鶴屋がニヤニヤしながら『青楼美人合姿鏡』は売れないと言い切ります。
焦る西村屋は悔しがりながら、青楼美人のことを斬新だと認めておりますぜ。景色の中に女郎を入れるところがよい、と本の狙いを掴んでいる。
これはそうなんですね!
客にしても女郎については夜の姿しか知らんことが多いわけで、意外な一面を見せられればグッときまさぁ。
「私たちはハッとしますよ。でも、世の人はどうでしょう。タダなら喜んでもらいますよ。しかし、金を出すとなると、よほどの浮世絵好きか、吉原好きだけじゃないですかね」
鶴屋はそう分析します。うん、確かにそうかもしれません。
目新しさがわかるのは、その業界に長くいるからこそで、客にとっては関係のない話。
単純に料金のほうが大きい――と、なんだか物事の本質を突かれてしまい、はなから涙目になっちまった……毎週、古傷をほじくり返してくるわ。
売れない…マニア向けすぎた『青楼美人合姿鏡』
蔦屋では留四郎が『青楼美人合姿鏡』を勧めています。

勝川春章『青楼美人合姿鏡』/国立国会図書館蔵
しかし、職人風のお客二人組は買うまでには至らない。
次郎兵衛が「なかなか売れないねぇ」としみじみとしていると、蔦重が「まあ、そのうち評判が立って火がつきまさぁ」と語りますが、それはどうでしょうか……。
煙管をしまった蔦重は、忘八親父どもの元へ『細見』納品へと向かいます。
するとどういうわけか、そこには若木屋与八がおりました。
「珍しいっすね」と駿河屋に囁く蔦重。なんのかんので駿河屋も楽観的で「おめえの方を入れるって気になったんじゃねえか」と返します。
しかし、若木屋は腕組みしています。和やかではない敵対ポーズですね。この若木屋も、いかにも短気そうな江戸っ子ヅラしてやがる。いい面構えだな。
蔦重が『細見』を見せようとすると、そこで若木屋が割り込んできました。
「俺たちは耕書堂の『細見』は入れない。鱗形屋版を買うことにした」
丁子屋が了見をただすと、若木屋はお前らのやり方に乗らないと叛旗を翻しました。『雛形若菜』にも載せてもらいたいようで、市中の本屋と付き合うと宣言します。
大文字屋が「吉原モンは市中に出てくんなっつたんだぞ!」と語気を荒げる。
と、そういうヤツもいる、いちいち気にしてたらキリがねえと若木屋。
「人扱いされてねえんだぞ!」と反論する丁子屋に対しても「てめえらの都合ばっかで決めてんじゃねえ!」と強気です。
若木屋の、怒りを示しつつ、サッと立つ所作がえれぇイイですね~。これ、結構難易度高いんじゃねえかな。体幹がしっかりしていていい動きです。今年は所作が本当に粋だな。
「吉原はてめえらのもんじゃねえってんだよ!」
丁子屋が怒りながら「それだけ言いにきたのか!」と立ち上がって追いかけてゆく。階段落としでも狙ってんでしょうか。
しかし、桐屋も黙って立って若木屋についていく。
彼らはこのごろ付き合いが悪いと松葉屋も思っていたところ。あっちに取り込まれたってことかとりつが毒づくと、大文字屋が鼻息荒く蔦重に迫ります。
「重三! おめえ、献上本、売れまくってんだろうな!『雛形若菜』ぶっ潰せんだろうな!」
深刻な顔になる蔦重。この世のおしめぇみてぇなツラしてんな。
次郎兵衛が三味線を弾きつつ歌っております(接客しろよ!)。すると熱心に『青楼美人合姿鏡』を見ているレアキャラ・朋誠堂喜三二がおりやす。そろそろレギュラーかな。
「これ、作ったの、お前さん?」
興奮しまくって早口になってら。絶賛しています。蔦重は、よくいらしていて、どっかでお見かけしたことがあるようだと首を捻っている。
「まあ、どっかで会ってるんじゃないかな」
そういうと、褒め言葉を続ける。絵もいい。あの志津山が琴を弾くなんていい!
そう絶賛していると、稲荷ナビが解説。
こうしたマニアはいたものの、その後も一向に売れる兆しはねえってよ。
マニアにだけ売れるニッチなもん作ってんじゃねえよ!
忘八親父どもが三味線を習う場面へ。
ここで注目したいのが、りつ一人と、他の親父たちが向き合っているという点です。りつが師匠役で、親父たちが習っている構図です。
何気ないようで、実はなかなか大事。
実際、江戸時代は芸事の女性師匠がおりました。大奥や大名家で女中をして技術を身につけて、教えるような女性もいた。結婚願望が薄いからあえてこういう奉公をして、師匠として一生を終える女性もいたのです。
そういう社会だから、女性から習うことに抵抗がありません。
幕末に来日した外国人の中には「女性がこんなふうに生きていくこともあるのか!」と驚いた記録を残していることもあります。
残念なことに、明治政府は女性から契約権や経営権を取り上げ「無能力者」にしてしまった。朝ドラ『虎に翼』でヒロインの寅子が愕然としてた法体系になってしまいます。
忘八の中に、りつがいることはジェンダーから歴史を見るうえでも重要です。
女性経営者も存在したし、発言権では男性同様の重みがあると伝わってきます。今週はそんなりつが主導して仕切る回です。
「うるせえ、女は黙ってろ!」という価値観だったら、実は今回はプロットからして成立しないんですね。
『3ヶ月でマスターする江戸時代』のマスコット小江戸ちゃんもこう言っていますよ。
「歴史の常識はアップデートしなきゃ!」
ジェンダー観もね。
てなわけで、今年の大河は吉原を扱うというだけで避けていたら、今後大損こきますよ。
弦が切れると、大文字屋が蔦重にどうなってんのか!と詰め寄ります。
座敷じゃ献上本の話を聞かないねぇ、と松葉屋が言うと、蔦重が困った顔で答えます。
「まあ……値も張るので、気長に構えた方がいいかと」
「待てば売れるのか?」
「へえ! けど、いつまでもお待たせするのもなんですし……」
そうして献上本を持ってくる蔦重。
「こちらを馴染みのお客様にお配りいただき、実入りにつなげていただければ!」
扇屋は「これで借金なしにしろってことか?」と問い詰める。
「まあ……そうとも言いますかね」
忘八どもが、えれぇアップテンポで三味線を奏でる。『光る君へ』の琵琶ではこうはいかんのよ。
それにしても三味線が死亡フラグにしか聞こえません。案の定、次に響いたのは蔦重が階段から落とされる音でした。
菓子をぱくつきながら帳簿をめくっていた女将のふじも、蔦重の負傷に気づいて起こしにきます。
この辺はドラマの誇張はあります。
実際の蔦重は、ここまでギャンブル気質でもなく、手堅い売れ筋を狙っていたそうです。

蔦屋重三郎/wikipediaより引用
それにしてもマニア好みのものを作ると現実には大変ですよね。
『青楼美人合姿鏡』を歓喜して絶賛する朋誠堂喜三二なんてのは、ほとんど例外で、結局、本は全然売れていない。
鶴屋の「これは売れません」という言葉が、こちらの胸にも刺さりすぎて心から血が流れました。
『光る君へ』のときは、放送が終わるたびにかな書道好きの方と「行成が尊い」とか、「道長の悪筆再現度がすごい」とか、「文房四宝が垂涎ものだ」とか、「吉高さんはじめ、皆の筆の持ち方が素敵だ」とか、「宋人は持ち方が違う」とか、そういう楽しい書道トークしていました。
他にも、五節の舞姫があり、打毬、曲水の宴など文化描写も素敵でした。
ただ、その凄さが多くの視聴者には伝わっていないのかもしれない。過去のテレビ番組由来のものとか。そういうネタを拾うネットニュースが多いのですよ。
好みや知識は人それぞれだから仕方ないと思っていましたが、今年は浮世絵はじめ江戸文化じゃないですか。
平安時代よりもずっと我々に馴染みが深く、他にも江戸文化の再現シーンが見られて眼福眼福!
と、思っていたのですが、別にみんな、そこまで浮世絵好きじゃないんじゃないすかね?
ユニクロ浅草で入手した推し絵師アパレルを着ていても、好意的な反応をされた試しがねえ。せいぜいが、浮世絵美術館の受付くらいで気づいて笑顔になってもらったことくらいすかね。
マニア受けと一般受けは違うのに、そこを忘れちまうっていうか。
今年の大河は、日頃は一般社会に溶け込んでいるであろう浮世絵マニアが確認できて、ありがた山っすよ。
油断してっとよ「クールベの波と比べたら北斎とかさw」とか心ねえこと言う人いますもんね。
まさに今年の大河が、マニア向けっつーことなのかもしれねえ。
毎回毎回お宝どっさりだけども、わかんねえ人の方が多いのかもしれねえ。それでいいのか?っつーとよ……。
起死回生の策はあるのか?
安永5年(1776年)4月、8代吉宗公以来の日光社参が出立しました。
なんと48年ぶりだとか。
再現するのも大変だし、白眉毛こと松平武元が張り切っていた理由も見えてくる。
ああいう長老格は、こういうときに威張れるモンだからウキウキワクワクしちゃうもんね。
さて、そんな長い長い行列を、江戸っ子たちは集まって見物しています。
江戸っ子はフットワークが軽いので、売り物屋も出ておりやすぜ。小腹空くもんな。
黒船来航んときも、こういうノリだったんすよ。その後に「コロリ」こと「コレラ」が大流行しちまって、異人の遺骸由来だと噂が広まってゆく。で、顔面蒼白になっちまったと。
小さな冊子が写ります。家紋と大名家の対応表すね。
『武鑑』といいまして、江戸っ子はこれでどの武家であるのか把握します。これは浮世絵鑑賞でも重要で、特に江戸後期以降、【風刺画】の解読には必須です。

『安永三年 大名武鑑』須原屋茂兵衛安永3年(1774年)刊/wikipediaより引用
そしてこのイベントを見ていた大文字屋があることを閃いたそうです。
蔦重は、理解者である須原屋に失敗を語っています。
手元に残ったのは借金だけ――そうぼやくと、須原屋が驚いています。
親父から借りたと言うと、身内からだと安堵しています。これもね、盲人から借りたりすっと、えげつねえ取り立てされて、命に関わってくんのよ。
親父どもは身内でもきっちり取り立てると蔦重が嘆いていると、須原屋が肩を叩きながら勇気づけます。
「吉原をよ、もういっぺん憧れの場所に戻してえんだろ。一回(いっけえ)ぐらいのつまずきで、しょげることはねえじゃねえか」
いいこと言うねえ。
蔦重にしちゃ珍しく、次になにやりゃいいのかと暗い顔をしております。思い浮かばねえってよ。
しかし蔦重よ、金じゃ買えないモンも残ったぜ。あの本を絶賛していた朋誠堂喜三二っつうマニアは、蔦重のセンスを理解した。これが実にこのあと生きてくるんだよ!
するとそこへ留四郎が呼びに来ました。
俄で祭りをやろうじゃねえか!
大文字屋が“俄(にわか)”を祭りにしようぜ!と言い出しました。
吉原で小さく行われていたパフォーマンスのことで、いきなり「俄」に歌舞伎役者の真似事をさせるというもの。お座敷芸から始まった独特の遊びだそうです。
「女子供を招き寄せ、神田に負けぬ、祭りにするわいなぁ」
りつが実際に「俄」のような真似事をします。
「よっ、大黒屋!」
そんな声も掛かってますぜ。
蔦重が尋ねると、大文字屋はご社参で思いついたんだって説明します。
吉原最大のイベントは祭りってことで、親父どもは老若男女楽しめるものにすりゃ、吉原の評判もあがると命じてきます。

月岡芳年『月百姿 神事残月』/wikipediaより引用
冴えない顔をしている蔦重を引っ叩く大文字屋。祭りに客来りゃ本だって売れるだろ!と、蔦重へアピールします。
「違いまさぁ!」
浮かない顔をしていたかと思ったら、蔦重が粋な仕草で立たちあがり、こうきたぜ。
「すげえいいって思ったんですよ! 確かに祭りっていうのはいいですよ! 楽しそうだって! あっ、人が憧れまさぁ〜〜!」
テンションが上がり、歌舞伎の見得を切る蔦重を、大文字屋はむしろ落ち着かせようとします。
「でさ、その祭りの目玉に、馬面太夫を呼びたいんだよ」
りつがそう言う声は、少し甘ったるい。こりゃ、その馬面に惚れてんな。
「おお〜馬面太夫!」
調子よく答える蔦重に、馬面太夫との知り合いはいないか?と尋ねるりつ。どうやら蔦重の人脈を頼りたいそうで。
「わかりやした! で、馬面太夫ってのはどこのどなたで?」
「あんた、ほんとに江戸っ子なの!?」
りつが呆れるのも無理はありません。まァなんでしょ、今で言えば大谷翔平選手を知らねえみてぇなモンですかね。
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