光る君へ感想あらすじレビュー

光る君へ感想あらすじ

『光る君へ』感想あらすじレビュー第14回「星落ちてなお」

2024/04/08

永祚二年(990年)、あの庚申待ちの夜から四年後――まひろと藤原道長がすれ違います。

まひろは頭を下げ、帰るしかありません。

背後からは源倫子が夫を出迎える声がします。幼い藤原彰子が父に挨拶する声も聞こえてきました。

娘の成長を喜ぶ倫子。

前回の放送では、彰子の発話が遅いと話していただけに、母としては大喜びでしょう。道長もきっと喜ぶ!と思いきや、彼は上の空です。倫子に促され、やっと反応します。

倫子は乳母に彰子を連れて行くように告げると、着替えを手伝おうとしますが、道長はそれも断り、「よい風だ」と心はここにあらず。

まひろだけでなく、倫子も幸せとは思えない。

まひろは身分が違う相手に頭を下げるだけですし、倫子は夫が上の空であることが気になってしまう――これが、あの四年前の決断がもたらした結果でした。

帰宅したまひろは、就職が断られたといとに告げます。

誘っておいて何なのか!と怒るいと。まひろはいとの願いに背いたとつぶやきます。彼女はもうこれ以上、あの夫妻の間にひびをいれたくないのでしょう。

 


兼家の後継者は誰だ

藤原兼家がよろめきつつ、道隆・道兼・道隆三兄弟の前に座ります。

今日は気分が良いからお前たちを呼んだ。

そして「出家する」と告げるのです。

望み通り関白となりながら、程なくして辞職し、髪をおろす。後継者には、長子である道隆を指名しました。

うやうやしく受け止める道隆に対し、到底、納得できないのが道兼です。父は正気を失った!と叫びつつ、今日あるのは私のお陰だと主張します。

しかし兼家からすれば、正気を失っているのは道兼だという。

「お前のような人殺しに一族の長が務まるか!」

と、手を汚してきたことをあげると、道兼は父の悪事を挙げて対抗します。

円融天皇に毒を盛ったこと。藤原忯子とその子を呪ったこと。

兼家は動じず、道隆は何も知らなくて良い、そのまままっすぐ行けと告げ、道兼は今後も汚れ仕事を担っていけという。それが嫌なら身分を捨ててどこへでも流れてゆけ。

「この老いぼれが、とっとと死ね!」

道兼は、そんな捨て台詞を残して、足音荒く去ってゆきました。

次男の投げやりな態度に冷淡な兼家は、以上だと言い、よろめきつつ立ち上がり、今後、もう父はいないものとして生きるよう道隆と道長に言い残します。

そして歌いながらその場を後にしました。

道兼は出仕をやめました。

なお、ドラマでは描かれませんでしたが、道兼に仕えていた武士の源頼信は、いっそ道隆を殺そうか?と兄の源頼光に持ちかけています。

しかしそこは弟より知恵が回る兄が、暴力上等で関白の座をめぐってはキリがないと却下したとか。

道兼の子である藤原兼隆は、従者を平気で死なせるほど精神が荒廃したそうです。

道兼がまひろの母・ちやはを殺し、汚れ仕事役とされたことはフィクションの範囲ですが、当時最強の武士を抱え、こんなきな臭い話が伝わっていたとなれば、ある程度整合性も取れていると言える。

こういう匠の技がこのドラマの魅力ですね。

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いとは藤原為時の前で頭を下げ、お暇をいただきたいと告げています。本当にお世話になった。何の役にも立てないと詫びています。

いきなりどうしたのかと戸惑う為時。

彼女は、何を食べても太ってしまうから、居場所がないとか。

為時は、それを否定しますが、いとは悩んでいました。

土御門ではまひろが仕事を見つけられないし、いとの仕立物の注文も途切れがち。お暇するしかないと思いつめているのです。

「いくあてなどないであろう」

為時が優しく声をかけます。

まひろの弟・藤原惟規の乳母になって以来、この家にいてくれた。いとは、夫と生まれたばかりの我が子を失いやってきた。もう、この家はいとの家でもある。

「ここにおれ」

そう微笑む為時。

さすが為時、「窮鳥入懐」(きゅうちょうにゅうかい・追い詰められた鳥が懐に入れば害さず守る。『顔氏家訓』より)ですね。

為時は出仕をやめて以来、漢籍を学び、実行に移す、仁者の風格が出ています。

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まひろもそんな父には、敬愛しかないようです。

仕事で人が変わると家族もギスギスしてしまうとは、今も昔もそんなものなのでしょうか。

 


巨星墜つ

息子たちに約束した通り、藤原兼家は剃髪し、病床にいました。

その横で藤原寧子が「道綱、道綱、道綱……」と呟く。

道綱本人はそんな母を止めようとしますが、寧子は道綱のことを忘れないよう道隆に告げて欲しいと囁くことをやめません。

兼家が目を覚まし、「殿様!」と手を執る寧子。

すると兼家がおもむろに歌を詠み始めました。

嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る

【意訳】嘆きながら一人寝し夜明けを待つ間が、どれだけ長いかあなたは知っているの?

詠んだ瞬間、兼家はまだ若く、野心的な青年に戻ったかのように見えました。寧子が愛し、憎んだ姿がふっと浮かんだようです。

「殿……」

感極まった寧子も、絶世の美女に見えます。消えていたはずの恋心が火花のように燃え上がりました。

いつもはトボけている道綱も、今の歌には何かあると気づいたようです。

「私の『蜻蛉日記』よ」

「あれはよかったのう、輝かしき日々に出会った」

そう兼家は言います。

思えばこの二人の愛憎は『蜻蛉日記』によって残りました。文とはなんと素敵なものなのか。

本人たちは当然のことながら大昔に亡くなっている。ドラマでも去ってゆく。

けれども『蜻蛉日記』を開くと、またこの二人は姿を見せてきます。文が永遠の命を与えた二人は、これから先も読み継がれてゆくのです。

そのころ源明子は、兼家の扇を前に呪詛の真っ最中です。

紅唇からこぼれる。呪詛がなんともおどろおどろしい。妊娠中にこんなことをしてよいのかどうか……心配になってきます。

安倍晴明は夜空を見上げていいました。

「今宵、星は落ちる。次なる者も長くはあるまい……」

これも彼の公務員としての業務です。

赤い月のもと、明子は呪詛を続けています。

と、扇がバーンと吹っ飛び、疲労困憊の明子は倒れてしまった。激しい雨が降りしきります。

翌朝、兼家は庭に倒れていました。道長がその手を執り、父を抱きしめています。

「父上、父上……父上!」

そう叫ぶ道長。巨星が一つ堕ちたときでした。

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為時の家に藤原宣孝が来ています。

そして三日前に兼家が身罷ったと告げる。

「激しいご生涯であったのう」

達観したように言う為時。この悠然とした風情の方が、兼家よりも達観していて賢者の風格があると思えます。人の幸福とは一体何なのでしょうか。

そんな為時とは対照的にギラギラした宣孝は、筑前守になったと告げます。

前任者が亡くなったとかで、ド派手衣装による御嶽詣のご利益だと喜んでいます。

「国司になるぞ!」

そう野心を燃やす宣孝。この宣孝がまひろの夫になるわけですが、国司になって懐もあたたかくなったことだし、人助けも兼ねて若い妻を娶るとすれば自然な流れですね。

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「おめでとうございます」とまひろ。

「寂しくなるのう」と為時。

宣孝としても為時一家を残していくのは忍びないとか。

それでも関白が死んだから運は上向きだと告げ、下向の支度があると帰ってゆくのでした。

為時は一人にするよう告げ、涙を流しています。

いとは「嬉し涙なのか?」とまひろに問いますが、父上自身もわかっていないと返す。

うれしくても、悲しくても涙が出ると語るまひろ。道長にも同じことを言っていました。

 

道長の妻たち

病臥している源明子のもとへ、道長がやってきました。

起きあがろうとすると「そのままでよい」と制しています。

明子は流産しました。そのことを詫びると、道長は生まれぬ宿命の子もある、そなたのせいではないと返します。そして休んでいるように告げるのでした。

明子は喪に服している時に、敢えて穢れの身を見舞ってくれたと感銘を受けています。当時の出産は穢れとされました。

道長はしきたりなど気にせぬように言い、ゆっくり養生するように告げて、去ってゆきます。

何気ないようで、道長は明子を責めていません。気遣っています。そこが彼の優しさなのでしょう。

道長は穢れをケース・バイ・ケースで踏まえていたことも日記からうかがえます。

このあと、源倫子が道長を迎えます。

明子を見舞ったことを好意的に受け止め、しっかり慰めねばと気遣っている。模範的な嫡妻ですね。

明子は若いから今後御子はいくらでもできる。私もせいぜい気張らねば。

そう倫子は澱みなく語りますが、彼女は気づいているのでしょうか。

自身も檻に閉じ込められているかのようでもある。女性を子を産む道具のように語り、自分も気張るという。

今でも妊娠は命に関わる病気です。ましてや当時は危険なものです。

紫式部は「女は長生きしないもの」と記しています。それだけ産褥死が多かったことでもあるのでしょう。

そんな命懸けのことを、まだ若いからできると語る倫子。子を亡くした相手にそう思う倫子。

悪意があろうとなかろうと、かなり残酷なことを語っています。

同性だから同性の気持ちがわかるとも限らず、むしろ規範を強化することもあるとわかる残酷な場面でした。

それに明子は、道長に心惹かれていることもわかります。

それまでは呪詛に注がれていた心が、これからは道長へ向いてゆくのでしょう。

明子にとっても倫子にとっても、複雑な事態が訪れそうです。

 


兼家の墜落、道隆の飛翔

京は、兼家の喪に服して静まり返っているようで、道兼は荒れ狂っておりました。

女を呼んで酒を飲み、歌い踊り、荒れ果てている。

すると妻の繁子が「お暇を頂戴する」と道兼に言い切りました。

関白の妻でないからか?と嫌味っぽく告げる夫に、「慕う殿御ができた」とキッパリ返す繁子。父の喪にも服さないような道兼の顔はもう見たくないとか。

ならば尊子は置いていけと言う道兼ですが、繁子のほうが一枚上手で、すでに家から出していました。尊子は母と共にいたいのそうです。

「皆さま、お邪魔いたしました」

そう告げて去ってゆく繁子。これぞ中世女性の強さといったところでしょう。

まだ儒教倫理が浸透しきっておらず、再婚は悪いこととも見なされない。夫が生きていようが平然と別の男を作り、さっさと出ていく。

繁子は実に強い女性で、素晴らしい!

一方、ネズミがうろつく部屋にいる道兼は敗者そのものの惨めさがあります。

当時は妻問婚ですので、道兼が追い出されるのではないか?とは思いましたが。

このあと、藤原公任藤原斉信が囲碁を打っています。

さっぱりとした顔で、父は見る目がなかったと残念がる公任。さっさと気持ちを切り替え、藤原道隆に乗り換えるそうです。

斉信は、お前に誘われて道兼につかなくてよかったと、チクリ。自らのことを何かと賢いと誇っていた公任への嫌味でしょうか。

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真面目な藤原行成は、実の父の喪に服さないのはあんまりだと言います。

俺らだって似たようなもんだと自虐的に言う斉信は、真面目に喪に服していないのでしょう。確かに妹・忯子の死後、気晴らしに打毱をしていましたからね。公任も人のことは言えないと同意しつつも、道兼がおかしいとのこと。

行成は定子様が入内したからには、道隆様が後継であることが順当だとまとめます。

このあと、道隆様が順当だと狙いを定めた彼らは、その周辺に出入りするようになるわけです。

 

麗しき伊周

摂政となった藤原道隆は、初めての公卿会議に挑みます。

それにしても、藤原寧子が言った通り「位が人を作る」というのは道隆にはあてはまるのでしょう。今までのどこか優しげなところは消え、威厳が出てきています。

「蔵人頭、参れ!」

一条天皇がそう言うと、17歳の藤原伊周が、一足飛びで蔵人頭に任じられたと紹介されました。ざわつく女房たち。

お美しい! 漢詩も、和歌も、笛も、弓も、誰にも負けない腕前! 出来過ぎ!

そう、ボーッとしながら見ています。

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一条天皇と定子が双六で遊んでいます。

定子がまた帝の勝ちだというと、一条天皇は甘えるように定子の背中にしがみついていく。

すると、しずしずと母の藤原詮子がやってきました。賑やかで良いと言いながら、帝がそのような姿を見せてはならないと叱る。

定子が「お許しくださいませ」というと、そなたではなく帝に申し上げていると詮子。出直して参るから、それまで心を整えよと言います。

「見苦しや」

そう吐き捨てる詮子でした。

ここで補足を少々。

二人が遊んでいる遊びは「双六」です。平安時代の双六は現在の絵双六とは異なり、バックギャモンのような盤双六でした。

ギャンブル要素が強く、あまり上品な遊びともされにくいもの。『源氏物語』では、残念枠女君の一人である近江の君が、双六で遊びながら早口でまくしたてる様が下劣であると描かれています。

母親からすれば、我が子がそんなものに夢中になっているのかけしからんとなりかねない。

せめて囲碁にしなさい! いいえ、漢詩でも読みなさい!

そう言いたいのかもしれませんね。

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藤原実資は、17歳で蔵人頭になった伊周に不満が止まりません。

まったくもって異常中の異常!

そうぼやいている隣には新たなる妻の婉子がいて、実資の腹を摘んでいます。

恥を知らぬ身贔屓だ、放っておけば内裏の秩序も乱れる、なんとかさねばとブツブツ不満が止まらない実資。

婉子は腹をつかみ、その話は明日の朝、日記に書けばいいと言います。

前妻の桐子と同じことを言っていると実資がしんみりしていると、婉子は自分より身分がずっと低い先妻を懐かしむなど無礼千万と怒った様子です。

懐かしんだのではなく、同じというだけだ……そう弁解しながら実資が慌てて取り繕う。

為平親王の娘で、花山天皇の女御であったそなたこそ、理想の女性だ。

かくして妻に迫られ、実資は寝室へ向かうことに……微笑ましく、実資が面白いと言えばそうなのですが、引っかかることはあります。

実資は妻の身分しか問題にしていません。血筋だけを愛しているようにすら見えます。

確かにこの価値観なら、まひろとの縁談話も「鼻くそのような女」という評価になってしまうのでしょう。

伊周が鯛を口に運び、美味しいと微笑んでいる。母の藤原貴子が、喪中のため祝いとはされなかったものの、淡路から届いたものだと告げる。

これを送った淡路守は、下国から早く京都に帰りたいのだろうと道隆が続きます。

要するに賄賂だと認めたようなものですね。

相手が人事に口利きして欲しいから送ってきたのだと踏まえての言葉でしょう。

ちなみに『鎌倉殿の13人』では、自分に食べ物を贈る相手を露骨に贔屓する北条時政が描かれました。あの時政より見た目こそ上品なようで、実際は下劣な行為というわけです。

貴子が、伊周の婿入り先を決めたいと言い始めました。

道隆に、婿入りを望んでいるのかと問われ、父上と母上に任せると答える伊周。

幼い頃から家のために尽くすことにしていたと語ります。恋心より家のために相手を選ぶということでしょう。

すると「和歌の会」でも開こうかと貴子が言い出しました。

伊周の妻ともなれば、和歌くらいちゃんと詠めねばならない。

そんな貴子に道隆はすべてを任せます。

貴子は既にそう考えていたようで「漢詩の会」の二人も呼ぶとのこと。

道隆は「あの出過ぎる女か」と思い当たったようです。ききょうこと清少納言のことでしょうか。

 

才女の再会

思えば「漢詩の会」から五年が経過していました。

まひろとききょうの二人も久々に再会。

どうしていたのかと問われたまひろは、何から明かしていいのかわからないと戸惑っています。お父上はどうかと問われ、元気だと返しました。

一方、ききょうの父・清原元輔はこの年の六月に亡くなっていました。

肥後守として下向した先でのこと。さしものききょうも、都を遠く離れた土地で父を死なせたことに悔いがあるようです。

夫のことはどうでもよいものの、都にいなければ取り残されそうだと思って、父についていかなかったことを愚かだったと後悔しています。

生きていると悔やむことばかりだと返すまひろ。

ききょうは伊周の妻選びに私たちが目に留まるわけはないと白けきっています。

清原元輔はかなりの高齢でした。

高齢だろうと、判断力に翳りがあろうと、適切な引退がないような当時の制度には疑念を覚えてしまいます。

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かくして和歌の会が始まります。

姫たちがいる中、御簾の影からその様子を眺めている伊周。ききょうはお題として「秋」を掲げました。

秋風の 打ち吹くごとに高砂の をのへの鹿の 鳴かぬ日ぞなき

【意訳】秋風が吹くたびに高砂の尾上の鹿が鳴かない日はありません

威厳に満ちていながら秋にふさわしい、涼やかな響きがあるとのこと――伊周はその姿を見てうなずいています。

風流なようで、最高権力者が我が子のためにオーディションを開いているような構図。

「漢詩の会」より下劣に思えてきますね。

まひろはこのあと、たねに字を教えて嬉しそうにしています。

たねは「たつじ」と「いわ」と、両親の名前を書く。その賢さに感心し、教えた甲斐があったと喜ぶまひろ。

もう帰らないとかかに怒られると言うたねに、とと様、かか様に名前を書いて教えてあげてと返すまひろです。

そして、また明日と見送るのでした。

 

才女たちの野望と大志

するとここで被衣姿のききょうがやってきました。

たねを見て、あの汚い子は誰かと問うききょう。

文字を教えていると説明すると、「なんと物好きな!」と目を丸くしています。

ききょうのこのリアクションが実に素晴らしい。

ファーストサマーウイカさんを見ていると、どうしてこんなに清少納言にぴったりな役者さんが実在するのだろうと感動してしまいます。本人の魂か、天の意思が選んだような配役ですね。

ききょうは「和歌の会」のダメ出しをしてきました。

よりよき婿を取ることしか頭にない。志もない。己も磨かない。退屈な暮らしと気づく力もない!

ああいう姫たちが一番嫌いなのだと毒づき、まひろが思わず引いていると、あなたも同じでしょ?と突っ込んできます。

「少しは……」

ききょうの勢いに、思わず認めてしまうまひろ。やはりそうでしたか。

ききょうは己の野望を語ります。

宮中に女房として出仕し、世の中を知りたい。まひろの志は何なのか?と問われると、おずおずと、文字の読めない人を少しでも減らしたいと返します。

何言ってんだこの変人はよぉ!

そう言いたそうなききょうは、この国には貴族の何万倍も民がいることをご存知か?と畳み掛けます。

それでもまひろは、諦めたら何も変わらないと返す。

えらいですよね!

彼女みたいな人がもっとたくさんいれば、世の中は変わる。いや、いたからこそ変わったのでしょう。

ききょうはさらりと受け流しつつ、自分の話にしたい。志のためならば夫を捨てると言い切ります。なんでも夫は賛同しないどころか、恥ずかしいからやめてくれと思っているとか。

文章や和歌なぞうまくならなくともよい! 自分を慰める女でいよと!

「どう思います? 下の下でございましょ」

これはききょうやまひろだけでなく、画面の向こうにいる視聴者に投げてきたと思えるほど刺激的な問いかけですね。

まひろが戸惑いつつ、若君のことを気にかけると、息子も夫に押し付けてしまうそうで。

息子にはすまないけれども、私は私のために生きたい。広く世の中を知り、己のために生き、それが人の役に立つ。そんな道を見つけたいと語るききょう。

唖然とするまひろ。

ききょうのこのセリフは素晴らしいですね。

きっと現代のフェミニストに媚びたとかなんとかそういう反応はあるでしょう。

しかし『枕草子』に同様の主張があるので、そこはもう仕方ない。

そしてこの流れを、大石静さんが書くことに大きな意味があります。

かつて大石さんが手がけた大河ドラマに『功名が辻』があります。

大河ドラマは男性向けで戦ばかりとされますが、女性向けの流れもあり、それこそ2作目は『三姉妹』でした。

確立されたジャンルとして、賢夫人ものもあります。

『おんな太閤記』を元祖とする、英雄の横で妻が支えるものです。

これは作品が放送された当時の女性像も関係していて、夫がモーレツ社員(1950年代から70年代に家庭を顧みずに働いた会社員男性のこと)で、妻は家であたたかい食事を作って待っている――そんな理想の家庭像があったときのことです。

専業主婦の妻を励ますような妻の像が、大河の一パターンとしてありました。

弊害として、歴史を捻じ曲げることも往々にしてあります。

『利家とまつ』のまつにせよ、『功名が辻』の千代にせよ、戦国時代当時の像よりもずっと甘い、癒し系にされてきました。

『利家とまつ』の、まつの味噌汁でなんでも解決するパターンはさんざん揶揄されたものです。

ヒロインの作る手料理が奇跡を起こすパターンは、『花燃ゆ』おにぎりの大失敗とともに沈没したと思いたいところ。

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今回、ききょうが激しくダメ出ししたような、癒し系であることだけを求められるようなヒロイン像が大河にもあった。

その典型とされてもおかしくない『功名が辻』を真っ二つに切るようなことをやってのけたのです。

しかも、今日的な価値観だけでなく、当時の清少納言自身の価値観で正面から突いてきました。

爽快です。

同時に、決まりきった退屈なヒロイン像を押し付け、大量生産してきた側の責任も問いたいところです。

こういう大河ドラマが放送され、夫を待つ専業主婦が幸せであったかどうか。

当時の人生相談を見ると、モヤモヤした不満を抱く主婦はそれこそ多かったことがわかります。

そういう女性像に納得できない人が多く、それが理想だと信じ込ませることに失敗したからこそ、今日という社会があるということは考えたいところです。

 

貧しい少女には文字すら贅沢だ

そうはいっても、なぜ、ここでききょうが爽快だと言えるかということは考えたい――そう言える人は恵まれているというだけのことかもしれません。

まひろはたねを見に行きます。

するとそこには、父・たつじに殴られながら畑を耕す少女の姿がありました。

まひろが名前を呼ぶと、たねが「先生!」と返す。

たつじは憎々しげに、あんたがうちの子に文字を教えていたのか突っかかってきて、余計なことをしてくれたと毒づきます。

うちの子は一生畑を耕して人生を終える。文字なんかいらねえ。

そう吐き捨てながら、さらにこう言います。

「俺らあんたらお偉方の慰みもんじゃねえ!」

まひろは何も言い返せませんでした。

たねが文字を覚えたら、きっと親も喜ぶだろう。

そう信じていたまひろにしても、その努力に呆れていたききょうも、結局、上流階級です。女が知識を得て褒められるだけの恵まれた環境にいました。

しかし、世の中にはたねのような女の方がずっと多い。

そんな環境に置かれた女性はずっといました。日本は歴史的に識字率が高かったなどと言われますが、それも都市部や男性に偏ったことかもしれません。

農村で働いているような女性は、長いこと読み書きもままならずに生きていくしかなかったのです。

そのころ宮中では道隆が、道長の提出する検非違使庁改革案に苛立っていました。

道長は彼なりに考えていたのです。もう直秀のような犠牲者は出したくない。なぜああなったか? 検非違使の権限が強すぎて、罪人を簡単に殺せるような仕組みが悪い。

罪人だろうと尊厳ある処置を求めるため、道長は改革しようとしていたのです。

しかし道隆は、身分ある罪人だろうと時が経てば都に戻るとして相手にしません。

それでも身分が高いものだけが民ではないと食い下がる道長に対し、お前はもう権中納言なのだから下々のことは下々に任せておけと言い放つ道隆でした。

 

道隆の独裁、開始

道隆にはもっと重要なことがありました。

それは娘の藤原定子を中宮にすること。

しかし、円融院の藤原遵子(公任の姉)が中宮にいて不可能なため、遵子を皇后にし、定子を中宮にするのだと。

皇后と中宮は並立しない。前例がない。

道長がそう困惑すると、前例の一番初めは前例がないと一歩も引かない道隆。弟の道長に対し、公卿を説得せよと言い、さらには相談ではなく摂政の命令だと断じるのでした。

道長は悔しがるほかありません。

しかし、フレキシブルというか、イレギュラーというか。もっときっちり制度を決めておけば、こんな運用で引っ掻き回せなかったのでは?と思ってしまいますね。

まひろは月を見ながら、たつじの吐き捨てた言葉を思い出しています。

「俺らあんた方お偉方の慰みもんじゃねえ!」

道長も月を見ながら、俺は何もしていないと悩んでいる。

両者ともに、己の志について行き詰まっています。

定子を中宮にする件は、実資が「ありえぬ!」として反対しており、他の公卿も同じです。

しかし、道隆は強引に通す。一条天皇はこう言うのです。

「朕は、定子を中宮とする」

公卿は困惑するも、帝の言うことに逆らうわけにもいかない。

かくして、道隆の独裁が始まったのでした。

 

MVP:この時代を生きる女性たち

今回は圧巻でした。

幼く貧しい、農民でしかないたね。彼女のような少女は今も世界中にいます。

文字を習うことすらできず、一日中働かされる。

たねみたいな少女を減らすことなんて無理だと諦めるか?

それとも少しでも役立とうとするか?

それは一人ひとりの選択次第でしょう。

まひろのようにどうにかしたい、そう思うことで世の中は少しづつ良くなってゆく。本をプレゼントしたり、できることはきっとあります。

婿を待つなんてしょうもない! 私は働く!

そんなききょうの野心は爽快痛快であり、これも女の大志です。

愛など求めないと割り切っていたはずが、道長への愛に目覚めたような明子。我が子を失ったけれど、愛に目覚めたようでした。

誰よりも幸せなようで、女の幸せという規範の中で生き、それを基準に世の中を見ている倫子。倫子は幸せなようで、実はそうなのかどうか。

そう突きつけてくるようなニュアンスがあります。

結婚したあと、自ら運命を切り拓くこともできる。道兼に別れを突きつけた繁子は、このあと平惟仲と再婚し、成功した女性となります。

いとは仕えた家が傾き、仕立物の仕事もして、辛いようで、為時の穏やかさに全て報われているような風情があります。

愛なんて過去のこと。我が子の出世だけに生きると割り切っていた寧子。それが恋していたころを、相手の死を前に思い出します。最愛の人が自分の歌を詠んだ瞬間、彼女は何かが蘇ったように見えました。

今まで背景にいて、目立たなかった女性たちの人生。

それがこう見ているだけで、人の数だけ色彩があって、輝きがある。

生きるってなんだろう?

幸福ってなんだろう?

大志って何?

そう考えさせられるこのドラマは、次のステージに立ったと思います。

このドラマの女性たちは、男から与えられる幸せを受け止めるだけでなく、自分で噛み締めるなり、考えるなり、しているからこそ素敵だと思えるのです。

けれども同時に、おそろしくて目障りで仕方ないという人もいるはず。

女性を社会インフラの一種だと思い、意見なんて知りたくないと思っていたらそうなるでしょうね。

 

女を、人を、モノ扱いしてはいけない時代へ

先日、NHKスペシャル「下山事件」のドラマを見ました。

佐藤隆太さん、森崎ウィンさん、溝端淳平さんが出ており、改めてなんて素晴らしい役者なのかと思いました。

主演の森山未來さんも素晴らしい。玉置玲央さんはもはやNHKのお気に入り。

そんな彼らのみならず、2023年『どうする家康』で無駄遣いされた役者が見せる佇まいに圧倒されたのです。

圧倒といえば、始まったばかりの朝の連続テレビ小説『虎に翼』の松山ケンイチさんがすごい。

朝ドラでは数年おきに伝説的な相手役俳優がでます。

周明役の松下洸平さんも『スカーレット』でそんな伝説的な夫役を演じました。その枠に松山ケンイチさんはおさまることが確定しています。

これから先、彼が演じる桂場に全国が悶絶するかと思うと、伝説を見届けることは幸運であると思うばかりです。

彼は改めて声が素晴らしい。この声すら魅力的にできなかった、配役としては最高なのに出来は最低になった『どうする家康』はどうしたものかとため息をついてしまいましたが。

さて、この『虎に翼』と『光る君へ』というNHK二枚看板は、時代を変えるようにひきあっています。

朝ドラは、ヒロインが理想の嫁だとされる不文律のルールがありました。男女双方から従順な女性像が求められたものです。

そこからはみ出すと、いじめではないかと思うほど激烈なアンチが登場するため、そうした状況を恐れてか、近年では『あさが来た』にせよ、『わろてんか』にせよ、モデルから相当丸めたヒロイン像にされていたものです。

今回は、理屈っぽく、理論詰できて、むしろ嫁にしたくないどころか、近くにいたら鬱陶しいくらいのヒロイン像を押し出してきます。

そのうえで女性の人生とは何かを問う姿勢が賞賛されています。

そしてこの間はこんなセリフが出てきました。

「頭のいい女が確実に幸せになるためには、頭の悪い女のふりをするしかないの」

これに大河ファンも反応していました。

なぜか?

紫式部日記』にあったライフハックと通底するんですね。紫式部も職場ではバカのふりをしていたと書き残しています。

時代は変わってきているな!

そう大河と朝ドラを見ていて思えるなんて、素晴らしいことでしょう。NHKは敢えてそうしてきている。嫌われる勇気を感じます。

歴史総合に関する本を最近読んでいますが、ジェンダー史からの見直しは必然だと思えることばかりです。

今年のこうしたドラマには揶揄するような意見も出ることでしょうが、歴史学としては最先端の知見を反映しただけだと言いたいところです。

そして今年の大河は、効果を挙げていることがこうした記事からわかります。

◆吉高由里子『光る君へ』視聴率が『どうする家康』以下でも狙い通りか ドロドロ展開で引き込まれる女性のための大河ドラマ(→link

ドロドロしているのは男性貴族の争いですよね。

それを「女はドロドロが好きなんだー!」と無理にでもしたいような。それしか言うことがないのだとしたら、下の下ですよ。

こちらの記事は

◆「なんて美しく残虐な展開」大河ドラマ「光る君へ」に熱狂の20~40代女性に受信料問題抱えるNHKがほくそ笑む訳 一方、戦国ものが好きな男性は「藤原ばかりで誰が誰かさっぱり分からん」(→link

本文が問題がないどころか良いものですが、タイトルが下の下!

「ほくそ笑む」という言葉には、悪いことをしているという含意はどうしたって感じますよね。

本来、俺たち男の子を喜ばせるのが大河なのに、それをしないなんて卑劣だ! そういうわけのわからない喚き声に聞こえる。

女性や若い層に受けるドラマを作って何がいけないのか?

「藤原ばかりだ!」とはあまりに低レベルな言い分であり、ただただカッコ悪い。

要は、歴史が好きなのではなくて、チャンバラやゲーム、漫画が好きなだけのように思えます。

こういう見方には、こちらの動画でも。

 

大河ドラマは僕達男の子のものだもん! それが女向けのものを作られるなんておかしいんだー!

そういう喚き声のようですが、NHKの受信料は男女同額です。なぜ、女性だけ我慢する必要があるのか。

さらに以下の記事は朝ドラ関連ですが、誘導の仕方が下の下です。

◆NHKの過剰なクレーム対策で『虎に翼』ストーリー崩壊?昭和時代の男尊女卑を描き切れない背景(→link

別にストーリー崩壊していませんし、家族が男尊女卑をしていないわけでもない。

ヒロイン父の口先だけの調子のよさ。ヒロイン兄の恋愛脳の鬱陶しさがちゃんと出ています。

女性差別といえばぶん殴るとか、外で女を買うとか、そこまでしないと含まれないとでも言いたいのでしょうか。

こういう“下の下”な記事を見ると、ある層にダメージが与えられていると浮かび上がってきますね。

最後に、女性をモノ扱いすることは、時代遅れだと改めて指摘させていただきます。

昨年の大河ドラマ『どうする家康』では、幼い茶々が秀吉を誘惑していて最低だと私は批判しました。

未成年俳優に性的な描写を演じさせる負担を考えてのことであり、高嶋政伸さんの気遣いを知って、確かにあれは悪かったのだと再認識できました。

◆「不意に涙が出そうに…」高嶋政伸が明かした“13歳の娘を暴行する役”への葛藤 インティマシーコーディネーターに支えられたNHK『大奥』の裏側(→link

推しが悪ければ糾弾すべきだという映画も公開されているとか。ファンなら受け止めるという姿勢の是非を感じさせますよね。

私は大河ドラマが大事だと思います。だからこそ、耳に痛いことも言い続けたい。

◆女性をモノ扱いした「推し」への怒り。性犯罪者のファンだった「私たち」は加害者か、被害者か。(→link

💟 『光る君へ』総合ガイド|紫式部の生涯・宮中・平安文化を網羅


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【参考】
光る君へ/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

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