鎌倉殿の13人感想あらすじ

鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー総論まとめ第49回「傑作か否か」

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鎌倉殿の13人感想あらすじレビュー総論まとめ第49回「是か非か」
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大衆教養主義との衝突

こんな記事もありました。

◆本当に「源実朝は部下の男性を愛していた」のか…最終回を控えたNHK大河ドラマを素直に楽しめない理由 歴史への理解より、「誤解」を広げている(→link

◆NHK大河ドラマは史実とはあまりに違う…北条義時の盟友・三浦義村が本当に考えていたこと 幕府の乗っ取りを狙っていたとは考えにくい(→link

これについては三谷さんはじめ、出演者もスタッフも、時代考証の先生も答えを出しています。

「あくまでこれはエンタメ」

◆ 『鎌倉殿の13人』いよいよ最終回…「三谷脚本」は史実とどう折りあったか 時代考証に聞く<上>(→link

◆ 『鎌倉殿の13人』いよいよ最終回…「三谷脚本」は史実とどう折りあったか 時代考証に聞く<下>(→link

三谷さんが「原作」と語っている『吾妻鏡』は、そこまで信頼性の高い史料ではありません。

『吾妻鏡』のぼかした箇所、北条美化についての研究書は一般向けにも発売されているほど。

史料批判を考えれば、『吾妻鏡』通りにしろというのは、むしろ一体何を言っているのか?というような話となります。

そもそも大河ドラマで、歴史の勉強はできるようで、できませんよね。

大河の関連書籍を並べて「歴史の本を読みました」と言われても、それは受け入れられないでしょう。

いわば大河は”パティシェ三谷さんが作った鎌倉野菜のプリン“のようなもの。

いくら栄養たっぷりの野菜を使っていようと、

「このプリンはおやつじゃないんです。野菜を使ってます! サラダや野菜炒めと同じです!」

では話が通じません。

大河にせよ、小説にせよ、漫画にせよ、ゲームにせよ、歴史ものとはすべからくそういうものでしょう。

プリンに使われていた「坂井さんと木下さんの鎌倉野菜」が美味しいから、それを買って料理を作ったとなれば、野菜の摂取(=歴史の勉強)になります。

かくいう私もしばしば「漫画や大河で歴史を学んで何が悪いんですか!」と突っかかられますが、話がそもそも通じていない。

「いくら野菜を使っていてもプリンはおやつです。そう認識してください」

「いや、このプリンは健康にいい、野菜の風味も生きてて最高。そう野菜料理だという前提で食べているのに何でケチをつけられるんですか? プリンのカロリーぶん、ちゃんと他のものを減らしますよ」

こんな返答になりがちで、話の核がはぐらかされてしまう。

おやつはおやつです。

きっかけとしてはよいけれど、あくまで入口でしかない。

ではなぜ、この手の「史実と違う大河を受け付けんぞぉ!」という記事が出るか?

需要があればこそメディアも供給するのであり、主に中高年男性向けの媒体が中心。

愛読書ランキングを作ったら、司馬遼太郎が上位に入りそうな媒体ですね。

読むだけで歴史や世の中の真理を学べるとされていた昭和の感覚です。

そんな気分がまだ残っているから「大河は史実に忠実でなければならん」という謎の責務が湧いてきて、また読者に支持もされるのでしょう。

大河で歴史を学ぶ弊害はそれこそ昭和の頃から指摘されていたんですけどね。

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これだけ作り手が「あくまでエンタメです」と説明しても「史実通りにしろ」というのであれば、それはもう仕方のないこと。

鎌倉野菜プリンはプリンだし、大河ドラマはドラマ。それだけのことです。

◆三谷幸喜氏が菊池寛になりきり「鎌倉殿の13人」への思い語る 「第七十回菊池寛賞」受賞(→link

こちらの記事から三谷さんの言葉を引用しましょう。

「つまらない現実より面白いうそ」という核心を突く言葉が記されています。

「菊池寛先生は、『つまらない現実よりも、おもしろいうそを』とおっしゃっておりました。僕も『鎌倉殿の13人』を書く時に、それが一番のモットーでした」と明かした。

「もちろん歴史物なので、実際あったことを覆すことはできないんですけど、歴史の教科書を参考書にしたくなかった。多少のフィクションも必要だと思って、1年間書き続けました。きっと泯さんもお喜んでいただけたんじゃないかなと思っております」と伝えた。

「大衆が何を求めているか、先生はずっと考えていらっしゃったと思います。それは僕のテーマにもなっています」と感謝し、「今は見た目しか近づけていないんですけど、ゆくゆくは『第二の菊池寛』と言われるようになれればと思います。今日は見た目ふざけてしまったので、真面目な感じでまとめてみました」と締め、拍手を浴びた。

これについては、もしかしたら私が過去大河について「史実と違う!とケチをつけていたじゃないか!」とご指摘されたい方もおられるかもしれません。

それについては後述させていただきます。

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歴史を俯瞰的にみているか?

『鎌倉殿の13人』は露悪的とも思えます。

主人公の北条義時にそうそう共感できるものでもない。

前半では「いやあ、中間管理職って感じで共感しちゃうなあ」と語っていた方も見かけましたが、最終回後もそれが言えるかどうか。

そしてこのドス黒い描き方が斬新であるし、最近の歴史研究のトレンドにも当てはまると思えます。

かつて先祖顕彰は歴史を学ぶ上で定番でした。

いかに我々の先祖が偉大であるか。支配に正統性があるか。そのために大仰に顕彰することが当然であったのです。

しかし、こうした自国の歴史を顕彰する動きは、近年はもう“オワコン”です。

イギリス人の歴史書には「大英帝国を回顧し顕彰する人物は『モンティ・パイソン』でさんざんコケにされたが」という趣旨のことがありました。

イギリスの歴史に最も辛辣なのは他ならぬイギリス人ではないか?と私は思います。

「自分の国の歴史を偉大だと言って何が悪いの?」

これはどこか既視感のある決まり文句ですが、明確に「それはもう“オワコン”だよ」となったのが21世紀でしょう。

NHKで放映した『アンという名の少女』では、カナダ史の暗部である先住民、黒人、フランス系住民への差別を取り上げています。

中国で始皇帝を描いたドラマを作っただけで、「自国賛美が気持ち悪い!」と海外ニュースになる時代ですからね。

◆暴君・始皇帝を賛美する中国ドラマ──独裁国家を待ち受ける滅亡の運命(→link

大河製作者も、そういう意見を無視できないことを感じていると思いたい。

むしろ過去の酷いやらかしを、いかにして克服していったか。そこを俯瞰的に描くことが、歴史を学ぶ上で重要になっています。

話題の本を見れば、はっきりそういう傾向が出ています。

具体的に誰が代表例かというと、ユヴァル・ノア・ハラリやジャレッド・ダイヤモンドでしょう。彼らに批判もありますが、ここでは脱線するため取り上げません。

こういう俯瞰的で冷徹にも見える視点が、エンタメとも相性がいいと繰り返しますようにGoTでも証明済みです。

日本の歴史には清く正しい偉人ばかりがいた。偉大な歴史だ!――そんな意識で大河を作っていたら、終わりかねません。

根深い問題が日本の歴史教育にあると思います。

日本史と世界史に分かれた状況。

これがネックになっているのではないでしょうか。

日本だけで歴史を見ていくと、世界史において普遍的であること、特に中国や朝鮮であったことを「日本独自だ」と誤解するような事柄も出てきます。

例を挙げます。

「徳川幕府は世界に例のない長い王朝です」

李氏朝鮮の方が長い。

「刺身みたいな生魚を食べるのは日本人だけ」

膾(なます)という料理が中国にはありました。要するに刺身です。

「羹に懲りて膾を吹く」「膾のように切り刻む」という言葉が有名ですね。

中国では時代が降ると膾が廃れただけであり、刺身が日本由来とか、生魚を食べるのは日本だけというのは誤解があります。

「あんパンみたいな菓子パンがあるのは日本だけなんだって、すごい工夫だ、日本人はえらいんだ!」

確かにそれはそうです。しかし、その発想はどこからかというと、饅頭の生地を洋風のパンに置き換えた発想です。

あんを生地で包む発想は、中国由来ですね。

日本の文化や歴史を誇ることをやめろとは全く思いません。

ただ、誇るならば正確であるべきだし、そのことで他国を見下すのはみっともないことでしょう。

それにそういうことを突き詰めていくと、世界文明の中心は縄文時代にあるとか……そういうオカルト陰謀論【日本雛形論】に突っ込みます。

何事も過ぎたことはよろしくありません。

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現代は、動画の配信全盛期です。

古臭いドラマを見捨て、海外歴史ドラマに向かってしまった視聴者は、そう簡単には戻ってきません。

しかし『鎌倉殿の13人』が時代転換の起点になった可能性はある。

本作は、海外ドラマに流れた視聴者すら呼び戻す歴史劇でした。

日本人にとってだけの歴史ドラマではなく、“中世の人類とは何か?日本編”という枠組みにおさめることができる。最新歴史研究のトレンドまで入れ込んだ、欲張りで画期的な作品です。

となると次回作以降が背負わされるものも大きくなってしまい、『鎌倉殿の13人』だけが稀有な例外だったとして、視聴者が再び海外ドラマへ旅立ってしまわないか不安は尽きません。

 

三谷幸喜さんは次の大河でどの時代を?

『鎌倉殿の13人』は傑作です。

日本版『ゲーム・オブ・スローンズ』だと堂々と持ち出してよいドラマが、ついに大河枠からでた。

歴史的なことだと感じると同時に、ここで立ち止まらず、さらなる高みを目指していただきたい。それが大河の未来だと信じています。

三谷さんが次に大河を書くかどうか。

『文藝春秋』2023年1月号で彼自身が語っているのですが、敢えて私の願望も記させていただきます。

大河ドラマは史実に沿うべきか?

この問いかけは時代によっても異なります。

『鎌倉殿の13人』のように中世ならば、史料が少なく、断定できないため、むしろ創作しなければドラマになりません。

逆に、現代に近づき、近代ともなればむしろ史料は多い。

ゆえに想像力の入り込む余地がありません。

私は2021年大河ドラマ『青天を衝け』における捏造は厳しく批判しました。

そのひとつが

【天狗党の大量処刑を徳川慶喜は命じておらず、田沼意尊単独で決めた】

というものです。

これは問題だとしたところ「慶喜が決めたというソースがあるんですか?」と言われました。

逆に言いますが、慶喜が命令していないという“ソース”は2021年大河ドラマ以外ありません。

渋沢栄一ですら「慶喜公も天狗党の件はお辛かっただろう」と気遣い、慶喜自身も天狗党について語る時は口が重たかったとされます。

あれではかえって慶喜に対して失礼に思えました。

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このように近代となると史料は複数あり、突き合わせていくと、かなり真相に近づきます。

それなのに、近代以降を扱った大河ドラマで最新研究をふんだんに取り入れ、歴史認識を前に進めるような取り組みをしたのは、2013年『八重の桜』までとなります。

以降は話にならない。

八重の桜
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2022年10月にNHKスペシャル『新・幕末史 グローバル・ヒストリー』という番組が放送されました。

非常に興味深い内容で、幕末史としては既に出揃っている説をもとに展開されているものの、近年の大河ドラマとは大きく乖離した展開。

幕末を扱った一般向け書籍でも、岩瀬忠震阿部正弘小栗忠順赤松小三郎、山内容堂……と、今までは埋もれていたか、誤解されていた人物の見直しをするものが次々と出版されています。

エンタメなら別に最新の研究を追わなくてもいいでしょ……というのは自国で完結している時代までの話です。

近代となると国際関係にも影響が及んできます。

ここでも悪い例として『青天を衝け』を出します。

あのドラマでは渋沢栄一がベルギー国王・レオポルド2世を称賛する場面がありました。

渋沢本人の回想に基づいていて、当時はレオポルド2世の酷い植民地経営が無法とされていなかったことも確かです。

しかし、ベルギーではもうレオポルド2世を肯定的に評価することはありません。

その素振りを見せただけで国際問題となります。

◆コンゴ支配に遺憾表明 ベルギー国王が歴史的訪問(→link

レオポルド2世とコンゴ自由国
コンゴ自由国では手足切断当たり前 レオポルド2世に虐待された住民達

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「そんなの昔のことだし、当時はそんなものでしょ」

そういう軽い認識でレオポルド2世を肯定した結果、ベルギーは火傷して学んだのですね。

それなのに日本人が「レオポルド2世はあの渋沢栄一も絶賛した商売上手です」と言おうものなら、ハッキリ言って大迷惑であり、コンゴとベルギーへの侮辱になりかねません。

大河とひとくくりにせず、近代か、そうでないか? そこで分ける必要性も出てきます。

はっきり申しますと……2015年以降の近代大河を信じることは、国際的な人間関係においてはリスク要因です。

NHKがなぜそんなことをするのか、そこはもういい。考えません。

考えるべきはリカバリです。

そこで三谷さんの出番ですよ!

三谷さんならば『新・幕末史』と同じ程度に最新研究を反映した大河を作れるでしょう。

そして私が長年大河ドラマに対して抱いている不満――北海道ご当地がないことも、解決できると思えるのです。

47都道府県があって、これだけ長く続いているのに、北海道ご当地大河がない。

これでどうして国民的ドラマと言えるのか?

私はそこに義憤を感じるほどです。

三谷さんが脚本で、大泉洋さんや金子大地さんが大きなキャストで出る――そんな北海道近代大河の実現を希望します。

 


天命を感じさせる傑作だった

最後に個人的なことでも。

小学校低学年のころ、児童文学全集にあった『義経記』を読みました。

美麗な挿絵。衝撃的な展開。それはもうショッキングでした。

どうしてこんなに素晴らしい義経が、こんな酷い死に方をするのだろう?

今まで聞いた話にも読んだ本にもこんなものはなかった。

それからしばらくは、寝ても覚めてもずっと義経のことばかりを考えていました。私にとって人生初の推しは誰かといえば、源義経です。

ただ、なまじ思い入れがあり過ぎた。

源義経の小説にせよ、漫画にせよ、ドラマにせよ、楽しむことはありました。

司馬遼太郎の『義経』。

町田康さんの『ギケイキ』は楽しめましたね。

でも、どこかで過去の義経像を上書きできないだろうと、むしろ距離を置く気持ちがあった。

それを『鎌倉殿の13人』は変えました。

中川大志さんの写真を見た時、あの児童文学『義経記』の挿絵が飛び出して動いているようで、ショックを受けました。

あの絵のような源平武者がいる! そのことに衝撃を受けたのです。

そして菅田将暉さんの義経には「よっ、久しぶり!」と声をかけたくなった。

あの人生初推しが完璧な姿になって画面の中で笑って、弓を射て、残酷な殺戮を繰り広げていました。

幼少期の憧憬と、理想が、映像化されるというのはこうも感動するものなのか。そう痺れたのです。

そして最終回。悶絶しながら義時が酷い死を遂げ、政子がすすり泣くところで、私はまたも感動しました。

こういう“理不尽な死”こそ、歴史を学ぶ意義であると。

どう考えたって納得できないことがある。それを追体験することこそ、歴史を学ぶ醍醐味だと。

それを見つめる政子はまるで生きた菩薩のようで神々しい。こんなに美しい人がいるのかとずっと心を打たれていました。大江広元の気持ちがよくわかります。

歴史を学ぶ魅力というのは、天命の軌跡を見ることだと思います。

どう考えたって、こんなものは何か人智を超えた作用で起きるのだろうと呆然としてしまうことがある。

そんな瞬間が『鎌倉殿の13人』にはあった。やはり紛れもない傑作としか思えないのです。

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文:武者震之助(note
絵:小久ヒロ

【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト

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