慶長七年(1602年)5月1日、徳川家康が二条城の造営を命じました。
今も京都市にデーンと居を構えている立派な建物ですね。
しかし二条城というのは、歴史上、他にもいくつか存在していて、家康が建てさせた二条城と同じ場所とも限りません。
主に時代や関係する人物によって特徴が異なりますので、一つずつ確認してまいりましょう。
十三代義輝&十五代義昭の「二条御所」
なぜ二条城という名前なのか?
もともと初代・足利尊氏から三代・足利義満までの足利将軍が、京都・二条の地に御所を構え、場所が変わってもその住居を「二条御所」と呼んでいたことからです。

広島県尾道市の浄土寺に伝わる足利尊氏肖像画/wikipediaより引用
ほんのちょっとだけ二条にも敷地があったからとも言われています。
あるいは足利義輝が刺客相手に奮戦し、あえなく敗れた地名だったり、
織田信長が足利義昭のご機嫌取りに献上した屋敷の名前でもあり。
何かと足利家と関わるだけに、戦国時代にも影響する土地柄となってますね。
信忠が最期を迎えた「二条城」(二条新御所)
【本能寺の変】では「織田信忠が二条城(二条新御所)で最期を迎えた」とあります。

織田信忠/wikipediaより引用
これは家康の建てた二条城とはまったくの別物です。
元は二条家という公家の持っていた屋敷だったのを「ここの庭はいいな!」と気に入った信長が譲り受けたところでした。
こう書くとカツアゲしたかのようですが、二条家はこの直前に信長の勧めで別のところへ引っ越していたので、特にトラブルもなく引き渡してもらえたそうです。
そして信長は屋敷を改修し、二年ほど京都での住まいとしていました。
その後、ときの皇太子・誠仁親王に献上し、本能寺の変までは皇太子一家の「新御所」となっていたのです。
二条家が持っていた頃から見事な庭園で有名なところだったそうなので、皇太子の住まいには相応しい佇まいだったことでしょう。
また、信長が改修した際に軍事拠点としての機能も追加されていたらしく、それゆえに御所でありながら「城」と称されるようになったようです。
元が二条家の持ち物だというので「二条城」とか「二条新御所」になった、と。
その防御機能を信頼して、信忠はここで篭城することにしたのですが、明智光秀の配下に襲われ、敗死へ……。
秀吉の建てた「二条第」
現在の中京区にあったとされる建物です。
やはり京都での拠点として作られたものですが、聚楽第完成までの中継ぎ的な位置だったようで、あまり記録が残っていません。
その聚楽第も見事に数年でぶっ壊されてますが……。
宣教師ヴァリニャーノがここへ宿泊したらしきことを書き残しているので、京都を見せつつ接待したいような相手への迎賓館のような使われ方もしていたと思われます。
家康の建てさせた「二条城」
これまた家康が京都での拠点として造営を命じた場所です。
「今日からアンタが幕府のトップだからしっかりやれよ」という儀式(将軍宣下)が行われるなど、”京都における幕府の顔”というべきところでした。
それに伴って200年ほど放置プレイをされていました。
京都所司代(幕府から京都に出張してた役人)はここを使わず、別の見張りが設けられています。
なぜ一緒にしなかったのか。今だったら確実に「税金の無駄使い」として移民やマスコミの攻撃の対象になっていそうです。
そんな扱い+度重なる災害のおかげですっかり城というより廃墟状態になっていたそうですが、十四代・徳川家茂が上洛の際に使うことになったため、ようやく修復されました。

徳川家茂/wikipediaより引用
家茂は第二次長州征伐のときにも一度ここへ立ち寄っています。
また、十五代・徳川慶喜も二条城とは浅からぬ縁があります。
江戸幕府の将軍としてかなり久々に二条城で将軍宣下を受けていますし、大政奉還の意思を明らかにしたのもここでした。
「徳川幕府の始まりと終わりの地」と見ることもできますね。
ただの偶然の可能性もなくはないですが、慶喜ってこういう「家康が何かしたところた日に被せたかのような行動」を度々してるんですよね。
その後は現在に至るまで、家康の建てさせたものがずっと二条城と呼ばれています。
明治時代からは所属が役所になったり軍になったり宮内省(宮内庁の前身)になったり。結構たらい回しになってますね。
家康が大坂城をもてあましたのと同じような感情があったのかもしれません。
江戸城は皇居に作り変えてイメージを変えることができましたけれど、二条城を京都での御所にするわけにはいきませんからね。本家本元がすぐそこにあるのです。
一応、大正天皇が即位された際のパーティーが二条城で執り行われているので、放置されっぱなしというわけではないのですが。
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【参考】
国史大辞典
世界遺産元離宮二条城(→link)
二条城/wikipedia









