環境さえ間違っていなければ幸せに暮らせたのではないか?
『鬼滅の刃』には、そんな風に思えるような鬼もいて、例えば上弦の陸である妓夫太郎と堕姫の兄妹などはそうでした。
しかし、人間時代からロクでもない連中もいて、アニメ版「刀鍛冶編」では、とにかくムカつく二人の十二鬼月が出てきます。
玉壺(ぎょっこ)と半天狗です。
半天狗は以下の記事に譲り、
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吉原遊郭のリアル|鬼滅の刃でも話題になった“苦海”はどんな場所だった?
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本稿では上弦の伍である玉壺を考察してみたいと思います。

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死体から芸術を見出してしまった益魚儀(まなぎ)
玉壺の人間時代の名は、公式ファンブックで明かされました。
益魚儀(まなぎ)といいます。
漁村で生まれた彼は、漁師として生活していました。
ただ、何かがおかしい……。
小動物を殺し、種類の異なる魚同士を組み合わせ、壺に魚の鱗や骨を溜め、そしてそれを芸術だと言い張る様になっていったのです。
周囲もそれを気持ち悪いと思い、気の触れたやつだとして嫌っていました。村八分にする程ではなく、一応、様子を見守っていた。
こうした生活環境から、益魚儀は江戸時代以降の人物かと思われます。
戦国時代ならば小動物ではなく人を殺すこともできますからね。江戸時代でも、徳川綱吉の治世以降のことかもしれません。
日本において庶民にまで動物愛護精神が根付いていったのは【生類憐れみの令】が契機とされ、小動物殺しが嫌われる感性はその時代から濃くなってゆきました。

徳川綱吉/Wikipediaより引用
そんな益魚儀のことを、村人は、おかしくなったのだと思いながらも、憐れみつつ見守っていたのですね。
そうする理由もありました。
彼の両親は漁に出ていたときに亡くなってしまい、損傷の激しい水死体として見つかっていたのです。
肉親であればトラウマを抱えかねないほどの場面ですが、益魚儀は違いました。
美しい――両親の損傷した水死体を見て、気持ち悪いとか思う前にそう感じ取ってしまったのです。
理屈でどうこうなる話ではなく、そして益魚儀は一線を越える。
自分のことをからかってきた子どもを惨殺すると、その遺体を壺に詰めたのです。
むろん、子供の両親は激怒。益魚儀を二又銛で串刺しにして放置します。
半日経過しても、益魚儀は死にませんでした。
なぶり殺しにされているところへ、鬼舞辻無惨が通りかかります。
そうして鬼にされた彼は、壺と死体というおぞましいマリアージュを、アートとして手がけていくのでした。
死体をアートにする人って?
猟奇的な殺人とアート感覚がぶっ飛んでいる――少年漫画で凄まじい設定ですが、どこか既視感もありませんか?
世の中には、死体で芸術活動をしてしまう人物が存在する。
冷蔵庫もない時代に、死体で遊んでいたら、たちまち大変なことになりそうですが、それでもごく稀に実在してきました。
有名なところでは15世紀フランスのジル・ド・レでしょう。

ジル・ド・レ/wikipediaより引用
美少年を着飾らせてから殺し、その首をずらりと並べて「どれが綺麗かな?」と選んでいたという……。
彼は美意識が高く、教育も受けた人物です。それが歪んだ方向へ発揮されたのですね。
ただし、ジル・ド・レがそんな凶行を重ねられたのは、大貴族という特権があったからこそです。
中世ともなると、犯罪より身分が重視され、なかなか捜査の手が及ばなかった。
一方で玉壺はどうか?
生前の話や、壺の形状からして、前述の通り江戸時代以降の人間と思われます。
しかも、ただの漁師に過ぎないため、連続犯行に及ぶ前に捕まり、鬼にされた。
そこから罪を重ね、上弦にまで上り詰めたということは、生まれ持った資質も大きかったのでしょう。
民衆も日常に美を見出した近世
上弦にまで上り詰める鬼であっても、実は戦国時代以前から生きていた者は例外的です。
ほとんどが江戸時代中期以降に人間時代を送ってきたと推察できる。
陸ほど詳細に語られないものの、玉壺もそう。
近世以降に人間社会が形成されてゆく中、その枠からはみ出す者たちを鬼舞辻無惨は掬い上げていたのでしょう。
玉壺の場合、漁師でありながら一応芸術的なセンスを持ち合わせているところに、近世の感覚を見出だせます。
もちろんそれ以前にも、芸術的な感性を持つ人物はいたはずですが、その才能を発揮できたかどうかは別。
特に食うや食わずやの戦乱期ともなれば、芸術にカネと暇を費やすのは難しい。
玉壺は、作り上げた壺がそれなりに販売できたという実績がある。
壺と死体を組み合わせるクセさえなければ、そこそこセンスがいいものを作っていた。
と、ここでふと考えたいことがあります。
玉壺が芸術魂を賭ける壺――ともすれば日常の食器として埋もれていく器に対し、日本人はいつから美を見出してきたのか?
答えは難しいようで、誰でも出せるかもしれません。
壺への美意識
壺と美意識の始まり――それは縄文土器からでしょう。
原始的ながら、あの特徴的な造形美は見る者に強い印象を与えます。
その後に広まったとされる弥生式土器は一転してシンプルな美が描かれていた。
しかし、平安時代になり、大陸や朝鮮半島との交流が活発になると、今度は輸入品に影響を受け始めます。
なんとしてもあの器に追いつけ追い越せ――そんな努力を重ね、国産の陶器も進歩を重ねてゆきますが、上流階級はやはり舶来もの、つまりは輸入品を好みました。
2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、日本人の陶磁器への美意識が垣間見えたものです。
ドラマでも印象的であった北条時政の屋敷跡からは、今も、唐物、つまりは中国産の「宋磁(そうじ)」が発掘されます。

北条時政/wikipediaより引用
オシャレで誰かに差をつけたい人々は、そうしたものを持ちたがったんですね。
『鎌倉殿の13人』では、主人公の妻である“のえ(伊賀の方)”が宋磁の壺を持つ一方、義時たちは国産の素朴な壺を用いていました。
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鎌倉武士の文化を支えた陶磁器の歴史|時政を筆頭に荒くれ者達も成熟する
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室町時代の後期になると、茶の湯が盛んになります。
千利休はじめとする茶人は自分たちの美意識を反映した国産陶器に目をつけました。
茶の湯で磨かれた美的センスと、高まる技術を反映させた陶磁器の時代――これには経済も関係しています。
「あの千利休もおすすめ! この器でお茶を楽しみませんか?」
そんな売り込みで茶器に高値がつくようになり、近世に向かうビジネスチャンスが拡大しました。
この時代は豊臣 秀吉による【朝鮮出兵】が起きました。

豊臣 秀吉/wikipediaより引用
陶器の技術については、まだ明や朝鮮半島に及ばない時代。この出兵により日本へ連れ去られた陶工たちが、新たな技術をもたらします。
李参平、沈壽官等が有名ですね。
有田焼に大きく貢献した女性陶工・百婆仙は記念像も建立されました。彼女の生涯は『火の女神・ジョンイ』としてドラマ化されました。
陶磁器は芸術だ、そしてカネになる!
こうした時代を経て、江戸時代になると、まさしく日本の陶磁器は【美術の時代】となります。
鎌倉から多数発掘される宋磁は、透明感のある白や薄い青が特徴的。
それが時代が下り明代になると、白磁に釉薬で模様を描いた磁器が人気を博し、景徳鎮のものは特に高級とされました。
中国では「五彩」、日本では「色絵」と呼ばれるもの。
陶磁器については、ヨーロッパのほうがアジアの後追いになります。マルコ・ポーロが持ち帰った陶磁器に夢中になり、以来あこがれの眼差しを向けていました。
江戸時代を通して日本と交易できたオランダも、日本の華麗な陶磁器を買い付け、利益を得ます。
江戸時代は武士の時代であり、商業が発達しないというイメージを抱いているかもしれませんが、そう単純な話でもありません。
日本でも中国や朝鮮にあった技術を身につけ、経済力を保つ工夫もありました。オランダの東インド会社を通した貿易も視野に入れて作ります。
商品は芸術的価値があった方が高値がつく。
評価されたい、美術品として価値があると思って欲しい――そう玉壺が願ったとすれば、それは近世となり、技術と経済が発達した江戸時代以降のものでしょう。
ただし、商業路線に載せると、芸術的感性は鈍くなっていきます。無惨のために売れる壺を作りながらも、死体を生ける壺を作りたい。
すると無惨は「いつか思う存分そうさせてやる」と励ましていたのではないか?
そんな組織運営も想像できて、興味深いものがあります。
対峙した敵には芸術的感性がない
とはいえ、玉壺に同情の余地はないでしょう。
確かに両親を失ったことは不幸ですし、先天性なのか、妙な美意識を持ってしまったことも不幸といえます。
しかし、妓夫太郎と堕姫ほど不幸な環境が揃っていたわけではありません。
グロテスクな嗜好は同人活動で発散しながら、商業誌では無難な作風にする――そんな現代的なクリエイター気質も浮かんできますが、最後の一線を超えてはならないのは当然のこと。
現代に置き換えてみれば、彼は漁村の子どもを殺した時点で逮捕収監されたかと思えます。
歴史的観点からいくと、玉壺とは近現代に至らないものの、中世よりは発達した、まさに近代らしい鬼。
そんな彼にとって不幸だったのは、己の芸術的感性を理解しない時透無一郎と当たったことでしょうか。

『鬼滅の刃』12巻(→amazon)
彼は杣人(そまびと・木こり)の家に育っていました。
素朴な人生を送っていて、経済や芸術的な感性からはほど遠い環境。
生まれつきの美的センス以前に、それを育む環境もありません。
雲を眺めて何かを感じ取ったり、他の人を動物にたとえるような感受性はあります。
しかし、そういう人間とはしばしば捻った美的センスに心を動かされないもの。
玉壺は何の因果か、彼の作風を理解しない敵と対峙する――それが最大の不幸だったかもしれません。
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【参考】
『鬼滅の刃』12巻(→amazon)
『鬼滅の刃』アニメ(→amazonプライム・ビデオ)







