榎本武揚

榎本武揚/wikipediaより引用

幕末・維新

幕臣随一の秀才だった榎本武揚の生涯~明治政府にも仕えた華麗な経歴 その是非は?

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SDGsからみた榎本

今、SDGs(持続可能な開発目標)を達成することが重要とされています。

その目標の設定には、歴史も関わってくるのではないでしょうか。

例えば、日本史上の事件として公害第一号といえる【足尾銅山鉱毒事件】。

榎本武揚は黙殺側に入っていました。

明治28年(1895年)、被害を訴える栃木県知事佐藤暢と群馬県知事中村元雄による連名の要望書を、榎本は放置しているのです。

その後、被害が拡大し、田中正造や陳情団の訴えが起きるも、誠意ある対応をせず、事態を悪化させました。

田中正造/国立国会図書館蔵

榎本は長年、海外殖民に関心を寄せていました。

日本政府の移民政策は問題が多く、その根底にいたのが榎本だったとすると、肯定的な評価はできません。

中でも榎本が推し進めたメキシコ殖民地は、粗雑な計画から崩壊し、明治33年(1900年)に榎本は事業を譲渡し、手を引いています。

環境保護や民衆の生活を軽視し、自己実現や経済のために無謀な計画を推し進め、失敗したら断念する。

あまり参考にしてよい態度とも思えないのです。

 


あの名作コミック結末を賛否両論とした榎本

前述の通り【北海道開拓使】を務めた黒田清隆に引き立てられた榎本武揚。

榎本の実力をふまえれば、適任のようで、実はここにも疑念は生じてしまいます。

なんせ北海道開拓というと、現地をよく知り、関わった方がよいのにそうならなかった人材がいます。

蝦夷地を探検した松浦は、松前藩アイヌを搾取することに憤りを感じていました。

新政府ならばアイヌ政策をよりよいものにするのではないだろうか?

そう期待を寄せて新政府に仕えるも、かえって悪化した政策に失望し、明治3年(1870年)早々に職を辞してしまいます。

松浦武四郎/wikipediaより引用

医師でありながら、蝦夷地に左遷された栗本鋤雲は、昌平黌出身で、文系も理系もできる大秀才です。

フランス人宣教師メルメ・カションからフランス語と西洋技術を習得。

先進的かつ民の生活を重んじた函館のまちづくりにも貢献しました。

樺太探検も果たし、幕府側の使者としてフランスに滞在した経験もあります。

しかし、維新後は幕府を倒した新政府に仕えることをよしとはせず、ジャーナリストとなりました。

いくら才能があっても、思いやりに溢れていた上記の二人は、性格的に黒田とやっていけなかったのでしょう。

黒田清隆とその右腕となった榎本武揚は、北海道開拓を進めた名コンビともされます。

しかし時代は変わり、歴史観の見直しは進んでいます。

2020年代の歴史観で考えたとき、果たしてこの二人は称賛の対象となるのかどうか……。

榎本が学んできた最新の科学知識は、確かに北海道開拓において十分に発揮されました。

しかし……。

大人気漫画およびアニメ作品『ゴールデンカムイ』は、徹底した考証と調査に基づくアイヌ文化描写が高評価の一因とされてきました。

大英博物館のマンガ展において、ヒロインであるアイヌの少女・アシㇼパがメインビジュアルに選ばれたように、国際的にも高評価を受けています。

大英博物館の展示ポスター

しかし、最終盤になるとその展開に批判がつきまとい、最終巻や最終回には失望したという意見も噴出しています。

最終回に登場した榎本武揚が、その一因とされたのです。

『ゴールデンカムイ』では、箱館戦争土方歳三が戦死していない設定が採用されており、この土方の愛刀である和泉守兼定を託された主人公・杉元が、榎本武揚に会いに行く場面があるのです。

榎本はそこでしみじみと、箱館戦争での土方のことは心に刺さったトゲだったと語ります。

果たして、このセリフの是非はどうなのか。

新選組は明治時代にともかく嫌われていました。特に薩長関係者が多い政府関係者はそれこそ徹底的に嫌っています。

政府に近い榎本が、そんな風にしんみりと土方を気にしているとなれば、旧幕臣たちに「ケッ」と鼻で笑い飛ばされかねない話です。

ここでの榎本には、杉元たちから本作の鍵となるアイテムである6カ国大使が承認した公式文書が託されます。

箱館戦争は前述の通り、イギリスが国際法を出し抜いて明治新政府を援助し終結しています。この6カ国にはイギリスも含まれているでしょう。そういう文書はどこまで実効性があるのか。

榎本は「信頼できる政府筋の人物」として、伊藤博文と西園寺公望の名前を持ち出しますが、この二人をそう簡単に信じてよいものかどうか。

何より榎本自身の見識が怪しいものです。

榎本武揚が全面的に信頼していた人物が、あの黒田清隆というのがまずい。北海道の歴史からみると決定的にいけません。

その悪事の数々は、以下の記事をご覧いただくとしまして。

五代友厚と黒田清隆
五代は死の商人で黒田は妻殺し!幕末作品では見られない薩摩コンビ暗黒の一面

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南樺太の歴史
『ゴールデンカムイ』で注目 南樺太の歴史とは?戦前の日本経済に貢献した過去を知る

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『ゴールデンカムイ』のヒロインであるアシㇼパの父ウイルクと、その盟友であるキロランケは、樺太出身です。

彼らは樺太に住む先住民が蹂躙される様に憤り、それを止めるために立ち上がりました。

こうも樺太の先住民が追い詰められたのは、榎本武揚が締結した【樺太・千島交換条約】に大きな原因があります。

徳川幕府は樺太に所有権があると認識しており、ロシアからの警備のために会津藩士を送り込んだこともありました。

ところが明治という国家は、前述の通りイギリスの干渉を受けつつ、成立しています。

ロシアへの対抗策として利用したいイギリスとしては、樺太問題で日本とロシアが対立することは好ましくないという考えでした。

そのためパークスが強引に干渉し、樺太を手放すように条約を締結させるのです。

日露戦争後、南樺太のみが日本領となるも、アジア・太平洋戦争により、ソビエト連邦に領有されました。

この日本とロシアの国境線の引き合いの中、樺太先住民は壊滅的な打撃を受けます。

度重なる移住に耐えきれず人口は激減。

文化も失われてゆきました。

黒田清隆は血気盛んで強引、暴力的な性格ゆえに、移住に従わないアイヌがいると武力で脅迫して強制するほど。

アイヌは日本国籍を有すると判断されたため、第二次世界大戦後、樺太アイヌは日本への移住を余儀なくされました。

元々は樺太に住んでいたのに、政治的な事情で戻れなくなってしまったのです。

北海道各地には、黒田や榎本らがアイヌの伝統や文化を奪っていった爪痕が残されています。

そんなアイヌを加害し、ウイルクやキロランケを絶望させた人物が、『ゴールデンカムイ』最終回で肯定的に出てくるとは――賛否両論もやむなしになっても仕方ない。

福沢が皮肉った通り、榎本は約束を守り切る誠実な人物とは言い切れない部分があるのです。

個人の誇りや約束よりも、科学的探究心や国家の利益を重視する傾向と言えるでしょう。

晩年の榎本武揚/wikipediaより引用

おいおい、やっと手に入れた大事な文書を、よりにもよって榎本武揚に渡していいのか、アシㇼパさん!――そう呆気に取られた読者もいたということです。

ならば誰がよかったのか?

明治末の時点で生存していて、かつ土方と繋がりがあり、政府にも関わるとなると難しいことは確かなのですが。実に難しい話ではあります。

 


傑物だが評価が難しい男

榎本武揚――痛快爽快で美男なだけでなく、才能や西洋の知識もあり、一方でプライドは高い。

牢屋に入れられても、囚人たちが魅了されてしまうぐらいでした。

茶碗で冷酒をクイッと飲み干し、米の水だと豪語。

隅田川に海軍の汽艇を浮かべ、芸者たちと遊ぶ。

ロシアでは鉄道もないシベリアを横断。

明治41年(1908年)に享年73で亡くなると、その葬儀には彼を慕う江戸っ子たちがドッと駆けつけたとか。

まるで小説やドラマ、そして漫画の主人公になれそうな快男児――それが榎本武揚でした。

そこで最初の疑問に戻ります。

なぜ榎本武揚は、こうも知名度が低いのか?

福沢諭吉ならば、冷たく笑って、死ぬべき時を間違えた、生き延びたにせよその生き方が間違ったからだと言いそうなところです。

人は無用に生き、有用に死ぬこともある――。

福沢の言葉を引きつながら、作家の山田風太郎は榎本武揚のことをこう辛辣に評しています。

これが20世紀までの考えならば、21世紀はまた別の理由が浮上します。

1970年代から提唱され始め、2020年代に定着しつつある「批判的人種理論」(Critical race theory)――近代国家の繁栄を、奴隷や先住民差別の観点をふまえ、考え直すこと。

この理論からすれば榎本は評価できないからこそ『ゴールデンカムイ』は論争となりました。

2010年代から、徳川幕府の再評価が進んでいます。

幕府終焉は当然の帰結ではなかった。

「不思議の負け」ではないか?

幕府を存続したままでも近代国家は樹立できたのではないか?

そもそも近代への地ならしをしていたのは小栗忠順はじめとする幕臣ではなかったか?

そうした研究の結果、幕臣再評価は進んでいます。

小栗忠順、栗本鋤雲、岩瀬忠震川路聖謨……などなど。

岩瀬忠震/wikipediaより引用

しかしこの中に、明治政府で活躍した元幕臣は含まれそうにありません。

福沢諭吉に罵倒された勝海舟と榎本武揚はこの例に属します。

榎本武揚という人物はその生涯以上に、歴史観や価値観の変化で見てゆくと興味深い人物です。

彼にとっては厳しく記した本稿ですが、それも歴史を学ぶ上では必要なことのような気がしてなりません。

いっそのこと福沢諭吉との論争をドラマにしたら面白いかもしれません。

三谷幸喜さんあたりの脚本で見てみたいとは思いませんか。私は生田斗真さんが颯爽と演じる榎本武揚を希望しております。


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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
野口武彦『ほんとはものすごい幕末幕府』(→amazon
泉秀樹『幕末維新人物事典』(→amazon
リチャード・シドル『アイヌ通史』(→amazon
加藤博文・若園雄志郎『いま学ぶアイヌ民族の歴史』(→amazon
山田風太郎『秀吉はいつ知ったか』(→amazon
小倉鉄樹『おれの師匠: 山岡鉄舟先生正伝』(→amazon
野田サトル『ゴールデンカムイ』31巻(→amazon

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