抜刀術

るろうに剣心―剣客浪漫譚― カラー版 18・19/amazonより引用

この歴史漫画が熱い!

『るろうに剣心』倭刀術を徹底考察|ルーツは倭寇の日本刀なのか?

2025/07/09

今なお映画やアニメが放送されるなど、人気に衰えを感じさせない『るろうに剣心』。

多くのファンに支持される理由はいくつもあると思いますが、その中でも魅力的な要素が各キャラの剣術・必殺技でしょう。

そして数多の剣さばきがある中で、独特な存在感を放っているのが雪代縁(ゆきしろ えにし)の倭刀術。

一体それはどんなルーツの剣術なのか。

ネット上の『るろ剣』考察では、おおよそこんな説明がされています。

「中国に伝わった日本刀の使い方」

確かに字面からしても中国と日本の歴史に由来するものであることはイメージできますね。

しかし倭刀術は、スッキリと「◯◯である」と言い切ることのできない難しい存在であるとも思います。

それは中国における剣術の発達が、日本とは異なった経緯を辿ったことが影響しているからで、本稿ではその歴史的背景を考察してみたいと思います。

※『るろうに剣心 最終章』

 


近接戦闘武器が廃れていった中国

中国では、伝統的に「将が個人的武勇を自慢すること」はタブーでした。

項羽はこう言い残しています。

「剣は一人の敵、学ぶに足らず」

※剣術は所詮個人単位の戦闘、学ぶに値しない

『三国志』の曹操もまた、次のように厳命しております。

「個人武勇を自慢するような奴はバカでしかない。無能の極みなので、俺の配下でそういうアホがいたらいますぐやめろ!」

確かに彼の配下には、典韋や許褚のように個人の武勇が特徴的な人物もいます。

しかし、それはあくまで護衛任務のため。

張遼は騎兵運用、夏侯惇は誠意と堅実さ、夏侯淵は進軍速度が持ち味でした。

武勇を鍛える暇があるなら兵法書を読め――というのが曹操のスタンスであり、確かに若い頃は武芸鍛錬もしましたが、中年以降は『孫子』マニアでした。

一軍の将とは、あくまで集団戦での能力が重要であり、そうした事情は朝鮮半島でも同様。

東アジアでは、個人的武勇が讃えられる日本が例外的なのであります。

笠懸/wikipediaより引用

ただし、そうは言ってもフィクションとなると話は別です。

日本にせよ、中国にせよ、個人の戦闘力がなければストーリーは盛り上がらない。

中国を舞台にしたフィクションは、当時の武器トレンドが反映されています。

例えば「日本刀」が最初に大陸へ伝播した宋代――そんな時代を舞台としたフィクションの代表的存在に『水滸伝』があります。

彼らにとって日本刀サイズの剣は主役ではありません。百八星、しかも人気者が持つ武器は長柄のものが多い。

長柄とは、リーチが長い武器のことであり……槍、そして「刀」……と言っても日本で言うところの「長刀」のような形状、ハルバード型のものが主流です。

 


演武としての型と実戦での使用は別の話

中国刀剣の分類は「刃の形状」で区分されますが、刀剣は早い段階で実戦武器としてはあまり使われなくなっていました。

地形や戦闘術、騎兵運用の影響もあり、片手武器を手にした近接戦闘そのものが下火となったのです。

そもそも、刃こぼれしたり折れやすい刃物を使うより、敵を鈍器で殴る方がコスパもいいんですね。

明代に成立した『三国志演義』の関羽や張飛も、長柄武器を使っています。

あれは彼らが生きていた当時のものというよりも、明代の「カッコいい武器」であるとご理解ください。

中国武術にも、刀剣の型はあります。

しかし、演武としての型と実戦での使用は別の話。

2012年大河ドラマ『平清盛』では、宋から輸入された剣を主役が愛用しておりました。

斬首ができるあの形状の剣が、当時の宋にあったとは想定できません。処刑人の持つものとは異なります。

それ以前に、日宋貿易の主要輸出品に刀剣があります。

つまり清盛が日宋貿易をするならば、買う側ではなく売る側。どうせなら日本刀で敵兵を切り伏せ「ご覧ください、我らが刀剣!」というべきところ。

日宋貿易を強調したいにせよ、不正確な設定でした。

 

明軍、日本刀の威力に度肝を抜かれる

そんな宋から時代が下り、明の時代も半ばを過ぎた頃――。

明では厳しい海禁政策をとっており、大っぴらに海外貿易ができない状態でした。

これは他国から見ると非常にもどかしい状況です。当時の明は世界史的に見ても豊かでよいものが揃っており、どうしても交易を持ちたい相手でした。そこで……。

「明と貿易できたらいいよな〜でも禁止されているんだよな〜」

「じゃあ非合法で!」

そんな思惑を持つ多国籍アウトロー集団が生まれます。

ご存知【倭寇】です。

構成員の中に日本ルーツ以外のメンバーも含まれることから、捏造だのなんだの指摘されたりもする倭寇ですが、実は、この倭寇こそが

「日本刀の恐ろしさを明に知らしめた」

と言えます。

なぜか?

馬に乗ったり、屋外で戦うとき、有利となるのはリーチの長い武器であり、前述のように中国ではそうした武具が好まれてきました。

一方の日本刀はどうか。

間合いのある馬上や地上戦では確かに不利です。

しかし、船上のような狭い空間での戦闘となると状況は一変、日本刀は圧倒的に強くなります。

そんな倭寇の近接戦闘に脅威を感じた明の名将・戚継光(せきけいこう)は悩み、

戚継光/wikipediaより引用

こう語り残しました。

「長柄武器はスピードで負けるし、かといって近接戦闘したら勝負にならん! そもそもあいつら、なぜ剣で人体を両断なんてコトができるんだ!」

片手武器である刀も剣も、型として残っている程度だった中国。

なにも彼らが油断したわけではなく、携帯できる刃物を実践に使うことそのものが珍しいのです。

帯剣は、あくまでステータスシンボルでしかない。

本人が抜いて戦うようなことは極力避けるのが現実的な対処法でした。

この、規格外に強い日本刀の威力は、剣心が活躍した幕末期にも発揮されております。世界史的に見て、かなり異色の武器だったのです。

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日本刀による戦闘というのは、明の将兵にとっては想定外を通り越して、もはやわけがわかならいものでした。

こうなると、もう中国の戦闘術で抵抗できない――それを悟った戚継光は、こう考えました。

敵を知り己を知れば百戦殆うからず。

倭寇の戦闘術を学ぶしかない!

明軍は「影流」目録の入手に成功し、倭刀(=倭刀)の製造を始めました。こうして実践的にまとめられた戦闘術は、後に『武備志』の項目にもまとめられます。

※『ゴッド・オブ・ウォー』は戚継光が主人公です

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雪代縁を想定していると、

「ああ、大陸由来の柔軟性を取り入れたんだな……」

というような想像をします。

けれども、目の前に敵の迫る戚継光に時間的な余裕はありません。

そこで編み出された技術の一例として、こんな技があります。

「刀を抜けない? 確かに抜きにくいな。ならばペアで行動するのだ。互いに刀を抜きあえばいい!」

あくまで軍隊での運用ですので、チームでの連携を目指し、運用されていたのです。

なお、戚継光が研究開発した武器や戦闘術は

「戚家刀」および「戚家刀法」

と呼ばれています。

清代になると、倭寇は消え去り、徳川幕府と合法貿易をするようになりました。

しかし、日本刀を想定した剣術=倭刀術は武術として残ります。

清代のベストセラーに『児女英雄伝』があります。

美少女戦士=女侠が暴れる、日本人でもよくわかる世界観のお話。このヒロイン・十三妹は倭刀術使い設定です。

 

ちなみに、両手で扱う中国の刀術としては、民国時代からの「苗刀」があります。

いくつか起源がある中で「倭刀」ルーツという説も。確かに、実際の演舞を見ると、納得ができるところではあります。

※『修羅:黒衣の反逆』には倭刀術を使う剣客が出てきます

倭刀術にせよ。戚家刀法にせよ。苗刀にせよ。

ルーツが日本であろうと、中国で工夫が凝らされた武器およびその運用となります。

 


雪代縁の倭刀術を武侠観点から見る

そういうルーツを踏まえ、では縁の「倭刀術」はどうなのか?という話ですが。

これがよくわからない……。

そこは実際の武術ではないし、そもそもが独学です。

少年漫画や当時流行していた格闘ゲーム的な何か――ということで理解する他ないように思われます。

剣心側の剣術だって、実際の武術と関係がどこまであるのかわかりませんし、斎藤一の「牙突」は実際の武術よりもむしろSNK由来ではありませんか?

武術としてどうなのかを追求することはあまり意味がないにせよ、ここは中国の人気ジャンル・武侠用語に目を向けたい。

倭刀による攻撃!

→「外功(がいこう)」

後述する内功と対比する。身のこなし、武器攻撃。

大陸由来のしなやかな体術!

→「軽功(けいこう)」

ワイヤーアクションの動きは、これを再現するもの。

そして狂経脈!

→「内功(ないこう)」

精神状態、健康状態、呼吸法の鍛錬等によって、人間の内側から力を引き出す!

和月先生本人がどこまで意識していたか不明ながら、武侠用語で説明がつきそうなのです。

それよりも何よりも、姉を奪った剣心の憎悪が大きいことはいうまでもない話でしょう。

剣心への怨恨に、大陸というミステリアスさを加えたキャラクターが、雪代縁です。

 

雪代縁の大陸浪人感

雪代縁は、なかなか因縁がある人物です。

姉である巴のことは言うまでもなく、文化背景としての要素に注目したい。

縁は、日本人が明治以降イメージする中国像の反映とも言えます。

・縁の背景にある上海黒社会って?

租界――ミステリアスな上海像がそこにはあります。

中国社会のアウトローを独自なものとする話もよく見かけますが、人間の社会が形成されていく過程で、そういう集団はつきものです。

日本でも、ヤクザをヒーローとして喝采を送る「任侠もの」の長い伝統がありました。

かつての任侠ものと、実録暴力団の境目や認識の変容によって、見方も変わってゆく。

まとめてしまうと、縁の背景にある黒社会は、史実由来というよりもイメージ由来であるとは思えます。そこは突っ込んでも仕方ないでしょう。

・大陸浪人浪漫

戦前の日本人には「そうだ、大陸に行こう!」という“ざっくり浪漫”がありました。

日本が単一国家であるという認識は、実は戦後のもの。

かつては民族的に同じだから、中国大陸や朝鮮半島、台湾に進出してもよいという考え方がありました。

・清にとって日本が目標だった時代

明治維新以降、改革をめざす清人の間で維新志士は憧れのロールモデルとなりました。

「明治維新のように、我々も国を改革しなければ。よし、日本に学んでみようじゃないか!」

そんな夢に胸を膨らませた清からの留学生が日本で学びます。

魯迅の『藤野先生』は日中間交流を描いた傑作。留学生の一人・梁啓超(りょうけいちょう)は、武士道に感銘を受け、さらに押川春浪の小説タイトルに目覚めます。

梁啓超/wikipediaより引用

「武侠!」

日中間で「なんかわかりあえる何かがある!」という交流が生まれていった。

実は明治時代にはエンタメビッグバンもあったんですね。

こうした中国大陸への浪漫と日中関係は、苦い決裂を迎えます。

満洲国がらみで日中戦争、そして第二次世界大戦敗北を経て、苦い終焉を迎えたのです。

 

20世記、そして21世紀の日中エンタメ交流へ

『るろ剣』映画版は、迫力あるアクションでも高評価を得ています。

これが、日中エンタメ交流の結晶と言えるものであり、アクションを指導する谷垣健治さんの功績です。

一体どういうことか?

ここで少し日本人とカンフー映画の歴史を振り返ってみましょう。

1970年代、世界的なブルース・リー旋風が起こりました。日本中のどこかで少年がヌンチャクを振り回していた時代です。

 

そうした時代、日本から香港映画界に飛び込み、美形悪役武打星(カンフースター)として有名になった俳優に、倉田保昭さんがおりました。

倉田さんとブルース・リーは、武術の話題で盛り上がります。

そのうち沖縄の古武術の話題になり「ヌンチャク」の話となり、倉田さんが実物を持ってきているというと、ブルース・リーはそれを使ったアクションをしてみたいと持ちかけます。

……ん?

ここで引っかかりませんか?

ブルース・リーのヌンチャクを紹介したのって、日本人の倉田さんだったのか! 倉田さん本人のお話ですと、そうなります。

沖縄古武術の武器を、日本人の倉田さんが香港映画スターのブルース・リーに紹介し、世界的大ブームとなる。

そこにはダイナミックな交流があったのです。

しかし、ブルース・リーブームが巻き起こったあと、当人はあまりに早い人生を終えてしまいます。

偉大なスターの出現の後、空白期間が続きました。

彼にそっくりなカンフースターによる映画や、日本人がやたらと惨殺されるお約束の映画があったものの、大ヒットには至りません。

そんな香港映画界に登場したのが、ジャッキー・チェンです。

70年代末にデビューを飾った彼は、80年代に大きく開花。

コミカルで、愛嬌があり、70年代のシリアス路線とは異なる個性を持ち、それでいてアクションは迫力満点!

これまた日本中の子どもたちがジャッキーに夢中になる時代となったのです。

※『プロジェクトA』の歌で強くなれる気がした時代

そんな時代の少年の中に、谷垣健治さんがおりました。

香港映画の世界に飛び込みたい!

谷垣さんは香港へ向かい、やられ役やエキストラもこなしながら、カンフー映画のアクションを吸収。

“宇宙最強”のキャッチフレーズで知られるドニー・イェンに重用され、まるで義兄弟のように彼のアクションを支える日々が訪れます。

※ドニー・イェン主演、谷垣さんも出演!『捜査官X』

日中のアクションとエンタメの交流の結実です。

……と、ここへきて何ですが、『るろ剣』実写版には、その宿命的な課題もあるように思えるのです。

香港映画発のワイヤーアクションは、1990年代のツイ・ハーク(徐克)監督のものが斬新で、一時代を築いた感があります。

ジェット・リーの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズや、東方不敗が有名な『スウォーズマン』シリーズが代表作です。

 

そうした香港発の流れが『マトリックス』シリーズで印象的に結実。

2000年代はともかくワイヤーアクションでないと話にならないような時代になってゆきます。

 

それまで渋い映画を手がけてきた張芸謀が、ワイヤーアクションを前面に押し出した『HERO 英雄』や『LOVERS 十面埋伏』を手掛ける。

『グリーン・デスティニー』が世界的に話題になる。

 

コメディ映画を得意とするチャウ・シンチーの『少林サッカー』と『カンフーハッスル』は、ギャグとワイヤーアクションと武侠要素を結合させ、日本でも話題をさらいました。

 

ただ、冷静になって考えてみると、そんな2000年代からも既にかなりの年月が流れたわけです。

2010年代も後半となると、ワイヤーで飛ばすアクションは減少傾向を辿ります。

中国語圏でも、武侠もの以外の史実に即したものであると、使われなくなってゆく。アクセントとして使用されることはあってもあくまで技術の一種として扱われています。

ワイヤーアクションは、武侠小説の「軽功」を再現する技術として優れたものがあり、武侠の世界観をいかにして実写化するかを課題として発展。

当然のことながら、実際の武術でああいう動きができるというわけでもありません。

ゆえに、日本の武術と必ずしも相性がよろしくないのです。

・実際の武術にはない動きをする

・日本の伝統的な衣装、剣心が着用している袴で再現すると、見映えがよくないこともある

・重々しい動きと相性が悪い

漫画として見て、剣心の動きを再現するのであれば、文句は全くありません。

しかし、原作年代であれば斬新だった要素が、2020年代になって見返すとちょっと周回遅れになりつつあると思えてくるのも確かです。

2020年代は、歴史ものの武術アクションの流行も変わりました。

1970年代までの、古武術由来のものを取り戻す傾向を感じます。

倭刀術にせよ、戚家刀法にせよ、映像化の際には、明代の書物からの型を再現することを重視するようになっております。

そうなると、映像化された雪代縁の倭刀術は、リアリティがないように思えてしまう。

もちろんこれは演出する側の問題でも、演じる側のせいでもありません。

時代が常に変化しているだけのことです。

『るろ剣』実写版の辛いところは、連載期間と実写化の年数が開きすぎた点だと思えます。

キャラクターデザインをとっても、連載当時にあったSNKの影響、ファッションセンスがどうしても反映されてしまう。明治時代ではなく、1990年代という平成時代の古さが出てきてしまいます。

人物設定やセリフ回しも、なまじアウトプット量が多い原作だけに、どうしたって目についてしまう。

漫画由来だと許される範囲も、近年変わってきております。

1990年代と比較すると、時代考証面をより厳密にする漫画作品が増えてきました。

アクションにしても、格闘ゲームや無双系ゲームのような爽快感よりも、実践的な動きを重視するようになってきている。1970年代までに回帰してきた、そんな殺陣の作品も増えてきております。

※詠春拳本来の動きに回帰した『イップ・マン』シリーズ

『るろ剣』の世界にある空気は、明治ではなく平成のものであること。

令和になってから実写映画やミュージカルのニュースをみていると、どうしてもそのあたりを感じてしまいます。

作品そのものの問題というよりも、時代の変化ですね。

それはまるで慶応年間の新選組史を追うような侘しさも感じてしまうのでした。


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【参考】
和月伸宏『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚―カラー版19巻』(→amazon
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和月伸宏『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚・北海道編―』(→amazon
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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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