甲斐の武田晴信は信濃へ。
相模の北条氏康は関東へ。
駿河の今川義元は尾張へ。
名だたる戦国武将が手を組み、それぞれ当面の敵へ戦力を投下するため結ばれた【甲相駿三国同盟】。
「甲相駿」というのは本拠地の頭文字を取ったもので、それぞれ隣接する他国へ攻め込むための同盟であります。
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と、ここで注目いただきたいのが戦国漫画の大傑作『センゴク』シリーズでして。
同著の中で今川義元は、同盟締結時に、武田信玄と北条氏康に向かって、冗談とも本気とも覚束ない笑顔でこう言うのです。
「ボクは織田と戦うから、二人は上杉謙信と対峙しなよ」
ぬぐっ!!!!
とショックを受ける信玄と氏康の二人でしたが、歴史を見れば「確かに!!!!」となりますよね。
上杉謙信は、信濃と関東の両エリアで信玄&氏康と対峙し、一進一退を繰り返しているのです。
まさに軍神。
戦の天才は如何にして越後の龍へと昇っていったのか……マンガ「日本史ブギウギ」、第150話スタート!
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通説では5度にわたったという川中島の戦い。
実は、いずれも詰将棋のような緻密な戦術が展開されておりました。詳しくは以下の記事へ。
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著者:アニィたかはし
文:五十嵐利休




















