ポーツマス条約

ロシアを熊に見立てた世界地図/wikipediaより引用

明治・大正・昭和

ポーツマス条約はなぜ国民に大不評だったのか? 日露帰還兵も翳背負い

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戦地で日比谷の騒動を知った兵士たちは激怒

漫画『ゴールデンカムイ』を読んでいるときに、ふと考えました。

『もしも、戦地の杉元たちが、日比谷の騒動を知っていたら?』

戦地で日比谷の騒動を知った兵士たちは、

「ふざけんな、てめえら! こっちはやっと生きて帰れるとほっとしているんだぞ。そんなに戦いてえなら、てめえらが満州に来い!」

そういう気持ちだったそうです。そりゃそうですよね。

停戦後、兵士たちは日々の食事くらいしか楽しみもないまま、時が過ぎるのを待っておりました。

「最近、全然戦闘がないな」

「このまま戦争は終わるのでしょうか?」

「結局、どっちが勝ったのだろうなあ」

「そりゃ、日本でしょうよ」

「それはわからんぞ……」

というようなことを、兵士たちはひそひそ語り合っていたようです。

こうしたやりとりをふまえて、杉元と銭湯の客の会話を読み返しますと……まあ、そりゃそうだね、と思えてきます。

 

勝利の苦い味

帰国した帰還兵を待っていたのは、熱狂的な歓迎でした。

ポーツマスから戻ってきた小村も、我が子の顔を見ると安堵の表情を浮かべます。

留守中に外務大臣の邸宅が襲撃され、家族が殺害されたという噂が流れていたため、顔を見るまで安心できなかったのです。

伊藤博文はわざわざ港まで駆けつけ、汽車で新橋まで話し込みました。

伊藤博文
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新橋駅では首相・桂太郎と海軍大臣・山本権兵衛が両脇をガード。

山本権兵衛
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もしも刺客が小村を討とうとしたら、三人まとめて死んでもいいから守るという意気込みでした。殺伐とした空気が伝わって来ます。

日露戦争の苦さは、海外の人々も味わうことになりました。

朝鮮半島では、日本の支配下のもと、現地の人にとっては苦しい時代が始まるのです。

アジアの勝利に湧いたインドのネルーは、日露戦争の勝利を大絶賛したあと、日本はアジアではなく帝国主義の側についてしまった、と苦い回想を残しています。

そしてもちろん、日本国内の人々も……。

日露戦争の苦しい内実を国民に知らせぬまま、講和にふみきった政府。

大衆を煽った新聞や名士たち。

暴動を契機に、厳しい言論統制へと乗り出した国と、それに従うしかない国民たち。

薄氷の勝利だったことを知らず、我々はあのロシアすら倒した!と思い込み、歴史の先へ――。

どこかでボタンを掛け違えたまま、日本という国はこの先の道を歩むのでした。

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文:小檜山青

【参考文献】
黒岩比佐子『日露戦争 ―勝利のあとの誤算 文春新書』(→amazon
国史大辞典

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