めて、やっと危機感が実りつつあるのかとは思った。

それに、世界的な時代劇のニーズからも遠い。

『ゲーム・オブ・スローンズ』は、残酷展開が話題になったのに、日本はむしろそういうものは避ける傾向すらあった。

残酷表現は、ただの悪趣味でもない。権力がいかにして人を踏み潰すのか、そういう啓発の側面もあるはずなのですが。

 

このままでは、流出した日本刀や浮世絵のように、時代劇は終わる。

ジャパニメーションもそうなるかも。

Amazonの『MAGI』を見ると、人材流出が証明されたようで、悲しくなったものです。

 

でも、やっと、安堵できると思える。そんな今年の大河とこの作品でした。

期待半分、不安半分で見る反応は多かった。

実際に「どうせオリジナル版には及びもしない」という声は放送前からありました。

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言いたいことはわかる。

軽いとか。チャラいとか。

そういうことでなくて、こういう作品作りに回帰しただけでも偉大であるということは、何度でも主張したい。

本作には、時代劇のお約束要素が詰め込まれていて、作り手の時代劇への想いがありました。

彼らはオリジナル版に乗っかるだけではない、新たなものを作りたい気概がある!

昭和の作品に対して令和の解釈をすることは、むしろ果敢な挑戦です。

シェイクスピア劇は、シナリオはそのまま使いながらも、現代劇にしたものもありまして。

※『英雄の証明』は『コリオレイナス』

※時代をずらした『リチャード三世』はマーティン・フリーマンが主演

そういうことをすることで、人間の普遍的な罪業を描くことはありなのです。昭和でなくて、令和には令和の作品が必要なのです。

しかし、権力による真実の隠蔽が、いつの時代も行われていたことは、確かである。

このラストのナレーションに、ゾッとした方もいたことでしょう。

記録の改竄。

口封じのために消される命。

フェイクニュースに騙されるとされる民衆。

SNSに並ぶ、別人のもののはずが文体も写真も同じ投稿。

組織のために利用され、いらなくなったら捨てられる存在。

日本人が、日本の歴史が、高潔で生真面目であるどころか、保身を考える嘘まみれで猜疑心がたぎって来るものだった――そう示す本作が、時代にフィットしてしまうというのは、ある意味極めて不幸なことです。

深作欣二氏のような戦中派が、こうした荒唐無稽なようで人の心をすくいとる作品を世に送り出してきたのは、警告のような気がしてきて、背筋に寒気がはしることは確か。

エンタメで武士道をすりこまれ、それを戦後否定された痛みや苦しみが作品の底から感じられるのです。

本作の出来がよいことは、極めて不幸だとは思う。

平成版のリメイクは、知名度だけに頼り切った退屈な作品でした。昭和版に通じるような不信感がまだ足りないからこそ、ああなったのかもしれない……。

本作を作られたことは、意義がある。

その一方で、時代と重なり合うことは、極めて苦々しい話だとは思います。

でも、苦しい時代に、浮かれ騒いでほっこりきゅんきゅんしていると、危険しかないのです。

「これは夢でござる!」と現実逃避をしていては、何も改善しません。

令和の時代にふさわしい一歩が、この作品から刻まれてゆく。それは意義があることなのです。

崔杼弑其君

こういう故事がある。歴史の改竄がいかに罪深いか語る言葉です。

そういうことをされていないか噛みしめ、考えることになるということは、実は重大深刻なのです。バカ時代劇のようで、こういう作品には問題提起がある。

ではみなさん、ご一緒に!

夢じゃ、夢じゃ、夢じゃ、夢じゃ、夢じゃ〜夢じゃ〜!


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【参考】
柳生一族の陰謀公式サイト/NHK

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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