鎌倉殿の13人感想あらすじ

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー総論まとめ第49回「傑作か否か」

2022/12/26

果たして2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は成功だったのか、それとも失敗に終わったのか?

その是非を問われたら、私は大きく頷きながら「大成功だ」と答えたい。

確かに本作は突出した視聴率も残しておらず、何を持ってして大成功というのか?という問いかけに対し、明快な数字はありません。

既存の価値観からは説明しにくいと申しましょうか。

それは最終回で北条時房が語った状況に似ていると思えます。

「いいか皆、もはや朝廷は頼りにならない。これからは武士を中心とした政の形を長く続くものにする。その中心に北条いるのが我ら北条なんだ。よろしく頼むぞ」

“朝廷”とは既存の基準であり、“武士を中心とした政の形”とは新しい指針であり、本作が示した成功要素とも言えます。

その中心に『鎌倉殿の13人』はしばらく座り続けることでしょう。

では、成功要素とは何だったのか?

本作の一年をまとめながら、『御成敗式目』を書くようなつもりで振り返ってみたいと思います。

 


視聴率はもはや基準にならない

『鎌倉殿の13人』は、視聴率から判断すれば、とても成功とは言えません。

◆NHK大河「鎌倉殿の13人」最終回視聴率14・8%…期間平均12・7%で「西郷どん」と並ぶ(→link

平均視聴率は12.7%であり、2018年『西郷どん』と同じでした。

ここ数年分の数字をまとめておきますと、

2021年『青天を衝け』14.1%

2020年『麒麟がくる』14.4%

2019年『いだてん』8.2%

2018年『西郷どん』12.7%

かなり凡庸な数字でありましょう。

しかしコロナ禍を迎えたこの2、3年はテレビ視聴の在り方が前例がないほど急変しており、とても視聴率が伸びる環境だったとは言えません。

その他の下落要因もざっと考察してみると、以下のような理由が挙げられると思います。

・そもそも主人公の知名度が低い

・舞台が人気の戦国や幕末ではなく、馴染みの薄い平安末期から鎌倉時代前期だった

・実質的にR18指定がふさわしいと思えるほど、陰湿で残虐な描写が続き、大泉洋さんですら「娘には見せたくない」ほどであった

・プロットが複雑で、伏線を引っ張り、難易度が高い。しかも主人公はじめ登場人物に共感しにくい

・ワールドカップと重なって極端に低くなった第45話6.2%がある

・NHKプラスによる配信視聴が増えた

NHKを含め、テレビは番組視聴者数そのものが、今後、低下の一途をたどることは避け難く、その辺は皆様だけでなく作り手も痛いほど理解しているでしょう。

反面、動画サイト(VOD)への移行は今後も伸び続けるわけですが、それを担っていた「NHKプラス」は、プロットが複雑な『鎌倉殿の13人』にとっては非常に適していたと感じます。

わかりにくい場面や回があったら、後で見返すことが簡単にできます。何度でも見たいリピーターの数も把握できます。

NHKプラスの再生回数は、NHK内部でしか把握していません。

ただ、大河については2021年と2022年では大差がついていると言われ、実際、今年は成功だったことが以下の記事にも記されています。

◆NHK総局長「鎌倉殿の13人」“三谷マジック”絶賛 配信好調「超優等生」来年「どうする家康」も期待(→link

少し長めになりますが、該当部分を引用させていただきますと……。

配信全盛時代となり、ゴールデン帯(午後7~10時)の総世帯視聴率(HUT、関東地区)が前年から約5ポイントも急落したため、全48話の期間平均は12・7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。

前作「青天を衝け」(全41話)の14・1%を下回ったものの、特にNHKプラス・NHKオンデマンドによる視聴が急増した

林氏は「普段なかなか(大河ドラマを)ご覧いただけない方が見てくださった超優等生、貢献度大の番組。全国各地のイベントにも、たくさんの方にご応募いただき、ありがたい。三谷幸喜さん、キャストの皆さん、テーマ曲を書かれたエバン・コールさん、すべての皆さまに御礼を申し上げたい。そして何より1年間番組を楽しんで支えてくれた視聴者の皆さんに御礼を申し上げたい」と感謝した。

動きのトロい大手メディアでも、既に「配信全盛時代」とは認めていて、「NHKプラス・NHKオンデマンドによる視聴が急増した」という点が評価されています。

つまりは

・動画配信サービス(VOD)

・今まで視聴していなかった層への拡大

をNHKでも重要視するようになっているんですね。

こうした再生回数が多い成功作品は、近年であれば『鎌倉殿の13人』だけでなく、朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』と『ちむどんどん』も該当します。

ただし、公的に大きく発表される数字は今も視聴率であり、この辺のアンバランスさが世間での評価を難しくしているのでしょう。

朝廷の定めた律令が武士を想定しておらず、坂東武者は混沌とした基準のもとで生きてきた――その様が『鎌倉殿の13人』で描かれたように、大河の評価基準もそんな状態なんですね。

ちなみに私の事前予想では「視聴率は伸びない」と記させていただきました。

大河『鎌倉殿の13人』見どころは?残酷な粛清の勝者・義時の悪辣描写が成否のカギ

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テレビの視聴環境や舞台の時代設定を考えると、予想は的中して当然ですが、一方で海外では視聴率ではなく、

◆視聴者数

◆視聴回数

◆レビュー平均点

※英語圏はRotten Tomatoes、中国語圏は豆瓣douban等

がヒットの基準とされ、これを『鎌倉殿の13人』に当てはめたらどうなるか?

NHKと同様、私も成功だったと見ています。

追記:NHK側で視聴回数を含めたランキングが発表されました。

◆総合視聴率20.2% NHKプラスは歴代大河ドラマ最多 NHKオンデマンドはすべてのドラマ最多(→link

◆小栗旬、“紅白”にゲスト出演決定 “源頼朝”大泉洋と『鎌倉殿の13人』トーク (→link

素晴らしい結果を残したといえます。

紅白歌合戦は例年翌年大河を大々的に扱いますが、今年は『鎌倉殿の13人』でもうひと盛り上がりを狙っています。

異例の大成功です。

 


「ネットの声」は信頼できるのか?

「ネットでは」「ネットの声」――大河ドラマが放映されると、その直後、こんな見出しの記事がズラズラ並びます。

SNS投稿を切り取って並べただけの中身にうんざり……そんな「ネットの声」も私には聞こえてきますが、例を挙げながら見ておきますと……。

◆「鎌倉殿の13人」に「どうする家康」徳川家康役・松本潤が登場「聞いてないぞ」ネットも歓喜(→link

◆「鎌倉殿の13人」最終回も天然 毒なんの!トキューサ“最強説”ネット爆笑&ぞっこん「愛嬌モンスター」(→link

「ネットの声」を使った記事は楽です。

誰のものともわからぬツイートをコピペするだけの【コタツ記事】がサクッと書けるし、大河のレビューにしても「八田知家の胸元がセクシーとネットは大盛り上がり!」とやっておけばOK。

そもそも「ネットの声」を自作自演で投下することだって可能であり、誤った認識、偏った見方が広まる危険性もつきまといます。

いわゆる【エコーチェンバー】ですね。

声の大きなユーザーや、著名人のレビュー、あるいは自分の耳に心地よいだけの意見。

バズればいい、というスタンスの「ネットの声」に流されてしまう。

『鎌倉殿の13人』もTwitterのトレンドによく取り上げられていましたね。そのせいか、こんな記事まで出ていましたが、

◆25話連続でTwitter世界トレンド1位…「鎌倉殿の13人」が世界一バズるドラマとなった理由 歴史ドラマなのに次の展開がわからない(→link

放送直後、あるいはインパクトのあるシーンの後に皆が同時投稿すれば、瞬間的にアクセスが高まり、トレンドの上位になるのは当然のことです。

『天空の城ラピュタ』の「バルス!」が好例であり、「盛大に身内ノリをやっている現象」でしょう。

Twitterトレンドを取ったからって「世界一バズるドラマ」と言うのは、見ているこちらが恥ずかしくなってくる論調です。

こうした状況を鑑みてか。NHKも以前のようにネットを重視しなくなっているのではないでしょうか。

そもそもNHKが「ネットの声」に目覚めたのは2012年大河ドラマ『平清盛』でしょう。

視聴率は低迷したものの、熱狂的ファンがハッシュタグを用いて大量に投稿し、2013年朝ドラ『あまちゃん』でも「ネットの声」が大盛り上がりでした。

苦戦しそうな気配があった2015年『花燃ゆ』では、公式サイトでファンアートを募集するところにまで到達しました。

一方、2019年『いだてん』では、もうハッシュタグの魔力はないと気づき始めたと思われます。

視聴率低迷は深刻。

関連イベントに参加者が集まらない。

大河ドラマ館には人が来ない。

いくらネットで一部の投稿が盛り上がっていても、現実世界には何ら反映されておらず、そんなものは「限定的である」と証明してしまったのです。

『鎌倉殿の13人』の最終回で、北条義時は幕府軍が19万であると後鳥羽院宛の書状に書きました。

ネットの声とは、いわばこの“19万”でしょう。

信憑性が低く、やろうと思えばいくらでも盛れる。ただし、ある程度の事実は反映されていて精査が必要、といったところです。

朝ドラも例に見ておきますと、『おかえりモネ』は前半、『ちむどんどん』は最後まで「ネットの声」が低評価でした。

しかし、特に『ちむどんどん』は、アンチが【エコーチェンバー】を形成し、叩くことそのものが目的となり、メディアやライターまで乗っかっていると指摘されるほど。

仲間内で貶して一致団結する視聴者が【ノイジーマイノリティ】としてしつこかったのです。

NHK側もそのことを把握していて、ことさら貶めることもなく、むしろ視聴回数で判断して成功とみなしていました。

アンチは「開き直りだ!」と怒っておりましたが、あれは一体何だったのか。

それでもネットニュースは、一定の閲覧回数(PV)が見込めるために、視聴率や「ネットの声」をしつこく拾い続けます。

短時間で書ける上に低コストだからとにかく「タイパ」がいい。

『鎌倉殿の13人』では、後鳥羽院が寵愛する武士・藤原秀康が、鎌倉に備えて流鏑馬をすると言っておりました。

今さら流鏑馬なんかを鍛錬したところで、獰猛な坂東武者にはさして意味がない。そんなことするなら敵の進軍経路でも調べておいたほうがよい。

それでも藤原秀康のように「やっている感を見せたら良い」と考えている将は流鏑馬をしてしまう。

視聴率や「ネットの声」を拾う記事は、いわばこの流鏑馬でしょう。

何かをやっているようには思えるけど、戦略分析に役立つかどうか?と問われたらあまり意味がない。

それでもこうした記事は無くならないでしょう。

人間は集団生活をする生き物です。

もみあげが素敵な長沼宗政は「執権が進退を決めて欲しい」とボヤいていました。

何気ないセリフですが、これが非常に重要で

「人間の意識は、実は判断を下すようにはできてなく、何かを探究するよりも享受する方が楽だ」

という状況があります。

例えば、今日の昼ごはんはラーメンと考えていた。しかし、通勤の途中にみたTwitterで、海鮮丼の話題があった。よし、こっちを食おう!

そう思いながら街を歩いていると、今度はカレーの香りがしてくる。やっぱりカレーにすっか。

と、こんな調子で人の判断基準はいとも簡単に揺らぎます。

ましてや上司が「今日は豚カツの気分だな」と言いだせば豚カツに流された方が楽です。

私は断固ラーメンを食べる! 朝起きたときに決めたのだ!

そう突き進むのは、北条泰時のような頑固者でなければそうそうできず、ドラマの評価も同じようなものです。

『韓非子』に「買履忘度」という言葉があります。

昔、ある男が靴を買おうとして店に行った。ところが自分のサイズ表(度)を忘れてきた! まずい、家に戻って取りに行かなくちゃ。そして戻ると店は閉まっていた。

そんな間抜けな話です。だって自分の足でサイズをはかって靴を買えばいいのだから。

要するに、自分の意見ではなく、いちいち何かの基準で判断することを指摘した話ですね。

大河ドラマの評価も同じことが言えませんか?

自分の感受性よりも、アルファアカウントだの、大河クラスタだの、ハッシュタグだの、ネットニュースだの、他者の意見に流されてしまう。

「ネットの声」を拾って拡散するやり口は、そんな人間の普遍的心理を突いています。

「このドラマは傑作だ! 面白いと言え!」

『花燃ゆ』や『西郷どん』からは、そういう押し付けがましさを感じました。

「このドラマは傑作です。聡明でドラマ通のあなたならわかりますよね? ほら、ネットでもみんなそう言ってますよ」

ばかみたいな理屈なのですが、それでも誘導されると、人間は案外そこへ向かうものでして。

◆ステマ、実情「やり得」 インフルエンサー4割「依頼された」 規制進む欧米、遅れる日本(→link

ステマ、別にええやん。むしろ得な情報もあるんじゃない?

そんな反論もあるかもしれませんが、あまりに他者に判断を任せていると、思考力や判断力は、筋肉と同じで使わねば低下します。

自分の頭で考えず行動して、それは誰の人生でしょうか。

私はしばしば「お前の意見なんか参考にならん!」「お前とは意見が合わない!」と宣言されます。

そう言われると私は正直嬉しい一面もあります。

誰かにわざわざ反論されるということは、耳に心地よいだけの論評を垂れ流してはいないのだな、と思える。

人間は、一人一人が自分の頭で考え、判断を下す方が良い。

それが難しいのは、長沼宗政の話でもしたところですが、それでもやはり個々の自主性を重視したい。

 

熱気をつくりだせ

『鎌倉殿の13人』では、北条政子が堂々たる演説をし、御家人たちを奮起させました。

本作は、現実世界でもドラマを奮起させようと立ち上がった人と、それに応じたファンがいて、それが明確に示された画期的な作品とも言えます。

トークイベント、ファンミーティングのことです。

今年はトークイベントが何度も実施され、私も数回参加させていただきました。

会場には推しの名前を書いたうちわを持った方がいたり、はるばる遠くから旅をしてきたという方も。

何より、語る側の熱気が素晴らしかった。出演者も視聴者も、互いに熱気を吸収しあい、さらに盛り上げていったことを感じたものです。

最終回の後にも関連番組が流されるほどでしたよね。

こうしたイベントは、主人公の小栗旬さん自らが発案したものもあるとか。

現場をどうやって盛り上げようか?

中心人物である彼が真摯に率先したからでしょう。

撮影現場ではマスクに文字を描き、それが公開される。ファンとのふれあいイベントを進め、観覧倍率が71倍だの134倍率だの、とてつもないプラチナチケットになっていく様は圧巻でした。

他にも今年はファンに向けたきめ細やかなサービスが際立っていました。

・ゆかりの地でのポストカード配布

・NHK横浜局によるコミック『拝啓鎌倉殿」配信

・公式サイトの登場人物が毎回更新される(これまでは数回おき)

・放送後、公式サイトやSNSで「かまコメ」(出演者のコメント)を配信

公式サイトの登場人物が毎回更新されるおかげで、出演者の士気もきっとあがったことでしょう。どさくさに紛れて死んだと思われる亀の夫なんて、よい思い出になりますよね。

残念だとすれば、公式サイトが放送後一ヶ月でクローズになること。どうにかなりませんかね……。

特に「かまコメ」は、出演者を守るという意味でもよい取り組みです。

このコメントを活字化しただけのネットニュースも放映後にはよくありました。

しかし公式コメントを広めることで、誤解が入り込む余地を防ぐことができるのですから、高度な戦術と言えるのではないでしょうか。

 


熱気を計測せよ

『鎌倉殿の13人』では、御家人たちの会話に耳を傾け、熱気を計測する三浦義村がいました。

いわば士気を見定めていたわけですが、では、ドラマそのものへの熱気は如何にして測ればよいか?

指針となるのは、主に以下のような項目ではないでしょうか。

・関連グッズの販売

→毎年初頭には並ぶ関連グッズ。これがいつまで続くかどうか?

・歴史雑誌の特集

→放送前から始まる大河関連記事がいつまで続くか?

・一般雑誌やサイトでの記事

→歴史ファン以外も手に取る雑誌記事に大河の特集が載るか? それは叩きか、賞賛か?

・研究者の反応

→批判的でも反応があればよし。むしろまずいのは“沈黙”と“無視”

主に、上記の熱気が肝要かと思われ、今年は総じてよかった。

お義理で褒めているよりも、熱心に食いついている感があった。相当の熱気が伝わってきた。

SNSでは研究者が甘さについて苦言を呈していることもしばしばあり、これが実によい。諫言が行き交う場は健全です。

諸事情から黙っているか、黙殺しているのが伝わってくるか、それとも無理矢理褒めているとなんとなくわかるとか。こういう作品はむしろまずいでしょう。

 

出演者の熱気は作れるし、計測もできる!

海外ドラマの出演者は、堂々と、あるいはそれとなく、作品に対して苦言を呈することがあります。

日本では、ほぼ無風。

といっても人間嘘をつけばどこかに綻びが出るものであり、注視していれば浮かび上がってきます。

『鎌倉殿の13人』最終回では、義時が妻ののえや、義村の嘘を暴く場面がありましたが、ああいうことは可能でしょう。

駄作大河は、以下のような特徴が浮かんできます。

・出演者がとりあえず作品を褒めるけれど、どこが良いのか、具体的な指摘がない

・作品そのものがつまらないせいか、出演者同士の仲良しアピールに走りがち

近年の大河で『現場の士気が低そうだなぁ……』と感じたことは多々あります。

例えば、主演俳優のインタビューの中で、台本を読んでもセリフが「ちんぷんかんぷん」だと語ったのは悲しくなるほどでした。

たとえ専門用語が難しいにせよ、調べることはできますし、スタッフに質問してもよいでしょう。

それを「ちんぷんかんぷん」の状態で無理に暗記したものを読み上げるだけでは、演技に熱が入らなくて当然です。なんせ本人が意味もわかっていないのだから。

あるいは、こんなインタビュー例も。

準主演の俳優が「時間をかけて乗馬シーンを流しても一瞬しか本編で使われない」と語っていました。

乗馬は特別な体験です。かつ時代劇必須のスキルといえます。

大河だからこそ、その訓練が必要となったのに、コスパが悪いと語られるならばあまりに虚しいことです。

たとえ放映時間が少なくとも、その一瞬を凛として美しく魅せるため、乗馬のトレーニングにはのめり込んでいただきたいぐらい。

その点、『鎌倉殿の13人』では、演じる役者さんが馬に乗ることを楽しんでいるとわかって、実に素晴らしいものがありました。

女性でありながら乗馬の素敵な場面があった巴御前。

人馬一体の境地へ向かっていった北条義時。

乗馬だけでなく弓も含めて、“弓馬”の心得は武士の証でもありますから、他の出演者の皆様も十全に訓練されていたことが伝わってきて、見惚れてしまいました。

一方で、今年は展開が陰惨でもありました。

役に入り込むほど精神的に追い詰められかねない状況もあったでしょう。

それをどうやって盛り上げていくか?

メンタルケアを考えていたからこその試みも見られました。

・リスペクトトレーニングの導入

大河初の試み。

誰もが伸び伸びと創造的に働ける環境を整えることであり、

◆「鎌倉殿の13人」ハラスメント防止講習会「リスペクト・トレーニング」大河初導入「居心地いい現場に」(→link

Netflixで実践されているノウハウを提供してもらったとか。

提供した方も、それを素直に受け容れた方も、変なプライドのしこりとか無く清々しいですね。

このトレーニングのみならず、小栗旬さんのマスクからも、キャストとスタッフへの気配りが見えてきます。

・脚本の仕上がりが早い

三谷さんは「脚本の仕上がりが遅い」とゴシップニュースで取り上げられることがしばしばありました。

最後の最後まで手を入れるため、決定稿が遅いだけであり、大まかなプロットを完成させる初稿はむしろ仕上がりが早いのではないか?

私はそう推察していました。

『鎌倉殿の13人』では、ロケ、セットの組み立て、小道具、衣装、VFX、アクション、所作指導といった、早くから事前準備をせねばならない場面が多いと感じましたが、いずれも素晴らしい出来だったのです。

ウクライナの会社と作っていたVFXに遅延が生じる状況がありましたが、それでも問題なく進行できたのはスケジュールに余裕があったからでしょう。

NHKには「働き方改革宣言」が掲げられています。

1 長時間労働に頼らない組織風土をつくります

2 業務の改革やスクラップを進め、効率的な働き方を追求します

3 ワーク・ライフ・バランスの充実により人間力を高めます

4 多様な人材がいきいきと活躍できる職場を実現します

5 改革の取り組みを点検・検証し、常に改善を続けます

どれだけ美辞麗句が並べられていても、大河ドラマの制作現場がギリギリでは……?と心配してしまうと、それだけで不信感は募ってしまいます。

具体的な例を挙げると2021年です。

事前にある程度プロットが発表されて出版されているガイドから、変わっている回がありました。しかも、余った時間を補うように、さして意味のない場面が加えられていた。

直前になって「さすがに曲解が酷い」と修正が入ったのではないかと私は感じました。

それだけでなく、小道具やVFXの作り込みが甘く、出演者が疲れているのでは?と伝わってくることも。

2019年については、脚本家が「本当はこんなドラマは書きたくなかったし、テーマに興味がない」と別の番組で明かすことがありました。

彼がやつれているというゴシップも飛び交いましたし、確かに彼の本気ならば、もっとよく出来るのでは?と感じるシナリオの完成度でした。

こういうことはただただ辛く、見たいものではありません。

「よいドラマを作ろう!」

もしもあなたがそう考えたとき、実際はどうしようと思いますか?

豪華なキャストやスタッフを揃える。費用をかける。

もちろんそれはその通りですが、現場の士気も非常に大事でしょう。

前向きになって、むしろ作ることが幸せで楽しいと思える――そんな風に士気を上げるのは、非常に難しい。

観察しないと把握できない。きっちりと数字として出てくるかどうかわからない。自分の意思とは無関係に、過小評価も過大評価もされる。

他人の評価なんて放っておけ!とも言い切れるものでもない。

地道に重ねるしかなく、しかしだからこそ現場の空気は役者同士の間でも共有され、大河も士気が高い好循環に入るでしょう。

今年は士気を上げることにおいて際立った成果を残しました。

主演の小栗旬さんは演技力のみならず、現場をまとめる総大将としても優秀だったのでしょう。素晴らしいことです。

さて、ここまで書いてきて、制作した皆様にも尋ねたいことがあります。

「狙い通り、日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』はできましたか?」

 

日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』を大河で作る

『ゲーム・オブ・スローンズ』(以下GoT)とは何か?

2010年代にテレビドラマ、特に歴史ものを変えたアメリカHBO制作のシリーズ作品です。

歴史観まで変えてしまったとされ、海外の歴史をテーマとした書物にはこんなことまで書かれていることがあります。

「最近の読者は、GoTの影響で、誰もが陰謀を企んでいたものだとみなすものだが……」

というように、それほどまでに影響が大きい。

ゲーム・オブ・スローンズ前史 登場人物や背景をスッキリ解説!

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たとえば中国では『軍師連盟』という司馬懿が主人公のドラマがあります。

諸葛亮のライバルであり、『三国志』の世界に最悪のエンディングをもたらした人物。

擁護も共感もしにくく、脇役としては有名でも、主役になることは稀有な存在でした。

その司馬懿をあえて主役にする――実際に作品を見てみれば、その意図はわかりました。

中国ではGoTの原作『氷と炎の歌』のころから、単純におもしろがるだけではない空気が漂っていました。

こういう複雑怪奇で陰謀まみれの歴史劇ならば、自国を題材にできる。

それがなぜできない?

答えとして、司馬懿主役の原作を選んだと思えたのが『軍師連盟』だったのです。

この作品では、中国であまり見かけない露悪的な演出がありました。

君主の狂乱。繰り返される自傷や拷問。陰謀。殺戮。

心理的に崩壊し、どんどん顔つきがどす黒くなっていく主人公の司馬懿

これはきっと中国版GoTをこなしておきたかったのだろうと、見終えて思ったものです。

黒さを中和するように、お笑い要素が入っているところが『鎌倉殿の13人』とも通じるものがありました。

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日本でGoTをやろうとすれば、時代劇制作の手法が残っていて、衣装や道具のストックがある大河ドラマしかありません。

そして2016年『真田丸』の時点で、GoTのことを語る人もいました。

最たる証拠は、主人公である真田幸村の祝言の席における暗殺劇でしょう。

冠婚葬祭の場での暗殺劇というのは、歴史上しばしばあるものです。

しかし、真田一族が加害者になったかは定かではない。一方でGoTにあり、シーズン3での「血塗られた婚礼」と呼ばれる殺戮は大きな話題をさらったものです。

それを大河でやろうとしたのではないか?と、見ていて思いました。

ただ、『真田丸』はGoTにするには時代がちょっと新しすぎます。

鉄砲があるし、神話をそこまで信じていない。中世以前でないと、GoTにはならない。

それができる題材と脚本家、スタッフを追い求めていった結果が『鎌倉殿の13人』ではないかと思えます。

ロゴが毛筆ではなく明朝体のフォント。「十三」ではなく「13」がタイトルに入る。メインビジュアルの鮮やかな色合い。

このドラマではクラシックの名曲がサウンドトラックに使われていました。

エバン・コールさん本人のアイデアではなく、依頼されてのことです。

オープニングはVFXで作った石像を用いています。

写実的な石像は日本では珍しく、むしろギリシャやローマ、ルネサンス彫刻を連想させます。

三谷さんはシェイクスピアを意識していると語る。

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スタッフが従来の時代劇よりもGoTのような演出を目指していたと語る。

三谷さんもそこをふまえてか、「首ちょんぱじゃねえか!」といったフランクな言葉遣いをさせる。

『鎌倉殿の13人』は日本らしさが確固たる前の世界を意識していると思えました。

出演者も「いろんな国の人に見て欲しい」と語っています。

「日本らしさ」が定着する前、国民性が確固たるものとなる前。道徳心がまだ成熟されておらず、迷信や不合理が通る。

日本らしさよりも「中世の人類」であることを強調しているように思えたのです。

なぜGoTがヒットしたか?

このドラマはイギリスの薔薇戦争がモチーフのひとつとされていますが、中世イングランド以外の要素も盛り込まれています。

だからこそ普遍性を感じさせ、世界各地で「我が国でもこういう歴史はあるのではないか?」と視聴者に意識されるようになった。

その歴史の普遍性を受け取り、日本の中世でドラマを作る。その答えが『鎌倉殿の13人』だと思えます。

さて、狙い通り2020年代、世界に通じるものとして出すのであれば、世界水準の配慮や工夫も必要です。

前述した通り、撮影現場への配慮もあります。

素晴らしい――と、それだけではない画期的な箇所も見ていきましょう。

 

稗史目線

稗史(はいし)という言葉があります。

正史に対するものであり、民衆の目線や伝承によって伝えられる歴史のこと。

GoTの場合、原作を読むとより顕著であり、戦乱に巻き込まれていく子どもの視点から歴史的な出来事をみる視点がありました。

大河ドラマの場合、歴史に名を残していない人物の目線で見ることが稗史に該当します。

かつては『三姉妹』や『獅子の時代』のように、大河は主人公が架空の人物であることもありました。

近年は「オリキャラ」と呼ばれる人物も、大河には欠かせなかったものです。

『鎌倉殿の13人』では、善児とトウが稗史目線の登場人物に該当しますね。

最終回までトウが登場しており、民衆目線で歴史を見ることはできていました。

ただ、若干弱かったとも思います。

これは主人公である北条義時が民衆に目線をあまり向けていなかったことも反映されているのでしょう。

姉の北条政子と息子の北条泰時は、民衆を労る「撫民政治」の観点がありました。

ちなみに稗史目線のことを持ち出すと、「マルクス史観の弊害」を語りだす方もおられるようですが、その弊害は現在ではそこまでない。

むしろ古い考え方ですので、そこは留意した方が良さそうです。詳細は本郷和人先生のご著書からどうぞ。

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当事者による表象

マイノリティ役を、当事者が演じること。

これにより誤解やステレオタイプを防ぎ、かつマイノリティの当事者に配役の機会を増やす効果があります。

海外では当たり前のことで、歴史劇の場合は民族が特に重視されます。

『鎌倉殿の13人』では、宋人の陳和卿をテイ龍進さんが演じ、この点において進歩しました。

過去の大河を見てみますと、『春の坂道』では明人の陳元贇(ちんげんひん)を倉田保昭さんが演じています。彼は香港や台湾で活躍していたため、日本では中国人をしばしば演じていました。

今になってみればそれはないだろ……と思いますよね?

それだけ時代は進歩したのです。

 

多様性

源実朝に後継ができないことは、政治問題として重要な伏線となります。

『鎌倉殿の13人』では、北条泰時への淡い恋心としてこれを表現しました。

ごくさりげなく、繊細な表現であり、男性が男性を愛することは普遍的なのだという描き方でした。

歩き巫女の、「実朝と同じ悩みを持つものはこれまでもいたし、これからもいる」という台詞とあわせて、よい描き方でした。

GoTにも同性愛者は出てきますが、スキャンダラスでどぎつい描き方でした。

この点においては『鎌倉殿の13人』の方が配慮が行き届いています。

 

VFXはじめとする技術

今回はVFXも相当進歩しています。

VFXというと、未だに白馬がお堂から飛ぶような、そんなプレステ2レベルのものを想像してしまう方もいるようですが、現在の緻密なVFXはすぐにそれとは判別できません。

2021年はともかく、2022年はそうです。

ドローンの空撮。そしてVFX。技術面でも大河は進歩しました。

大河のVFXは、2013年『八重の桜』で足ぶみしていたように思えたほど。

なんせ幕末のNHK番組では、あのドラマの映像が今も使われるほどです。

『八重の桜』以降に作られた『花燃ゆ』『西郷どん』のお粗末な戦争や、ろくに揺れもしない『青天を衝け』の船などは古いスマホゲーム以下に見えて、辛いものがありました。

 

ジェンダー観の更新:トウの場合

GoTはジェンダー観においても進歩したドラマとされます。

その代表格がアリア・スタークという女性。

アリアは少女時代に人を殺す場面があり、これが大きな話題となりました。

なぜならアメリカのテレビドラマにおいて、未成年女性の殺人描写はアリアが初めてだったのです。

といっても、アリアは愉快犯でもなく、逃亡の際やむなく人を害する自己防衛が初めての殺人となりました。

彼女は成長するにつれ刺客となり、親や大事な人の仇を討つために戦うことになります。

男女平等を論ずる上で、お約束の問題提起があります。

「男女平等というのならば、男性的な加害行為や従軍も平等とすべきなのか?」

これについては議論はまだ進んでいる段階であり、簡単な答えが出る問題でもありません。

ましてやテレビドラマが解決する問題でもない。

一石投じることが重要です。

アリアにせよ、トウにせよ、女性でありながら良妻賢母以外、しかも殺し屋である人物が登場しただけでも、重要な問題提起となります。

 

立体感のある愛すべき悪女たち

『鎌倉殿の13人』には、悪女が何人も登場します。

牧の方

実衣。

比企能員の妻・道。

北条義時三人目の妻・のえ。

ただ、彼女たちにも言い分はあるし、憎めない。そこが納得できるように描かれていました。

ステレオタイプでもなく、かといって良妻賢母だけでもない。

悪女枠には入らない本作の政子や、八重、初も言動にはきついところがあります。

あの八重ですら、義時にどんぐりをぶつけ、一度はキッパリと求婚を断っています。

こうした立体感のある女性像は、三谷さんと女性スタッフとのやりとりが反映されていると思えます。

演じる側も戸惑うことはあったものの、むしろいいキャラだと褒められることが多かったと振り返っています。

 

男は籠絡される

こうした賢い悪女と対照的であったのが、妻に引きずられているような男性たちです。

比企能員は、義母である比企尼と道に引き摺られていく。比企の陰謀を主に決定的にするのは、妻の方でした。

そしてなんといっても北条時政。陰謀家で、権力を欲するとされる時政を、本作では愛が深すぎるために贔屓する田舎のおじさんのように描きました。

都会から来た若い妻に籠絡され、しょうもない陰謀を企む姿は、憎らしいだけでなく愛嬌がある。

情けないと言えばその通りなのですが、そこをうまくまとめてきた。何が男は感情に流されない、だ! そんな描き方でしたね。

 

嫉妬にドロドロしている男たち

女同士はドロドロだろ――そんな『大奥』の世界観をひきずり、女子校出身者や女性の多い職場に偏見を投げかける人は未だに後を絶ちません。

そんな時は

「『鎌倉殿の13人』の御家人同士も、男性同士で嫉妬し合ってドロドロだったじゃないですか」

と返せるかもしれません。

最終回で、三浦義村はぶちまけました。

俺より大したことのないお前が執権で俺が御家人なんてムカつく!

あまりにせこい嫉妬心であり、私は悪役令嬢を思い出しましたね。

三浦義村のセコさはドラマの描写ですが、実際に鎌倉時代の武士たちも、かなり嫉妬深いドロドロした世界を繰り広げていたと思えます。

先行するフィクションでも、梶原景時は源義経に嫉妬していじめる“お局“キャラといえるし。

史実ではその梶原景時の才能に、他の御家人が嫉妬するし。

美化しないで男同士にドロドロをおもしろくまとめてきた『鎌倉殿の13人』は画期的で容赦がありません。

 

女は再婚する

『鎌倉殿の13人』では、再婚する女性が複数出てきます。

八重。

巴御前

比奈。

「貞女は両夫に見えず」という儒教価値観が根付く前の時代です。

それが当然とはいえ、どうしたってそこにひっかかるかもと恐れていたら、ぼかしたり変えたりする。

本作は逃げませんでした。

中世考証をしっかりした結果でもあり、より実像に近くなっています。

 

彼女は生殺与奪を握る権力者だ

そして本作最大のジェンダー観における成果は、なんといっても北条政子でしょう。

政子は、主人公である義時の生殺与奪を握っていました。

政子が義時を守るために戦えと言えば、御家人たちは奮起する。

政子がもういい、ご苦労様と見限ったら、義時は死ぬ。

演説の内容も、義時の最期も、ドラマの創作要素が入っている――要は、この作品は、政子が義時の運命を握る存在だったということです。

思えば頼朝の妻となることで、義時を運命に引きずりこんだのが彼女でした。

それでいて義時が政子を傀儡にしようとすると逃れ、自らが尼将軍となることでだし抜きます。

政子の全戦全勝。

男性主人公で、生殺与奪を女性が握っているなんて、なかなか画期的なことじゃないですか。

これは政子だけでもありません。

八重が矢を放つところから源平合戦が始まり、八重の子である泰時が新しい時代にすることが強調されている。

丹後局と藤原兼子が政治家として登場する。

承久の乱の勝敗の一端を、政子と兼子が握っているように描く。

慈円が『愚管抄』に書いたように、このドラマの世界観は女人入眼――女性が重大事を決めていました。

この点はGoTに優った箇所にも思えます。

あのドラマは女性権力者を描いたという点において高評価を受ける一方、女性の扱いが男性に比べて悪く、特にラストの女性君主の扱いがあまりに期待外れだという声もあり、作り直しをする署名運動が起きたほどでした。

北条政子が慈悲深い尼将軍として君臨するこの作品は、世界に出しても高評価を受けると確信しています。

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しかし、見る側は追いついているのか?

ここまで書いてきて、疑念は湧いてきます。

大河というと、過去の作品との比較に終始してしまう。

日本のマスメディアや視聴者は、GoTのことなんかさして話題にしていないと思えます。

日本は世界的にみてもGoTの人気がそこまで高くないとも言われているのですが、それでも三谷さんやスタッフは意識して名前を挙げているのだから、記事にするならそこにふれるべきなのにそうしない。

人間は自分の守備範囲で話をしたいものです。

自分が過去に見た大河。出演者の過去作品。こうしたものと比較してしまう。

結果、制作側の意図が通じなくなっていることがしばしばあり、そこを指摘していきます。

 

そもそもが「時代劇」ではない

「こんなのは時代劇ではない」

そんな意見もあります。

それはある意味、制作側の意図にかなっていて、現在、私達が見ている時代劇は、江戸時代にエンタメとして練り込まれた歌舞伎はじめ演劇の影響を受けています。

鎌倉時代はそんな洗練された時代よりはるかに昔であり、時代劇のセオリーを破っても当然のことなのです。

例えば『鎌倉殿の13人』は殺陣が荒々しいものでした。

構えも何もなく、突如、人を掴んで川に引き摺り込む。

馬の上から跳んで相手に飛びつく。

中世ならではの荒々しさの再現といえます。

同様の事例は『麒麟がくる』でもありました。

当時の色彩感覚を再現した衣装が派手とされる。

存在していても何ら不思議ではない、駒や伊呂波太夫が叩かれる。

帰蝶の立膝がありえないとされる。

いずれも当時を再現した結果、視聴者の知っている時代劇と違うとしてバッシングの対象となったのです。

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そうした現象だけでなく、今回は敢えて時代劇から外した演出やセリフ回しを使用しています。

北条時政の「首ちょんぱじゃねえか!」という台詞は話題をさらいました。

こうした台詞は笑わせようというだけではなく、人物像や語彙力を示す上でも効率的であったといえます。

演出面でもGoTを参照したいとスタッフは語っています。

つまり“敢えて”これまでの時代劇でなくしているのです。

それが好みに合わないのであれば、”not for me”、「好みに合わない」で終わる話。叩くのは筋違いです。

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しかもスタッフがさんざんそんな演出意図を説明しているのに、「ネットの声」やら実在するかわからない記者の声を使い、こういう記事を発信するメディアにこそ、私はブーイングをぶつけたい。

◆「あら、バレちゃった?」菊地凛子、「鎌倉殿の13人」での現代風演技にブーイング(→link

現代のドラマ視聴者になってください。女性を叩くことが先に立ち、理由は後付けでしょうから無駄でしょうけど。

作る側が進歩したならば、見る側もそうあるべきではないか?と思うのです。

 

大衆教養主義との衝突

こんな記事もありました。

◆本当に「源実朝は部下の男性を愛していた」のか…最終回を控えたNHK大河ドラマを素直に楽しめない理由 歴史への理解より、「誤解」を広げている(→link

◆NHK大河ドラマは史実とはあまりに違う…北条義時の盟友・三浦義村が本当に考えていたこと 幕府の乗っ取りを狙っていたとは考えにくい(→link

これについては三谷さんはじめ、出演者もスタッフも、時代考証の先生も答えを出しています。

「あくまでこれはエンタメ」

◆ 『鎌倉殿の13人』いよいよ最終回…「三谷脚本」は史実とどう折りあったか 時代考証に聞く<上>(→link

◆ 『鎌倉殿の13人』いよいよ最終回…「三谷脚本」は史実とどう折りあったか 時代考証に聞く<下>(→link

三谷さんが「原作」と語っている『吾妻鏡』は、そこまで信頼性の高い史料ではありません。

『吾妻鏡』のぼかした箇所、北条美化についての研究書は一般向けにも発売されているほど。

史料批判を考えれば、『吾妻鏡』通りにしろというのは、むしろ一体何を言っているのか?というような話となります。

そもそも大河ドラマで、歴史の勉強はできるようで、できませんよね。

大河の関連書籍を並べて「歴史の本を読みました」と言われても、それは受け入れられないでしょう。

いわば大河は”パティシェ三谷さんが作った鎌倉野菜のプリン“のようなもの。

いくら栄養たっぷりの野菜を使っていようと、

「このプリンはおやつじゃないんです。野菜を使ってます! サラダや野菜炒めと同じです!」

では話が通じません。

大河にせよ、小説にせよ、漫画にせよ、ゲームにせよ、歴史ものとはすべからくそういうものでしょう。

プリンに使われていた「坂井さんと木下さんの鎌倉野菜」が美味しいから、それを買って料理を作ったとなれば、野菜の摂取(=歴史の勉強)になります。

かくいう私もしばしば「漫画や大河で歴史を学んで何が悪いんですか!」と突っかかられますが、話がそもそも通じていない。

「いくら野菜を使っていてもプリンはおやつです。そう認識してください」

「いや、このプリンは健康にいい、野菜の風味も生きてて最高。そう野菜料理だという前提で食べているのに何でケチをつけられるんですか? プリンのカロリーぶん、ちゃんと他のものを減らしますよ」

こんな返答になりがちで、話の核がはぐらかされてしまう。

おやつはおやつです。

きっかけとしてはよいけれど、あくまで入口でしかない。

ではなぜ、この手の「史実と違う大河を受け付けんぞぉ!」という記事が出るか?

需要があればこそメディアも供給するのであり、主に中高年男性向けの媒体が中心。

愛読書ランキングを作ったら、司馬遼太郎が上位に入りそうな媒体ですね。

読むだけで歴史や世の中の真理を学べるとされていた昭和の感覚です。

そんな気分がまだ残っているから「大河は史実に忠実でなければならん」という謎の責務が湧いてきて、また読者に支持もされるのでしょう。

大河で歴史を学ぶ弊害はそれこそ昭和の頃から指摘されていたんですけどね。

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これだけ作り手が「あくまでエンタメです」と説明しても「史実通りにしろ」というのであれば、それはもう仕方のないこと。

鎌倉野菜プリンはプリンだし、大河ドラマはドラマ。それだけのことです。

◆三谷幸喜氏が菊池寛になりきり「鎌倉殿の13人」への思い語る 「第七十回菊池寛賞」受賞(→link

こちらの記事から三谷さんの言葉を引用しましょう。

「つまらない現実より面白いうそ」という核心を突く言葉が記されています。

「菊池寛先生は、『つまらない現実よりも、おもしろいうそを』とおっしゃっておりました。僕も『鎌倉殿の13人』を書く時に、それが一番のモットーでした」と明かした。

「もちろん歴史物なので、実際あったことを覆すことはできないんですけど、歴史の教科書を参考書にしたくなかった。多少のフィクションも必要だと思って、1年間書き続けました。きっと泯さんもお喜んでいただけたんじゃないかなと思っております」と伝えた。

「大衆が何を求めているか、先生はずっと考えていらっしゃったと思います。それは僕のテーマにもなっています」と感謝し、「今は見た目しか近づけていないんですけど、ゆくゆくは『第二の菊池寛』と言われるようになれればと思います。今日は見た目ふざけてしまったので、真面目な感じでまとめてみました」と締め、拍手を浴びた。

これについては、もしかしたら私が過去大河について「史実と違う!とケチをつけていたじゃないか!」とご指摘されたい方もおられるかもしれません。

それについては後述させていただきます。

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歴史を俯瞰的にみているか?

『鎌倉殿の13人』は露悪的とも思えます。

主人公の北条義時にそうそう共感できるものでもない。

前半では「いやあ、中間管理職って感じで共感しちゃうなあ」と語っていた方も見かけましたが、最終回後もそれが言えるかどうか。

そしてこのドス黒い描き方が斬新であるし、最近の歴史研究のトレンドにも当てはまると思えます。

かつて先祖顕彰は歴史を学ぶ上で定番でした。

いかに我々の先祖が偉大であるか。支配に正統性があるか。そのために大仰に顕彰することが当然であったのです。

しかし、こうした自国の歴史を顕彰する動きは、近年はもう“オワコン”です。

イギリス人の歴史書には「大英帝国を回顧し顕彰する人物は『モンティ・パイソン』でさんざんコケにされたが」という趣旨のことがありました。

イギリスの歴史に最も辛辣なのは他ならぬイギリス人ではないか?と私は思います。

「自分の国の歴史を偉大だと言って何が悪いの?」

これはどこか既視感のある決まり文句ですが、明確に「それはもう“オワコン”だよ」となったのが21世紀でしょう。

NHKで放映した『アンという名の少女』では、カナダ史の暗部である先住民、黒人、フランス系住民への差別を取り上げています。

中国で始皇帝を描いたドラマを作っただけで、「自国賛美が気持ち悪い!」と海外ニュースになる時代ですからね。

◆暴君・始皇帝を賛美する中国ドラマ──独裁国家を待ち受ける滅亡の運命(→link

大河製作者も、そういう意見を無視できないことを感じていると思いたい。

むしろ過去の酷いやらかしを、いかにして克服していったか。そこを俯瞰的に描くことが、歴史を学ぶ上で重要になっています。

話題の本を見れば、はっきりそういう傾向が出ています。

具体的に誰が代表例かというと、ユヴァル・ノア・ハラリやジャレッド・ダイヤモンドでしょう。彼らに批判もありますが、ここでは脱線するため取り上げません。

こういう俯瞰的で冷徹にも見える視点が、エンタメとも相性がいいと繰り返しますようにGoTでも証明済みです。

日本の歴史には清く正しい偉人ばかりがいた。偉大な歴史だ!――そんな意識で大河を作っていたら、終わりかねません。

根深い問題が日本の歴史教育にあると思います。

日本史と世界史に分かれた状況。

これがネックになっているのではないでしょうか。

日本だけで歴史を見ていくと、世界史において普遍的であること、特に中国や朝鮮であったことを「日本独自だ」と誤解するような事柄も出てきます。

例を挙げます。

「徳川幕府は世界に例のない長い王朝です」

李氏朝鮮の方が長い。

「刺身みたいな生魚を食べるのは日本人だけ」

膾(なます)という料理が中国にはありました。要するに刺身です。

「羹に懲りて膾を吹く」「膾のように切り刻む」という言葉が有名ですね。

中国では時代が降ると膾が廃れただけであり、刺身が日本由来とか、生魚を食べるのは日本だけというのは誤解があります。

「あんパンみたいな菓子パンがあるのは日本だけなんだって、すごい工夫だ、日本人はえらいんだ!」

確かにそれはそうです。しかし、その発想はどこからかというと、饅頭の生地を洋風のパンに置き換えた発想です。

あんを生地で包む発想は、中国由来ですね。

日本の文化や歴史を誇ることをやめろとは全く思いません。

ただ、誇るならば正確であるべきだし、そのことで他国を見下すのはみっともないことでしょう。

それにそういうことを突き詰めていくと、世界文明の中心は縄文時代にあるとか……そういうオカルト陰謀論【日本雛形論】に突っ込みます。

何事も過ぎたことはよろしくありません。

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現代は、動画の配信全盛期です。

古臭いドラマを見捨て、海外歴史ドラマに向かってしまった視聴者は、そう簡単には戻ってきません。

しかし『鎌倉殿の13人』が時代転換の起点になった可能性はある。

本作は、海外ドラマに流れた視聴者すら呼び戻す歴史劇でした。

日本人にとってだけの歴史ドラマではなく、“中世の人類とは何か?日本編”という枠組みにおさめることができる。最新歴史研究のトレンドまで入れ込んだ、欲張りで画期的な作品です。

となると次回作以降が背負わされるものも大きくなってしまい、『鎌倉殿の13人』だけが稀有な例外だったとして、視聴者が再び海外ドラマへ旅立ってしまわないか不安は尽きません。

 

三谷幸喜さんは次の大河でどの時代を?

『鎌倉殿の13人』は傑作です。

日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』だと堂々と持ち出してよいドラマが、ついに大河枠からでた。

歴史的なことだと感じると同時に、ここで立ち止まらず、さらなる高みを目指していただきたい。それが大河の未来だと信じています。

三谷さんが次に大河を書くかどうか。

『文藝春秋』2023年1月号で彼自身が語っているのですが、敢えて私の願望も記させていただきます。

大河ドラマは史実に沿うべきか?

この問いかけは時代によっても異なります。

『鎌倉殿の13人』のように中世ならば、史料が少なく、断定できないため、むしろ創作しなければドラマになりません。

逆に、現代に近づき、近代ともなればむしろ史料は多い。

ゆえに想像力の入り込む余地がありません。

私は2021年大河ドラマ『青天を衝け』における捏造は厳しく批判しました。

そのひとつが

【天狗党の大量処刑を徳川慶喜は命じておらず、田沼意尊単独で決めた】

というものです。

これは問題だとしたところ「慶喜が決めたというソースがあるんですか?」と言われました。

逆に言いますが、慶喜が命令していないという“ソース”は2021年大河ドラマ以外ありません。

渋沢栄一ですら「慶喜公も天狗党の件はお辛かっただろう」と気遣い、慶喜自身も天狗党について語る時は口が重たかったとされます。

あれではかえって慶喜に対して失礼に思えました。

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このように近代となると史料は複数あり、突き合わせていくと、かなり真相に近づきます。

それなのに、近代以降を扱った大河ドラマで最新研究をふんだんに取り入れ、歴史認識を前に進めるような取り組みをしたのは、2013年『八重の桜』までとなります。

以降は話にならない。

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2022年10月にNHKスペシャル『新・幕末史 グローバル・ヒストリー』という番組が放送されました。

非常に興味深い内容で、幕末史としては既に出揃っている説をもとに展開されているものの、近年の大河ドラマとは大きく乖離した展開。

幕末を扱った一般向け書籍でも、岩瀬忠震、阿部正弘小栗忠順赤松小三郎、山内容堂……と、今までは埋もれていたか、誤解されていた人物の見直しをするものが次々と出版されています。

エンタメなら別に最新の研究を追わなくてもいいでしょ……というのは自国で完結している時代までの話です。

近代となると国際関係にも影響が及んできます。

ここでも悪い例として『青天を衝け』を出します。

あのドラマでは渋沢栄一がベルギー国王・レオポルド2世を称賛する場面がありました。

渋沢本人の回想に基づいていて、当時はレオポルド2世の酷い植民地経営が無法とされていなかったことも確かです。

しかし、ベルギーではもうレオポルド2世を肯定的に評価することはありません。

その素振りを見せただけで国際問題となります。

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「そんなの昔のことだし、当時はそんなものでしょ」

そういう軽い認識でレオポルド2世を肯定した結果、ベルギーは火傷して学んだのですね。

それなのに日本人が「レオポルド2世はあの渋沢栄一も絶賛した商売上手です」と言おうものなら、ハッキリ言って大迷惑であり、コンゴとベルギーへの侮辱になりかねません。

大河とひとくくりにせず、近代か、そうでないか? そこで分ける必要性も出てきます。

はっきり申しますと……2015年以降の近代大河を信じることは、国際的な人間関係においてはリスク要因です。

NHKがなぜそんなことをするのか、そこはもういい。考えません。

考えるべきはリカバリです。

そこで三谷さんの出番ですよ!

三谷さんならば『新・幕末史』と同じ程度に最新研究を反映した大河を作れるでしょう。

そして私が長年大河ドラマに対して抱いている不満――北海道ご当地がないことも、解決できると思えるのです。

47都道府県があって、これだけ長く続いているのに、北海道ご当地大河がない。

これでどうして国民的ドラマと言えるのか?

私はそこに義憤を感じるほどです。

三谷さんが脚本で、大泉洋さんや金子大地さんが大きなキャストで出る――そんな北海道近代大河の実現を希望します。

 

天命を感じさせる傑作だった

最後に個人的なことでも。

小学校低学年のころ、児童文学全集にあった『義経記』を読みました。

美麗な挿絵。衝撃的な展開。それはもうショッキングでした。

どうしてこんなに素晴らしい義経が、こんな酷い死に方をするのだろう?

今まで聞いた話にも読んだ本にもこんなものはなかった。

それからしばらくは、寝ても覚めてもずっと義経のことばかりを考えていました。私にとって人生初の推しは誰かといえば、源義経です。

ただ、なまじ思い入れがあり過ぎた。

源義経の小説にせよ、漫画にせよ、ドラマにせよ、楽しむことはありました。

司馬遼太郎の『義経』。

町田康さんの『ギケイキ』は楽しめましたね。

でも、どこかで過去の義経像を上書きできないだろうと、むしろ距離を置く気持ちがあった。

それを『鎌倉殿の13人』は変えました。

中川大志さんの写真を見た時、あの児童文学『義経記』の挿絵が飛び出して動いているようで、ショックを受けました。

あの絵のような源平武者がいる! そのことに衝撃を受けたのです。

そして菅田将暉さんの義経には「よっ、久しぶり!」と声をかけたくなった。

あの人生初推しが完璧な姿になって画面の中で笑って、弓を射て、残酷な殺戮を繰り広げていました。

幼少期の憧憬と、理想が、映像化されるというのはこうも感動するものなのか。そう痺れたのです。

そして最終回。悶絶しながら義時が酷い死を遂げ、政子がすすり泣くところで、私はまたも感動しました。

こういう“理不尽な死”こそ、歴史を学ぶ意義であると。

どう考えたって納得できないことがある。それを追体験することこそ、歴史を学ぶ醍醐味だと。

それを見つめる政子はまるで生きた菩薩のようで神々しい。こんなに美しい人がいるのかとずっと心を打たれていました。大江広元の気持ちがよくわかります。

歴史を学ぶ魅力というのは、天命の軌跡を見ることだと思います。

どう考えたって、こんなものは何か人智を超えた作用で起きるのだろうと呆然としてしまうことがある。

そんな瞬間が『鎌倉殿の13人』にはあった。やはり紛れもない傑作としか思えないのです。


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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト

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武者震之助

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』以来、毎年レビューを担当。大河ドラマにとっての魏徴(ぎちょう)たらんと自認しているが、そう思うのは本人だけである。

-鎌倉殿の13人感想あらすじ

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