フルネームは「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国首相官邸ネズミ捕獲長」。
立派な肩書きを持つイギリス政府の公務員「ネズミ捕獲長」、その正体は猫です。
冗談ではありません。
イギリス首相官邸公式サイトには紹介コーナー(→link)もあり、現職のラリー捕獲長は2011年2月15日から現在の住まいに居て、新政権下でも同役職を引き継がれることがニュースにもなったほどです。
◆英トラス政権 「ネズミ捕獲長」留任決定(→link)※現在はリンク切れ
歴史ある建物を改築しながら使用しているイギリス・ダウニング街において、住居を食い荒らすネズミの被害は深刻。
政府の脅威を効率的に排除するため、彼らは「殺し屋としての本能」を認められ、雇用されています。
ただのマスコットではなく、かの有名なジェームズ・ボンドと同じく「殺しのライセンス」を持つ、歴史と由緒ある役職なのです。
この役職の創設は、なんと16世紀。
ヘンリー8世の時代、トマス・ウルジー枢機卿が執務室に猫を伴っていたことが起源だそうです。4世紀の歴史を誇るわけですね。
今回は世間のネコノミクスに便乗して、イギリス公務員版ねこあつめ、あるいは歴史ネコ歩きをしてみたいと思います。
※TOP画像=現職のネズミ捕獲長・ラリー/wikipediaより引用
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トレジャリー・ビル(1924)
起源は16世紀までさかのぼるとはいえ、ネズミ捕獲長は記録に残されていませんでした。
トレジャリー・ビルが記録上最初に認められた「ネズミ捕獲長」です。
ラムゼイ・マクドナルド時代の捕獲長。
彼は猫にありがちな行動である、成果=ネズミを上司に見せに行く癖がありました。
しかしこれまたありがちな行動ですが、見せられた側はゴミ箱に捨ててしまいます。
そこで彼は、上司に報告せずにきっちりとネズミを並べて置くようになったそうです。
ミュンヘン・マウザー&ネルソン(1940年代)
「私は豚が好きだ。犬は人を敬愛し、猫は見下すが、豚は我々を平等に扱う」
こんな名言を残したウィンストン・チャーチル。
彼の宿敵ヒトラーは愛犬家ですが、チャーチルはかなりの猫好きでした。クリームや最高級サーモンを愛猫に与えていました。
チャーチルは、自邸チャートウェルをナショナル・トラストに寄付する際には
「ジョックというマーマレード色(日本の茶虎猫)で腹と足下が白い猫が、いつまでもこの邸宅で快適に暮らせるように」
と条件をつけたほどです。
現在でもチャートウェルにはジョック6世が暮らしています(公式サイト)。
そんなチャーチルの元で捕獲長をつとめたのが、ミュンヘン・マウザーとネルソンです。
ミュンヘン・マウザーは本名不明。
「ミュンヘンのネズミ取り」という不名誉な愛称は、チェンバレンの代からこの職についていたため、つけられました。
チェンバレンといえば、ナチスドイツの台頭を許すことになる宥和政策を取ったため何かと評判の悪い首相です。いくらチェンバレンが憎いとはいえ、猫に八つ当たりをするのは気の毒な話ではあります。
ネルソンはチャーチルが連れてきた彼自身の家族でした。
ある日、チャーチルは海軍本部の外で、一匹の黒猫が大きな犬を猛然と追いかけている姿を目撃しました。
「素晴らしい猫だ。こんなに勇敢な猫を見たのは初めてだ!」
チャーチルは黒猫の勇敢さに強い感銘を受け、引き取ることにしました。
彼はその黒猫に、勇猛果敢な海軍提督ホレーショ・ネルソン(1758-1805年)から取って「ネルソン」と名付けました。
ネルソン提督の英海軍は世界最強~そのカリスマには男も女も惚れてまうやろ!
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ネルソンはチャーチルにとって信頼のおける存在であり、閣議に参加したこともあるそうです。
時は第二次世界大戦中。空襲を恐れてネルソンが逃げ回ると、チャーチルはこう叱責しました。
「情けないぞ、ネルソン! この程度で怖がっていたら名前負けするじゃないか」
ミュンヘン・マウザーとネルソンは縄張り、もとい居住地域が重なっていたため、しばしば確執があったそうです。
ペトラ(1960-70年代)
彼女は血統書付きの優美なマンクス種です。
先代のピーター3世の後継としてマン島から公式に派遣されたものの、職務にはまったく興味を示さないどころか、やたらと騒ぎ立てると同僚公務員から不評を買いました。
職務解任の声すらあがったのですが、世間を騒がせることをおそれたのか、こっそりと引退させられています。
彼女はハロルド・ウィルソンの家族であったシャム猫のネモとの不仲もささやかれていました。
代々のネズミ捕獲長は野良猫から出世したたたき上げが多いのですが、ペトラの場合は深窓のご令嬢でした。
そうした生まれのためか、職務遂行能力に欠けていたのかもしれません。
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