満洲国ゴールデンカムイ史実解説

ゴールデンカムイ4・21・29巻/amazonより引用

ゴールデンカムイ 明治・大正・昭和

満洲鉄道と満洲国『ゴールデンカムイ』の理解に欠かせない その歴史を振り返る

本稿は『ゴールデンカムイ』21巻(→amazon)の史実解説につきネタバレにご注意ください

この巻のクライマックスにおいて、人生が狂わされていた人物が判明します。

鯉登音之進です。

尾形百之助の一言「満洲鉄道」から、彼は記憶を辿り、自分が騙されていたことを悟るのです。

樺太の旅。

一人の青年としての曇りなき青春が終わろうとしている。

そして、大日本帝国陸軍人としての生き方にまで、影が差した一言でした。

いったい満洲鉄道とは何なのか?

その意義を考えてみましょう。

 


辮髪皇帝と愛し合いたい! そんな思いがある世紀

中国大陸を支配する民族とは何者なのか?

悩ましい問題です。

ちょっと世界史の時間を思い出してみましょう。

中国の歴史




春秋
戦国


魏晋南北朝


五代十国




中華民国
中華人民共和国

上記のうち「漢民族」の王朝と言い切れるものは、実はそこまで多くありません。

ただそれでも、支配後に漢民族の文化を取り入れているため、そこまで反発するまでもない。

溶け合うややこしい状況があり、これが転換するのが明と清です。

漢民族からすれば、頭髪の一部を剃る髪型は男女ともに受け入れられない。

それが明が滅び、清が成立すると「薙髪令(ちはつれい)」によって辮髪(べんぱつ)が強制されたのですから、誇りが粉砕されました。

清に陰りが見えて来ると、その屈辱が漢民族から湧き上がります。

太平天国の乱」では、こう掲げられました。

滅満興漢

めつまんこうかん

満州族を滅ぼし、漢族を復興させる

満州族の清ではなく、漢民族の国を建てるべきだ!

そんな怒りが燃え上がり、20世紀まで燻り続けて来ました。

1970年代の香港映画では、清が舞台の作品でも、辮髪が頭髪を剃らないおさげでした。

漫画『刃牙』の烈海王を思い出してください。

それは役者のわがままではなく、漢民族の抵抗のシンボルとされました。

※『少林五祖』

そんな時代の変化を感じるのは、サブカルチャーである中国発のドラマやゲームです。

日本語版ローカライズもされた『アイアム皇帝』。

このゲームは、清が舞台で、イケメンの皇帝も辮髪なのです。

※辮髪だらけです

「はぁ〜辮髪の皇帝に寵愛を受けたい!」

若い女性がそんな風に妄想するようになった。

これは画期的です。中国大陸ではそれだけ時代劇がブームとなっていて、かつ清王朝が屈辱の歴史ではなくなってきたということかもしれません。

今では、やたらと強烈なナショナリズムの持ち主でもなければ、そこまで辮髪を嫌うわけではないとのこと。

※清舞台の『還珠格格』がブームとなってかなり経ちます

※中国を代表するアクションスター・呉京(ウー・ジン)は満州族

軽い話で始めましたが、まずは画期的なことだとご理解いただければと思います。

そして、この満洲こそ、日本の歴史にも大きな関わりがあるのです。

 


かつて「大陸雄飛」という夢があった

日本は、伝統的に単一民族国家である――。

定期的に炎上するこの発言。『ゴールデンカムイ』読者の皆様なら説明するまでもないでしょう。

アイヌがいる。琉球は?」

これで反論できます。

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もう少し、この話を続けましょう。

実は、この単一民族国家をアイデンティティとする発想は、新しい部類に入ります。具体的に言えば、20世紀の太平洋戦争の後です。

それでは戦前は?

杉元たちの生きていた時代は?

むしろ当時は、日本人のルーツは海外にもあるからには、ルーツを同じくするアジア支配は当然だと見なす考え方がありました。

源義経がモンゴルに渡った。

新選組の原田左之助は、大陸で馬賊になった。

そうした伝説の背景には、願望があるのです。荒唐無稽で片付けられるものでもありません。

願望だけでは終わらず、戦前には「大陸雄飛」を目指す日本人がおりました。そんな彼らは「大陸浪人」という呼び方もあったものです。

嘉納治五郎の愛弟子であり「姿三四郎」のモデルである西郷四郎も、その一人でした。

明治に流行していた大衆小説の類も、海を超えて何かをぶん殴るようなワイルドな夢を吹聴しており、国民は夢を刷り込まれる一方でした。

『ゴールデンカムイ』では、岩息とスヴェトラーナにも、大陸で暴れる将来が示唆されております。

彼らなりの「大陸雄飛」です。

※韓国映画『グッド・バッド・ウィアード』は、そうした時代背景の作品です

気ままに大陸を冒険するなら、まぁ、好きにすれば? そういうロマンで済みました。

行くにせよ、身体眼瞼でむしゃくしゃしていて、一発逆転したいワイルドな男性の夢ではあったのです。

日本でくすぶっていてもしょうがねえ。北海道開拓もいいけど、いっそ大陸まで行ってみっか! と、なるわけですね。

なにせ、明治維新以降の日本には閉塞感もありまして。

歴史的に見て、男性だけが移住して暴れ回るのであれば、そこまで影響がありません。

しかし……。

国家がバックアップする

居住地を獲得する

経済活動ができるようになる

女性と家庭を持てる

現地生まれの世代が生じる

こうなると、状況が変わってきます。

新天地、領土として認識されるようになり、満洲鉄道もそこに深く関わっています。

鶴見が語る、先祖の眠る土地を祖国にすること。そのためには、そんな段階が必要なのです。

そしてこのことこそが、日本と周辺国の歴史を変えることとなるのでした。

 


日露戦争で得た「関東州」と「満洲鉄道」

日清戦争に勝利した日本は、念願のアジアにおける植民地支配に乗り出しました。

しかし「三国干渉」を受け不満が鬱積してゆきます。

その後、英米の協力もあって日露戦争に勝利。

遼東半島の支配圏をロシアから譲り受け、念願の中国大陸への足掛かりを得る。

日露戦争の結果、樺太南部、そして鉄道も獲得たのです。

ロシアが建設した東清鉄道南部支線・長春〜旅順間がその路線でした。

これが「満洲鉄道」となります。

この鉄道のある地域は、「関東州」と呼ばれました。

「関東」とは、

【山海関の東側=満洲】

という意味であり、西側は漢民族の領域という認識が明代にはありました。

明末の将・呉三桂(ごさんけい)は、この関を守備していたにもかかわらず、その守備を明け渡し明の崩壊を決定付けた奸悪な人物として、歴史にその名を残しております。

満洲支配の大義名分が欲しい――。

大日本帝国と『ゴールデンカムイ』の鶴見はその問題に直面するのです。

鶴見の目的とは、日露戦争で死んでいった戦友たちが眠る満洲を日本領とすること。

満洲への進出に慎重な態度を取り、満洲鉄道に反対していた尾形百之助の父・花沢幸次郎は、鶴見の謀略で殺害されています。

結果的に言いますと、花沢幸次郎の懸念には妥当性があったと思えます。

・国策会社である「満洲鉄道」の暴走

・満洲に駐屯する関東軍の独走

・高まる国内政治閉塞感

・日露戦争で高まったプライド

・そんな中、国民が熱狂した満洲バブル

日露戦争は政治的には「勝利」とい言えるものの、日清戦争ほどの華々しい成果を上げたとはいえないものでした。

そのことへの国民の鬱屈が溜まっている状態です。

そんな不満のガス抜きとして、満洲は機能することとなり、大陸へ雄飛する夢と願望は、その後押しをしました。

ただでさえ明治以降、日本は拡張を続けておりました。

江戸時代までであれば、二男以下ともなれば武家でも一生独身でもおかしくはありません。

資源や食料も限られた中では、人口増加も限界がありました。

それが「富国強兵」の掛け声のもと、民意も膨張。日本だけではもはや窮屈になってくる。朝鮮半島、台湾だけではおさまりません。

日露戦争後、日本は危うい方向へ舵を切りつつありました。

その溜まりゆく不満にマッチを投げ込むものがあるとすれば、それは満洲でした。

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