果たして2022年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は成功だったのか、それとも失敗に終わったのか?
その是非を問われたら、私は大きく頷きながら「大成功だ」と答えたい。
確かに本作は突出した視聴率も残しておらず、何を持ってして大成功というのか?という問いかけに対し、明快な数字はありません。
既存の価値観からは説明しにくいと申しましょうか。
それは最終回で北条時房が語った状況に似ていると思えます。
「いいか皆、もはや朝廷は頼りにならない。これからは武士を中心とした政の形を長く続くものにする。その中心に北条いるのが我ら北条なんだ。よろしく頼むぞ」
“朝廷”とは既存の基準であり、“武士を中心とした政の形”とは新しい指針であり、本作が示した成功要素とも言えます。
その中心に『鎌倉殿の13人』はしばらく座り続けることでしょう。
では、成功要素とは何だったのか?
本作の一年をまとめながら、『御成敗式目』を書くようなつもりで振り返ってみたいと思います。
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視聴率はもはや基準にならない
『鎌倉殿の13人』は、視聴率から判断すれば、とても成功とは言えません。
◆NHK大河「鎌倉殿の13人」最終回視聴率14・8%…期間平均12・7%で「西郷どん」と並ぶ(→link)
平均視聴率は12.7%であり、2018年『西郷どん』と同じでした。
ここ数年分の数字をまとめておきますと、
2021年『青天を衝け』14.1%
2020年『麒麟がくる』14.4%
2019年『いだてん』8.2%
2018年『西郷どん』12.7%
かなり凡庸な数字でありましょう。
しかしコロナ禍を迎えたこの2、3年はテレビ視聴の在り方が前例がないほど急変しており、とても視聴率が伸びる環境だったとは言えません。
その他の下落要因もざっと考察してみると、以下のような理由が挙げられると思います。
・そもそも主人公の知名度が低い
・舞台が人気の戦国や幕末ではなく、馴染みの薄い平安末期から鎌倉時代前期だった
・実質的にR18指定がふさわしいと思えるほど、陰湿で残虐な描写が続き、大泉洋さんですら「娘には見せたくない」ほどであった
・プロットが複雑で、伏線を引っ張り、難易度が高い。しかも主人公はじめ登場人物に共感しにくい
・ワールドカップと重なって極端に低くなった第45話6.2%がある
・NHKプラスによる配信視聴が増えた
NHKを含め、テレビは番組視聴者数そのものが、今後、低下の一途をたどることは避け難く、その辺は皆様だけでなく作り手も痛いほど理解しているでしょう。
反面、動画サイト(VOD)への移行は今後も伸び続けるわけですが、それを担っていた「NHKプラス」は、プロットが複雑な『鎌倉殿の13人』にとっては非常に適していたと感じます。
わかりにくい場面や回があったら、後で見返すことが簡単にできます。何度でも見たいリピーターの数も把握できます。
NHKプラスの再生回数は、NHK内部でしか把握していません。
ただ、大河については2021年と2022年では大差がついていると言われ、実際、今年は成功だったことが以下の記事にも記されています。
◆NHK総局長「鎌倉殿の13人」“三谷マジック”絶賛 配信好調「超優等生」来年「どうする家康」も期待(→link)
少し長めになりますが、該当部分を引用させていただきますと……。
配信全盛時代となり、ゴールデン帯(午後7~10時)の総世帯視聴率(HUT、関東地区)が前年から約5ポイントも急落したため、全48話の期間平均は12・7%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。
前作「青天を衝け」(全41話)の14・1%を下回ったものの、特にNHKプラス・NHKオンデマンドによる視聴が急増した。
林氏は「普段なかなか(大河ドラマを)ご覧いただけない方が見てくださった超優等生、貢献度大の番組。全国各地のイベントにも、たくさんの方にご応募いただき、ありがたい。三谷幸喜さん、キャストの皆さん、テーマ曲を書かれたエバン・コールさん、すべての皆さまに御礼を申し上げたい。そして何より1年間番組を楽しんで支えてくれた視聴者の皆さんに御礼を申し上げたい」と感謝した。
動きのトロい大手メディアでも、既に「配信全盛時代」とは認めていて、「NHKプラス・NHKオンデマンドによる視聴が急増した」という点が評価されています。
つまりは
・動画配信サービス(VOD)
・今まで視聴していなかった層への拡大
をNHKでも重要視するようになっているんですね。
こうした再生回数が多い成功作品は、近年であれば『鎌倉殿の13人』だけでなく、朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』と『ちむどんどん』も該当します。
ただし、公的に大きく発表される数字は今も視聴率であり、この辺のアンバランスさが世間での評価を難しくしているのでしょう。
朝廷の定めた律令が武士を想定しておらず、坂東武者は混沌とした基準のもとで生きてきた――その様が『鎌倉殿の13人』で描かれたように、大河の評価基準もそんな状態なんですね。
ちなみに私の事前予想では「視聴率は伸びない」と記させていただきました。
大河『鎌倉殿の13人』見どころは?残酷な粛清の勝者・義時の悪辣描写が成否のカギ
続きを見る
テレビの視聴環境や舞台の時代設定を考えると、予想は的中して当然ですが、一方で海外では視聴率ではなく、
◆視聴者数
◆視聴回数
◆レビュー平均点
※英語圏はRotten Tomatoes、中国語圏は豆瓣douban等
がヒットの基準とされ、これを『鎌倉殿の13人』に当てはめたらどうなるか?
NHKと同様、私も成功だったと見ています。
追記:NHK側で視聴回数を含めたランキングが発表されました。
◆総合視聴率20.2% NHKプラスは歴代大河ドラマ最多 NHKオンデマンドはすべてのドラマ最多(→link)
素晴らしい結果を残したといえます。
紅白歌合戦は例年翌年大河を大々的に扱いますが、今年は『鎌倉殿の13人』でもうひと盛り上がりを狙っています。
異例の大成功です。
「ネットの声」は信頼できるのか?
「ネットでは」「ネットの声」――大河ドラマが放映されると、その直後、こんな見出しの記事がズラズラ並びます。
SNS投稿を切り取って並べただけの中身にうんざり……そんな「ネットの声」も私には聞こえてきますが、例を挙げながら見ておきますと……。
◆「鎌倉殿の13人」に「どうする家康」徳川家康役・松本潤が登場「聞いてないぞ」ネットも歓喜(→link)
◆「鎌倉殿の13人」最終回も天然 毒なんの!トキューサ“最強説”ネット爆笑&ぞっこん「愛嬌モンスター」(→link)
「ネットの声」を使った記事は楽です。
誰のものともわからぬツイートをコピペするだけの【コタツ記事】がサクッと書けるし、大河のレビューにしても「八田知家の胸元がセクシーとネットは大盛り上がり!」とやっておけばOK。
そもそも「ネットの声」を自作自演で投下することだって可能であり、誤った認識、偏った見方が広まる危険性もつきまといます。
いわゆる【エコーチェンバー】ですね。
声の大きなユーザーや、著名人のレビュー、あるいは自分の耳に心地よいだけの意見。
バズればいい、というスタンスの「ネットの声」に流されてしまう。
『鎌倉殿の13人』もTwitterのトレンドによく取り上げられていましたね。そのせいか、こんな記事まで出ていましたが、
◆25話連続でTwitter世界トレンド1位…「鎌倉殿の13人」が世界一バズるドラマとなった理由 歴史ドラマなのに次の展開がわからない(→link)
放送直後、あるいはインパクトのあるシーンの後に皆が同時投稿すれば、瞬間的にアクセスが高まり、トレンドの上位になるのは当然のことです。
『天空の城ラピュタ』の「バルス!」が好例であり、「盛大に身内ノリをやっている現象」でしょう。
Twitterトレンドを取ったからって「世界一バズるドラマ」と言うのは、見ているこちらが恥ずかしくなってくる論調です。
こうした状況を鑑みてか。NHKも以前のようにネットを重視しなくなっているのではないでしょうか。
そもそもNHKが「ネットの声」に目覚めたのは2012年大河ドラマ『平清盛』でしょう。
視聴率は低迷したものの、熱狂的ファンがハッシュタグを用いて大量に投稿し、2013年朝ドラ『あまちゃん』でも「ネットの声」が大盛り上がりでした。
苦戦しそうな気配があった2015年『花燃ゆ』では、公式サイトでファンアートを募集するところにまで到達しました。
一方、2019年『いだてん』では、もうハッシュタグの魔力はないと気づき始めたと思われます。
視聴率低迷は深刻。
関連イベントに参加者が集まらない。
大河ドラマ館には人が来ない。
いくらネットで一部の投稿が盛り上がっていても、現実世界には何ら反映されておらず、そんなものは「限定的である」と証明してしまったのです。
『鎌倉殿の13人』の最終回で、北条義時は幕府軍が19万であると後鳥羽院宛の書状に書きました。
ネットの声とは、いわばこの“19万”でしょう。
信憑性が低く、やろうと思えばいくらでも盛れる。ただし、ある程度の事実は反映されていて精査が必要、といったところです。
朝ドラも例に見ておきますと、『おかえりモネ』は前半、『ちむどんどん』は最後まで「ネットの声」が低評価でした。
しかし、特に『ちむどんどん』は、アンチが【エコーチェンバー】を形成し、叩くことそのものが目的となり、メディアやライターまで乗っかっていると指摘されるほど。
仲間内で貶して一致団結する視聴者が【ノイジーマイノリティ】としてしつこかったのです。
NHK側もそのことを把握していて、ことさら貶めることもなく、むしろ視聴回数で判断して成功とみなしていました。
アンチは「開き直りだ!」と怒っておりましたが、あれは一体何だったのか。
それでもネットニュースは、一定の閲覧回数(PV)が見込めるために、視聴率や「ネットの声」をしつこく拾い続けます。
短時間で書ける上に低コストだからとにかく「タイパ」がいい。
『鎌倉殿の13人』では、後鳥羽院が寵愛する武士・藤原秀康が、鎌倉に備えて流鏑馬をすると言っておりました。
今さら流鏑馬なんかを鍛錬したところで、獰猛な坂東武者にはさして意味がない。そんなことするなら敵の進軍経路でも調べておいたほうがよい。
それでも藤原秀康のように「やっている感を見せたら良い」と考えている将は流鏑馬をしてしまう。
視聴率や「ネットの声」を拾う記事は、いわばこの流鏑馬でしょう。
何かをやっているようには思えるけど、戦略分析に役立つかどうか?と問われたらあまり意味がない。
それでもこうした記事は無くならないでしょう。
人間は集団生活をする生き物です。
もみあげが素敵な長沼宗政は「執権が進退を決めて欲しい」とボヤいていました。
何気ないセリフですが、これが非常に重要で
「人間の意識は、実は判断を下すようにはできてなく、何かを探究するよりも享受する方が楽だ」
という状況があります。
例えば、今日の昼ごはんはラーメンと考えていた。しかし、通勤の途中にみたTwitterで、海鮮丼の話題があった。よし、こっちを食おう!
そう思いながら街を歩いていると、今度はカレーの香りがしてくる。やっぱりカレーにすっか。
と、こんな調子で人の判断基準はいとも簡単に揺らぎます。
ましてや上司が「今日は豚カツの気分だな」と言いだせば豚カツに流された方が楽です。
私は断固ラーメンを食べる! 朝起きたときに決めたのだ!
そう突き進むのは、北条泰時のような頑固者でなければそうそうできず、ドラマの評価も同じようなものです。
『韓非子』に「買履忘度」という言葉があります。
昔、ある男が靴を買おうとして店に行った。ところが自分のサイズ表(度)を忘れてきた! まずい、家に戻って取りに行かなくちゃ。そして戻ると店は閉まっていた。
そんな間抜けな話です。だって自分の足でサイズをはかって靴を買えばいいのだから。
要するに、自分の意見ではなく、いちいち何かの基準で判断することを指摘した話ですね。
大河ドラマの評価も同じことが言えませんか?
自分の感受性よりも、アルファアカウントだの、大河クラスタだの、ハッシュタグだの、ネットニュースだの、他者の意見に流されてしまう。
「ネットの声」を拾って拡散するやり口は、そんな人間の普遍的心理を突いています。
「このドラマは傑作だ! 面白いと言え!」
『花燃ゆ』や『西郷どん』からは、そういう押し付けがましさを感じました。
「このドラマは傑作です。聡明でドラマ通のあなたならわかりますよね? ほら、ネットでもみんなそう言ってますよ」
ばかみたいな理屈なのですが、それでも誘導されると、人間は案外そこへ向かうものでして。
◆ステマ、実情「やり得」 インフルエンサー4割「依頼された」 規制進む欧米、遅れる日本(→link)
ステマ、別にええやん。むしろ得な情報もあるんじゃない?
そんな反論もあるかもしれませんが、あまりに他者に判断を任せていると、思考力や判断力は、筋肉と同じで使わねば低下します。
自分の頭で考えず行動して、それは誰の人生でしょうか。
私はしばしば「お前の意見なんか参考にならん!」「お前とは意見が合わない!」と宣言されます。
そう言われると私は正直嬉しい一面もあります。
誰かにわざわざ反論されるということは、耳に心地よいだけの論評を垂れ流してはいないのだな、と思える。
人間は、一人一人が自分の頭で考え、判断を下す方が良い。
それが難しいのは、長沼宗政の話でもしたところですが、それでもやはり個々の自主性を重視したい。
熱気をつくりだせ
『鎌倉殿の13人』では、北条政子が堂々たる演説をし、御家人たちを奮起させました。
本作は、現実世界でもドラマを奮起させようと立ち上がった人と、それに応じたファンがいて、それが明確に示された画期的な作品とも言えます。
トークイベント、ファンミーティングのことです。
今年はトークイベントが何度も実施され、私も数回参加させていただきました。
会場には推しの名前を書いたうちわを持った方がいたり、はるばる遠くから旅をしてきたという方も。
何より、語る側の熱気が素晴らしかった。出演者も視聴者も、互いに熱気を吸収しあい、さらに盛り上げていったことを感じたものです。
最終回の後にも関連番組が流されるほどでしたよね。
こうしたイベントは、主人公の小栗旬さん自らが発案したものもあるとか。
現場をどうやって盛り上げようか?
中心人物である彼が真摯に率先したからでしょう。
撮影現場ではマスクに文字を描き、それが公開される。ファンとのふれあいイベントを進め、観覧倍率が71倍だの134倍率だの、とてつもないプラチナチケットになっていく様は圧巻でした。
他にも今年はファンに向けたきめ細やかなサービスが際立っていました。
・ゆかりの地でのポストカード配布
・NHK横浜局によるコミック『拝啓鎌倉殿」配信
・公式サイトの登場人物が毎回更新される(これまでは数回おき)
・放送後、公式サイトやSNSで「かまコメ」(出演者のコメント)を配信
公式サイトの登場人物が毎回更新されるおかげで、出演者の士気もきっとあがったことでしょう。どさくさに紛れて死んだと思われる亀の夫なんて、よい思い出になりますよね。
残念だとすれば、公式サイトが放送後一ヶ月でクローズになること。どうにかなりませんかね……。
特に「かまコメ」は、出演者を守るという意味でもよい取り組みです。
このコメントを活字化しただけのネットニュースも放映後にはよくありました。
しかし公式コメントを広めることで、誤解が入り込む余地を防ぐことができるのですから、高度な戦術と言えるのではないでしょうか。
熱気を計測せよ
『鎌倉殿の13人』では、御家人たちの会話に耳を傾け、熱気を計測する三浦義村がいました。
いわば士気を見定めていたわけですが、では、ドラマそのものへの熱気は如何にして測ればよいか?
指針となるのは、主に以下のような項目ではないでしょうか。
・関連グッズの販売
→毎年初頭には並ぶ関連グッズ。これがいつまで続くかどうか?
・歴史雑誌の特集
→放送前から始まる大河関連記事がいつまで続くか?
・一般雑誌やサイトでの記事
→歴史ファン以外も手に取る雑誌記事に大河の特集が載るか? それは叩きか、賞賛か?
・研究者の反応
→批判的でも反応があればよし。むしろまずいのは“沈黙”と“無視”
主に、上記の熱気が肝要かと思われ、今年は総じてよかった。
お義理で褒めているよりも、熱心に食いついている感があった。相当の熱気が伝わってきた。
SNSでは研究者が甘さについて苦言を呈していることもしばしばあり、これが実によい。諫言が行き交う場は健全です。
諸事情から黙っているか、黙殺しているのが伝わってくるか、それとも無理矢理褒めているとなんとなくわかるとか。こういう作品はむしろまずいでしょう。
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