歯をにっと剥き出しにした義経が、後白河法皇の褒め言葉を聞いています。
隣にはいつもの丹後局と平知康。
義経の表情には独特のものがあります。
おすましすることは苦手なのでしょう。まるで猫が喉を鳴らすように褒め言葉を聞くような姿です。
しかし梶原景時は困惑しています。
法皇たちの前を退去して廊下に出ると、義経に「法皇様は勘違いをしている、鵯越ではない」と確認するのです。
義経は意に介さない。
鵯越の方が響きがいいじゃない。馬に乗って駆け降りた方が絵になる――そうニンマリとしながら言い放つ。
「平三、歴史はそうやって作られていくんだ」
まるで、お前の知っている俺の像だって、そうやって作られたんだぞ!と、挑発するような不敵な台詞ですね。
彼自身の偶像を壊すような、破滅的な輝きが今週も眩しい。
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曾我兄弟
義経の連勝に鎌倉は湧いています。
しかし、頼朝は義仲討伐の代償と向き合わねばなりません。鎌倉に再び暗雲が立ち込め始める。
戦いを終えた義時も自宅へ。我が子の顔を覗き込み、親父殿に似てきたと微笑みます。
赤子の顔はすぐ変わる。この間までは八重さんに似ていたのに。そう実感を込めて語っていると、八重から思わぬ言葉が出てきます。
「そちらは平六殿の子」
おっと、義村の子だったかー。義時は、あらためて我が子を「金剛、金剛」とあやす。単身赴任の会社員のようで、そうそう平穏なわけもない。
そこへ客人がやってきました。
工藤祐経です。
初回放送では、落ちぶれた格好で出てきて、伊東祐親に領地を戻すように訴えていた人物です。
サッパリした身なりになっていて、義時と八重の結婚に祝いの言葉を贈ります。
すると背後からうやってきた子どもたちが祐経に石をぶつける。
「人殺し!」
なんでも親の仇と恨んでいるとか。
幼い兄弟は歌舞伎でも有名な曽我兄弟でしょう。八重には見覚えがあるようです。
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そんな祐経には仕事がありません。
京育ちで文筆も長けているとアピールをしていますが……おっと、祐経は事態が把握できていないようだ。
坂東武者とは桁違いに文筆ができる、大江広元ら文官が京都からくだってきている。もう需要がありませんな。
しかも縁が深いとされた八重もムッとして、よくそんなことを言えると怒っています。
そしてまた兄弟が石をぶつける。
義時は「考えておきます」とあしらいながら、八重に事情を尋ねると、彼女も「忘れましょう」とつれない返答。
話を逸らすかのように、鎌倉の捨て子やみなしごを養いたいと義時に訴えます。
急にどうしたのか?
思わず戸惑う義時ですが、彼女なりに考えていました。これからも命のやりとりがあるのならば、せめて子どもたちを救いたい。
義時は頷いています。
八重は慈悲深いんですね。父・祐親に似ているから、工藤祐経には断固として嫌悪感を見せる。
それでも優しい。親のよいところを受け継ぎました。この八重の思いは、金剛にも引き継がれるのでしょう。
石を投げた少年たち・曾我兄弟も、かなり重要な伏線となりそうです。
三日のうちに義高を討て
源頼朝は、義仲を討ったいま「片づけておきたいことがある」と扇子を手に口にしています。
まずは武田信義に、武士の棟梁は誰か?ということを認めさせる。要は、河内源氏でのランキングをつけたいわけです。
大江広元が、信義の子・一条忠頼がこちらに参ると告げ、信義には消えてもらうと宣言する頼朝。
「そしてもうひとつは、木曽の倅(せがれ)」
父の仇として頼朝を狙う義高がいる限り、枕を高くして眠れない。そして頼朝は義時に告げます。
「小四郎、お前に任せた」
「私で、ございますか?」
「三日やろう。義高を討て」
優雅に扇子を手にしながら、宣言する頼朝。これが権力の頂点に立つものの姿だ。
刀を手にして目をいからせるのではない。扇子という殺傷力がないものを優雅に動かすだけで、誰かの首が飛ぶ――そんな高みに頼朝は上り詰めてゆきます。
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頼朝と二人きりになった広元が念押しするように言います。
「小四郎殿を試しておられますな。やり遂げてくれましょうか」
「人の世を治めるには鬼にならねばならぬ。奴にはそれをわかってもらおう」
どこまで耐えられるか――義時が試されるようになりました。もう昔には戻れない。彼の日常は変わってしまったのです。
大姫と義高が遊んでいます。
母上がお呼びだとして大姫を引き離した義時は、義高を館の一室に幽閉。
その義高を討つことが、あまりに気が重いのでしょう。
父の北条時政に相談します。
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時政は、辛い役目を仰せつかったと気遣いつつも、上総介の一件が転機となり、頼朝は腹を括ったと見抜いています。
「あの方に逆らっては、この鎌倉では生きてはいけん」
時政の言葉に、もはや躊躇はありませんが、思い出してください。石橋山の危機を乗り越え、敵を打ち破り、御家人たちが鎌倉入りを果たしたときのこと。
俺たちの鎌倉、ここで新しい世が始まると生き生きとしていた顔を。
そんな季節はもう終わったのです。
頼朝も義時も許さない
「聞きましたよ、冠者殿のこと!」
政子が血相を変えて義時に迫ります。こんなことなら初めから大姫と一緒にさせるとか言わないでよ!
そう迫る姉に、妹の実衣が、義時に文句を言っても仕方ないとフォローを入れています。
「冠者殿の首を刎ねるなど許さない! 鎌倉殿に会ってくる!」
そして夫のもとへ向かう政子。命を助けるとおっしゃったと迫ると、頼朝は「考えると言っただけだ」とかわします。
まだ年端も行かぬ子どもだと彼女が畳み掛けると、頼朝は自らのことを語り始めます。
父の源義朝が討たれたとき、頼朝はまだ子どもだった。あれから二十年経っても仇討ちの思いは消えない。今でも平家を倒すことを考えている。
義高がそうなるとは限らないと政子が告げても、頼朝は重々しく返すだけ。
「あいつの恨みは、必ず、万寿に降りかかる……」
果たしてそれはどうなのでしょう。自分が恩義を感じないから、皆もそうだと言えるのか。
政子は夫を説得できず、焦っています。
諦めずに冠者殿に会わせてほしいと訴えても、義時は断る。
それでも政子は、迷惑はかけない、冠者殿に会わせて欲しいと訴えます。いったん伊豆山権現に身柄を預け、頼朝を説得してから鎌倉へ呼び戻したいようです。
なぜ伊豆山権現なのか?
「アジール」(聖域)という意味合いですね。自社仏閣に逃げ込めば、そこは治外法権で命は保障される。
そして、無理だと困り果てる義時を説き伏せ、義高と語り合うことになりました。
しかし義高はキッパリと言い切ります
政子は考え違いをしている。決して鎌倉殿を許しはしない。いずれ軍を率いて鎌倉を襲い、首をとるつもりだ。そしてそのときは義時の首も取る。
なぜ怒りの矛先は義時にも向けられるのか。
というと、父・義仲の思いを理解していながら踏みにじったであろうから。
そんな風に恨みを告げると、義高は、こう宣言します。
「自分を生かしておいては皆のためにはならない、早く首をとってくれ」
「でも大姫が!」
娘のことを思う政子は必死に訴えます。
しかし義高はつれなく「いずれふさわしい相手が見つかる」と淡々と、そして二人を突き放します。
「お引き取りください」
義高には、まだ若くとも武士の魂がありました……いや、それが武士の魂なのでしょうか。だとすれば、あまりに救いがない。
検非違使
さて、都では――。
「検非違使?」
義経が、鰹節をもらった猫のように瞳を輝かせています。法皇が甘ったる~く言い切る。
「わしの思う形で示したかった。検非違使になって、京の安寧を守ってくれ」
目を見開きパチパチとさせて喜ぶ義経。彼は思ったことが過剰なまでに顔に出るのですね。
十三人の一人である中原親能が、任官の許可を貰っていないと口を挟むと、
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義経はキッパリ言う。
官位のために戦をしているわけではありません!
この一言に丹後局も思わず反応。あの真っ赤な唇で義経を褒めると、法皇も続けて「頼朝のことは忘れてよい」とニヤついてしまう。
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これがもし、義経の作られたお話通りならば、謙虚に恭しく任官されるのでしょう。
どっこい今年はものが違う。
義経はあまりに配慮がない。官位を求めて戦をしたのではないといえば無欲なようで、むしろただのゲーム感覚で戦をしているとなれば、俄然おそろしさが増すではありませんか。
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それに、こんなにホイホイと釣られてはいけませんよ。うまい話には裏があるものです。
任官問題は、非常に重要です。
頼朝は、義経以外の御家人にもブチ切れ、
「アァ〜、都通過したついでに官位もらうとかどういうつもりよ? 駄馬が道端で草食うみてえなことしてんじゃねぇ!」
と、こんな感じで怒っています。
所領にせよ、官位にせよ、自分の許可範囲内で取らないと周りに示しがつかない。
義経はそういうルールを無視しているから、法皇と丹後局はあとで喜んだことでしょう。
こいつはチョロいな、って。
ちなみに義時はこの点、慎重でした。
上総広常が砂金をやると言ったとき、一旦は断っておいてから相手の機嫌を損ねないために受け取っています。そういうワンクッションを置けるかどうかが重大な分かれ道となる。
とことん能天気な義経は、荒い息遣いをしながら待ち受ける家臣たちのもとへ向かいます。
「検非違使に決まったぞ!」
「おめでとうございます」
本当に、どこまでもシンプルな主従だなぁ。大江広元のような軍師はいない。法皇様は私が大好きだとはしゃいでいます。
さらには「このままどんどん偉くなって清盛を超えてやる!」と続けると、周囲もこの調子だ。
「御曹司ならできる!」
いやいや、誰か諌めなさいってば……。組織にはアクセルだけでなくブレーキも必要ですぞ。
するとそこへ、法皇様が選りすぐった白拍子たちが任官の前祝いとしてやってきました。
静御前――。
日本史上に残る天女のような舞姿を見せます。
美しい。
心が溶けてしまうように美しい。
大仰な演出ではなく、純粋にゆったりと舞う姿を見せてきます。暗い照明の中で皆の心を掴んでしまう。
そんな風に思えるのは、演じる石端静河さんの舞姿が美しいこともありますが、この瞬間を目に焼き付けたいとでも言いたげに、言葉を失って見入ってしまう義経の目線があってこそでしょう。
運命の恋が始まる瞬間でした。
巴から託された義仲の手紙
「此度のこと、まことにおめでとうございます」
安達盛長にそう言われているのが、比企能員です。
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何がめでたいか?
比企一族の娘である郷と義経の結婚が決まったこと。能員は武士らしい活躍は全くしていませんし、特に優れた点もありません。
それなのに姻戚関係で権力に接近していく手筈は抜かりない。
御曹司が郷に一目惚れしたといい、あれやあれやといううちに結婚とのことで、凱旋後は賑やかに結婚したいと計画を語ります。
静御前とのことを思うと、あまりに酷い展開ではあるのですが、それでも比企と源氏のつながりは深くなるという算段です。
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殺伐とした世界に癒やしをもたらす和田義盛が、義時に話しかけていました。
なんでも五人がかりでようやく取り押さえた敵とかで、義時に会いたいとのこと。そう言われて、かったるそうな表情の義時に対し、義盛は「顔見知りらしい」とプッシュします。
「巴って言うんだけどな」
思わずガバッと身を起こす義時。
いざ対面すると、巴御前でした。
「またお会いできるとは思っておりませんでした。私一人生き、恥を晒しております……」
女性の服装をして項垂れる巴。義盛はこう語りかけます。
「俺の家人になってくれよ。悪いようにはしねえからよ」
義盛……彼は巴を“女”として生け捕ったのではなく、武士として遇する気概があります。捕らえたのが義盛でよかった。
彼女は、義仲から預かっていた義高への文を義時に渡します。
「拝見」と義時が読もうとすると、「無礼者!」と怒る巴。まだ元気はあるようです。
文には、義仲のこんな言葉がありました。
鎌倉殿を敵とは思っていない。これ以上、源氏同士で争ってはならぬ。
巴が補足します。
義仲亡き後、平家討伐を成し遂げるのは鎌倉殿しかいない。義高には生きて源氏の悲願成就を見届けて欲しい。それが義仲の心残りでした。
そして、その文を受け取り、父の思いをしかと受け止めたと語る義高。御台所こと政子に自分のあやまちを語ります。
改めて父の思いを知ることができたお礼を伝えます。
義高に接近する武田
「生きてくれますか」
政子は、義高にそう問いかけ、伊豆山権現への逃亡手配を進めます。
義時はその経緯をジッと眺めている。
彼はこの傍観者の役割が大きい。そのせいで義高に何もしないと恨まれますが、実際に何もしないわけではなく、政子から無茶を押し付けられます。
かくして逃亡作戦が始まります。
義高は女人に化けて連れ出すとのこと。前にも同じ手を使ったのでは?と実衣が心配すると、鎌倉殿を逃した時に使ったと政子は言います。
そうそう、そうでした。思えばあの頃はなんとノンビリしていたことか。
今回はリアルに生死がかかった場面。
八重が子どもを遊ばせる庭を通り、そこから三浦義村の船を使います。
面倒なことになる、と断りそうな義村が引き受けるのは、娘を育ててもらう貸しがあるとのこと。
義村はじめ三浦一族は何をしているのか?と、ここで補足しておきますと、彼らは重要な後詰めです。
いくら義経が天才でも船がなければ戦えない。水上戦闘になれば彼らが必要であり、平家との一戦までにはまだ時間があります。
義高の従者である海野幸氏も、仲間に加えて欲しいと言います。
義高の命を守ると純粋に思うこの少年は、義時たちが失ったものを持っています。
そんなタイミングで、武田信義率いる甲斐源氏も到着しました。
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義高や海野幸氏とは大違い。彼らの腹には、下劣な権力闘争がある。
一ノ谷の戦いでは後詰めとして武田も出陣し、信義の子である一条忠頼だっていた。
だからこそ安心して平家を叩けたのに、恩賞がないのはおかしいのではないか。鎌倉方が妨害をしているのではないか。法皇様の思し召しと言いながら、頼朝関係者ばかりが独占している。
そう詰め寄っても、頼朝は軽くあしらいます。
信賞必罰です。先週は頼朝が報告書を確認していました。
戦場で誰が何をどうしたのか。それに見合った恩賞にしないと軍は無茶苦茶になる。
ゆえに、そこをきちんと報告する梶原景時は便利なのですね。
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一方、権力者側からすれば、恩賞で引っ掻き回せる。ゆえに便利な手段となりえます。
案の定、信義の心は乱されます。頼朝の前では顔を引き攣らせるだけでも、その場を去ると途端に怒りを我慢できない。
と、息子の忠頼が、義仲の嫡男がここにいると囁きます。
「ほう、使えるな」
思わず信義はニンマリ。いかに義高の人格が素晴らしかろうが、無欲だろうが、流れる血のせいで彼は手札にされてしまいます。
すかさず信義は、義高を口説きにかかります。
源氏同士で力を合わせたい。そう甘い言葉を投げかけられますが、義高も武田を信じてはいない様子。
義高が信濃に戻り、兵をあげれば勝てる、と畳み掛けられてもこうだ。
「お断りします! 父は鎌倉殿を恨むなと書き残しました。お引き取りください、人を呼びますよ」
義高は志操堅固だ。若いのに立派です。
しかし、こうした密談というのは危険極まりなく……。
義高の鎌倉脱出
頼朝の前に、義時や広元、盛長など、いつものメンバーが集合。
義高の話になると、警備が工藤祐経では心もとないので代えろと頼朝が伝えます。
祐経はまるで信頼されておらず、さっそく義時が動こうとすると、頼朝の弟・源範頼に引き留められてしまいます。
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源範頼は戦の顛末を報告せねばならないので義時が必要。
結果、大江広元が手配することとなりました。
かくして作戦開始――実衣は夫・全成殿の出番と背中を押します。頼朝に変装する役ですね。
仁田忠常が導き、頼朝っぽい格好をした全成が扇子で顔を隠しつつ、しずしずと歩いてゆく。
一方、本物の頼朝は、いつものメンバーを前にして、こう問いかけます。
義仲が美男というのはまことか?
確かによい男ぶりであったことが振り返られますが、これは史実もドラマの青木崇高さんもそうでしたね。
見張りが気になって仕方ない義時は、何を聞かれても上の空で、ちょっと危うい。
頼朝の中枢メンバーたちは、まだ義仲の話を続けます。
怪力だったので、大きな岩を弓で叩き割り、そこから湧水が出た(確かに弓と義仲にまつわる清水伝説はあります)。
嘘か真か。気になって仕方ない頼朝が、義高に確かめようとすると、慌てて義時が「その通りで、うまかったです!」と押し留める。
顔は覚えていないのに、なぜこれは覚えているのか? 疑いを抱かれそうな答えです。
盛長が聞きに行くことになり、義時の焦りは頂点へ。
比企能員は相も変わらぬ点数稼ぎが好きなようで「戦に行きたい」と告げます。ついでに里を京都に連れて行くと提案すると、それは義経も喜ぶだろうと頼朝も賛成している。
と、程なくして盛長が確認して戻ってきました。
「湧水が出た」
報告します。これで義時も一安心かと思ったら……。
ザワつく御家人たち
武田信義の長男・一条忠頼が、餅を持って義高のもとへ向かいました。
監禁部屋に入ると、そこにあったのは寝姿の義高……ではなく、身代わりとなった海野幸氏でした。
義高は、女装して出ていく最中です。
思わず義時は、盛長を呼び止めました。
なぜ義高を助けたのか?
盛長も義高が生き延びることを望んでいました。
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彼にも相応の理由があります。御家人たちの心がこれ以上鎌倉殿から離れてほしくない。
そういうことを正面切って諌められないところが、鎌倉の不健全さではありますね。
ここで工藤祐経もお役御免になっていました。
義高を引き取った義村が、今晩はこの寺で過ごすように伝えています。
しかし、ここでピンチ。
一条忠頼に逃亡がバレ、広元が頼朝に報告すると、直ちにキレました。
「義高を捕らえしだい首を刎ねよ!」
あの心根のよい若君を殺さねばならぬのか、と暗い表情になる重忠。義盛は巴が悲しむから殺したくないとボヤいています。
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そこでこの二人に頼みがあると義時が言う。
義高はいま東の岩本寺にいる。明日の朝、三浦を頼って伊豆山大権現に入るから、時間を稼いで欲しい。
そこで重忠と義盛は、西から信濃へ向かったと御家人たちに告げています。
東にいるから西に目を向けさせたのですね。わかりやすい。
義高が逃げ、御所が蜂の巣をつついたような騒ぎだ!と慌てているのが三浦義澄。息子の義村に迫ります。
涼しく「でしょうね」とあしらおうとする義村ですが、義澄は疑念を募らせています。
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御台所と何かこそこそやりあっていたらしいじゃないか。
三浦が生き残るには頼朝に従うしかない。
義澄は切羽詰まった声でそう言うのですが、彼も変わってしまいました。
どこかどっしりと構えていて、だからこそ知恵の回る我が子を信じていた。
それが白い石が黒くなるよう。我が子をむしろ疑い、その知恵を怪しんでいます。
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三浦義澄(義村の父)は頼朝の挙兵を支えた鎌倉幕府の重鎮
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それに義澄はかつて、義高を立てて謀反しようと企てていました。
二度目はないし、義高の危険性を痛感してしまったのです。
助命を願う大姫 すでに斬られている義高
今や御家人にとっては、危険極まりない存在となってしまった義高。
三浦の庇護下にあった寺から逃げ出していました。
義村が、義時に文を渡しています。
鎌倉は恐ろしいところです。私はふるさとの信濃で生きることにします――そう書かれていました。
義高は義時を信じられなかったのです。御台所から遠ざけた上で殺す気ではないかと疑っている。
苦悩する義時。
信濃へ向かう西側は、追手がひしめいているのに……。
義高が逃げていると、案の定、藤内光澄に見つかってしまいました。
「冠者殿か!」
刀を抜こうとすると、大姫の鞠が引っ掛かり、うまく抜けません。
そして義高は呆気なく斬られてしまった。
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何も知らない頼朝は、義高がまだ捕まらないことに苛立ち、追手を増やせと命じています。
と、そこへ政子がやってきました。
「ここには来るなと申したはずじゃ」と苦い顔の頼朝は、大姫を見つけます。
「政子、これはならん!」
そう困惑する頼朝に、大姫の望みだと言います。
「冠者殿をお助けくださいませ!」
「それはできぬのじゃ」
困る父の前で、大姫は小刀を抜き、喉に突きつけます。
「姫!」
「冠者殿がいなくなったら私も死にます!」
「こんなことをさせるな!」
我が子が命を絶とうとする姿に、母も、父もうろたえています。
政子 必死の訴え
「何も吹き込んでおりませぬ、あなたがそうさせるのです!」
政子は訴えます。
義高殿は謀反など企んでいない、御家人は皆疑っている、どうか皆に信じる心をお与えください。その場にいる義時も、実衣も、祈るような眼差しをしています。
頼朝が、大姫の前に座り、刀を取り上げ、負けを認めました。そして捕まえても殺さぬよう伝えよと義時に命じます。
父が悪かったといい、大姫を抱き寄せようとすると、政子は「行ってはならぬ」と止め、一筆書くように迫る。
「わしを疑うのか?」
「何度も騙されております」
夫婦が言い合う横で、実衣が文字を書かれた紙を取り出します。
全成経由の神仏に誓う紙なのでしょう。もう夫婦同士の、人間の心は信じられない。だから神や仏に誓うようになってしまったのです。
思えば遠くへ来てしまった。
鎌倉に入る頼朝を、政子はうっとりとした目で眺めていた。
石橋山の戦いで大庭景親に負け、房総半島へ敗走していたときは「討たれてしまったのではないか」と気が気でなく、再会できたときは幸せだった。
腕には大姫を抱き、頼朝は幼い娘と妻を見て喜びを噛み締めていた。
あのときの家族の姿が一番幸せだったのかもしれない。
政子はそれでも過去の自分を裏切ることなんてできないのでしょう。
あのとき胸が燃えていた幸せを思い出して、せめてあの気持ちだけは裏切らないように生きていたけれど。
あのときの自分に恥ずかしくないように、真っ直ぐに生きたいのだろうけど。
義時の心や表情がどんよりと曇り、時政が陰謀へ引っ張られているのに対し、政子は芯が強く変わらないとは思えます。
真っ直ぐに生きたいからこそ、誰かを守りたいからこそ、知恵を使い駆け引きをする。
そんな政子が悲しくも素晴らしい。こんなことになってしまっても、政子さん、あなたは素晴らしい人です。
義時に降りかかる重荷
義高を捕まえたら生きたまま連れてこい――。
義時がそんな命令を御家人たちに伝えていると、首桶を持った藤内光澄がやってきました。
御所の中では「義高に出家してもらう」と頼朝が念押し。一方で政子は日付を入れるよう返しています。
大姫にも笑顔が戻りました。
実衣が連れて立ち上がると、暗い顔の義時と盛長がやってきます。
「姫を連れて行け、早く!」
思わず怒鳴ってしまう義時。訝しむ頼朝に、暗い声で告げます。
「鎌倉殿、吉報にございます」
「謀反人源義高、この藤内光澄が討ち取りました!」
「そうか。これは天命ぞ」
苦い声でそう告げる頼朝。
彼なりに中世人らしい解決を見出しました。神に誓ったけれども、相手は死んだ。神も死んでいいとさだめた。これも天命であると。
しかし政子は思わず声を荒らげる。
「断じて許しません!」
そして、その場を憤然と去りました。頼朝は誓紙をくしゃくしゃと丸める。
時政が義時に、頼朝からの文を渡します。
そこには一条忠頼、藤内光澄を討てとある。期限は明日。時政は、北条が試されていると重々しく言います。
「これはできませぬ……」
「藤内は功を焦ったのじゃ」
「できませぬ」
「鎌倉殿の御命令じゃ」
そう父子が言い合っていると、りくが重々しく言います。
「あなたも妻子を持たれわかったのではありませぬか。あなたの命はもうあなただけのものではないのですよ」
「覚悟を決めるんじゃ、小四郎」
父と母にそう迫られ、義時は覚悟を決めます。
あまりに理不尽な忠頼と光澄の死
一条忠頼が呼び出されました。
「これはこれはようこられた。こたびはそなたが一番手柄じゃ。そなたがいなければ義高を逃しておったぞ」
頼朝が笑顔で言うと、御家人たちが集まってきます。
義時が頷きます。
そして退路を断たれた忠頼を押さえると、暗い目で罪状を読み上げます。
義高を唆し、鎌倉殿に謀反を企てたから成敗する――。
忠頼は、何ら言い分を聞かれることなく、即座に斬り伏せられてしまいました。
頼朝の暗殺スキルも着実に上がっていて、上総広常の時よりも逃げ場がないように討ち取っているわけですね。
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義時にせよ【どうすれば殺しやすいか】というハウツーだのマニュアルが積み上がっていく。
人は、いちいちショックを受けていたら心がもたないので、手順を定めたり、嫌な習慣を身に付けたりして、慣れるようにしていくものです。
暗い目で罪状を読み上げた時の、何の感情もない、マニュアル口調になった、そんな小栗旬さんがおそろしい。
俺たちの鎌倉は、もう終わった――。
しかも藤内光澄は、自分がなぜ斬られるのかもわからぬまま、処刑されてしまいます。
待っていたのは手柄どころか死。まったく意味がわからないまま死ぬという無惨さは言葉にもなりません。
覚悟ができない。
同じ死を迎えるにせよ、覚悟があればまだ少しはマシ。辞世もなければ、家族への言葉もなく斬られてしまうって……。
工藤祐経は就職を諦めました。
義時に鎌倉は怖いところ、私が生きていけるところではないと告げています。
他に行くところがあるのであれば、そこへ行った方がいいと淡々と答える義時。
「あなたは?」
そう聞かれ、義時は返します。
「私はもう、ここしかない……」
そう、義時にまだ仕事があるのです。
お前たちは狂っておる!
義時は、武田信義から起請文を預かりました。
信義は我が子の無惨な死に納得できず、謀反の気などなかったと悔しそうに言います。
息子が死ぬ必要はなかったと言い募る信義に、義時は冷たく「これは警告だ」と突き放します。
さらには、もう二度と鎌倉殿に逆らうなと念押しすると、信義はさすがに我慢できず……。
「お前たちはおかしい、狂っておる」
武田に謀反のつもりはなかった、そう伝えると答える義時。
これでお互い戦わずに済むと片付けるようで、同時に脅迫してもいます。
悔しそうな信義。
そもそも謀反とは、主君に逆らうかうものであり、自分はそもそも頼朝を主君と思ったことはない!
そんな憤りを絞り出しますが、冷酷極まりない、鎌倉殿の懐刀になった義時は受け流すばかり。
そりゃ義高が義時を信じない気持ちもわかります。一番嫌われる役目です。梶原景時がそうかと思ったら、義時もそうなりつつある。
なんなら組織の中では「虎の威を借る狐」扱いで、最も嫌われるポジションかもしれません。
主人公が、大物の懐刀になる大河は多いものです。
『天地人』の直江兼続。
『軍師官兵衛』の黒田官兵衛。
『麒麟がくる』の明智光秀。
『青天を衝け』の渋沢栄一(幕臣時代)。
この手のポジションは『素敵な主君に信頼されていいなぁ』となるのが定番ですが、明智光秀と北条義時の場合、何かがおかしい。一番しんどい立ち位置になっています。
光秀の場合、教養がある人物ですので、それこそ『論語』を読むなりできました。
そのせいで麒麟に取り憑かれてああなったけど、では義時はどうすべきなのか……。
政子は、藤内光澄の処刑を聞かされ、唖然としています。
「殺せとは言っていない!」
「姉上は決して許すなともうされた。鎌倉殿はそれを重く受け止められた。姉上、あなたの許さぬとはそういうことなのです。御台所の言葉の重さを知ってください。我らはもう、かつての我らではないのです……」
義時は家に帰り、我が子を抱いています。
「父を……ゆるしてくれ」
幼い我が子に詫びてすすり泣く義時に、八重が寄り添っているのでした。
MVP:木曽義高と大姫
この時代の伝説のカップルと言えば義経と静御前――と、これに加えて木曽義高と大姫もそうでしょう。
悲劇がまたも蘇りました。
今回の二人は若く幼いから、余計に残酷さが際立つ。子どもの死と苦しみは、残酷な時代劇では避けられぬものです。
その重いボールをよくぞ受け止めました。メンタルケアが心配になるほどです。
大姫が懇願する場面で頼朝が参ってしまうところは、もう演技を超えたものすらあったと思えます。
そりゃ、あんな子がああ言ってきたら誰も断れません。
キャストの写真を見た時点で、この死は前半の重大なターニングポイントで、どこまでえげつなく心を痛めてくるか、そこにかかっているとは思っていました。
想像以上に酷かった。よくぞここまでできたと思います。もう何も救いがない。
総評
大河といえば観光。やっと制限も数年ぶりにとけたわけですが、大河を見て鎌倉に行こうと果たして思えるか? そう問いかけたくなる回でした。
前から鎌倉は怖いと薄々感じてはいました。
慰霊碑はあるのだけれども、大雑把というかあまりに簡単に人が殺されすぎていて、何か理解に苦しむところはあった。
そういう「ほんとうはおそろしい鎌倉の歴史」を余すところなく伝えてきて、秀逸だと恐れ入るばかり。
それでも当人たちからすれば「そんなことないよ! だって風水もバッチリ」かもしれない。
というのも、ほぼ一から設計するものだから、怨霊対策をした作りらしいんですよね……って、だからその発想がおかしいと思いませんか?
そもそも惨殺するから怨霊が出る。だったら、悲劇を未然に防止する方法をなぜ考えないのか?
結局、何が一番怖いかって、人間の心ですよね。
不信感。
猜疑心。
誰もが素直に信じられなくなるから心が濁って、新たな悲劇が起きてしまう。そういう不信感の極みのような回でした。
毎回、演技が圧巻で、小栗旬さんの顔色の悪さ、目の暗さはなんなのでしょう。
木簡を数えていた時。
八重さんにフラれて悲しいと泣いていた時。
幼く見えて、かわいらしさすらあって、透き通った目をした青年だと思えました。
それが今はもう目が暗い沼だ。
今年の大河を見て「将来は義時みたいになりたい!」なんて思う子どもはいないでしょうし、ああなりたいと憧れる若者もいないでしょう。
しかし、それが歴史というものではないかとも思えてくる。
歴史って、英雄になりきった妄想に耽るより、現実社会で起きてはならない決断を迫られる――そうやって心を鍛え、磨くためのものかもしれません。
その点、今年の大河は精神を鍛えますし、本来の意味で歴史を学ぶ意義を伝えているように見える。
やはり歴史劇は、こうでなくては。
連休だからこそ見たい歴史劇がある
皆さん阿鼻叫喚のようですが、私は実は毎週うれしい。
ようやく大河が『ゲーム・オブ・スローンズ』以降の世界水準に追いついてきた感があります。
あれはただのドラマでもなく、人間の認識を変えてしまったもの扱いをされていることがしばしばあります。
歴史の本を読んでいるのに
「最近の人はみんな『ゲーム・オブ・スローンズ』のせいか、陰謀を企んでいるみたいなことを言い出すから」
というボヤキも出てきます。
あのドラマ以降「我が国にはこんなスゴイ英雄がいた!」という歴史劇は古くなったと思えます。
むしろ露悪的なまでに歴史を描き、そのせいで精神が削られてしまう、そんな描き方が大事。
野蛮な時代をどう乗り越え、人間の意識をどう矯正したか、そこが大事です。
中世は人間の規範や道徳心がまだ確立できていない。
そこからどうやって高めていくかを描くことは重要でしょう。
『鎌倉殿の13人』は真っ暗闇のような世界でいて、実はもう光が出てきています。
金剛(北条泰時)です。
彼の母である八重は強い意志と慈愛がある。
義時は悪くいえば流されやすい、よくいえば柔軟な適応性がある一方、八重は頑固なところがあります。
揺るぎないものがある。
八重には世の中をよくしたい意志もある。
義時はこのあと苦しい道を這い上っていくしかないけれど、金剛の中に強さや、世の中をよくしたい優しさを感じて救われると思えます。
なぜこんなことを言うかというと、立ち位置の似た人物である司馬懿主役のドラマ『軍師連盟』のおかげかもしれない。
このドラマの司馬懿も人間不信でどんどん顔が暗くなっていきます。
そしてその後継となる司馬昭は、輪をかけて色々と奸悪。
司馬懿と司馬昭は暗黒へと突っ込むけれども、義時と泰時はそうではありません。
金剛が育つから!
坂口健太郎さんになって出てきて「御成敗式目」を制定するから!
とりあえず連休とVODを利用して『軍師連盟』をみると、まだマシかもしれないと救いは得られると思います。精神は削られますけどね。
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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト



















