中宮彰子が二人目の皇子を産みました。
祖母の穆子が喜んでいると、母の倫子は「次も皇子がいい」とまで言いだします。
娘の野心に驚きつつも、微笑み合う穆子。
一方、土御門殿では、皇子の【産養(うぶやしない)】が賑々しく開催されていました。
道長の権勢はますます盤石です。双六の賽子を振っても勝つばかり。天意まで味方するように思えます。
まひろはそんな中、光源氏の栄光の人生に影がさす、物語の続きを執筆していました。
賢子の実の父親は…
まひろは実家に帰りました。
道長からもらった酒、菓子、そして賢子の裳着(もぎ)で使う立派な布があります。
それを見た弟の藤原惟規がポロッとこぼす。
「やっぱり自分の子はかわいいんだな」
中宮様のお召し物みたいだと話を続ける惟規に、困惑するのは為時。おずおずと惟規に尋ねます。
「今、なんと申した?」
中宮様のお召し物となんとか……と返す惟規に、「その前だ」と苛立つ為時です。すると惟規はようやく気づく。
父は、賢子の実父を知らない?
これには、まひろといとも困惑。
惟規はケロッとして「言ってよかった」「父上に伝わってよかった」と、結果オーライで押し通そうとしますが、そんな強引な手法が通用するわけありません。
「黙れ!」
思わず藤原為時が声を荒げます。
「そうなのか……なんということを……宣孝様は何も知らずに逝かれたのだろうな」
「いいえ」
佐々木蔵之介さん演じる藤原宣孝は、何も知らないどころか全て知っていた。その上で一緒に育てようという話になり、実際に賢子を可愛がっていた。
しかし、肝心の実父である道長はこのことを知りません。
「いい折だから話したらどうだ?」
為時がそう提案すると、当人の賢子が戻ってきました。
左大臣からの贈り物だと知ると、「要りませぬ、そんなの」と素っ気ない。
まさかもう知っているのか?と為時が困っていると、まひろは首を横に振っています。
宣孝や惟規のように“このおかげで出世が見込める“とは割り切れない為時なのでした。
密通:プロットを動かす要素
寛弘7年(1010年)、道長たちは宴をしています。
琴が奏でられ、白磁の酒器からは濁り酒が注がれる。
優美といえばそう言いたくなるようで、なんと質素な宴会なのだろうとは思います。
日本人としても、こうした宴で満足はしていなかったのであり、時代が進むにつれて酒や肴は洗練され、楽器も三味線のようにリズミカルでノリがよいものへ進化してゆきました。
そのため江戸時代ともなれば、現代人から見ても「盛り上がっているねェ」と思える宴会になりますが、平安時代は貴族といえども、とにかく地味。
殺し合いにならないだけ、鎌倉武士よりはマシってところでしょうか。
今年と来年の大河ドラマは、生活レベルの向上を感じられそうです。
ただし、この場で緊張気味の為時にとっては、とにかくきらびやかな会合でしょう。道長のことを何か言いたげに見つめ、ソワソワしておりますが……。
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さて、まひろは藤壺で『源氏物語』を書いています。
光源氏が妻の女三宮と柏木の密通を察知する箇所です。あらためて“密通”がメインプロットに絡んでくるとは何事でしょう。やはり恐ろしい作品だと思えてきます。
するとそこへ道長が来て、子の日の宴に為時を呼んだことを話し始めました。
何か言いたげにずっと道長のことを見ていた上に、宴の最中にいきなり帰ったとのことで……「まひろは何か聞いていないか?」と訝しげにしている道長です。
まひろは慌てて「きっと華やかな場所で調子が狂ったのだろう」と取り繕い、父にはきつく申しておくので許して欲しいと言うのでした。
そして【中宮大餐】だからと、仕事へ向かうふりをして誤魔化します。
まひろは賢子のことを打ち明けるのでしょうか。
独走を強める道長
道長が、気心の知れた仲間と宴を開いています。
皇子が二人いれば盤石だと斉信。
しかし公任が、次の東宮は敦康親王、さらに次は敦明親王で、道長の孫はずっと先だと指摘します。
行成もこれに同意。
すると道長が不敵な顔で、できれば俺の目が黒いうちに敦成親王が帝となる姿を見たいと言い出しました。
源俊賢がすかさず「お力添えをする」と答えると、斉信が「自分を売り込むな」と牽制しています。
すると話題を変えるようにして、公任が伊周の話題を始めました。具合が悪いらしいが、何か知っているか? と道長に聞いてきますが、「いや」と否定する道長です。
あれれ? 道長は前回、呪詛で精神が決壊した伊周を見ているはずです。
今回の宴は、己の意に逆らわぬ側近だけを集めて開催されていて、実資のようなお堅い公卿はいない。それでも隠しておきたいのか。
道長はもう『貞観政要』で説かれているような、諫言ある政治を目指していないのでしょうか。
伊周、雪の日に逝く
藤原伊周は、まさに死の床におりました。
「俺が何をした……父も、母も、妹も、あっという間に死んだ……俺は奪われ尽くして死ぬのか……」
虚ろな表情のままに恨み言ばかり重ねる兄に対し、弟の隆家は敦康親王のことは任せて、安心して旅立つようにと語りかけます。
伊周は嫡男の道雅を呼び寄せ、苦しげに言います。
「左大臣には従うな……低い官位に甘んじるくらいなら出家せよ……よいな」
そう呪いをかけるように言い残す。
『源氏物語』にもこういう毒親は出てきますね。明石入道は、良縁に恵まれないなら海に身を投げよとまで娘に言い聞かせました。こういう親がいたからこそ、紫式部はヒントを得たのかもしれません。
「父上……母上……定子……」
死んでいった家族を呼ぶ……そんな伊周に応じるように、定子が雪遊びに誘う声が聞こえてくる。伊周の頬がかすかに微笑み「雪だ」と呟く。
呪詛のせいで生死の境がゆらぎ、死霊に呼ばれてしまったかのようにも思える場面です。
そんな兄の姿をみて、隆家がハラハラと涙を落としています。
「あの世で……栄華を極めなされませ」
外は雪――あの楽しい雪遊びに興じていた貴公子が、どうしてこうなってしまったのか。
翌日、伊周は36年の生涯を閉じました。
死因は飲水病(糖尿病)と推測されています。
そのことを行成が記録しています。行成の書が出てくる場面はたとえ一瞬でも、手間がかかっている大変貴重なものです。
ちなみに伊周の父・藤原道隆の死因、そして道長も飲水病(糖尿病)とされていますね。当時は上級ほど栄養バランスが悪く、かつ酒の甘味が強烈であるため、上流貴族の主要な死因のひとつでした。
伊周の死がもたらすもの
帝は、伊周の死を聞き、「朕を恨んでおろう……」と嘆いています。
行成が、御簾越しにそのようなことはないと否定し、この世から解き放たれてほっとしているかもしれないと言います。
これは隆家とある意味通じる考え方と言いますか、生きていても栄華を極められないならば、いっそ世を去った方がよいということかもしれません。
しかし帝はその言葉を否定し、敦康のことが心残りであったはずだと言い出します。
敦康を次の東宮にする道筋をつけてから、朕はこの世を去りたいとまで言い出しました。
行成がそのようなことを仰せになってはならないというと、帝の体がぐらりと揺らぎ、行成が慌てて御簾を乗り越えて支えます。
帝もまた体が弱っているようで……。
いつも芯が通ったような体が揺らぐ――それだけで衝撃的です。
容姿の美しい人が酔い潰れることを「玉山崩る」と言います。
ここでの帝は酔態ではなく心身の動揺ですが、これほど美しく、挙措(きょそ)の整った体がゆらぐことは、玉の山が崩れるという言葉そのものに思えます。
「敦康の元服を急がねばならぬ」
そう決意を固める帝に、行成は日取りを陰陽寮に問い合わせると言います。
中宮の出産に紛れることなく、敦康の元服を世に知らしめることができると帝はかすかに喜びを見せます。
『源氏物語』の桐壺帝とは異なり、こちらの帝はあくまで愛おしい皇子を帝位につけたいようです。
果たして、うまくいくのかどうか。
こんな帝の姿を見なければならない行成の心中も辛いことでしょう。
彼は道長に忠誠を誓っています。帝と道長の間で揺らいでしまう……真面目だからこそ、割り切れない彼も大変なのです。
敦康親王の後見は隆家だが
隆家が伊周の供養の品々の礼を告げるべく、道長の元へやってきました。
ここは眼福といえるシーンで、当時の公卿の喪服を再現しています。
道長に伊周の最期を問われると「怒りも恨みも全て捨て去った穏やかなものだった」と隆家は答えました。
道雅への呪いのような遺言は省くところが隆家の配慮です。若い頃はあまり後先のことを考えていなかった彼も、随分と落ち着いてきたものです。
道長はあっさり「冥福を祈っておる」と返しますが、内心は怨霊に怯えているかもしれません。
隆家はこの先の敦康様の後見を務めたいと言います。
道長の疑念を払うように、兄とは違うと強調し、あくまで後見として、左大臣に仕えたいと言います。
「どうかそのことを、お認めくださいますよう、伏してお願い申し上げます!」
「大切にお守りいたせ」
「はっ!」
道長はあっさりと認めました。
隆家のキャラクター性が認められたのでしょう。
動きがキビキビとしていて、声量もハッキリ。他の公卿とは異なる凛々しさが売りと言える。
直情径行型で誠意があり、無闇矢鱈と裏切り行為に走らないと思えます。重要かつ難しい役で、魅力がよく出ていますね。
このあと隆家は、定子の残した脩子内親王の元へ向かい、敦康親王と彼女の後見を務めることを報告します。
「左大臣様はどんなお顔をされているのでしょう……とうとう伊周様まで身まかられてしまいました……悔しくてなりませぬ。あれほど美しく、尊かった方々が、何故、このような仕打ちを……」
そう脩子内親王に仕えるききょうが絞り出すように言います。隆家はその声をきき、苦しげな動揺をかすかに浮かべました。
それにしても、ききょうは、一体どういう役作りなのでしょう。
泣き腫らしていたことがわかるほどむくみ、目が血走っています。この人は号泣していた。心の底から悲しみ、苦しみ、泣いていた。
そんなむくみ方で凄絶な顔です。
自らが書き残した『枕草子』の世界が崩れてゆく様を目にして、どれほど苦しんだのだろうか。
そう圧倒されて胸が苦しくなりました。
こんなにも彼女が苦しいのは、忠義心のせいだとも思えます。
彼女は時代を先取りしています。忠義なんてなければ、切り替えて次の主人に仕えることができる。
でも彼女はそれができません。
『鎌倉殿の13人』では、源頼朝がボヤいていました。
坂東武者たちがバタバタと平家からこちらに寝返ったのはよしとしよう。
でもこんなにホイホイやられたらたまったものではない。これからは忠義の時代だ。そう課題として掲げていたものです。
それよりも、ずっと前に、ききょうは誠心誠意の忠義を見せている――こうした描き方は本当に素晴らしいのではないでしょうか。
「三鏡の教え」を学ぶ中宮
中宮とまひろが『貞観政要』を学んでいます。
大宗は常に人を以て鏡と為し、古(いにしえ)を鑑(かんが)み、容(かたち)を鑑みずと。古を鑑み、今を鑑み、容を鑑みずと。
四海の安危、掌内に照らし、百王の理乱、心中に懸(か)く、乃ち知る。天子別に鏡有るを。是れ揚州の百練の銅ならず。
唐大宗は常に人を鏡とした。歴史を映す鏡として、容姿を見る訳ではない。昔と照らし合わせで現状を見て、容貌を気にしたのではない。
天下の安全と危険を掌の中で確認し、諸侯の情勢を心のうちにまで参照する。天子には別に鏡があるのだ。揚州のよく鍛えた銅のものではない。
「三鏡の教え」としても知られ、ザッと以下の通りです。
鏡は三種類ある。
銅でできた鏡は容姿を確認するもの。
歴史という鏡は、過去を教訓として現状を認識できる。
人を鏡とすれば、諫言を耳に入れることができ、頼り甲斐のあるリーダーになることができる。
さらに「四海の安危」という言葉も気になります。現代風にいえば「国家の安全」ということです。
まひろが越前にいた時は宋人に神経を尖らせていた道長ですが、最近はそのことを考えている様子はありません。宋人の往来が途絶えたわけではなく、優先度が下がっているだけです。
「四海の安危」にせよ、「三鏡の教え」にせよ、この箇所は道長に欠落しつつあるものを示しているとも思えます。
中国のように史書編纂をしていない日本の場合、歴史という鏡になるのは藤原実資です。
彼の小野宮流には膨大な記録があります。実資は諫言もします。彼も人という鏡になり得る。
しかし今回は不在です。その代わりを果たしそうな人は、果たして誰なのか。
ここでは、中宮が学んでいるということも重要です。
『貞観政要』は、通常は女子が読まない書籍です。こうして読む姿が出てくるということは、彼女が政治に開眼し、父と対立しかねない鏡になる可能性を示唆しています。
妍子の憂鬱
そこへ中宮の妹であり、道長の次女である藤原妍子(きよこ)がやってきました。
なんでも居貞親王の后となるため、挨拶に来たのだとか。
妍子は美しい帝に入内できた姉を羨んでいます。妍子は18歳年上の相手が不満のようで。
中宮が「スラーッとした凛々しいお姿」だとフォローしても、「年寄りは年寄りだ」と彼女はバッサリ切り捨てます。
これには中宮も否定できません。思わずニヤリとしながら耳を傾けているまひろ。
『源氏物語』の光源氏にしてもそうで、おじさんになった彼はモテから遠ざかっていきます。
若き頃のキラキラした魅力は何処へ行ったのか。あの光源氏も、歳を取れば財力や面倒見の良さでアピールするしかなく、女性たちからは「それもありか」と認識される程度の存在になってゆくのです。
千年前に凄まじいリアリティですよね。
妍子の毒舌は止まりません。東宮は既に娍子(すけこ)をこよなく愛でているから、自分は見向きもされないと拗ね、最後にこう〆るのです。
「まっ、年寄りにあれこれされるよりは、よいかもしれませんけど」
どこまでぶった切るのか。ただそれでも、最初から負けているのは悔しいようで、そんな妹に中宮はこう声をかけるしかありません。
「宿命にあらがわず、その中で幸せになればよい。きっとよいことがあろう」
妹の妍子としては、定子という存在を乗り越え一条天皇の心を奪った姉の助言でも聞きたかったのかもしれません。
しかし中宮は悟りの境地を語ってきます。真面目ですね。
一方、その側でまひろは、目を細めています。思ったことが割と顔に出やすいのでしょう。
妍子はなおも止まりません。
彼女は父の企みを見抜いています。帝の皇子も、東宮の皇子も、自分の孫にして権勢を盤石にしようとしている。しかも、母上も父上と同じとまで言い出しました。
確かに今回の冒頭では、倫子も野心を隠しませんでした。
彼女なりにふっきれて、夫の愛より権力に喜びを見出そうとしているのかもしれません。
「私たちは父上の道具にございます」
ズバリこう言い切る妍子。中宮はさすがに困惑しています。
「恐れながら、そのようなお言葉は、ご自身をおとしめられるばかりかと存じます」
まひろも思わずたしなめるのですが……。
「何かうるさいこの人」
「ご無礼つかまつりました」
妍子が露骨にウザがってきました。
確かにまひろは不気味でうるさくて、なんだか嫌な雰囲気がありますよね。
中宮とは相性抜群でも、合わない相手はとことん合わないタイプですから、ストレートにそれをぶつけてくる人物は素直でいいと思えます。
人は、万民から好かれる必要などありません。うるさくて嫌われるのも個性ですね。
「あ〜あ、わかりました。楽しく生きてみせまする」
そうしめくくる妍子。
しかし中宮は素直なのか、妍子が言外に込めた呆れた感情も読み解けないようで微笑んでいます。いい加減、飽きたように出ていく妍子でした。
光源氏もおじさんになってからはモテない
なんと信頼できるドラマなのか――妍子が出てきたシーンに、私は嬉しくなりました。
おじさんが一番聞きたくない“残酷なセオリー”を豪速球でぶん投げてきたのです。
そしてそれは『源氏物語』でも喝破されていました。
「イケメンだろうがおじさんはおじさん。おじさんとあれこれするのは嫌」
これですよ、これ!
『源氏物語』には、かなりの年になってからも色っぽい源典侍(げんのないしのすけ)という女性が出てきます。
いい年こいてセクシーぶる女ってどうなのよ。そう揶揄うように描くようで、こちらはまだしも洒落になっている範囲には思えます。
むしろ重大深刻であり、プロットの中央を貫いているのは、
おじさんになってからの光源氏が気持ち悪い!
という問題です。
ききょうが指摘していたように、娘くらいの歳である玉鬘(たまかずら)にべとべとする様が気持ち悪い。
六条御息所が「変な目で見ないでくださいね」と釘を刺しておいた、彼女の娘である秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)への言動もともかく薄気味悪い。
光源氏を疎ましく思う女君の気持ちが細やかに描かれていて、紫式部の筆致はとことん冷徹なのです。
権力者だから従うしかないのに、自分はまだまだモテモテだと勘違いしているおじさんって、本当に社会の害悪でしかない――そこを紫式部はこれでもか、これでもかと描いてきます。
さらにヒートアップするのは、女三宮の密通を知ったあたりからでしょう。
密通相手の柏木に痛烈な嫌みを吐き、睨みつけたところ、相手はストレスのあまり命を落としてしまう。
パワーハラスメントおじさんとして、悪役の頂点に立つかのような描き方なのです。しかも光源氏は、自分も藤壺の宮と密通している前科があるためどうしようもありません。
そういう『源氏物語』精神を貫徹する心意気が素晴らしいと思います。
21世紀になって二十年以上経過したというのに、日本の女性差別は国連から勧告を受けるほどお粗末です。
そういう国の国民的番組が「おっさんの勘違いはキモい!!」と堂々と言い切ることがどれほど勇気のいることか。それでもこのチームはやり抜きました。
さらに妍子は、現代社会が王室制度について抱く違和感にまで到達しています。
今、世界各地で王室制度が疑問視されているのは、生身の人間を道具のように扱う残酷さが背景にあるとされます。
王室から離脱したイギリスのヘンリー王子の自伝タイトルは『スペア』。
人間をスペア扱いすることを告発しています。
妍子はあの顔で口を尖らせつつ「ねえ、やっと気づいた? 私たちは所詮、駒なの」と突きつけてきたように思えます。実に挑発的ではありませんか。
時代に挑むNHKドラマ
そして戦略的にも極めて秀逸です。
2024年、賛否両論を巻き起こしつつ、ヒットするドラマの要素があります。
社会の差別構造に切り込み、フェミニズムの視点を取り入れる――前半期の朝ドラ『虎に翼』がこの成功例です。
『光る君へ』は公式歴史ガイドにもフェミニズム観点から『源氏物語』を読み解く記事が掲載されていますので、そこを無視しているわけがありません。
とはいえ、前述の通りこれは賛否両論あり、必ず次のようなカウンターも出てきます。
「多様性だの、フェミニズムだの、ポリコレだのいうけどさ〜、昔は気にしなかったじゃない? ああいうおおらかな時代に戻りたいよね〜」
そういう需要を汲んだドラマもあります。
フジテレビ系ドラマ『不適切にもほどがある!』が代表例でしょう。
しかし、こうした作品も賛否両論になります。
そして賛否の割合を鑑みるに、前者は賛、後者は否が優勢におさまる。さらには後者は炎上しやすいという不利な状態に陥りやすいのです。
NHKドラマで後者の「昔はおおらかだったのになぁ〜w」という古臭いセクハラノスタルジーを発揮し、失敗した作品もあります。
例えば2023年『どうする家康』です。
あの作品には、側室を増やすか、綺麗なお姉さんと風呂場でイチャイチャするか否か……という場面がありましたが、「どうする?」の中にあんなアホな選択肢を入れて何をしたかったのでしょう。
そのくせ家康の愛読書である『貞観政要』はかすりもしない。
そして2024年、先日始まったばかりの朝ドラ『おむすび』もそうです。
デリカシーのなさに苛立つ視聴者が当初から目立ったこの作品は、第11回でストーカーとしか思えない男子をコミカルタッチに描く、最低最悪の描写がありました。
私はもう、赤壁の戦いで燃える船を見守る諸葛孔明顔をしながら朝ドラを鑑賞しています。
妍子は宴好き
さて、妍子が嫁いだ居貞親王は、藤原道綱と共に敦明親王の舞を見て酒を飲んでいました。
道綱に酒を注ぎながら「頼りにしている」と声をかける。
不穏なことに、妍子は御簾越しに若い敦明親王の舞姿から目を離せません。
その後、道綱は、道長に「妍子様は相当な宴好きだ」と告げていました。
「そういう子だったのか」と困惑する道長に対し、道綱は「毎日宴をしている」とぼやきます。
道長はどこか他人事のように、東宮様の怒りを買わねばよいと答えますが……あのききょうが耳にでもしたら、激怒したことでしょう。
道長は中宮大夫時代、定子が贅沢だのなんだの、いちいち言っていました。我が子はよいのか?
ノーテンキな道綱は、東宮はそれでもやさしい、やっぱり若い女はいいのかと考えています。道綱もすっかりおじさになりましたねぇ……。
「ふーん。まっ、東宮様がお許しくださるならばそれでよい」
と、どこまでも呑気な道長です。だから、なぜ「それでよい」と済ませられるのか。
さすがの道綱も「娘に甘いね〜」といささか困惑している様子。
道長が用件を尋ねると、こう切り出してきました。
「東宮様はお優しいけれど、ケチだから、よしなに……」
「よしなに?」
これは妍子の軽薄さ、そして道長の甘さだけでなく、性的欲求不満と密通への道すじも見えているのが秀逸だと思えます。
ただ妍子が宴をしてはしゃいでいるだけではなく、前段階として東宮を「年寄り」呼ばわりしています。そして御簾のそばでじっと若い男の舞姿を見ています。
『源氏物語』では、女三宮が御簾のそばで蹴鞠を見ていたところ、猫が御簾を捲り上げてしまい、その姿を柏木が目にしたことが密通の契機でした。
若い男が外にいるのに、御簾の側にいたことが女三宮の落ち度とされます。
妍子も、まさに同じことをしています。
東宮は道長への権勢を忘れません。
右大臣・藤原顕光の次女である延子(のぶこ)の婿に、東宮の皇子である敦明親王を迎えたのです。
その妻を東宮に紹介する敦明親王。妍子はやはり敦明親王を熱い眼差しで見ているのでした。
敦康親王の元服と道長の懸念
敦康親王が、中宮に元服を報告しています。
もう藤壺を出なくてはならないと、あからさまに寂しそうな表情。
今回から子役ではなく本役の片岡千之助さんへ交替し、その途端、中宮との関係が生々しく見えてきました。
中宮を母のように慕った日々の思い出を切々と語る敦康親王。
その姿をまひろは穏やかに見ているようで、スッと表情が翳ります。
中宮はこれからも敦康様を我が子と思い、成長を見守ると言います。
立派な帝となるよう精進するようにと、手と手を取り合っていると、そこへ険しい顔の道長がやってきました。
この後の道長の動きが、この時代が映像化されてよかったと思える眼福ものの素晴らしさです。
歩いてきて、手を使わずに、足を交錯して座る――
何気ないようで、こうも流れるように動くには相当の鍛錬が必要なことでしょう。
日本時代劇の所作指導がどれだけ盤石かどうか。それは立って座る回数を見ればわかります。
指導が足りない時代劇では、和室なのにスタンディングパーティーのように、皆で立ち話をしていることすらあります。
一昨年と今年は立って座る動きが多く、昨年は極端に少なかった。まさに質は細部に宿る一例でしょう。
道長は、敦康親王の元服式で加冠役を務めるといい、これで一人立ちだと強調。
そしてまひろの元へ来て、こう言い出しました。
「敦康様は、お前の物語にかぶれ過ぎておられる」
「は?」
呆気に取られるまひろ。
中宮様の手までとられてあやうい、光る君のまねなぞされては一大事だと焦る道長。
手をとるもなにも、近寄っていったのは中宮ですし……。
苦笑しながら、まひろが否定すると、からかうなと道長は真剣な眼差しです。
「ずっと中宮様と一緒にいたから離れることになって寂しいのだ」と、まひろが説明すると「それも光る君も同じだ」と返す。
「もうよい。なんとかいたす!」
苛立ったように立ち上がった道長が部屋を出てゆきました。
果たして、おかしいのは道長なのか?
いいえ、まひろは自分を騙しているようにも思えます。
敦康親王と中宮の関係については、道長の見ていないところで、まひろの顔にも怪訝な色、焦燥、恐怖のようなものが微かに滲んでいました。
道長のことを本気でからかっているのではなく、うすうす自分でも思うところはあるように思えます。
自分はもしかして、なにか、とんでもない力を手にしてしまったのでは?
心中穏やかではない道長は「元服後の敦康様はすぐに竹三条宮に移せ」と行成に命じています。
まひろがどう思うか、それはもう事態が超越しました。
物語が人の運命を変えたのです。
ききょうならば、今さらなんだとでも言いたいかもしれません。
すでにききょうの心はまひろの物語が破壊しています。
使い方次第では、人の涙も血も流すことができる。
「そんなものを手にした気分はどうなのかしら?」
そう聞いてみたくもなりますね。
物語は、人の心を、人生をも壊す
前回の時点で、こんな意見を見かけました。
「道長が『源氏物語』のせいで敦康を藤壺から追い出すって? バカじゃないのw」
具体的にどこがどうバカなのか、推察するほかありませんが、そんな風に思ってしまう方はこのドラマに向いていないと感じました。
本作は、紫式部の書いた物語が、政治の道具として利用されるという設定で動いています。
そのプラスの面として、彰子が一条天皇の寵愛を得たとする。
そしてそのマイナス面まで描くのは、むしろ誠実ではないでしょうか。
本作の制作チームは『スカーレット』を手掛けています。
あの作品は、ヒロインが陶芸に打ち込むことで、得たものもあれば、失うものもあったと描かれました。
ヒロインのモデルが離婚した原因をドラマでは設定を変えています。劇中では、夫妻揃って陶芸家となったものの、妻の腕前が夫を超えていくことが離婚の一因とされているのです。
このチームは女性クリエイターを描きたいのでしょう。
創作が女性を解き放ち、力を持たせると同時に、何かを破壊し得る――そんな業まで描いている。
それと時代考証面から申しますと、平安貴族の理性を過大評価しておりませんか。
この時代の公卿は、こんな言い訳が通じました。
「すごく悪い夢を見たので、今日は出勤しません」
現代ではとても通用しないでしょう。江戸時代だって仮病を使うでしょうし、鎌倉武士でも「肉を食べて身が穢れました」くらいのことは言いそうです。
平安貴族は教養として儒教を身につけているものの「怪力乱神を語らず」という孔子の教えは徹底していない。
隣の中国では、後漢代には科学者でもある張衡が迷信に対してビシバシとダメ出しをして、夢占いの類は廃れていきました。
しかし、日本の平安貴族はともかく迷信深い。
夢見が悪いから欠勤をしばしばしている道長ならば、ピュアなハートで物語を信じて、あのような発想になってもそれほどおかしくないと思えます。
そしてこれが最も主張したいところですが、本作の問題提起はとにかく凄まじい。
フィクションとそれにのめり込む心理は、平安時代だけでなく、現代人の心も狂わせかねません。
ジョナサン・ゴッドシャル『ストーリーが世界を滅ぼす』という本を先日読みました。大変興味深いものがあります。
人間はストーリーに弱い――。
まひろあたりが大好きな漢籍にも、故事成語が大量にあります。
例えば“矛盾”という概念を説明するうえで、矛と盾を売る商人とその客の姿を思い浮かべると、スッと頭に入ってきますよね。
人間はストーリーがあると、ものごとが頭にスッと入り込んでくるのです。
そしてそれは悪用もできる。
渋沢栄一が実はさわやかイケメン好青年だったなんて、歴史を踏まえれば「何を言っているんだ、アホじゃないのか」と私は言いたい。
でも現にイケメンで大河ドラマを作ったら「いい人に決まっています!」という視聴者が大量に出現しました。
大河ドラマはその効用を知り尽くし、我々の心を掴みにきている。
良心的な大河ドラマは、だからこそ、わかりやすい嘘をおく。
その一例が架空キャラクターです。
「オリキャラ」だのなんだの言われてネットでは叩かれやすいものの、あれはストーリーのもつ毒を弱める薬になります。
三谷幸喜さんの『鎌倉殿の13人』なんて、暗殺者コンビが荒唐無稽なほど活躍しました。
おまけにその名前は、演者からとった「善児」と、豆板醤からとった「トウ」でした。要は、遊びの要素が濃いんですね。
あのコンビがいるからこそ「そういえばこれはドラマなんだな」と視聴者は我にかえり、どっぷり酔いしれることなく作品を見ることができた。
今年はその良心性が高い上に、作り手が功罪を理解した上で挑発し、啓発するような趣すらあります。
ストーリーのせいで運命が暗転する人物が出てくる。
あなたは大丈夫?
そう語りかけてくるように思えます。
毎週レビューを書いている私が言えた義理でもないですが、大河ドラマと、朝の連続テレビ小説は危険なコンテンツだと思います。
海外だとアメリカンコミックス映画、『スター・ウォーズ』、『ゲーム・オブ・スローンズ』といった作品が該当します。
・歴史が長い
・ファンが多い
・定番
こうした要素が重なるファンダムは、力を持ち、毒すら帯びやすい。
ゆえに私は、誰かと大河ドラマや朝ドラの話は極力回避します。
もしかしたら、私とこうしたドラマについてじっくり語り合いたい奇特な方もおられるかもしれませんが、私は三舎は避ける所存ゆえご理解ください。
ファンダムが大きなコンテンツに耽溺した方は、毒にじわじわと蝕まれていくのか、精神状態が暗転することがしばしばあります。
大河ドラマの作品名まであげて危険性をあげつらうことは避けたいけれども、敢えて描きますと、ここ十数年で危険度が高い作品が以下の通り。
2012年『平清盛』
2019年『いだてん』
2023年『どうする家康』
2015年や2018年は「ははっ、あのどうしようもないやつw」と意見が一致するので安心枠です。
しかし2012年、2019年、2023年の場合、ファンダムの渦中にいると「私たちはこんなに愛しているのに、評価と視聴率が不当に低い! 何らかの工作がある!」といった考えに直結しやすい。
人がそんな風に流されていくのは、どんな時か?
・自分たちは不当に貶められている
・自分たちは結束している、仲間がいる(エコーチェンバー)
・自分たちこそ他者より優越しているという感覚
こうした諸条件が揃うと、あっさりと精神が荒廃するようで……。
現在、大河のメイン視聴者層の年代は、若い頃に思想やら何やらをインプットされなかった結果、サブカルチャーをアイデンティティと一体化させていることも多いと感じます。
幕末なら「尊皇攘夷!」と叫んだような感覚で、好きなコンテンツを熱狂的に愛し、それによって優越感を味わい、結束し、自己定義していることも少なくない。
推しだの、強火担だのプロフィールに書いたところで、実際に人が強くなるわけでもない。
それなのに、そう思い込んでしまうことが往々にしてある。
「私の好きなドラマは、きっと世間にとって都合が悪いからアンチがいるんだ!」
こういうことを言い出したら、深呼吸をした方がいいと思います。
むろん物語自体は良いものだと思います。
素敵な物語を味わうと、疲れも吹き飛び、生きる気力が湧いてくることもある。
しかし同時に、身を滅ぼす危険性もあります。どんなに良い薬でも、摂取し過ぎれば毒になる。
大河ドラマも当然そうで、褒めるにせよ、貶すにせよ、自他の精神を守る工夫は必要でしょう。
すみません脱線が長くなりました。話をドラマに戻しましょう。
上向いてきた惟規の運勢
惟規の官位があがり、正六位上から従五位下になりました。
マイペースな惟規は、それほど真面目に働いたわけでもないと茶化しつつ、目は涙で潤んでいます。
いとは若様の出世を信じ、五位のための赤い速帯も用意していました。
あまりに感動的な場面です。
惟規はいとに信じてもらっていたことが嬉しくてたまらないようで、二人は涙ながらに抱き合って喜んでいます。
「上向いて参りましたよ、御運が!」
そう声をあげて泣きじゃくるいと。
さらに春の除目で、為時は越後守に任じられました。惟規と共に道長に礼をいう為時。
ここで惟規は、姉が世話になっていると言い出します。
「あの、恐れながら……」
もしかして賢子のことにでも触れるのか?
と思ったら、惟規は姉の性格を語り始めました。
気難しくて人の気持ちが通じにくいけれど、末長くよろしくお願いしたい。姉の面倒な性格を熟知しているのですね。
道長は「藤式部の顔でも見ていけ」と返します。
かくして父と子で、まひろの仕事場にやってきました。
為時はしみじみと左大臣様はまひろに親切だと言い、惟規は賢子も藤壺にあがればいいと続きます。
越後は越前よりも遠く、冬は一層厳しいと聞いていると気遣うまひろ。
「もう会えぬやもしれぬな……」
弱気になってそう漏らす為時に対して、そのような弱いお心では越後守は務まらないとまひろが鼓舞します。今回は、まひろに代わり惟規が為時と共に越後へ行くそうです。
なんでも失恋のため都から去りたいんだとか。
あの斎院の中将にひどい振られ方を別したようです。
ちなみに紫式部は藤壺と斎院の女房気質を比べられることに苛立っており、相手を手厳しく評価しています。
親子の関係は変わる
賢子が裳着を迎えました。
おじじ様のご恩は忘れないと丁寧に言いながら、越後には行かない賢子。家を守るために残り、女房として藤壺にあがるのも嫌なのだとか。
どうにも母に反発しているようで、為時が「頑固さがまひろによく似ている」とフォロー。
その夜、月の下で、まひろと惟規はしみじみと語り合います。
思えば裳着をした頃のまひろと為時も親子仲が最悪だったとか。父と目も合わさない姉が怖かったとのことで、まひろは思い出したくないと言います。
「親子って、変わらないようで変わるんだな」
そう語る惟規に対し、まひろも賢子との仲がよくなるのかと問いかけます。
「たぶんね。だって賢子の母親は姉上だけだもの」
そう励まし、左大臣様の姉上への気持ちも変わらないと続けます。斎院の中将の君の心はコロッと変わったのに、左大臣様はすごいとしみじみといいます。
「きっと、みんなうまくいくよ」
「なにそれ」
「よくわからないけど、そんな気がする」
「調子のいいことばっかり言って。父上をよろしくね」
ひねくれて気難しいまひろも、弟の前では笑顔になります。
そうして越後へ向かう為時と惟規一行。
本作は、後半になっても、見栄えのいい山林でロケをするところがいいですね。
しかし、突然、惟規が馬上で倒れ込み、馬から転げ落ちてしまいます。
突然の病を発症。越後の国府にたどり着くと、寝込んでいます。
為時が寄り添って看病をしていると、惟規は左大臣に賢子のことを言えなかったことを悔やんでいます。
そして苦しそうに身を起こすと、紙を持ち、筆を手にとり、和歌を苦しげに書きつけてゆきます。
ついには筆を持つ力が抜け、惟規の命が尽きてしまいました。
父の腕の中で彼は亡くなりました。
我が子に先立たれ、その名を呼びながら泣く為時。
留守を守る家族のもとに訃報が届きます。
いとが魂を搾り出すようにあげる泣き声が胸を抉ります。
都にも恋しい人がたくさんいるゆえ、何としても生きて帰りたい――それが惟規の辞世でした。
まひろも弱々しく泣き出します。そんな母の背にそっと手を伸ばす賢子。
惟規は最期まで優しい人でした。まるでその魂で、この母と娘の距離を近づけたように思えます。
都にも
恋しき人の
多かれば
なほこのたびは
いかむとぞ思ふ
MVP:藤原惟規
藤原伊周と同じ回に世を去った惟規。
その最期は対照的に思えます。
歴史に名を残す貴公子と、紫式部の出来の悪い弟として知られる惟規。
それでも人の命の終わりは同じように悲しく、寂しいと改めて思わされました。
史書に名を残さない無名の人々も、きっと生きる上で多くの悲しみを味わい、涙を流してきたのだと改めて感じました。
いとの魂を搾り出すような泣き声が忘れられません。
人懐こく、陽気で、明るく、いつも笑顔だった惟規。
こぼれるほどの愛嬌に満ちていて、ドラマを明るくする素敵な人物でした。
歴史の中で変わるものと、そうでないものがあります。
変わらないものは、人を愛する心ではないか――惟規の最期と辞世を読むとそう思えてきます。
次回から惟規を演じる高杉真宙さんがいないのかと思うと、心に穴が空いたような気持ちになってしまいます。
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【参考】
光る君へ/公式サイト






