天文17年(1548年)――。
前回出てきた竹千代が、徳川家康として幕府を開くまで、半世紀以上前のこと。
美濃国では明智十兵衛光秀(明智光秀)が、主・斎藤利政(斎藤道三)に鉄砲の説明をしております。
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史実の明智光秀はドラマのような生涯を駆け抜けたのか?本能寺までの足跡を辿る
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鉄砲を得る理由が知りたい
「巣口から玉薬と玉を込めます。火縄に火をつけ、挟み……こちらを今少し、頬に当てます」
「こうか」
「そうです。もそっと右に向けます。ああ、行き過ぎです。左様、では、指をお引きください」
細かい火縄銃射撃。注目は頬に当てるところでしょうか。頬に当てるタイプは狩猟目的であり、命中率が高くなります。
欧州のマスケット銃は、肩に乗せてともかく撃ち、弾幕を作るタイプが主流でした。猟銃タイプが伝わったため、命中率を考慮できるようになった日本の状況があります。
「うむ、わかったこうだな。よし、引けばよいのだな」
利政が引き金を引くと、水甕が破裂しながら吹っ飛びます。
「みよ、よう当たった、はははっ!」
「はい、お見事でございます」
利政は一瞬はしゃいでから、疑念を呈しはじめます。
利政と光秀が気になるところ
利政:将軍家が手に入れている。確かに高威力だ
光秀:ええ、弓矢よりそうではあります。しかし、装填を考えたら実戦向きではありません。玉薬も玉も、堺でしか入手できない。
光秀:これを戦道具として入手しているとは考えられません……
利政:でも遊び道具とは思えぬ。何故、京の公方様がご執心なのか? それが知りたいものだ
整理しましょう。
得られた断片的な材料から、一番説得力のあるシナリオを形成する。これが大事です。
光秀と話しているとそれができるからこそ、利政はじめ周囲は側におきたい。光秀と話していると、アイデアが生まれるのです。
シャーロック・ホームズは、単独で考えることは当然できます。けれども、ジョン・ワトソンと会話することで推理がより深まってゆく。
鉄砲の状況
Where(どこ):本能寺
Who(誰が):足利義輝
What(何を):鉄砲
How(どうやって):???
Why(なぜ):???
まずは将軍家が鉄砲をどうしたいか――動機の解明だ。利政はそう考えました。
「何故?」
そう、何故。ここを探れば、様々なことがもっとわかりやすくなるはず。
そして光秀は、そこを考える人物です。
伊平次という鍛治
光秀は、明智荘の自宅に戻りました。そして鉄砲の構造を書き写しています。
「う〜ん」
熱心に見る。その上で考えています。
確かに装填時間という欠点はある。次の玉を込めているうちに攻められたらどうしようもない。それではそこを改善できないか。そう考えているらしいことが明かされてゆきます。
どんっ!
鉄砲を構えていると、そこへ藤田伝吾がやって来ました。
「おおおっ!」
銃口を見ただけで怯える伝吾。ここも大事だと思います。第一回では、誰も鉄砲のことを知らなかった。ゆえに、変な棒程度だと思い、決して怯えたりはしませんでした。
人というのは、知識で判断をくだすもの。正体がわからなければ、警戒すらしない。知識が身を守り、人の反応を変えます。
「お呼びでございますか」
驚きながらも、伝吾はやっとこう言います。光秀は、火縄銃を分解して中を見たいと言い出します。装填速度向上を考えているのです。
うーん、光秀は優秀!
今の職場にいても役立つはず。発想が柔軟でアイデアがあるんですね。
光秀は、関の刀鍛冶と親交がある伝吾を呼び出しました。
関は今も刃物が名物です。目の付け所がよいんですね。
隣家のよし三は、孫六の弟子であったはず。刀鍛冶なら分解くらいできるはずだと光秀が見立てると、伝吾が鉄砲の噂を聞いたと言います。
伝吾の聞いた話
以前、ここのちかくにいた伊平次。酒癖が悪く、粗暴で酒を飲んでは喧嘩をしていた。
刀鍛冶になると関に行ったものの、長続きしない。それで近江・国友村へ流れた。
そこで今、京のある筋から頼まれ、鉄砲を修理しているとか、作っているとか。
これは噂でしかないとよし三は申すのですが……。真偽のほどが不明なので、黙っていました。
光秀はここでハッとしています。
「伊平次だな!」
まるでRPG、クエスト開始でベタだな〜と楽しみにしても面白いとは思いますが、情報精度として、結構いいネタではあるのです。
もしも伝吾の話に整合性矛盾があれば、光秀もホイホイ出立しない。
九州ならば遠すぎて行けない。
かといって、あまりにできすぎていては罠かもしれない。
光秀なりに考えて、これはありだと思ったのです。
駒の思い
そのころ、明智荘に駒が向かっていきます。
あとを追う菊丸は、早いと文句を言う。それでも駒は、菊丸が遅いと取り合わない。菊丸は昨夜首を寝違えて痛いそうですが。
ついてこなければよかったでしょ。そう言う駒に、一人では危ないと菊丸は引き下がります。東庵が一人で危ないと言っていたそうです。
駒は、明智荘に言って光秀と牧の方に挨拶すれば一日で戻れると強気です。
ところが、光秀は近江国へ出かけてしまった。来るとわかっていたらお知らせしたと、牧は気遣っております。
「まあ、京へお帰りになるの」
そう気づく牧。東庵も終わりから戻ったからには、明日には発つとか。それで挨拶に来たと聞き、牧は丁寧だとお礼を言うのでした。
「十兵衛様はいつお戻りに?」
「三日のうちにとは申しておりました」
牧はあがってゆくよう勧めます。お城には夕暮れまでに戻ればよいと言うのです。
それでも駒は、いろいろと片付けものもあると言い、暇乞いをするのでした。
駒は諦め、戻るしかない。
そこで彼女の口から本音が出ます。
「私、本当は、京へ戻りたくないのです。戦ばかりで、身よりは東庵先生だけで、親も兄弟も……。ここにたほうが、よほどここにいた方が……」
「ここも戦ばかりですよ」
牧はそう返します。
あれほど慈悲深い牧がそう突き放す。そんな乱世が憎く、悲しいと思えてしまいます。
そのころ菊丸は、子どもに差し出された柿を懐に入れています。こういう平和な暮らしを、戦は破壊する。
菊丸は「思ったより早い」と意外そう。
十兵衛様にお会いになれたかと聞かれ、近江に行かれたと駒は言います。
「えーっ、じゃあお会いにならないまま?」
もう二度と会えないかもしれないのに、どうして近江などに行くかな〜。そうこぼす菊丸。
駒は己に言い聞かせるように言います。
「しかたない しかたない。またお会いできる。いつか……」
おっ、本作はちょっと古典的でいいなぁ。吉川英治『宮本武蔵』における武蔵とお通のように、会えるようで会えない二人はロマンの定番でしたもんね。
国友村では見つからない
琵琶湖の北にある国友村に、光秀は到着しました。
光秀はぬかりなく、関の孫六の紹介状を見せます。そういうものがないと怪しい者として扱われかねない。刀鍛冶も、遠路遥々来ていただいて丁寧ではあるのです。
しかし、火縄銃のことは「口止めされている」としてそっけない。
そのような御沙汰はどこからかと光秀が聞くと、将軍家からだと返されます。
乱世ですけれども。将軍権力が盤石であれば、この時点で光秀は引っ込む。ほら、水戸黄門の印籠ですよ。印籠そのものに殺傷力はまるでありませんが、将軍家の御威光あればこそああいうことになる。
「では仕事に戻りますゆえ、これで」
そう打ち切られそうになって、光秀は関から参った伊平次に会わせて欲しいと粘ると、これも断られる。
仕方なく外へ出ると、若い刀鍛冶に声をかけられました。
「伊平次の居場所、よろしければお教えいたします」
光秀が情報量を渡すと、もっと要求されます。マネーは口を割るのよ。
「伊平次はここにはおりませぬ。本能寺に行けば会えるやも……」
光秀の旅は終わらない。
一旦稲葉山城まで戻り、利政に報告です。
光秀も少し成長がある。
日程と旅費交渉、そして全額出すよう言い切ります。借金のせいで「侍大将ぉ!」と叫ぶのはもう卒業したんだ。
荒れ果てた都で
はい、ここで当時の京情勢。
天文年間『京の歩き方』
◆治安?
最悪です。公家、僧侶、そして将軍まで逃げるほどの戦乱が発生しています。この苦しそうな民の顔をご覧ください。
◆将軍は?
近江より帰還しましたが、不安定です。
◆勢力図は?
細川晴元、三好長慶とその家臣・松永久秀、そして将軍家の三つ巴状態。最悪です。ちなみにこの群雄はセリフもなく一瞬の出番だった方もおりますが、素晴らしい風格がありました。
京都へ来て、目的地の本能寺に到着する光秀。中へ入ろうにも、お侍だらけで、公方様――足利義輝様がいるようだと制止されてしまいます。
そして気品と力強さを持ち合わせた武家が光秀の鉄砲を見咎める。
「背に負うているのは鉄砲か」
公方様の護衛を担当する彼からすれば、武器持ち込みの時点でありえない。怪しいものがあれば処断せよと言われておる。そう目をギラつかせています。
彼からすれば、光秀が鉄砲を買えるほど金があるようには思えません。言われてみれば怪しい……刺客か! 鉄砲を渡せと言われ、光秀は理不尽だと反発します。
「理不尽を通すぞ」
抜刀する武士。
悲鳴が上がり、別の武士もそうしますが、ここでこれですよ。
「手出しは無用」
あっ、なんだか久々に聞いた気がする。そうなんだ、こういうセリフが聞きたかったぞ!
ここの殺陣。もうこれだけで日本の時代劇の存続を見たようでうれしくはあった。すり足をして、ジリジリと接近し、かつリーチを詰める動きをする。
もっさりしているという評価もたまに見かける殺陣ですが、1970年代あたりの改良版、重たく「実際の武術」をふまえた動きなのだと思います。
チャリーンチャリーンと鍔迫り合いをする殺陣って、迫力はあるけれどもリアリティの欠如がある。刀同士って、なまじ研いでいるから、ぶつけると割と簡単に破損するのです。
一昨年、薩摩自顕流の動きが全然なってなくて、どちゃくそ文句を書いた記憶があるんです。一方でVODの歴史ドラマ『MAGI』では、この手の所作が素晴らしくて優秀なスタッフを引き抜かれたのか?と絶望感すら覚えていた。
けれども、一皮向けて新機軸を追い求めているとわかる殺陣が見られている!
やっぱりここは、『柳生一族の陰謀』リメイク版に期待するしかないな!
※身体能力高い役者さんが揃っていることですし
花の如き公方様
殺陣をうだうだと褒めるのも、このへんにしまして。
「藤孝、やめい」
そう馬上から声を掛けたのが、公方様です。その途端、光秀はじめ皆ひれ伏す。光秀の驚いている顔からして、相手の醸し出す何かがわかるのです。
で、その相手です。
「おおー、公方様じゃ!」
「公方様!」
なんだろう……この、柳や藤が風に揺れるような、ゆらりゆらりとした動きは。馬の上にいると言えば、それはそうなのだけれども。
そこにいるだけで、周囲まで圧倒するような。威圧感よりも気品がある。すごい向井理さんだ!
「みごとな太刀捌きじゃ。鹿島の太刀と見たが、そうか? やはりそうか。我が師の太刀筋とよう似ておる。藤孝、そなたと同じ流派。仲間同士で斬り合うのはやめておけ」
一眼で太刀筋を見破る。これぞ、剣豪将軍の所以ではある。
流派:鹿島新當流
師匠:塚原卜伝
けれども、それはそれとして悲しいものはある。こんなに風雅な将軍が、個人武芸を磨くなんて異常な話ではある。そういうことは、護衛がやればいいんです。こんなの、将のすべきことじゃない。
謀を帷幄の中に運らし、勝つことを千里の外に決す――。
本来、幕の内側で作戦を考えていればよろしい。斎藤利政がそうだったのに。
どうして将軍自らが戦う?
こんなに優雅な方が?
身分秩序の乱れを感じる。
織田信秀のような者が、つまらないと言いながら蹴鞠をし、和歌を学ぶ。そして将軍が剣術を学ぶとは。鉄砲の時代になるのに、剣術か……。
なんだかこう、乱世が悲しい。
太平の世なのに、同じ流派どころか親子同士がとんでもないことになる。そんな『柳生一族の陰謀』にも期待しましょうか。
ここで、堺で見かけた三淵藤英の姿に、光秀は気づきます。
三淵藤英と細川藤孝は兄弟
藤英から、あの武士の素性が聞かされます。
この人はとんでもない。才能がありすぎて、もう意味がわかりません。
演じる眞島秀和さんも大変です。この役をこなせたら、彼が好きだという幕末の鬼玄蕃こと酒井玄蕃もきっとできますよ!
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兄として、弟が公方を守るため気が立っていたと謝る藤英。
藤孝は怪力の持ち主でもあることですし、その短気な父親の血が濃くなって嫡男に出てしまい、大変なことになるわけですが。秋あたりには、彼も出てくることでしょう。
武術の腕前も抜群、そんな藤孝は正直に言います。
同じ流派ゆえ、腕前はすぐにわかった。斬られるかと思った。すると光秀が、私も危なかったと返します。
「嘘でしょう、余裕しゃくしゃくでしたよ」
そう返す藤孝はいい人のように思える。もう現時点で、光秀との相性の良さが出ている気がする。眞島さんは役柄の気品と豪快さをきっちり出してきています。
それ(鉄砲)は京で持ち歩かぬ方がよいと助言されたうえで、藤英は弟のことを語ります。
武術が好きで、それゆえ公方様に似ていてお気に入りになったのだと。
本当に皮肉なんだよなぁ……また繰り返します。信秀とその家臣が蹴鞠をしているのに、将軍は剣術に夢中だなんて。
民なくして、この世はない
藤英は、光秀の鉄砲入手ルートを確認してきます。堺で入手し、松永久秀に頼んだのだと見抜いているのです。
第一回からの情勢が動きましたね。
鉄砲そのものは変わらない。けれども、価値は変わったということです。
藤英はあの時点で鉄砲入手に乗り気ではなかったし、久秀もプレゼントするくらいですから、そこまで惜しんでもいなかった。
ところが京がこうも動けば、近江・国友村、そして美濃にも情報は伝わる。尾張の織田にも、駿河の今川にも。こういう情報が結構大事なことだと思う。
私は細かいところに変なツッコミをして、めんどくさい奴だとさんざん言われます。
けれども、何か大きな動きがあれば、その余波は細部にまで出てくる。エキストラの動きが変だとか、小道具の作り方がおかしいとか。セリフに何かおかしなところが出てくるとか。
ドラマだと、そういう細かなところに何かヒントがあったりする。だから見逃せなくなってしまうのです。
そんな最中、今日、藤英が久秀に会いに行くという。
鉄砲のお礼を申し上げたいと光秀が伝えると、ぞの場所が本能寺であり美濃の伊平次に会わねばならないと言い出すのです。藤英も捜索しているのに、とんと居場所が分からないらしい。
そして藤英が衝撃的なことを言い出す。伊平次は先月まではいたものの、今は行方不明――。
生きているのか、死んでいるのか、はたまた監禁でもされているとか?
きな臭い。
と、同時に大事なことも考えてみましょう。
本作は、架空の人物に時間を割きすぎで、大河視聴者は英雄の【史実】だけを見たいという分析が出てきました。
果たして史実とは何を意味するのか?
どんな英雄だろうと、無名の民の協力がなければ生きてはゆけない。そんなことは当然であり、長らく受け入れられてきたことでもあるのです。前回書いたように【廟堂】(為政者)と【江湖】(民衆)の対比が描かれるからには、それなくしてドラマは成立しません。
本作へ不満のある方が何十年前の大河を理想としているのか不明ですが、世界的には、そういう要素を描くことが主流となっております。
ハリウッドが、信長でなく、弥助で映画を作る理由を考えてみると良さそうです。逆に、その発想についていけなければ、残念ながら2020年代のコンテンツに追随できるかあやしまれるところではあります。
NHK側は、おそらく気付いているでしょう。それに今降って湧いたことでもない。民あっての為政者だということは、古来より世の常として認識されてきたことなのです。
架空の人物の出番を削るテコ入れをすれば、作品そのものが死にかねません。むろん、ここまで考え抜かれた作品が、そんな愚かな手を使うことはないと信じたい。
菊丸の正体を探るニュースも、根底にはこういう【江湖】軽視を感じます。
民が民として生きて、それがつまらないって? そういう認識そのものが、世の乱れのようで気が重たくなるのです。
松永久秀の陣所
かくして、藤英が久秀の陣所へ向かうのですが、これも皮肉です。公方様の家来が出向くのです。本来呼びつけるべき側でしょう。
警護の者も、見るからに気品あふれる藤英に絡む。どこの三淵じゃ。そう誰何するほど。足利義輝に仕えていると聞いても、挑むような態度を崩さない。
それに本作の恐ろしいところって、気品の演じ分けがこういう無名の人物にもあるところなのです。公方様周辺の佇まいと比較すると、荒々しくて品がない。でも、エネルギーが放射しているようではある。
あの藤の花のような公方様は、この荒々しい力の前でどれほど抵抗できるのか?
どうしたって、そこは不吉なものを覚える。歴史を知っているからではなくて、見ていて圧倒されてしまうのです。
「今、我が殿は、多忙につき誰にも会えぬ!」
そう言い切られ、約束があると藤英は粘ります。そして強引に、奥へと進みます。
「うわーっ、熱い、熱い! あーっ!」
「松永殿……」
「もうよい、火を消せ!」
と、久秀はなんだか爆発しそうな声をあげております。お灸を据えられております。何お茶目さん全開してんのよ。
ついでに言いますと、当時のお灸は今のものよりはるかにワイルドだからさ。これはつらいと思う。
「はあよい、下がれ下がれ。これはこれは三淵様、見苦しいところをご覧に入れて失礼しました」
うん、大河のテコ入れに女優ヌード期待飛ばし記事は定番ですが。吉田鋼太郎さんの半裸を先に投入するって、本作は渋いですね。需要は知りません。どうでもいいです。
なんでも、久秀はしゃっくりが二日間止められなかったそうです。熱い目にあえば止まると誰かが申したがゆえに、試してみたって。
うーん。本作って漢方医学が好きな人にはたまらないな。漢方におけるしゃっくりとは、体の冷えが原因なのです。
これも本作のぬかりのなさでして。寒暖も、この世界を構成する陰陽です。
どちらか一方が強くなると、不具合が起こる。この場合はしゃっくり。だから熱くする。なんなんだ、いちいち設定が細かい!
久秀は、ここで連れの光秀に気付きます。堺で鉄砲の世話をしていただいたとお礼を言う光秀。
「あー、美濃の若い衆!」
そう笑い飛ばす久秀は、紛れもなく陽気です。
藤英が冷静な陰性であるだけに、対照がなんとも見事で、もう、毎回精緻な織物を見ているような気分だ。ここでの久秀の衣装も斬新。
久秀は、どうしてこの若い衆がここにいるのかと尋ねます。
出会った場所:本能寺
若い衆の目的:伊平次捜索
この二点を確認して、久秀ははしゃぐ。崇拝する斎藤山城守(利政)も鉄砲に目をつけたと察知し、うれしそうではあるのです。
そして久秀と藤英の鉄砲入手への魂胆が語られる。利政の求めた「何故」の答え合わせですね。
細川晴元にせよ、三好長慶にせよ、今度の戦では鉄砲を使うと息巻いてはいる。しかし、義輝はそうではない。戦に鉄砲を使うつもりはない。
そもそも誰を相手に戦をするのです?
そう問いかけられ、久秀は細川晴元だと即答します。
藤英が、公方様は細川晴元様を敵とは思っていないと否定しても、しらじらしいと久秀は笑い飛ばす。
今はそうだろうと、昨年、京都を血で血を洗う争いをしたばかり。
「それがしも、そなたの家臣に大分命を狙われた……」
久秀がそう凄むのが格好よろしい。もう一人、思い出したいのは利政の暗殺テクニックですね(標的:土岐頼純)。罠にはめて呼び出し、毒殺とは実に理想的です。
闇雲に刺客を放っても、成功率はそこまで高くないのよ! そこは考えんと! やはり、令和のビジネスパーソンはこういうところを大河から学びたいものですね。
藤英はそれでも粘る。所有を100丁上限にして、互いに持てばよろしい。
左様な数合わせには同意しかねる。そう久秀はつっぱねる。
藤英は、今日は明智殿もおいでだし、また出直しましょうと帰ってゆきます。
「改めて申し上げておくが、私はもう二度と京の都で戦をするつもりはない……今の穏やかな暮らしを長く続けたい。それだけです」
藤英はそう念押ししますが、これも結構な怖い伏線かもしれない。
こういう暗黙の了解は、どこまで信用できるのでしょうか。誰も襲わないと思ったからこそ、信長はあの本能寺に嫡男ともども宿泊し、そしてあの結末を迎える。信頼関係を築くということの難しさを、ちょっと考えてしまった。
藤英の言葉も重たいと思う。武士だからいつでも戦えるのか。戦いたいのか。それはどうだろう。そこは考えないと。
鉄砲抑止論
このあとの久秀は、楽しそうに光秀に語りかけてきます。
なんか怖いぞ、藤英との態度が違うぞ。でも素敵だとは思います。一緒に居酒屋に行きたい戦国武将ナンバーワンになれそう。楽しいおっさんなんですよね。
久秀は、ソウルメイト・斎藤利政が織田信秀を倒した話が楽しくてしょうがないようです。光秀も武功をあげたははずだと言われます。
そうでなければ、二度も京都に派遣するはずもないとまで、きっちりと根拠を提示されるのです。
光秀は、思い切って疑問を尋ねました。
そう、まだ「何故」の答えは完全ではない。
鉄砲はそんなに大事でしょうか? 戦にこのまま使えるとは思えません。なのになぜ本能寺で集めようとしているのか? 鉄砲の玉が弓や刀に倍する威力があることは知っている。玉が当たれば命を失うと。そのうえで、久秀は光秀に鉄砲を向けます。
「動くなー!」
動けば撃つ。弓矢なら躱せる。だが鉄砲の玉は躱せない。玉が当たるかどうかではない! そう言い切り、引き金を引くのです。
ジャキっと音がするものの、玉は出てこない。
「うふふ、ははははは! 玉など入っておらん、あっはっは!」
そのうえで、久秀は語り出します。
お互いに鉄砲の怖さを知っておれば、気軽に攻め込むことはできぬ。戦の有り様は変わるぞ。そう言い切り、こう語るのです。
久秀の「鉄砲抑止論」
わしならば、戦う前にこう考える。
敵は鉄砲を何丁持っているのか?
こちらの三倍持っているのか?
ならば戦はやめておこう。
戦は減ると、あの三淵という男はそこに気付いておる。
なかなかの切れ者。公方様が目をかけておる理由だ。あの方は戦がお嫌いだ。
そこまで語られ、光秀は戸惑いつつ、そういう松永様はどうなのかと尋ねます。
久秀は、母上からしゃっくりが三日続くと死ぬと聞かされたそうです。それ以来、しゃっくりが大嫌い。
「わしは死ぬのがおそろしい。そんなわしが、好んで戦をすると思うか?」
斬新だとは思うし、観る側が試されてもいる。
江戸時代に『葉隠』のような死を前提とした武士道が昇華された部分はあるのでしょう。鎌倉時代は命があまりに軽いものがある。そこは再来年『鎌倉殿の13人』ですね。
戦国はその間ではある。それに人間の心理ってそんなにホイホイ死ねるものでもないとは思うのです。
光秀はここで本音を語ります。
お二方ともそうであれば、しばらくこの京は平穏だ。私は去年、戦で焼け出された京の民を見て胸が痛みました。焼け出された子どもたち、年寄り……。
美濃も戦に明け暮れている。負けるわけにはいかぬから、私も戦う。
しかし、終わったあと、数日は口の中に苦さが残る。人を斬るといつも苦さが……これでよいのか。いつも、これでよいのかと。
「今の松永様のお話を伺い、ほっといたしました」
そう安堵を見せる光秀なのです。
「鉄砲の意味も、少しばかりは」
光秀のそんな苦悩を笑い飛ばす久秀。そのうえで、今の都には数多の兵が残っていると返します。
「今はまだ言えぬが、平安はまだ先じゃな」
そう言ってから、伊平次に会いに行こうと言い出しました。三淵様には内緒にしており、すでに居場所は押さえてあるそうです。
本作は、さんざん放送前から突っ込まれている点がありますよね。それは光秀が戦を嫌っていること。平和ボケだの、お花畑だの、そんな武士はありえないというものです。
それはどうでしょう?
平和ボケというのは、むしろ人を殺し、殺されかねない苦痛を想像すらできないことではないかと思います。
第一次世界大戦後に「シェルショック」という概念が認識されました。それ以来、戦闘ストレスと人間の心理研究は進んでゆきます。
ではそれ以前、戦国時代にそういうものがなかったのか?
答えは否。
古来、人間は戦争に傷つき、こんなことはもうしたくないと思いました。文才がある人間は、それを残してもいるのです。
そういう人の思いを「平和ボケ!」と笑うのだとすれば、ありえないと言うのだとすれば、そのことそのものに侮辱を感じます。
曹操『蒿里行』
白骨露於野 白骨 野に 露(さら)し
千里無鷄鳴 千里 鷄鳴 無し
生民百遺一 生民 百に一を遺(のこ)す
念之斷人腸 之を 念(おも)えば 人の腸を断たしむ
白骨が野晒しになっている。
千里にわたり鶏の鳴き声すら聞こえない。
生きている民は、百人に一人のみ。
このことを思えば、胸が張り裂けそうになる。
そしてここで出てきた、鉄砲抑止論。どうしたって、核抑止論を思い出す方も多いことでしょう。そんなものに意味があったのかどうか。歴史を見れば、極めて胡散臭いとわかるはずではあります。
そしてそんな抑止論に翻弄される私たちも、実は戦国の人々と大差ないかもしれない。そう思わせるから、本作はおそろしいものがあるのです。
伊平次発見!
はい、そんなわけで伊平次探索だ。
居処をつきとめた理由はわかります。色っぽいお姉さんがいる場所ですよ。
そうそう、これと漢方医学で思い出した。
松永久秀は「房中術」マスター=エロだという誤解があるんですけどね。そこを訂正しておきますと……。
その手の話だけではありません。漢方では、房中術も医学の一環ですから、そこはあくまで健康目的。そういうことにしておくこと! それにこれも陰(女)と陽(男)の話にもなりますので。久秀はジェントルマンですから、多分。
あと色街なんですけど。
まだそこまで広がってはいないと思いますが、当時西洋渡来したものは鉄砲でもない。カトリック、銀もあるし、梅毒もあると。そういう世界史的な流れもあります。
※『MAGI』もおすすめです
「そこの男前のお兄さん〜」
そう誘われる光秀は、戸惑いつつ断ります。真面目だからさ。
「さあさあ、こっちだ!」
そして、そういうお店へ。
真っ赤な襦袢の姉さんらが足相撲をしている場面がありました。細かいなあ。ギャンブルとセクシーが一体化した、当時究極の娯楽がそこにはあります。
衣装の特性も出ています。真っ赤って、やっぱりどうしたって煽情的ですから。
赤い襦袢というだけでも、視線からもう圧倒的に色っぽいものがある。晒しで胸を巻いて襦袢をはだけた遊女もいるぞ!
な、なんだ……これは……?
今やVODで『ゲーム・オブ・スローンズ』の時代。スマホでなんでもありっちゃそうだけど、なんだこの、往年のアレやコレやを彷彿とさせる映像は?
女優をホイホイ脱がせればいいとか。若手女優の水着とか。
そういうことでなくてですね。もっと東洋、日本らしい、そういう艶を考えさせる気合いを感じるわけです。いや、ふざけてない、こっちは真面目に考えています。『色情大名』とか、そういうタイトルがかつてはあったんです。定番題材は徳川家斉ね……。
話が脱線しましたが。
なんか久秀が楽しそうに二階にあがって、アレな男女の部屋にお邪魔しそうになったりしていますが。そこは伊平次探しだからさ!
これでは、公方様の上品な家来は、見つけられないなぁ。納得。
ガラリと一室を開けると、タケという遊女と飲んでいる伊平次を発見しました。
玉置玲央さんは『真田丸』では織田信忠を演じていたのがおもしろい。同じ顔をしていても、かたや織田家の嫡男、かたや飲んだくれの鉄砲鍛冶になる。人間って何かと考えさせられるなぁ。
タケが戸惑う中、久秀は慣れた様子で伊平次に用があると切り出します。
カチコチで居心地が悪そうな光秀と、毒々しい久秀。
可憐なカスミ草と、毒々しい真っ赤な薔薇が並んでいるようでもある。絵面だけでおもしろいので、もはや反則です。
久秀は三好長慶に命じられ、なんとしても20丁欲しいと頼み込むのです。
料金三割増!
本能寺で見たけれど、堺の渡来品にも劣らないし、しかも安いと絶賛しています。ゴーサインがあれば、国友村に鍛治場を作ってもよいって。
それでも伊平次はつっぱねる。
三好が20丁なら細川晴元は30丁。それを知った公方様が50丁の注文が舞い込む――そんなめんどくさいことになるくらいならば、好きな女とグジャグジャしている方がいい。そうタケといちゃつくのです。
ここで光秀は気づきます。
伊平次!
あの伊平次じゃな!
と声をかけ、明智十兵衛だと名乗る。
昔、伝吾の家の裏にある井戸に落ちた。瓜が冷やしてあるから、それを盗み食いしようと思って落ちた。手のつけられない悪童、瓜盗みの伊平次!
伊平次も、あのとき十兵衛様が縄を投げねば死んでいたと思い出すのでした。
なんでも12年前のことだとか。
「待て待て、わしを置いていくな! そのほうたちの昔話はようわかった、用件は終わっていない!」
そう久秀が言いますが、相手は聞いちゃいない。
光秀は、用件である鉄砲の組み分け(分解)を依頼します。堺で出回っている渡来モノであり、よく知れば改良できるはずだと言う光秀なのです。
これに対しは、すぐそこでできるという伊平次。近くの寺に道具を預けてあるそうで、すぐ着替えてくるそうです。タケは不満そうですが。
几帳面な光秀は、去り際に久秀に対して、松永様より先に頼んだことを詫びております。
「気にするなー、よいぞよいぞ〜」
フレンドリー久秀。
ナイスガイ久秀。
なんでもお主たちにそういう縁があったのは、天が与えた僥倖だそうです。
あの様子では、お主が頼めば鉄砲20丁くらいいけるのではないか。そう思っております。コミカルさと、語彙力の高さが噛み合った、きめ細やかな脚本に惚れ惚れとしてしまう。
そのうえで、なんかすごいことを言い出す。
斎藤利政のように大名になる! そうなったら必ずや、お主の恩義にあふれんばかりのお返しをする宣言。そうよくわからんことを言いつつ、去ってゆきます。
なんだこの、キュートな久秀は。
このあと、セクシーなお姉さんをあしらいつつ、光秀は京都の街を歩いてゆきます。そこの近くには、東庵と駒もいるのです。駒は人ごみを見てハッとします。
「どうした?」
「あのお一人が、十兵衛様によく似ていらっしゃったので……」
「ここは京だぞ、十兵衛様がいるわけがあるまい。さっ、いくぞ」
「いらっしゃるわけがないものね……ああ、つまらない」
光秀も駒らしき影に立ち止まり、伊平次に急かされるのでした。
MVP:伊平次と三淵藤英
迷ったけれども、二人で。
鉄砲をめぐる回。伊平次は作る側で、藤英は作らせる側です。
両者の思惑、技術。それが噛み合ってこそだとわかる。圧巻の出来でした。いくら藤英が抑止論を掲げようと、伊平次のような民が乗らなければそれまでなのです。
本作のすごいところは、毎週更新されていくよう。
【廟堂】か【江湖】か?
どちらも大事だという瀬戸際で、ずっとゆれ続けるようなゆらめきがあるのです。
総評
正正の旗を邀(むか)ふる無く、堂堂の陣を撃つ無し、此れ変を治むる者なり――。
『孫子』「軍争篇」ですね。
旗の動きが乱れない軍勢。堂々とした陣。こういう相手とは戦うなって話。士気盛んだとか、気力充実している相手と戦争すんなってことですけど。
もっと単純に考えてもよいかな。
腹が痛いとか、早く家に帰りたいとか、やる気がないとか、バレることが怖い何かがあるとか。そういうものは、どこかに隙が出てくると思うのです。
そういうところがあれば、私はノリノリでぶったたきにいき、周囲の期待を無視してでもボコボコにしがち。
でも今年は怖すぎてできない。
迂闊に撃つと怖い。
本作は前年の視聴率激減、女優交代というものがあっても、旗を堂々と振っているとは思えた。
何か特別で、あっと言わせることをしている? いや、そんな上っ面でなくて、中身まで隙がない。だから強気なのだろうと毎週確信しています。
本作は本当に隙がない。緻密すぎてつらくなってくる。何をどうすればこうなるのか、気が遠くなりそうです。
おまけ:今日の『孫子』
夫兵形象水。水之形避高而趨下、兵之形避實而撃虚。水因地而制流、兵因敵而制勝。故兵無常勢、水無常形。
夫れ兵の形は水に象る。水の形は高きを避けて低きに趨く。兵の形は実を避けて虚を撃つ。水は地に因りて流を制し、兵は敵に因りて勝を制す。故に兵に常勢無く、水に常形無し。
「虚実篇」です。ちょっとおまけです。
ファンとは水のようなものです。
水は高いところは避けて、低いところへ流れえてゆくもの。人は見たくない事実よりも、仲間同士での感情、気持ちのよいニュースや投稿に夢中になる。
水が地形によって流れを決めるように、ファンもその時の感情によって評価を決める。
つまり、作品評価の決定打はありえない。
ただ、愉しめば良いだけですが、ときに他人へ押し付けるような大河論が飛び交ったりします。
本当にドラマのことを話したいのか?
過去のマイベスト作品を挙げて、懐古趣味に入りたいのか?
そんなときは……。
斎藤利政は「何故?」と突っ込んで、光秀を送り出しました。
彼のように、納得や理解のできない意見があったならば「何故?」と突っ込んでみる。相手の言葉の理由を考えると、感情の流れが見えておもしろいかもしれない。
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【参考】
麒麟がくる/公式サイト















