GHQと将門の首塚

バターン号で厚木海軍飛行場に到着したマッカーサー/wikipediaより引用

明治・大正・昭和

「将門の首塚」で事故勃発! GHQがヘタこいた三つの改革とは?

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GHQが将門の首塚で事故
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首塚を撤去しようとしたらブルトーザーががが

最後は政治的にも歴史的にもあまり関係ありませんが、日本人であればまずやらないであろうことです。

なんと、GHQは平将門の首塚を撤去しようとしていたのです。

(ノ∀`)アチャー

平将門の首塚/photo by Asanagi wikipediaより引用

ブルドーザーで壊そうとしたら、ブルドーザーごとひっくり返って運転手が亡くなったそうで。

運転手は日本人の方でしたので不憫でなりません。たぶん嫌がっただろうになぁ……。

というのも大正時代にも日本政府が首塚を撤去しようとして、事故が相次いでいたのです。

当時からすればほんのちょっと前のことなんですが、それ教えなかったんですかね。

まぁ、仮に教えても「そんなのあるわけないだろHAHAHA!」みたいな反応だったのかもしれません。

平将門自体についてのお話は、以下の記事をご参照ください。

「首飛んでいった伝説」にも触れております。

平将門の乱
平将門の乱はいつどこでナゼ起きた?首塚伝説を含めてスッキリまとめ

続きを見る

長月 七紀・記

【参考】
『日本占領史1945-1952 東京・ワシントン・沖縄 (中公新書)』(→amazon
大都市に潜む「怨霊伝説」を訪ねる/日経ビジネス
ペルゼルほか/kotobank
連合国軍最高司令官総司令部/wikipedia
平将門の首塚/wikipedia

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